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人 権 救 済 申 立 書
福岡県弁護士会人権擁護委員会 御中
2000年6月28日から同年7月8日までの間、医療法人徳洲会福岡徳洲会病院においてなされた脳死による臓器移植行為は、著しい人権侵害行為が存在すると思料するためその救済を求めます。
2000年9月13日
申立人
岡本 隆吉、外236名代理人
〒530-0047
大阪市北区西天満4丁目3番3号 星光ビル2階
弁護士 冠木 克彦
電話06-6315-1517 FAX06-6315-7266
〒530-0047
大阪市北区西天満3丁目4番4号 イワイビル5階
弁護士 石川 寛俊
電話06-6364-7081 FAXO6-6364-1434
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被申立人
〒780-0062
福岡県春日市須玖北4丁目5番地
医療法人徳洲会 福岡徳洲会病院
院長 河野 輝昭 |
福岡徳洲会病院人権救済申立の趣旨
被申立人は、同病院勤務医師多数による以下の違法行為がなされたにもかかわらず、その違法性を認めず、もしくは軽視して、臓器提供患者の人権を著しく侵害したので、同事実を確認しここに警告を発する。
第―、被申立人は、2000年7月3日、臓器提供者となる患者(以下、患者という)に対し、「臨床的脳死診断」をなしたが、前日7月2日ドナーカードの提示があったことから、移植を優先するあまり、杜撰な診断をなし、脳幹機能を有していたにもかかわらず誤って同機能喪失を診断し、救命治療をおろそかにした。
第ニ、前同日午後6時47分からの第―回の法的脳死判定において、咳反射を認めたのであるから、直ちに、脳低温療法を含む、積極的な救命治療に全力をあげる義務を有しながら、これをなさず、漫然と現状維持の処置を続け、いわば時間の経過で脳死に至るのを待つ姿勢をとり続け、回復の可能性のあった患者を脳死に追いやるという著しい人権侵害行為をなした。
申立の理由
第―、基本原則と本件問題点の概要
―、何人も死に至るまで救命治療を受ける権利を有している。臓器移植法によっても、脳死判定によって二回の判定で脳死が確定するまで救命を目的とした治療の変更は許されない。医師は救命のための合理的で適切な裁量権を有しているが、救命治療の放棄や、死を早める処置、及び、臓器移植のために脳死に至るのを待つが如き裁量権は有さず、これらの行為は違法であり患者の人権を侵害する。
ニ、ところが、臓器移植法が成立した後、ドナーカードの存在もしくはその提示があれば、上記原則が逆転され、移植のために救命治療がなおざりにされ、もっぱら移植への進行過程が優先される事態が生じている。本件でもしかりである。
三、本件では7月3日の午前9時55分に 「臨床的脳死診断Jが終了しているが、同日午後6時47分から法的脳死判定に入り、咳反射が認められたのであるから、臨床的脳死判定時にも、同反射が存在したと推定され、極めて杜撰な判定がなされたと考えられる。その原因は、前日7月2日にドナーカードが提示されたことから、確定的に移植方針にき
りかえたため慎重な判断がなされなかったことにある。
四、そして、7月3日法的脳死判定で咳反射が認められたのであるから、直ちに、積極的な救命治療がなされなければならなかった。本件のように外傷性くも膜下出血や脳幹損傷に対しては、脳低温療法が適応を有し、現在では広くゆきわたった治療法で、かつ、被申立人病院でも実施しているにもかかわらず、この救命治療をなさず、ただ、漫然と脳死に至っていく過程を追認し、いわば完全な脳死になることを待つという違法な行為がなされている。脳低温療法の実績からすれば、本件では救命の可能性もありえたと考えられ、この努力をなさずして、脳死に至らしめて臓器を移植した事は著しい人権侵害である。
第二、事実経過
新聞報道による事実経過は以下のとおりである。
―、6月28日、10代後半の患者は、頭部を強く打って被申立人病院に入院し、治療を受けていた。入院は救急車による搬送であり、心肺停止状態で蘇生術を受けながら搬送され、心臓マッサージと強心剤の投与で心拍が再開し、人工呼吸器を取りつけICUでの治療を受けた。
ニ、7月2日の夜、患者の家族がドナーカードを持ってきて、患者は昨年1月、脳死後に心臓、肺、肝臓などの臓器を提供する意思をカードに表示し、署名していたと述べたという。同病院は移植ネットに連絡し、その説明で家族が脳死判定と臓器摘出を文書で承諾し、「同日(7月3日)午後6時47分から―回目の判定に入った。しかし、脳幹反射の消失をみる検査の中に反応が残っている疑いが出たため、午後10時20分に中断した」「同病院は、治療を続けていたが、7日の脳幹反射の消失が確認され、臨床的脳死と判断し、手続を再開。同日夜、家族から再び承諾書を受け、同日午後7時23分から一日目の脳死判定を開始。8日午前5時48分に二回目が終了し、脳死が確定した」とある。
三、その後、警察の 「検視担当者数人が、二回目の脳死判定後に病院で女性に対する実況検分をレた。・・・死因は外傷性くも膜下出血及び原発性脳幹損傷と断定。司法解剖は不要と判断し、医師に捜査手続きの完了を伝えた。」という。そして「法的脳死と判定された女性からの摘出手術は午後4時すぎにスタート」「8日夕、心臓、左の肺、肝臓、腎臓の臓器提供があった」。病院側は当初 「脳死判定手続のやり直しがあった」ことを認めなかったが、後日にそのことを認めた。移植ネツト側の会見では 「3日夜に実施された最初の法的脳死判定について、3日午前9時55分に臨床的脳死診断が終わったなど細かい経過を発表した」
以上が新聞報道での事実経過である。
第三、人権侵害を構成する具体的事実
―、杜撰な 「臨床的脳死診断」
- 本件について、まず、マスコミを賑わした事実は、被申立人病院側が7月3日の臨床的脳死診断及び法的脳死判定を行った事実を否定し、移植ネット側の発表とくいちがった事、そして、後に病院側がこの事実を認めるという極めて不透明な事実があったことである。後の経過をみると、7月3日の上記判定をやりなおし、7月7日から脳死判定を再開し、7月8日の午前5時48分に二回目の判定が終了して脳死が確定し臓器摘出という経過が明らかとなった。
- この経過をみると、病院側は7月3日の臨床的脳死診断において、脳幹機能の喪失を判定する脳幹反射喪失の判断に誤りがあったために7月3日判定の事実をあくまでも隠したい衝動にかられた結果、虚偽の発表を行ったと推定せざるをえない。
- この臨床的脳死診断は誤っていたと考えられる。この診断が誤っていると考えられる根拠は、「臨床的脳死診断で確認されなかった脳機能が、法的脳死判定で現れることは極めてまれ」(甲第2号証のT、船橋市立医療センター唐沢 秀治脳神経外科部長)であること、本件では7月3日の臨床的診断から法的判定に至る時間が、午前9時55分に臨床的診断が終わって、午後6時47分から法的判定に入っているから、8時間以上を経ているわけで、6時間を超えて喪失した機能が再発生するという事であると、法的脳死判定について第―回目と第二回目の間に6時間をおいている意味はなくなるわけで、午前9時55分に終わった臨床的診断に誤りがあったことは明白といわねはならない。
- 問題はなぜこの誤りが生じたかにあるが、この原因は前日7月2日にドナーカードが提示されたことから、医療現場は移植方針を確定し、救命への関心をなくしたことにあると考えられる。救命への熱意を持ちながらも臨床的診断をなさざるをえないという状況であればもっと慎重に診断し、咳反射について誤った判断をすることは考えられないからである。「脳死判定マニュアル」によれば、咳反射について 「@くりかえし与えた機械的刺激にも咳が認められない場合、咳反射なしと判定する。A明らかな咳はなくても、機械的刺激に応じ胸部などの動きが認められた場合は咳反射ありと判定する」と記載されており、「くり返し与えた機械的刺激」を行っておれば誤ることはないと考えられる。にもかかわらず、誤ったという事は、ドナーカードの提示によって、脳死体と判断したいという欲求により、慎重な判断がないがしろにされたというのが事の真相と考えられる。
- ここにおいて、ドナーカード提示により、移植優先の方針が決定された事が非難されなければならない。「脳死による臓器移植」における最も現実的かつ具体的危険性は、ドナーカードにより、救命可能な患者を脳死に追いやる危険性がある事を申立人らは早くから指摘してきた。
本件はこの具体的危険を如実に示したものである。移植にはやる余り、臨床的脳死診断を誤ったのであるが、この診断や同日に行われた法的脳死判定の間、救命治療は中断されており、これだけでも、救命治療を受ける患者の権利は侵害されている。
ニ、咳反射確認後積極的救命治療が放棄されている。
- 7月3日の午後6時47分からの法的脳死判定において患者は咳反射を示したのであるから、6月28日の外傷後6日で脳幹機能の一部が回復していることを示している。この場合、全力をあげて救命治療に取り組むことが医師の責務である。
- 被申立人病院側の新聞報道記事においては 「治療は継続した」と述べているが、現状維持の治療は脳死に至る一里塚を歩んでいる事であって、現状維持方針のままで経過観察という方針は 「脳死になるまで待つ」という方針と同義といっても過言ではない。
- 日大板橋病院林教授の開発した 「脳低温療法」はこのような重症脳障害患者に対して適応を有してお0、本件患者を救命しようとすれば、この治療法のみしか残されていない。"この 「脳低温療法」は現在では日本国内及び国際的にも普遍的治療法として確立されており、被申立人病院もこの療法をなしうる能力を有している。
- しかるに、本件で脳低温療法は施行されていない。7月3日咳反射の存在により脳幹機能が生きていることが明らかになったのであるから、救命のためのこの低温療法が唯―残された選択肢であったにもかかわらず、一切このような積極的な救命治療はなされず、ただ、脳死になる時間を延ばしていただけで、救命努力は放棄されている。
- このことは、患者は救命治療を受ける権利を侵害され、その努力すらなされていないことは、患者の尊厳自体も侵害されたというべきである。なぜなら、移植をひかえた脳死体になるという時間経過の中に放置されただけであって救命治療の対象ともなされなかったからである。
「臓器の移植に関する法律『』運用に関する指針、第4」にも、「法に基づき脳死と判定される以前においては、患者の医療に最前の努力を尽くすこと」とある。また同法の付帯決議七にも、脳死判定について 「脳低体温療法を含めあらゆる医療を施した後に行われるものであって、判定が臓器確保のために安易に行われるとの不信を生じないよう、医療不信の解消及び医療倫理の確立に努めること。」とある。患者がドナーカードを持っていたが故に、脳幹機能の一部が回復して脳死が否定されたにもかかわらず、「脳低体温療法Tなどの効果的な治療が受けられなくて脳死とされたのであれば、患者の人権侵害はいうにおよばず、医療不信の解消もなされないであろう。
以上により、被申立人病院の人権侵害の事実は明らかであると思料するため、人権救済のための警告を発せられる事を強く求めるものである。
添付資料
1、甲第T考証のT 脳神経外科医師近藤孝氏の本件についての意見書
甲第1考証の2 同意見書参考文献 『外傷性―次性脳幹部損傷』外科治療66巻4号
1992
甲第1号証の3 医師の高知日赤病院での第―例についての医学的検討
甲第二号証の4 『脳低温療法』 林 成之教授
2、甲第2号証の1〜8 本件に関する新聞記事
3、甲第3号証の1 柳田邦男氏による脳低温療法によって生還した樋沼ふじ子氏の記録
(このふじ子氏についてのドキュメントはNHKで放映されている)
甲第3号証の2 同氏による「脳治療革命」 脳低温療法による具体的事実の記録
甲第3号証の3
看護婦松戸みどり氏による『脳低温療法の実際』 看護技術2000-3
甲第3号証の4 朝日新聞 (1995年の脳低温療法に関する記事)
甲第3号証の5 脳低温療法に関する症例報告等、普遍的な水準に達している事を示している
4,甲第4号証 「あしたへステップ」 3年前に子供さんが脳低温療法で助かった経験をもっている母親が
彼女の公開ホームページによせた記事
(人権救済申立書の添付資料は、このウェブページでは省略しています)
尼崎、昭和病院・脳神経外科部長 近藤 孝
平成14年3月30日
(一)はじめに
「臓器の移植に関する法律」施行後の、上記施設における「脳死判定」について検討し
た。この検討に用いた資料は以下のものである。
- 第9例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書(以下「報告書」参考文献@――厚生労働省ホームページより)
この報告書には医療機関の特定はされていないのであるが、同時期の新聞報道の内容と一致することから、この報告書の対象を福岡徳洲会病院とした。
- 平成12年7月8日〜9日朝日新聞および同7月9日西日本新聞記事
(二)経過
報告書には患者の性別や年齢については記されていないが、新聞記事から「脳死」判定を受けた患者は「・・先月ニ十八日に頭を強く打って同病院に入院し」ていた「十代後半の女性」であった。患者が同病院に救急搬送された後の経過については、報告書に添えられた<参考資料>の「臓器提供施設より報告された診断・治療概要」に時系列で記載されている。転落とか交通事故とかの受傷機転については記録されていない。以下、簡単に
6月28日 17:42 来院直後に心肺停止を生じた。
〜心肺蘇生のあと、頭部CTスキヤンで1)外傷性くも膜下出血、2)原発性脳幹損傷と診断される。
6月29日 8:00 深昏睡、瞳孔散大、対光反射なし、自発呼吸なし
7月 3日 8:40 脳外科回診にて、深昏睡、瞳孔、脳幹反射(7項目)消失、平坦脳波を確認。CTにて脳の不可逆性変化を確認した。
9:55 臨床的な脳死の診断。
18:47 法的脳死判定開始。・・神経内科医師より、臨床的な脳死診断に用いた脳波について問題提起があった。このため、法的脳死判定をやめ、・・
引き続き臨床的な脳死診断をやり直した。その後、麻酔科医師より、咳反射ありと診断される。・・この時点で臨床的に脳死の状態ではないと診断された。
7月 4日からか7月6日まで 診察、咳反射あり
7月 7日 8:00 診察、同様の咳反射あり
9:15 咳反射陰性であった
12:30 臨床的な脳死の診断を開始
15:40 臨床的に脳死と診断。
19:23 第―回法的脳死判定開殆。
21:37 第―回法的脳死判定終了。
7月 8日 3:40 第二回法的脳死判定開始。
5:48 第二回法的脳死判定終了。脳死と判定し、その旨を家族に告げた。
(三)問題点
- 消失していた咳反射の回復について
長時間正座した後の下肢はしびれて動かないが、やがて神経機能は回復して下肢が動くようになることを私たちは経験的に知っている。このように神経の機能については、下肢がしびれた時のように神経機能が休んでいる時とその機能が喪失した時とを区別できないことがある。
「脳死」の定義とは、「脳死とは回復不可能な脳機能の喪失である。脳機能には大脳半球のみでなく、脳幹の機能も含まれる」(参考文献A)とある。このことからして、脳機能が回復不可能な喪失となっているかどうかの判定は―時点の機能評価で決定できない。それゆえに、昭和60年の厚生省「脳死に関する研究班」による脳死判定基準には、「検査を反復する目的は絶対に過誤をおかさないためと、状態が変化せず不可逆性であることを確認するためである。・・6時間は絶対に必要な観察時間である。」とした。ただし、この「6時間」の科学的根拠はそれには示されていない。
前述のように、駄目になった神経は機能が回復しないが、休んでいる神経は機能が回復することがある。本件の場合にも7月3日9:55に「臨床的な脳死の診断」がなされてから
、約九時間後の同日18:47から「法的脳死判定開始」がなされ、その際「臨床的な脳死の診断に用いた脳波について問題提起があった」。これは脳波記録の判読について「平坦脳波の確認に疑義が生じたため脳死判定が中止され」(報告書p6)たものである。さらにこの時、脳死判定の検査を行なっていた「麻酔科医師より、咳反射ありと診断される」となった。この脳幹機能の一つである咳反射は、同日午前8時40分になされた「脳幹反射(7項目)消失」に含まれていたものである(参考文献Bp17)。すなわち7月3日の午前8時40分から脳外科回診にて、この時の神経学的検査で7項目の「脳幹反射消失」と診断され、9時55分に「臨床的な脳死の診断」となされたのであるが、約九時間後の牛後6時47分から開始された「法的脳死判定」では消失していた咳反射の機能が復活したことが分かったのである。
いったん消失していた脳幹機能の一つである咳反射が九時間後の検査で機能ありと診断された。しかもこの脳幹機能は翌日以降7月7日の午前8時まで、患者を診察して
「同様の咳反射あり」と認められるのである。このことは、脳幹機能を含む脳機能の不可逆的喪失か否かをを判定する厚生省研究班の「脳死判定基準」が確実なものではないことを示している。すなわち、「絶対に過誤をおかさないためと、状態が変化せず不可逆性であることを確認するため」(厚生省、脳死に関する研究班、昭和60年度報告書p17)に「絶対に必要な観察時間」とした(6時間)の経過でも脳幹機能が復活することを本例が明らかにしたのである。
厚生労働省の検証会議(参考文献@)では5ページ目に「(3)咳反射について」の項目で、「・・本症例のように―次性病変に加えて、心肺停止による脳低酸素症の影饗があると考えられる症例では、脳幹障害の部位と程度により特定の反射が残存することがあり得る。脳幹反射消失の過程では、同じような刺激でも出たり出なかったりする胸郭の動きがみられ得る。・・」とあって、消失したと診断した後でも脳幹の一部の機能が残存することがあると述べている。しかし、「脳死判定基準」の持つ根本的な問題、すなわち観察時間が6時間を超えてもまだ脳幹機能が復活することがあるという事実については論評していない。この報告書では、咳反射の消失した7月7日以後の「脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。」:としている。だが、第―回目の臨床的脳死判定で
「咳反射消失と診断されたものが九時間後の法的脳死判定で「咳反射あり」と診断した事実については充分に検討していない。これは「脳死判定基準」が確実なものではないことを示している。
なお報告書には「脳幹部含む重度び慢性脳損傷」との記載は正しいが、「原発性脳幹損傷」という病名は不適切であると考える(参考文献C)。
- 脳波所見の判読について
本件では7月3日に臨床な脳死の診断で「平坦脳波を確認」としたが、その後の法的脳死判定で
「臨床的な脳死診断に用いた脳波について問題提起があった」という。報告書では、この時の脳波判読上の問題について何が問題とされたのかについては記載されていない。「30分の連続記録」でなかったのか、「感度50uV/20mm」でなかったのか、あるいは「平坦脳波」でなかったのかについては分からない。
報告書では、この時の脳波検査が「・・心電図と多少の交流アーチファクトに加えて説明困難な低振幅低周波のア一チファクト様の波形が混入しており脳由来の波形の有無を判定することは困難である」と述べている。脳幹部の神経活動は大脳からの脳波記録に影響しないと考えられるため、この脳波の疑義は残存した脳幹機能の一部によるものとは考えられず、この場合は「アーチファクト様の波形が混入して」いたために判定が困難であっ
たものと考える。このため「脳外科回診にて・・平坦脳波を確認」とされたものが、法的脳死判定の時に神経内科医によって「問題あり」とされたのである。つまり、このような判定困難な脳波所見について、脳外科医は「平坦脳波」と診断し、神経内科医は「問題あり(平坦でない)」と診断したのである。
これは単に、脳波所見を診断する判読の問題であるが、この場合のように判定する医師によって「平坦」と診断したり、あるいは別の医師がそれを否定する判定となったりすることは、
「脳死判定基準」を医師が判定するということに過ちが生じることがあることを示
している。
- 「脳死判定」に至るまでの治療について
「臓器の移植に関する法律施行規則」 (参考文献G)には、
「・・原疾患に対して行い得るすべての適切な治療を行った場合であっても回復の可能性がないと認められる者について(脳死判定を)行うものとする。」(p17)とある。本症例は入院時に外傷による「くも膜下出血と脳室内出血を伴った脳幹部を含む重度び慢性脳損傷と診断している」。
本症例のような「外傷性一次性脳幹部損傷」に対する治療には、「頭蓋内圧亢進が疑われる場合には・・高浸透圧利尿剤を使用し頭蓋内圧をコントロールする。持続頭蓋内圧測定で、頭蓋内圧が25mmHg以上の症例には、バルビツレート療法の適応となる。」(参考文献Cp419)とある。本件では、脳波の問題と咳反射の回復で7月3日に法的脳死判定の検査を中止し、臨床的な脳死診断を7月7日にやり直すまで、報告書にある「臓器提供施設より報告された診断・治療概要」の欄に治療内容については記載されていない。
7月6日に「脳波を再検」しているのであるから、強力な中枢神経抑制剤であるバルビツレート療法はなされなかったものと思われる。何故なら、この薬剤を投与してその効果を見るために数日間、および投与を止めてその薬剤の影響がなくなるまでに数日間が必要だからである。バルビツート投与中あるいはその効果によって脳波が平坦であっても、それは「脳死判定」の除外例となるからである(参考文献D)。脳室内出血に対して「脳室内ドレナ―ジ」もなされていないようであり、外傷性一次性脳幹部損傷の悪化に対しても「頭蓋内圧測定」や
「バルビツレート療法」といった効果的な治療法も実施されていなかったものと考える。報告書にも、本件の治療内容について適切であったかどうかについては「積極的治療の適応もない」と記されているだけである。
しかし、くも膜下出血を伴う脳幹部損傷で、しかもまだ脳幹機能がある(咳反射)状態
なのであるから、
「バルビツレート療法」の適応であったと考える。本件でこれがなされなかったことは、脳死判定の前提とされる「原疾患に対して行い得るすべての適切な治療を行った場合であっても回復の可能性がないと認められる者について」とある全ての適切な治療がなされていなかったと認められる。
(四)まとめ
以上に検討したように、「脳死」下で臓器提供となった十代後半の女性について、行い得るすべての適切な治療がなされなかったと考える。また脳死判定についても、最初の脳波所見に対する診断が医師によって分かれた。このことは「脳死判定」のあやうさ、不確かさと考えられる。さらに臨床的な脳死診断で脳幹反射消失とされた患者が九時間後の脳死判定の時に脳幹反射(反射)ありとされたことは、6時間経過をみて絶対確実なものとした「脳死判定基準」そのものが確実ではなかったことを示したことになる。
本件では、脳死判定を中断したことを当該病院がマスコミに認めなかったことに対して、公表の「透明性確保されず」と新聞報道で批判されたが、本件の本質的な問題は
「・・・臨床的脳死判断からやり直したことは、脳死判定の難しさとあいまいさを改めて浮き立たせた。」(朝日新聞、平成12年7月8日)ことである。
(五)参考文献
1)厚生労働省、第9例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書
2)近藤孝、図説「脳死」と何か?さいろ社刊、四つの死亡時刻、1992年11月
3)臓器の移植に関する法律施行規則(平成9年10月8日厚生省令第78号)
4)橋本卓雄ほか、外傷性―次性脳幹部損傷、外科治療第66巻4号、1992年
5)近藤孝、高知赤十字病院の 「脳死」第―例患者に対する臨床医学的検討、臨床死生学
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