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一番大事なことを最初に話すべきと思います。それは、市民が利用できる医学論文の情報源です。
医学や医療関係の話を聞いても、普通の人は聞いた情報が「正しいか、必要なすべてか、最新か」を確かめる手段になじみがありません。そのため聞きっぱなしになって理解も検証も曖昧なままに終わり、結局、最初に聞いた専門家の言いなりに
情報操作をされることになりかねません。今は多くの大学医学部図書館が、学外の市民にも開放されていますから、そこに足を運んで学会誌や研究報告書などを直接、見ることができます。難しい単語、略語が出てきても、図書館に備えてある辞典や解説書を参照すればほとんどは理解できるでしょう。
インターネットで日本医学図書館協会 加盟館一覧から、全国の医学系・歯学系大学図書館にリンクしていますので、所在地、会館時間、休館日、コピー時間、利用規定、蔵書の有無まで確認してから行ってください。この付近では京大、神戸大、京都府立医大、滋賀県立医科大、阪大
、大阪市立大など利用できます。
さて、本日のタイトルは「脳死」よりも残虐な「心停止」後の臓器・組織提供、となっていますの、「では心停止後が残虐ならば、「脳死」体からは臓器・組織は盗ってもいいんだな」とは誤解されませんように。
「脳死」という状態が科学的に判定できないのに、無理を重ねて判定基準を作成し運用している。それだけではなく、「脳死」判定する以前から移植用に臓器を保存する処置をして、患者を死亡させている。なかにはそのいい加減な判定基準さえも無視して「脳死」宣告がなされています。その結果、なかにはまだ生きている人間に、文字通り死にいたる激痛、恐怖、絶望、怒りを与えながら、臓器を切り取っているケースもある。つまり「脳死」臓器移植は殺人が含まれる、というのが私の認識です。
そして「心停止」後の臓器提供と称されている行為は、ほとんどが「脳死」判断にもとづき救命治療を放棄し、臓器保存を処置開始、3徴候死を逸脱する死亡宣告を行っています。「心停止」後とは、法的脳死判定手続と検証を、回避する方便にすぎません。法的脳死判定を免れているために、今でさえも何を判定しているのか定かでない脳死判定が、一層いい加減に行なわれやすい。その結果として「脳死」体よりも脳の機能が保たれた患者から、臓器が摘出されています。しかも「心停止」後、と称することで一般市民には、3徴候死後の臓器摘出であるかのような錯覚を与えて、臓器移植法が成立する約20年前から違法な臓器摘出を行なってきたのです。現在も3徴候死後という錯覚のもとに、ドナーカードに署名する人と同意する家族を増やしています。
実例をあげます。以下の2例はともに従事した本人が学術雑誌に自ら発表したことですから、疑う余地も間違いも無いと思われることです。
1983年の日本移植学会雑誌「移植」 Vol.18 No.5
はp450〜452に日本移植学会理事長・桑原 安治氏による角膜及び腎臓の移植に関する法律の制定の経過についてが掲載されています(以下、枠内)。
| 今から約10年位前、私の長男が足利日赤病院の眼科の医長をしていた時に、千葉大学の雨宮氏のグループが腎臓を取りにやって来た。旅館に泊まって患者さんが死ぬのを待っていて、死亡すると、息子の話によると、禿鷹のように全部持っていってしまったということを聞いて、なかなかやっているなと感心した。移植をやる人は非常に勇気と熱情を持ってやらなければならない。非常に結構なことだと思った。
腎臓は焼いてしまえば跡は残らないが、昭和33年に角膜移植の法律ができた前の時代には、私たちが眼球を取ると、その跡に義眼を入れた。義眼を入れて焼くと、義眼が残ってしまい、これには非常に困った。「眼だけ残ってしまう病気はあるのか」などと言われて非常に困惑した。それで仕方がないので発火点が低いセルロイドで義眼を作ったらよいだろうということになり、セルロイドで義眼を作った。当時の焼場は薪と重油で焼き、穴から焼人(俗にオンボ―と言う)が燃え具合を覗いていて、「先生この仏様は目から火が出ている」などといわれた。セルロイドで発火点が低いから―番先に火が出た。
そのうちに高分子化学が発達してきた。―番最初にできたのが尿素系の樹脂で、これは透明で非常に着色の状態も良いし具合が良いので試作をし、眼球摘出の跡に入れて屍体を焼いたところ、アンモニアを非常に出した。「この仏様は小便をした」などと言われたたことがあって困ってしまった。ようやくメタアクリル樹脂の義眼ができて、そういうことがなくなった。
われわれ5人の教授が死体損壊罪の下を潜りながら以上のようなことをやっているうちに、盛岡で今泉教授がついに摘発され、送検されてしまった。これではせっかくわれわれが善意をもって治療しようと思うのに非常に困るからというので、大いに努力して、昭和33年に角膜移植に関する法律ができた。
雨宮氏の話を聞いて、禿鷹のように持って行ったかもしれないが、第一線の研究者としては血と汗にまみれ勇気ある行動である。しかしやがては盛岡事件の二の舞の災難に会うのではないかと案じた。そこで私はもう引退されたが武見日本医師会会長に相談した。会長日く「実は日本医師会でもその問題を非常に心配しており、普通の状態ならばなにも問題はないだろうが、なにか事故があった時に事故プラス死体損壊罪が加わってしまう。これはなんとかしなくてはならないと思っているから―つ解決に努力してくれ」と言われた。そしてすぐ「厚生省の医務局長に会ってみだらどうだ」と言われたので、早速医務局長に電話し、翌日そのことについて話し合った。
医務局長から、実はこの問題で法制局と秘密の協定ができていることを聞かされた。秘密の協定といっても一般的なことで、死体損壊罪の刑事的免責は含まれていない。検察は検事総長から下まで全部指揮命令系統で検察と一体だが、その地方の検事正の旋毛が曲っていると、検挙される危険がないとはいえない。「先生これはやっぱり
早く法案を作った方がいいですよ」と言われた。いままで角膜移植に関する法律でずいぶん骨を折ったのだが、政府提案でないと不都合なことが多い。是非政府提案で出してくれないかと頼んでみた。医務局長は政府提案で出すのは結構だが、これは国民のコンセンサスを得なければならない問題だから、議員提案の方がいいだろうということになった。
議員提案であるならば、今度は国会議員に働きかけるという問題になるが、これは自民党から出すより仕方がない。これにはやはり筋があって、すなわちボスに了解をとっておかなければならない。「下っ端の議員連中をいくら説得しても駄目で、ボス連中のスタ
ッフによく了解を求めることが必要だ」と申したら、先生すぐおやりなさいというわけで、その翌日私はその時の副総裁だった椎名 悦三郎氏のところに行った。椎名氏は灘尾 弘吉氏に話した。灘尾氏にお会いして家に帰ると、間もなく「今、医務局長を呼んで要旨を伝えておいたから国会の手続をしなさい」というわけで、国会の委員会にこの時は理事が2人同行した。
自民党の法制部会で審議をすることになった。その時私たちは条件をつけた。「遺族の同意を得るということは、今まで眼球をとる際、非常に骨が折れた。せっかくみんないいというのに、変な小母さんなんかが飛び出して来て待ったをかけて取れなくなってしまう。それをなんとか外してくれないか」と頼み込んだところ自民党の厚生都会では「いいだろう」といって外してくれた。今度は総務会にかけなければならないが、総務会は全員一致でなければ通らない。ところが今、大臣をしている有力者が非常に反対した。「これを外すということはもっての他だ」というのだ。それは要するに医師不信なのである。「何千万円出して大学へ入って卒業しても、5年も6年も国家試験に落ちている。ああいう連中のモラルをみたら、任せられますか。これは是非残さなければいけない」というわけだ。「それは過渡期の現象であって、やがては良くなるということを申し上げたが、ちょっと現状をみると、私もあまり強く言えないので、とにかく腎臓移植法案が通ればよいというので諦めてしまった。 |
この後は、異論を言う国会議員を飲食接待したことや、日本医学会の分科会への加入問題で武見会長から「移植学会なんてあんな学会はなくてもいいんだ」と言われたことも紹介していますが、ここに書かれていることは遺族が知らないうちに眼球を摘出したこと、そして厚生・法務行政における秘密免責協定の存在です。
1978年10月発行の日本移植学会雑誌「移植」
Vol.13 No.5 p235〜p239 屍体内臓器灌流による腎の変化は福島県立医科大学第1外科の薄場 彰氏ほかによる論文で受付は同年年5月11日。そして同じく5月11日受付で11月発行の日本外科学会雑誌
Vol.79 No11 p1417〜p1425に、関連論文として屍体内灌流腎(福島医大方式)移植6症例についてを発表しています(「移植」は動物実験による移植技術の紹介が中心。日本外科学会雑誌は症例報告)。
日本外科学会雑誌によると、屍体内灌流腎移植(福島医大方式)の概要は、下記1〜4と理解されます。
- ドナーの血圧が最高60mmHg、最低40mmHg程度まで低下すると、ダブルバルーンカテーテルを股動靜脈より、それぞれ大動脈、下大静脈に挿入する。
- さらに血圧が下降して昇圧剤にも反応しなくなると、ダブルバルーンを膨張させないまま、補助循環を開始する(腎臓の血圧維持が主眼か)。
- 内科医師による死亡宣告後、直ちに2つのバルーンを膨張させて動脈・靜脈の血流を遮断。
- 静脈側のダブルバルーンカテーテルから血液を吸引して、人工心肺装置で酸素化とともに乳酸加リンゲル液で希釈し4℃に冷却。
- 動脈側から、前記の酸素加冷却希釈液を送入する。
(日本外科学会雑誌p1421:灌流装置は小型でベッドにかくれており遺族の方々には見えないようにし、灌流を施行した)
- ドナーと家族の死後?の別れ。
- 屍体内灌流のまま手術室へ搬入、腎摘出開始。
薄場氏らは46歳男性について「頭部外傷後、完全に脳機能停止、脳波も平定」と脳波記録も掲載しており、これは脳死判断を示すものでしょう。
そして「内科医師の死亡宣告後に灌流を開始した」と書いているのですが、「移植」p238によると温阻血時間はすべて0分なのです。これは心臓が拍動中に灌流開始したことを示し、3徴候死後の灌流開始とはいえません。
薄場氏らは日本外科学会雑誌論文の冒頭p1417で「本邦人に特有な民族的情感を尊重し、また死の尊厳を侵すことなく『死』の宣言後数時間経過後に腎摘出を行なう事が必要と考え、屍体内臓器灌流法を考案・・・」と書いた。しかし、社会的合意もない「脳死」判断にもとづき、瀕死の患者にカテーテルを挿入、生前からの腎臓冷却灌流開始が気づかれないように灌流装置をベッドに隠して行なった。死んだ後までも「心停止後に臓器を提供していただきました」と騙し続けておきながら、患者・家族にいったいどのような尊厳が残されているというのか、と私は思います。
また1985年の日本移植学会雑誌「移植」第20巻第4号に、千葉大学の落合 武徳氏らによる「脳死または三徴候で死の判定がなされた死体腎移植成績の比較」が掲載されていますが、千葉大学で三徴候死による死亡宣告後に腎臓を摘出したのは1979年までで、以後は「脳死」下摘出であることを明確に書いています。
このように生きた人間からの臓器摘出であること、加えて20年以上にわたり「『心停止』後というのは3徴候死後なんだ」と市民を騙し続けて移植用の臓器を獲得してきた移植医療従事者の残虐さ、欺瞞、まやかしを指摘するのが、今日の内容です。従いまして、まず「脳死」判定基準がいかにいい加減なものか、いかにいい加減な「脳死」宣告が行なわれているかを、説明する必要があります。
直感的に、「脳死」体からの臓器摘出は残虐なことをやっている、おぞましい、おかしなことをしている、と誰にも思われる事実が、臓器摘出前に筋弛緩剤を投与し、なかには摘出手術中にガス麻酔をかけられて臓器を切り盗られた患者がいる、臓器摘出時に血圧が急上昇していることです。
典型的な発表としては、法的脳死判定9例目の福岡徳州会病院の事例がわかりやすいので、最初に紹介します。2000年9月の九州麻酔学会第38回大会でこう発表しました。ドナーからの臓器摘出に「ベクロニウム(筋弛緩薬)4mgを静脈注射した。臓器摘出手術の開始直後に一時的に高血圧となったため、ニトロプルシド(血管拡張薬)とイソフルラン(ガス麻酔)0.5%を数分間投与した」と(麻酔 第50巻6号 2001年6月 p694)。
このほかにも、下記を各担当医が自ら発表しています。
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高知赤十字病院(高知市)は1999年2月28日、法的脳死判定1例目ドナーからの臓器摘出時に「臓器摘出開始時に、急に血圧が上昇した。そのため麻酔を実施した」、と記者会見において主治医が公表。日本臨床麻酔学会第20回大会(会場=佐賀市文化会館)でも「今まで使用してきた抗生物質、ステロイドの投与、筋弛緩剤の投与が必須である。あくまで脳死患者であるから、脳以外は正常と考える必要がある。すなわち脊髄反射により高血圧を来たすことはあり、降圧剤が必要になることもある。これに対しては吸入麻酔が調節性に富んでおり使いやすい。脈搏に関しては大きな変動はない」と報告した。日本臨床麻酔学会誌
Vol.20 No.8(2000年9月)p146
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古川市立病院(宮城県)は1999年6月14日、法的脳死判定3例目ドナーからの臓器摘出時に「術中のドナーの全身管理には麻酔薬は用いず、筋弛緩薬(ベクロニウム)の投与で手術侵襲に対する体性反射を遮断した」、これは2000年4月 日本麻酔学会第47回大会(会場=東京国際フォーラム)にて発表。
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駿河台日本大学病院(東京都)は2000年3月29日、法的脳死判定5例目ドナーの呼吸、循環管理にあたり「呼吸、循環管理をどのように行うかに関する資料が乏しかった。日大広報にドナーの呼吸、循環管理を担当した麻酔科医の名前が実名で載った。この麻酔科医個人宛てに抗議文が送られてくる可能性もあるので、名前が公表されないように努めるべきである。これは2000年11月 第22回日本手術医学会総会(会場=パシフィコ横浜)にて発表。
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昭和大学病院(東京都品川区)は2001年1月8日、法的脳死判定11例目ドナーからの臓器摘出時に「術前、術中のドナー管理に2名づつの麻酔科医が担当し、麻酔管理を行った」、これは2001年10月18日の日本臨床麻酔学会 第21回大会(会場=パシフィコ横浜)のシンポジウム「臓器移植と手術室」にて発表。
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川崎市立川崎病院(神奈川県川崎市)は2001年1月21日、法的脳死判定12例目ドナーからの臓器摘出時に「臓器摘出手術の経験のある施設からアドバイスを得て、臓器摘出手術の麻酔を実施したが摘出手術中の血圧管理には困難が伴った」、これも2001年10月18日の日本臨床麻酔学会 第21回大会(会場=パシフィコ横浜)のシンポジウム「臓器移植と手術室」にて発表。
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聖路加国際病院(東京都中央区)は、2001年7月1日、法的脳死判定15例目ドナーからの臓器摘出に「ベクロニウム(筋弛緩薬)投与後に手術を開始した」、これも2001年10月18日の日本臨床麻酔学会 第21回大会(会場=パシフィコ横浜)のシンポジウム「臓器移植と手術室」にて発表。
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新潟市民病院(新潟市)は、2001年8月17日、法的脳死判定17例目ドナーに「ベクロニウム10mgを静注し筋弛緩を得た」と2001年12月8日に第54回新潟麻酔懇話会(会場=新潟大)にて発表(新潟医学会雑誌 第116巻第6号 2002年 p297)。
「脳死」体からの臓器摘出時に筋弛緩剤、麻酔薬を使っていることをドナーカードを持っている人が知ったら、どのような反応があるか。実例をお話しますが、私の自宅に電話がかかってきました。「守田さんは「脳死」・臓器移植に反対する運動をされていますね。なんでこんなことをしているんですか。私はドナーカードを持っています」と詰問調でしたが、私が今お話した福岡徳州会病院の麻酔投与と血圧急上昇の実例を話しますと、電話をかけてきた人は即座に「えぇ!それって、もしかして殺人じゃないですか」と言われました。
私に直接電話をかけてくるほどの熱烈な「脳死」臓器移植推進論者が、一瞬のうちに「脳死」・臓器移植は人殺しだ、という直感を持たれました。皆さんも、「脳死」体への筋弛緩剤・麻酔薬投与、臓器摘出時の血圧急上昇を多くの人に伝えて下さい。その時には、ドナーカードを持たせようとしている日本移植学会、日本臓器移植ネットワーク、厚生労働省がこのことに口をつぐんでいることも伝えると、効果的に臓器移植医療の実態を知らせることができるはずです。
「脳死」体への筋弛緩剤・麻酔薬投与、臓器摘出時の血圧急上昇の事実を話される前に知っておくべきことは、移植医・救急医が、これを何と説明しようとするかです。彼らはわかりやすく言う時には「臓器摘出時の血圧急上昇は脊髄反射であり、体が動くことは主に脊髄自動反射というものです。脳死は大脳・脳幹の機能が失われた状態ですから、大脳・脳幹より下の脊髄が機能していても問題ありません。脊髄反射があっても、痛みを感じる心配はありません。摘出する予定の移植用臓器が、高血圧や低血圧、感染症などで移植ができなくなるように傷んでは、せっかくの尊い臓器提供意思を無駄にすることになりますから、抗生物質や輸血・降圧剤を使うこともありますよ。ガス麻酔は脊髄反射にもすぐ効くから使いやすいんです」と言うでしょう。
神経学的には刺激に対する反応の仕方、筋肉の動きなどの観察だけで「これはまず脊髄反射に間違いない」と理解される反射はあります。例えば、お腹への刺激でお腹の筋肉が収縮するとかも脊髄反射です。しかしここで問題としているのは、臓器摘出時のメスを入れた時に、血圧が急上昇している現象についてです。大脳や脳幹部が生きていて、臓器摘出時のメスで痛みを感じるから血圧が急上昇しているのならば「脳死」などではない。一方、交感神経だけが臓器摘出時のメスで刺激されて、血圧が上昇しているのならば、交感神経の中枢は脊髄にあるから、脳死で問題ない、という話になるのです。
「医者が脊髄反射と説明しているのならば、脊髄反射に間違いないんじゃないか」と思う人もいるでしょう。しかし、脳死判定では、刺激による反応が、脊髄反射であるのか、そうではないのかを見分ける検査は行なっていません。法的脳死判定マニュアルに、患者は意識を回復しない深昏睡の状態であることの確認法として、「虫ピンによる疼痛刺激または眼窩切痕部に指による強い圧迫刺激を、顔面に加えること」としています。そして反射が認められた場合には、「誘発したと思われるのと同じ刺激を加え、同じ反射が誘発されれば脊髄自動反射と判断する」としています。
この検査法でなにがわかるのでしょうか。「刺激して反応が認められたら、再び同じ刺激を加え、同じ反応が出たら脊髄自動反射と判断する」というのは、反応の再現性しか見ていないことになります。血の通う生きている人間ならば、痛み刺激を加えたら反応があるのが当たり前です。重態になればなるほど、定型的・単純な反応しかできなくなります。反応が再現されたことだけで脊髄反射というならば、ほとんどの重態な患者は脊髄反射・脊髄自動反射しかしていないことになります。
もはや永久に意識を回復しない深昏睡の状態であるはずの患者が、実は脳死判定基準に基づいて加えた疼痛刺激は弱すぎて、脳死判定時には目覚めなかった。しかし臓器を切り取られる時になって、メスの激烈な疼痛刺激によって意識を回復しているのではないか。大脳の思考までは回復していなくても、延髄など生命維持に不可欠な部分が生きていて痛みを感じた、その反応として血圧が急上昇しているかもしれないのですが、その可能性をまったく考えることなしに、最初から脊髄反射と決め付けることが妥当なのか。
痛み刺激を加えたら、「その刺激が、大脳や脳幹に伝わり大脳や脳幹が生きていて反応した結果として体のどこかが動く、血圧が上昇するなどの反応が起こっている」のか、そうではなくて「大脳や脳幹はもはや機能していなくて、脊髄だけが機能しているから起こる=つまり痛み刺激が脊髄神経から折り返した結果として生じた反応」なのか、それを見分ける検査が法的脳死判定マニュアルというからには規定されていて当然ですが、このマニュアルは反応の再現性を確認できたら、すべて脊髄自動反射とすることに最初から決め付けてしまっています。
刺激に対する反応が脊髄反射なのか、そうではなくて大脳や脳幹に伝わった結果の痛みに対する反応なのかは、筋電図をとって、反応するまでの時間の長短で見分ける方法があります。「脊髄反射ならば、刺激した部位から脊髄神経に伝わって折り返してくるだけだから短時間で反応が出現する」「大脳や脳幹に伝わった結果としての反応ならば、刺激部位から大脳または脳幹に伝わり、そこで『痛い、止めてくれ』などの情報処理が行なわれた後に反応するから時間がかかる」という仕組みです。
脊髄から大脳まで数10センチ、ここを秒速数10メートルのスピードで神経の興奮が伝わり、それから脳の視床などの部分で「痛い、殺される、助けて、怖い、逃げなきゃ」と情報処理されて、次は心臓や体に筋肉に「逃げろ」などの指令を伝える、結局0.0何秒の時間差で見分けることになりますが、実際に、この方法で脳幹死に近い患者の反応を藤田保健衛生大学・神経内科の野倉一也氏が検討しましたが、野倉氏は「脊髄反射ではなく延髄も機能していた可能性がある」と報告しています。
野倉氏が1997年の日本神経学会誌「臨床神経学」第37巻第10号に発表した「虚血性脳症による無呼吸性昏睡状態において認めた反射性呼気様運動とSBS反射について」は、専門用語が多いので、わかりやすく言い直すと「この患者の腕を曲げたらお腹の筋肉が収縮して呼吸をするかのような動きがあった。太腿の神経を電気刺激したところ、その電気刺激が脊髄神経で折り返してくるはずの時間よりも長い0.07秒後に、持続時間0.3秒間の筋電図がお腹の筋肉から測定されました。従って、この呼吸をするかのような動きは脊髄反射だけではなく延髄の一部が関与した反射である可能性があります」という論文です。
野倉氏は、太腿の神経を電気刺激した場合、脊髄反射ならば何秒後に反応するはず、とは論文に書いていないので「脊髄神経よりも長い」と書かれても分かりにくいのですが、多分0.03秒とか0.05秒とかのレベルの時間差だと思います。
正確を期するために説明しますが、「脳幹死に近い患者」とあるように、この患者は脳死ではありません。「脳幹反射の消失、平坦脳波、無呼吸、聴性脳幹反応の停止」は確認されましたが、「舌の筋緊張の存在とわずかな運動、脳血流の残存、視床下部ホルモンが検出」されたためです。しかし野倉氏は、「脳幹死、全脳死と進行するほど脊髄も障害されて、脊髄反射の観察が困難になるため、脳死にこだわらずに脊髄が大脳や脳幹など上位レベルの制御から解き放たれた状態、脊髄反射が観察できる段階で観察が行われるべき」と、つまり今回の観察が、「脳死」患者の脊髄反射とされてきた運動を研究する点では、同等であることを述べています。
野倉氏らは「臨床神経学」第37巻第3号でも「一次性脳粗大病変による無呼吸性昏睡状態で出現した四肢自動運動に関する研究」という論文を発表し、上記と同様の脳死状態患者(無呼吸テスト未実施など)の延髄の一部が機能していた可能性は否定できないことを報告しました。日経メディカル2002年9月号で野倉助教授は「脊髄だけで説明できる現象だと立証した研究はない。延髄の一部が機能していた可能性は否定できない。脳死の研究にもっと力を入れる必要があり、脳死判定基準もその進歩に合わせて当然、見直すべきだ」と述べています。
筋電図とは別の観察方法によっても、「脳死」体の脊髄反射・脊髄自動反射説は疑われています。1994年の第19回日本外科系連合学会学術集会で大阪府立病院・救急診療科の桂田 菊嗣氏は、「脊髄自動反射は脳死患者の一部、約11%にしかみられず、低酸素、炭酸ガス過剰、低血圧等や皮膚刺激、頸部前屈等で誘発されることはあるが、一定しない。運動の型は複雑なものである。通常の脊髄反射(皮膚反射、深部腱反射等)は残存する場合はあっても多くの場合欠如しており、バビンスキー反射(足底をこすると、親指は足背に向かって屈曲し、他の指は開く脊髄反射)等もみられないのが普通である。
これら法則性の欠如は脊髄自動反射の発生機序にまだ不明の部分を残している」と述べました(日本外科系連合学会誌 第19巻2号 p151〜p153)。
桂田氏の発言をわかりやすく言い直すと「脊髄自動反射は脳死患者の一部にしか見られず、誘発されるきっかけは一定しない。運動が複雑だ。通常の脊髄反射は多くの場合ない。脊髄自動反射とされる反応の出現する法則性が無いことから、これが脳死状態だから発生しているかはわからない」となるでしょう。
私は、脊髄自動反射とされる反応が「誘発原因が不定、複雑な運動をしている、通常の脊髄反射が無い」のであれば、それは脊髄よりも上位の中枢が機能している
患者が含まれるのではないか、つまり「脳死」判定基準を満たしたなかに脳が機能している患者も含まれる、すべてそうだとは言えませんが可能性があると思います。
第6例目法的脳死判定(2000年4月・秋田県由利組合総合病院)の直後にラザロ徴候が起きました。ラザロ徴候とは、人工呼吸器を外して4〜8分後に、両上肢と体幹に鳥肌が立ち、その後、両肘が曲がり、患者によっては「人工呼吸器を外すな!」という動きをします。これにも野倉助教授は脊髄反射との説明に疑問を投げかけています。これまで脊髄反射や脊髄自動反射と決め付けられていた患者の反応、動きの一部が、実は「脳死」ではないからそんな反応があるんだ、という可能性を指摘されています。
千葉西総合病院神経内科の古川 哲雄氏は、神経内科vol54.No6に「脳死患者に本当に意識はないのか?」と題する論文を書かれています。
| 【要旨】
大脳半球を除去した動物から自発行動は無くなるが、強い不快な刺激を与えると覚醒する。除脳動物に共通の症状は、インプットは保たれているがアウトプットは極度に障害されていること。後者は大脳半球によって起されるのに対し、前者は間脳、中脳、橋、延髄、脊髄に依存している。
臓器摘出のために皮膚に切開を入れると同時に、血圧の上昇、頻脈の出現する現象は、脳の一部に機能が残っていなければ起こりえない。意識は大脳皮質のみで感じているという根拠は無い。高次の中枢が障害されれば、下位の中枢が働く。脊髄にも中枢がある。
脳死患者の体動は反射とされているが、脊髄反射を抑えるためならば筋弛緩剤を用いれば十分であるのに、なぜモルヒネを使わねばならないのか。手術台上に起き上がる脳死患者もいるのである(会田 薫子私信)。これが脊髄反射であろうか。
脳死患者に100%意識が無いとは言えない、と考える神経内科医はいる。 |
古川氏は、臓器摘出時の血圧急上昇等が脊髄反射ではない可能性を指摘されると同時に、「脳死」定義を満たして脊髄以下しか機能していない患者でも、その脊髄で痛みを感じる可能性があることも主張されています。「脳死」患者の反応が、脊髄反射・脊髄自動反射だったとしても、それは脊髄が機能していることを証明することにほかなりません。古川説によると、脊髄反射・脊髄自動反射がある患者からも臓器を摘出することは非人道的な行為になります。
「脳死」臓器摘出時の筋弛緩剤、麻酔薬の使用例を見ると、なかには筋弛緩剤だけ投与され、麻酔薬は使われなかった患者もいます。宮城県の古川市立病院は法的脳死判定3例目で、臓器摘出手術中のドナーの全身管理には麻酔薬は用いず、筋弛緩薬(ベクロニウム)の投与だけでした。聖路加国際病院の法的脳死判定15例目も、日本臨床麻酔学会誌(第21巻8号 2001年9月 p182)の記載からはベクロニウム(筋弛緩薬)だけかも知れません。つまり法的脳死とされても、様々な容態の患者がいるということですが、これは解剖結果と符合します。
| 臓器摘出時に筋弛緩剤だけ投与された
法的脳死判定3例目・15例目 |
| 臓器摘出時に筋弛緩剤と麻酔薬の双方を投与
法的脳死判定1例目・9例目 |
1995年3月11日付発行の週刊医学のあゆみ(医歯薬出版)は、p631〜p646に「サイエンスとしての脳死」を特集。新潟大学脳研究所の生田 房弘氏と新潟脳外科病院病理部の武田 茂樹氏は、“脳死”例の剖検所見からみた個体の死の時刻でなかで脳死84剖検例を報告されています。要旨は下記1〜6です。
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脳死脳における例外のない重要な現象は、脳死の判定とほぼ同時期に、脳の血流、すくなくとも脳幹網様体を含む部に脳血流の停止が生じていることである。
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脳死例ではなく心停止後に心拍が再開、その後結局死亡された多数の剖検例から、大脳皮質の神経細胞では、心停止後ほぼ7分くらいで多くの細胞は死滅するが、部位によっては15分くらいの心停止でもなお生存している神経細胞がある。
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脊髄は全例が内臓器とともに、心停止に至るまで血流を保持し、生存している。
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脳幹部や他の部は明らかな自己融解に陥っている脳死例で、視床下部諸核の神経細胞は生存していたとみられる例があった。脳死後24時間以内の6例はみな、おそらく生存していた。脳死後4日位の時点まではほぼ40%くらいの症例の視床下部だけは生存していると考えられた。1時間余りの心停止の後、視床下部神経細胞が生きていた例も経験した。この部の神経細胞は血流停止そのものにも強い抵抗性を持っている部と思われた。
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血管と神経細胞の間に介在し、栄養を橋渡しするアストロサイトも、血流停止後数十時間生存する。
このほかに豊倉 康夫氏が生命の科学12(9):1 1993に書いた「頭と胴体が離断された個体では、二つの部分の生物学的な死へのプロセスが同時に進行する。しかし、それはいずれの部分においても完結した死の瞬間ではない。頭部では聴覚、視覚をはじめとする感覚入力はかならずや大脳に伝達されるであろう。意識、記憶、感情など、間違いなく大脳に依存するしくみも瞬時に廃絶するわけではなかろう。これは病床における昏睡の脳、臨死状態の脳にもあてはまることだと私は考える。さらに、遺族に向かって『ご臨終です』という医師の言葉さえも・・・」を引用し、「著者もそのように考える」と同感している。
視床下部が生存しているなら死ではなく、意識がある可能性が高い。臨終を告げる医師の声を聞いているならば、3徴候死も本当は死ではなく、3徴候死直後の臓器摘出も犯罪行為になると考えられます。脳死患者も、全員が死んでいるわけではないことになります。
日常の診療でも、患者を外から観察することしかできない場合には、何割という高率で誤診があると言われます。死後に解剖されないと本当の病気が分からない場合もある。生田氏の解剖は、「脳死」と判定された患者のなかに様々な状態の患者がいて、なかには脳が正常に機能している患者もいることを示しました。これが筋弛緩剤だけで臓器を切り取ることができた患者と、麻酔剤まで必要になった患者がいることの原因ではないでしょうか。
「脳死」と判定された後に、一部の機能が回復した患者がいます。
1997年3月17日17時49分に、脳死と判定されて5日後の46歳男性から鼻腔脳波がα波まで記録されました。臨床脳波1997年11月号に日大の林成之氏が発表したものです。この臨床脳波1997年11月号では関西医科大学の河本教授も、脳死判定基準を満たした20症例のうち6例に鼻腔脳波が診られたことを報告しました。
鼻腔脳波について、臓器の移植に関する法律施行規則(脳死判定基準)を検討した1997年の第2回臓器移植専門委員会に、「鼻腔誘導脳波は、心拍、呼吸、筋電図による波形との鑑別が難しく、測定された波形が脳のいずれの部位の由来なのか必ずしも明確ではなかった。したがって、測定結果の持つ意味合いについては、今後さらなる研究すべき余地が残されている。・・・」という平成8年度の厚生科学研究「脳死の判定に関する研究」が報告され、脳死判定基準に採用されませんでした。しかし、河本教授は「(鼻腔脳波の)波形が人工呼吸器などのアーチファクト(周辺機器動作雑音)とは考えられなかった」としています。林教授も発表するからには、心拍や筋肉の動きと混同していないから発表されたのでしょう。
「脳死」体脳の解剖からも、機能回復の実例からも証明されると思われることは、一時的な機能低下で脳死判定基準を満たす患者がいるということ、あるいは判定基準を満した患者でもさまざまな容態の患者がいるということです。これが臓器摘出時に麻酔を必要とする患者がいたり、筋弛緩剤だけで済む理由ではないのか。
もう少し、非科学的な脳死判定について解説します。
脳波は、通常、測定しているよりも感度を上げて測定するように定められています。「感度を上げると周辺機器からの電気的雑音=アーチファクトと見分けるのが難しい」と専門家の話が報道されたので、多くの人は「非常に高感度で精密な測定をしているんだな」という印象を持ったと思いますが、違うんです。
脳死判定の脳波測定は、頭皮の上に脳波測定用の電極を設置しているため、脳組織との間に「硬膜、髄液、頭蓋骨、頭皮」などが入ります。このため脳の表面で測定するよりも脳波が数10分の1程度に弱まり、しかも雑音が増え、記録される脳波も大脳表面から深さ5ミリ〜1センチ程度の脳活動に限られています。頭皮上で測定するのではなく、脳組織の表面に電極を設置し、しかも脳の深部を測定しないと、脳が活動しているか否かは見落とすことが多いのです。
千葉県・船橋市立医療センターの唐澤 秀治脳神経外科部長は、1997年の第25回日本救急医学会総会に「頭皮上脳波が平坦でも、深部脳波が記録された8名のうち2名が社会復帰した」ことを報告し、脳死判定項目の「平坦脳波と判定時間は、今後、検討を要する」と発表しました。脳波記録開始時に、8例のうち7例は深部脳波も平坦、1例は深部脳波のみ活動が記録されていました。その後、深部脳波平坦群7例のうち4例は4〜7時間後に深部脳波にのみ活動再開、さらに1〜7時間後に頭皮上脳波にも波形が記録されました。7例のうち2例は12〜13時間後に深部脳波から頭皮上脳波まで活動開始。8例のうち2例は社会復帰しました。6例は死亡し、頭皮上脳波が再び平坦化して深部脳波が消滅するまでに5〜22時間かかりました。
深部脳波の測定に関して船橋市立医療センターは先進的な医療を行ないながら、重症患者がドナーカードを持っていることがわかったら、救命治療に手を抜いているようです。唐澤氏自身が、2001年に羊土社から発行した「脳死判定ハンドブック」p208〜p209で書いていることですが、「脳死判定検査をしなければならない事例では、治療目的で頭蓋内脳波をモニタリングしていたら、頭皮上脳波が一見平らに見えても頭蓋内脳波で活動が見られれば脳死ではないと判定する。しかし、治療中に頭蓋内脳波をモニタリングしていない患者は、脳死判定目的で頭蓋内脳波をモニタリングはしない。なぜなら、これらのモニタリングシステムはあくまで救命医療におけるモニタリングであるからである」と書いています。「治療目的に脳のモニタリングはするが、脳死判定目的ではモニタリングしない」とは、治療→救命困難と判断→脳死判定、の流れからは有り得ない事ではないでしょうか。
深部脳波が消滅するまで22時間の患者がいたことを唐澤氏が報告していますが、臨床脳波2001年5月号で、日本大学医学部救急医学教室の守谷 俊氏は、「心肺蘇生した6時間後に脳波が記録されなくとも、48時間後に脳波が出現して、最終的に障害を残したものの退院できた患者2名があった」ことを報告しています。脳死判定の間隔が6時間とされていますが、これでは短すぎる患者もいる、という証拠です。過去の大阪大学脳死判定基準では、患者の症状により観察時間を変えていました。一律に6時間後に再判定する現行の基準の危うさが、予想されます。
ほかにも資料に記載のとおりですが、脳死判定開始のタイミング、中枢神経抑制剤を投与された患者を脳死判定から除外すること、法的脳死判定の間隔、対光反射、脳波測定・脳血流途絶、無呼吸テスト、視床下部、いずれの項目についても、脳死判定基準に規定自体がなかったり、必要な検査を行なっていなかったり、非常に甘い判定基準にしていたり、さらには科学的な判定基準を決定することが不可能と見られる内容があります。
各検査項目に共通する問題は、検査しようとする機能が廃絶しているか、そうではないのかを見分けるための、適正な刺激の強度を決めることができない、ということです。
意識を回復しない深昏睡の刺激の強さは、なぜ現在の強さで適正とされているのか。根拠は何か。臓器を切り取る、死に至らしめる激烈な痛み刺激で深昏睡から回復することも考えられます。しかし、そのような刺激を瀕死の患者に与えることは、人道上からも許されません。もちろん、そんなことをしたら臓器を取れなくなる。
無呼吸テスト終了時の血液中の二酸化炭素濃度にしても同じことが言えます。臨床脳波1997年11月号でも日大の林氏は、無呼吸テストを終えてもよいとされている基準60〜70mmHgを超え72.2mmHgで自発呼吸が出た患者を報告。1988年の第1回脳死・脳蘇生研究会(救急医学Vol.12
No.9 S471〜S485)では、日本医科大学の木村 昭夫氏が「54歳女性が脳死と判定した後6日目に突如として血圧が急上昇し再度、脳死判定を行なった。無呼吸テスト時PCO2(肺胞内二酸化炭素分圧)が100mmHgを超えると脈血圧の上昇とともに下顎呼吸様体動が出現した」と報告しています。
海外でもGoudreauが145回の無呼吸テストで1例(0.7%)の自発呼吸出現とともに、1例の心停止、4回(2.8%)の不整脈、35回(24.1%)の低血圧を報告しています(
Neurology,55:1045-1048,2000、脳死判定ハンドブックp217)。
二酸化炭素により呼吸中枢が刺激される濃度は、100mmHgでも平気な喘息患者があるように個人差があります。しかし心停止例があったように、多くの患者にとっては無呼吸テスト終了時の二酸化炭素分圧を70mmHg以上など高く設定すると、酸素が供給されず危険な状態をもたらします。また神経細胞が障害され呼吸抑制が生じる=呼吸中枢の機能停止と間違って判定されます。無呼吸テストも判定基準=刺激の強度を本当は決定できないのに、とりあえず検査をしたことにしています。
脳内の薬物濃度にいたっては、測定する科学的方法さえ存在しません。測定できても、その濃度で脳に影響があるか否か、判断できないのです。
臓器移植法が議論された衆議院厚生委員会で1997年4月8日、脳死判定基準を作成した中心人物、竹内
一夫氏は「脳死の判定基準の最初に『除外例』というものが厳重に設定されている」と述べました。しかし、「脳と神経」2002年7月号で竹内氏は、「船橋市立医療センターの唐澤らによると脳死判定に影響を与える29種類の薬物のうち、有効血中濃度域がわかっているものは12種類しかないという」と驚くべき記述をしています。「除外例というものが厳重に設定されております」と国会で堂々と参考意見を述べながら、本当は除外すべき薬物がどれだけあるかも知らなかった。この一言だけ取上げても、現在の臓器移植法がいかに間違った知識に基づいて制定されたか、わかると思います。
この「脳と神経」では、脳内薬物濃度が末梢血中の数十倍も高濃度な「脳死」患者がいることも守屋・高知医大助教授の論文を引用しています。「脳死」患者の病態として、脳内の圧力が上昇していって脳への血流が
低下しますが、脳血流低下の前に投与した中枢神経抑制剤が脳から排出されずに高濃度に留まるため、腕などから採血した血=末梢血で薬物濃度を測定しても意味がないことを指摘した論文です。
ところが竹内氏は「脳と神経」誌上では「脳死判定の目的で被験者の脳組織を採取するような検査は、まず実施不可能であろう」と述べるにとどまりました。脳内の薬物濃度検査が実施不可能であるならば、「中枢神経抑制薬の投与患者は脳死判定しない、すべて脳死判定の除外例とする」ことが科学的な態度ですが、なぜ竹内氏はそう書かなかったのか。有効域不明薬物が多いことも認識しながら、「有効域不明薬物を投与した患者は脳死判定しない、すべて除外例とする」となぜしないのでしょうか。間違った判定基準を放置しておくと、死亡させられる患者がいることを、医師でない人間でもわかります。判定基準作成者の責任を竹内氏らはどう考えているのでしょうか。
「脳死」判定基準自体が非科学的な内容なのに、さらに混乱に拍車をかけているのが、一部の医師・救急スタッフによる根拠のない「脳死」判定、家族への「脳死」告知、臓器・組織提供について承諾を得る以前・脳死確定以前からの救命放棄・臓器保存処置の開始です。
日本小児医事出版社発行の小児科臨床2003年2月号は、富山県立中央病院・小児科の五十嵐 登医長らによる「新生児期における脳死判定とターミナルケア ―重症新生児仮死症例における看取りのカンガルーケアを通して―」を掲載しました。
五十嵐医長らは、「我が国では新生児期の脳死判定基準はない」「将来的にも新生児期において社会的に万人の納得する脳死判定基準の設定は不可能にも思える」ことを認識しています。しかし、この新生児の治療に使用した中枢神経抑止剤フェノバルビタールを投与している最中で、しかも脳血流がある日齢5に第1回の脳死判定をしました。フェノバルビタールは日齢6まで投与しました。日齢7に血中濃度41.6μg/mlであり、脳死判定には高濃度であることも、五十嵐医長自身が認識しており、「25μg/ml以下であれば脳死判定に問題はないとされている」と書いています。血中濃度を測って41.6μg/mlならば25μg/mlをはるかに超えていますから、成人であっても「脳死」判定しないのが当然ですが、
判定しました。
フェノバルビタールを日齢6まで投与し、日齢7に脳血流が検出されなかったことから、脳内薬物濃度が血中濃度の数十倍にもなる可能性も認識すべきだった、まさにその7日に二回目の脳死判定を行なったのです。そして家族の脳死状態との説明を行ない、死を強要し治療打ち切りまで持っていった。お母さんの胸に抱かれてカンガルーケアができたことを、「良い看取りができた」として論文にしたのです。
「脳死」判定基準が無い新生児に脳死判定を行なう、しかも中枢神経抑制剤が高濃度だから成人でも「脳死」判定しない状態であることを知りながら「脳死」判定、家族への宣告を行なった。ここまで無茶苦茶するのであれば、「脳死」判定基準など要らないじゃないですか。
脳死判定基準がもともと持っている、避けられない非科学的な性質Aそれに加えて現場医師による脳死判定基準さえも無視した脳死宣告B危険な無呼吸テストをしたくない医師の判断あるいは家族の要請、これらが相乗効果を発揮しているのか、「脳死」のはずなのに長期生存者が知られ生存率まで試算されています。
約1万3千件の「脳死」症例を集計したシューモンShewmon(
Neurology,51:1538-1545,1998)によると、1週間以上生存した「脳死」状態の患者数は175例。その中には、14年以上生存し、物の動きを目で追うようになった少年のほか、5.1年、2.7年の長期生存例を報告しています。シューモンは1週間以上生存した「脳死」患者は、その後の予想生存率を、1ヶ月以上生きる人は59%、6ヶ月以上32%、1年以上19%、10年以上8%としました。
脳死状態となってから1週間以上生存した患者の生存率
1ヶ月 2ヶ月 6ヶ月 1年 2年 5年 10年
59% 41% 32% 19% 13% 13% 8%
シューモンの論文には「例外的な長期生存例を集めた」などの批判もありましたが、約1万3千件の「脳死」症例のうち1週間以上生存が175例(約1.4%)は、1987年に竹内研究班が552件の「脳死」症例で1週間以上生存が15.4%と報告している比率よりも一ケタ低いのです(竹内研究班の報告には、年単位の生存者はいませんが)。これらの事実は、「脳死」状態と言われても、人工呼吸と栄養、感染症対策など全身状態が維持される限り、竹内氏の表現によると「心拍動を維持することは可能である」ということを示しています。
これまで「脳死」状態を人の死とする理由が「脳の機能喪失により身体の統合ができなくなる」でしたが、生存率まで推計されるに及んで、それが否定されました。「脳死」とはせいぜい、脳が重症であることを示すことしかできません。「脳死は人の死である」という脳死概念は根拠を失い、それに伴い「臓器を提供してもらっても許されるんだ」とは言えなくなってきました。まして、臓器摘出時に、筋弛緩剤・麻酔を必要とされる状態であり、その事実に口をつ
ぐんでドナーカードの携帯を勧めているに及んでは、です。
2001年6月7日に小児脳死判定基準の見直し論に関連して毎日新聞の取材を受けた日本救急医学会理事長の島崎 修次氏は「判定基準に当てはまる例を10万例調べて回復しなくても、10万1例目に回復する可能性があるかもしれないが、その考え方は世界的に採用されていない」とコメントしています。島崎理事長の言うとおりに、現代の医療では救命できる可能性がほとんどないと仮定しても、それは即座に、死亡宣告することや臓器を切り取ることまでを正当化できません。すべて臓器摘出前に筋弛緩剤を投与し、一部の患者にはガス麻酔がかけられているように、臓器を切り取る時に痛みを感じさせる、切り取られるのを意識される可能性があるからです。
「脳死」・臓器移植の推進に世論への影響力が大きいのが、臓器移植しか救命方法がないと言われた子供達を、前面に出すことです。しかし特に肝臓の病気で多いようですが、そんなお子さんが亡くなられる時に、「脳死」状態を経由して死亡した、という論文も見かけます。「自分の子供を生き延びさせるために他人の臓器が必要だ」、と普段から活動されていても、自分の子供が「脳死」状態になった時に、治療打ち切り、あるいは他の子供のために臓器摘出を依頼された時に、抵抗なく了承できる親がいるのでしょうか。
昨年10月12日と19日にNHK衛星第一放送で、"臓器移植法〜5年目の見直し"インターネット・ディベートが放送されて以降、「脳死」状態と宣告された子供を持つ親だけでなく、植物状態の家族がある人々の間にも、非常な不安が広がっています。「うちの子供に脳死が宣告されて、治療を打ち切られるんじゃないか、臓器を盗られるんじゃないか、退院を強要されるんじゃないか」と関西市民の会に相談された親御さんもおられます。
「脳死」と判定された小児も、一時的な回復例があります。さきほどの1988年の第1回脳死・脳蘇生研究会(救急医学Vol.12
No.9 S471〜S485によると、藤田学園保健衛生大学脳神経外科の石山 憲雄氏ほかは、「4歳男児はanoxia(低酸素症)により深昏睡で来院。脳波、ABSRは完全に消失するも1ヶ月後に一時的ながら自発呼吸を認めた。この症例は178日生存した」と報告しています。
広島大学の黒木 一彦氏らも1995年の第23回日本救急医学会で、生後3ヶ月の男児を脳死判定後、8病日目に脳血流の再開だけでなく聴性脳幹反応の出現を認めたことを発表しました。1999年の第35回日本新生児学会総会では、奈良県立奈良病院の坂上 哲也氏らが、脳死判定後13日後に脳波と痛み刺激に対する反応が出現、17日後に脳幹部の血流再開を確認した新生児例を報告していています。痛み刺激に反応するわが子から、臓器を切り盗ることを承諾する親がいますか。他人の臓器をもらうことばかり考えるのではなく、臓器を盗られる側、治療を打ち切られる側のことも考えてもらいたいのです。
マスメディアが海外で移植を希望している小児患者が報道すると、「日本でも小児からの臓器摘出ができれば」という世論が形成されがちですが、脳死判定後の脳機能回復や長期生存例は、「小児からの臓器摘出は行なわない」としている日本の判断の倫理性、先進性を示しています。
さきほどの日本救急医学会理事長のように、「脳死と判定されて回復した患者はいないじゃないか」という人は多いのですが、家族が臓器提供を断ったおかげで今も元気に生きている人がいます。
関西地方は2002年11月25日(月)にテレビ朝日のテレメンタリー2002「私は別人〜見えざる障害、高次脳障害と闘う」で、また11月27日(水)にニュースゆう でも放送されたTさんは、大阪府下にお住まいでの方です。月刊総合ケア2002年8月号の「全臓器提供」より奇跡的に生還した女性 で、やまぐちクリニックの山口 研一郎院長が詳しく報告されています。
Tさんは24歳になったばかりの1991年12月、交通事故で頭部を強打し昏睡状態になり、ハワイのマウイ記念病院へ搬送されました。事故後3日目、両親に医師は治療費が最低でも1日約30万円になることを伝え、「現在、臓器不全で移植を待っている人が数多くおり、Tさん1人で20名の患者が助かる」とつけ加えて臓器提供を要請しました。これからが両親の素晴らしいところですが、「20名の人の命を助けられるのなら、娘一人の命が助からないはずはない」と確信し、臓器提供を拒否し、医師に治療の継続を要求されました。現在、Tさんは高次脳機能障害はあるものの、ちょっと見た目は普通の健康な人と変わらない元気な様子で、福祉施設で働いておられます。
毎日新聞社発行のJAMA<日本語版>2002年3月号は、米国で臓器提供を要請された420例について「臓器提供に関する家族の同意に影響を与える因子」を掲載しました。このなかで、「臓器提供に費用はかからないことを保証」されたのは420例のうち157例で、このうち149例=94.9%が臓器提供を承諾しました。同論文のなかでは、この質問が最も臓器提供承諾率が高く、経済的要因による臓器提供の多さが窺われますが、Tさんもまさに治療費を理由に臓器提供を要請されたのです。この現実を、医療費が高いアメリカのことだから、と言って済ますことはできません。
国立循環器病センターの北村 惣一郎総長は、「脳死者への医療保険費は年間200〜300億円になる。一人として社会に戻るもののない、実りなき医療費の使用だ。脳死判定を保険医療として認め、脳死≠ニ判定されれば、それ以後の医療にこそ選択性を認め、実りある移植医療には『保険』をみとめていくべきだ。脳死を『死』と一律に解釈すべきである」と文芸春秋日本の論点2003で述べました。
ほとんどの施設では治療を尽くした後に脳死判定を行ないますから、脳死判定を考慮する段階では、少数の例外はあるがほとんどは救命が困難、死が避けられないのは確かかもしれません。しかし、その時点が即座に、治療打ち切り、臓器摘出獲得を容認する状態なのか、正当化されるのか、再検討すべきと思います。
これから、ようやくタイトルに書かれた「脳死」よりも残虐な、「心停止」後の臓器・組織提供の内容に近づいてゆきます。
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