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私たちの主張・・・なぜ、何に、「反対」なのか?
ここには「脳死」・臓器移植に反対する関西市民の会として
“なぜ、何に、反対しているか”、そして
「脳死」・臓器移植における数々の問題点の指摘、
移植しかないと思っている患者さんや医療関係者へのメッセージ、
を掲載しています(2001/2/5)。
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私たち「脳死」・臓器移植に反対する関西市民の会は、年齢、職業はもちろん、宗教、思想、政治信条、人間観、社会観なども、それぞれに異なる様々な個人の自由な集まりです。
「脳死」や臓器移植についても、特に一定の共通した見解があるわけではありません。「会」自体が
(代表と事務局は存在しますが)会則も持ちませんし、会費もなく、ただこの問題に関心を持つ者が随意に参加し、情報交換することで成り立っている団体です。
実際、メンバー(=会主催の市民講座・勉強会への随時の参加者)の中には、
「現在、実際に行われているような脳死判定、臓器移植のやり方は改善されるべきだ」と考える人から、
「脳機能の不可逆的停止など判定できない。 だから臓器移植は明らかな人殺しじゃないのか?」と問う人、
そして、さらには
「脳細胞が完全に死滅したとしてもその人が『生きている』ことに変わりはない。そもそも臓器移植という医療行為には絶対反対だ」と主張する人もいます。
このように様々な意見を持つ近畿圏の人々が、自由な感想、意見や疑問を互いに出し合って、それぞれがこの問題について深く考え、より良い医療や社会の実現のために、何かできることがあれば協力してやってみよう、というのがこの会の目的なのです。
「反対」を掲げるからには、私たちは皆、「脳死」や「臓器移植」に大きな疑問を持っています。少なくとも今行われている、そして今後はさらに条件を緩めて行われようとしている「脳死者」からの臓器移植に強い危惧を抱き、「このままではいけない」と考える点では共通しています。
ここでは,そうした、様々な形で会に関わるメンバーたちの「公約数」的な考えをまとめ、私たちがなぜ、何に対して反対するのかを示しておくことにします。
私たちは「脳死」を人間の「死」とすることに反対します。
「脳死」というのは実に抽象的であいまいな言葉です。その定義どおりに
「脳の全ての機能が失われて戻らない」という状態が人として生か死か、という空想上の議論はさておいて現実を見れば、これまで、「脳死」状態の女性が出産し、そのお子さんは元気に生まれ、育っているという報告が度々なされています。正式に「脳死」と判定された人でも、脈があり、血圧も変動し、触れれば温かく、汗や涙が出ます。
特に近年、「脳死」判定をされた後にも、単なる反射運動とは言えない大きな動きを示す臨床例が報告されており、臓器摘出時に痛みを感じる可能性も指摘されています。そのため、アメリカやイギリスでは、麻酔をかけた上での臓器摘出が一般化しており、日本でも「臓器移植法」に基づく最初の事例となった高知赤十字病院での臓器摘出(1999年2月)の際も、「脳死」であるはずのドナーがよほど動いたらしく、麻酔を使用したことがはっきりと記録されています。
このような状態にある人を、私たちは決して「死んでいる」とは考えません。主要な脳機能の反応が見られないだけの重症患者を「どうせ間違いなく死ぬのだから」と他の人の治療に利用することは、体(てい)の良いロ実で、最も弱い立場の人を切り捨てることに他なりません。「脳死」患者は、まだ生きている人なのです。
そもそも、重篤の救急患者をつねってみたり、耳に冷水を入れてみたり、人工呼吸器を外してみたりする「脳死判定」は、危篤状態の患者本人にとっては全く無益な、危険で乱暴な行為でしかなく、はっきり言えば患者を確実に殺すための判定にすぎない、というのが否定できない現実です。患者を助けるための救命医療の現場で、むしろ患者を大きく害する行為がなされることに、私たちは矛盾を感じざるを得ません。
「移植を待つ人のためなのだから・・・」という反論がすぐに返ってくることでしょう。しかし、この「移植のため」という目的が、救命救急医療の現場に小さからぬ陰を落としていることに、私たちは大きな危惧を抱いているのです。
「脳死判定」⇒臓器・組織摘出という目的が優先され、当の重症患者の救命のための努力が徹底されないのでは? という危惧です。現に、これまでの「脳死」・臓器移植実施例では、いずれもドナーとされた患者に対して、「脳死」寸前の患者を数多く救ってきた実績のある「脳低体温療法」は試みられていません。
初期治療もズサンな場合が多く、「脳死」判定でさえ、法的脳死判定マニュアルにも違反した無茶なものがほとんどです。移植が最優先され、救命への意欲,努力が鈍っているとしか思えない事態が,現実に相次いでいるのです。
1997年の
「臓器移植法」は、反対派、慎重派の意見も考慮してギリギリのところで成立した
「非常に条件の厳しい法」だとされています。
特に、本人の意思の明示を絶対条件とする「自己決定権の尊重」を、高く評価する人がいます。「臓器摘出された人は皆、ドナー・カード(意思表示カード)に署名して持っていたのだから、合法だ。第三者が口を出すべきことではない。臓器提供がイヤな人はイヤだと言えばいい。人それぞれだ」と思う人もいるでしょう。
しかし、これまでドナーとなった人、そして今、ドナー・カードを所持している人たちが皆、「ドナー・カードの所持が判ると、救命努力が放棄されがちになる」
「臓器摘出でメスを入れる際に、動き出すのを抑えるため麻酔をかけた」などという真実を十分に知り、その意味することを熟慮した上でドナー・カードに署名し、所持に至ったとは到底、思えま
せん。
「20年前だったら救命できなかった重症脳不全患者が、脳低体温療法で救命されている」ことも知られていません。「脳死」を巡る事実や「脳死判定」・救命医療の実態については、多くの事が隠され、あるいは歪めて伝えられ続けてきたのですから。
ドナー・カードを所持する人は、善意に基づき素直な気持ちで署名しています。しかし、現実は“救命に手を尽くしてもだめだったら、臓器を提供してもよい”というドナー・カード所持者の「自己決定権」は尊重されないのです。正しい情報や事実の認識の無いところで、意思表示カードに署名することは、あまりにも危険な行為です。
また「臓器移植法」の規定を実施するための「施行規則」が、例えば法規上は本人の意思表示と家族の承諾を要するはずの「脳死判定」を「治療方針を定めるための、臨床的な脳死診断」の名目で医師の独断で行うことを許すなど、「厳しい」はずの条件は実際には大幅に緩められています。
しかも、その「施行規則」の定める「前提条件」や「手順」さえ守らぬ違法な「脳死判定」が現実となっているにもかかわらず、法規にも施行規則にも、それらを取り締まる規定や工夫が全くあり
ません。「臓器移植法」は、臓器移植の条件を定めたものではなく、ただただ移埴を実施するためのものとしてしか、機能していないのです。これでは、救急(重症の脳不全)患者は守られません。
このような実状を、私たちは容認することができないのです。「人ごと」では済ませられません。ましてや、「脳死」を一律に「死」と定め、条件を更に緩めて家族の承諾だけで、大人からも子どもからも臓器を摘出しようという法「改悪」の動きに、私たちは断固反対します。
「それでは、移植を待つ患者はどうなるんだ?」という問題があります。
私たちも、この点については真剣に考えていますが、そもそも極めて少数の人だけが移植で救われる、という臓器移植医療の本質を深く考慮しないまま、「移植でなければ助からない」という決まり文句があまりにも安易に叫ばれてはいないでしょうか。数少ない「脳死」判定数と多数の移植希望者数のバランスを見れば、「移植で助かる人」が「移植を待つ人」のほんの―部にすぎないことは本質的に明らかです。
実際には「移植しかない」と診断されながら、他の治療法で生き続けている人、社会復帰を果たした人が少なからずいます。移植に代わる外科・内科の治療法が適用されるべきです。移植に変わる治療法は研究され続けているにもかかわらず、華やかな移植報道の陰に隠れて注目されず、人材面・経済面での援助も受けられずにいるのが現状です。
「臓器移植」に頼ろうとする医療が、他の治療法の実施・実現を妨げていると言えるのです。「移植を待つ人」を本当に救うためには、臓器移植に代わる外科・内科治療法の実施、普及こそが行われるべきです。
臓器移植医療だけに関心を集めていることは、本人の治療だけでなく社会全体にも悪い影響を与えています。「移植を待つ人」が臓器移植によってより多く救われるためには、もっともっと多くの人が不慮の事故や病気の犠牲となり、救命医療が放棄されドナーが造り出されなければなりません。将来、もしも年間数十例の「脳死」・臓器移植が実現されるとすれば、これまで以上に社会的弱者への医療が切り捨てられる社会が、現実になると危惧されます。そのような社会になることを、望む市民はいるでしょうか。
「移植で助かる人がいるのだから」という理由で、これまで述べてきたような
「脳死判定」の問題点に目をつぶってしまうなら、全く同じ理由で、臓器売買や臓器目的の犯罪(海外で伝えられる誘拐、殺人)だって認めなければならないでしょう。臓器売買やその他の犯罪が認められないのと同様に、「脳死判定」自体の持つ問題が「移植を待つ人のために」という都合で、不問に付されてはならないはずです。
だからこそ、私たちは「脳死・臓器移植」に反対し、それに代わる外科的・内科的治療法の実施、普及、そして救急医療の充実を願うのです。
以上が、私たちの基本的な考え方です。極めて大雑把なまとめですから、細かな点は当会ウェブページ全体をご参照のうえ、ご質問、ご感想、ご意見等をどんどんお寄せ下さい。大いに議論したいと思います。