[戻る] [上へ] [進む]
現在、人の臓器や組織、細胞、遺伝子等が、移植のような直接的な医学利用のみならず、医学実験など研究目的で用いたり、企業が医薬品開発や医薬品製造に使用するなど、研究・商業目的でも利用しようという動きが盛んになってきている。「ヒト組織」とカタカナで書かれることが多いが、これは社会的存在、人格を持った人間の組織ではなく、生物としてのヒト、物体としての組織として見ているということだ。
人体そのものを資源化しようとする産業界の要望にこたえ、このところの国の動きは目まぐるしい。
臓器移植法が施行されてから1年後の98年12月、厚生省から「手術等で摘出されたヒト組織を用いた研究開発のあり方について」というガイドラインが出された。これは、欧米では、医薬品の開発に際して、薬物の代謝や相互作用などを調べるのにヒト組織が使われることが多くなっている。これには、移植に使われなかった臓器が使用されることが多い。
従来、日本では米国のヒト組織バンクから肝臓や腎臓を輸入して使用してきたのだが、何とか自前でもヒト組織を調達しようということで作られたのがこのガイドラインだ。中には、「移植不適合臓器については、現行法上、研究開発に利用することは不可能であるが、臓器移植法の見直しの際には、諸外国と同様に、それらを研究開発に利用できるように検討すべきである」という一行があって、本命は未使用の移植用臓器だが、今のところは、手術に付随する摘出組織でガマンせざるを得ないという本音が丸見えだ。
あるいは、昨年から今年にかけて、科学技術会議生命倫理委員会で人間の胚(受精卵)を研究に用いることを認める指針が出され、これを受けて、現在、クローン法案が国会に上程されている。(これは、クローン胚を女の子宮に戻すことだけは禁止するが、胚を操作し研究や商業利用することには法的な規制はかけないという問題法案!このままでは、人の卵子や受精卵がどんどんと研究や企業活動に利用されていく。)
また、今年に入って、厚生省や科学技術庁が相次いで、ヒトゲノム解析研究に関する指針を出した。規制すると言いながら、その実、市民の血液・臓器などの試料を遺伝子研究に用いること、遺伝子情報や個人情報も研究・開発に用いることを認める内容だ。
さらには、昨年12月から厚生科学審議会の専門部会(委員長は、移植学会のアノ野本亀久雄氏)で「組織バンク事業を通じたヒト組織の移植等への利用のあり方について」(以下、「組織バンク指針(案)」と略す)が検討された。これについては、詳しく後述する。
現在、心臓弁、血管、皮膚、膵島、骨、靭帯、鼓膜、耳小骨、肝細胞といった組織の摘出や移植について定めた法令はない。ただ、臓器移植法の運用指針に「通常本人又は遺族の承諾を得たうえで医療上の行為として行われ、医療的見地、社会的見地等から相当と認められる場合には許容されるものであること。」と述べられているだけだ。
だが、移植法施行以来、脳死の患者さんや心停止後の人からの組織の摘出は確実に増加している。日本臓器移植ネットワークによれば、97年10月から99年10月までの2年間で、ドナーカードによる何らかの意思表示の情報を得たのが132件、そのうち脳死下での臓器提供は4件だが、16件が腎臓と組織を、53件が組織を提供したという。あわせて69件もの組織摘出が行われたということだ。「ご本人の提供の意思を少しでもいかすには、皮膚などの組織提供の道が残されていますが・・・」と家族に話す医者やコーディネーターの声が聞こえるような気がする。
このように組織提供が増えていることに加えて、前述したように、ヒト組織・細胞の研究・商業利用を望む声が大きくなっていることともあいまって、組織移植をメインにしながらも研究・開発にもヒト組織を利用する道を開くために作ろうとしたのが、前述の「組織バンク指針(案)」である。
「組織バンク指針(案)」では、「ヒト組織の提供は、ドナー本人、または死後の提供である場合には遺族の自由意志に基づく」とし、定義の項で「死体には、臓器の移植に関する法律第6条第2項に規定する脳死した者の身体を含む」と述べている。つまり、脳死状態の患者からも、家族の同意だけで組織摘出が可能というわけだ(ドナー本人が拒否の意思を表示していた場合は、除くけれども)。
あるいは、摘出した組織が移植に用いられない場合には、「ドナー側の明示的な同意がある場合に限り」研究および研修に用いることができるとして、研究機関や民間企業がこれらの組織を利用することに道を開いている。
この「組織バンク指針(案)」は、今年6月に厚生科学審議会先端医療技術評価部会にかけられた。が、私たちのも含めて多くの反対意見が寄せられたこと、国会議員5名が連名で「脳死状態の者等からの組織の摘出の取り扱いについて(要望書)」を提出し、組織は臓器の一部であり、そのあり方は行政指針でなく法的に体系づける必要があると主張したこともあって、「移植法見直しの状況を見て、中長期的な展望を持って検討するほうがいいと判断する」(高久史麿部会長)ということで、結論を先送りとした。臓器移植法見直しと連動させて、組織の摘出・利用も合法化させようというのだろうか。家族の同意だけで摘出可能とした点、組織提供の社会性・公共性を強調したところなどが、移植法見直しの方向に影響を与える可能性もある。ここまでが、8月末の連続講座で話したことの概略だ。
10月になって今度は、厚生省がホームページ上で、ヒト組織・細胞を利用した医薬品や医療用具の製造についての基本的考え方と指針案を公表してパブリックコメントを求めた。担当は、医薬安全局。一読して、「ええっ、これはなに!?」とびっくり。これまでのガイドラインは、表向き、移植などの直接的な医学利用や研究目的での組織提供をうたっていた。が、今度は、ヒト細胞・組織を商品化するということをあからさまに表明したはじめてのもの。が、人体の商品化の是非も含めて、まともに論議されたとは思えない内容。しかも、ドナーの人権に対する配慮が全くない。怒りながら、後掲の意見書を提出しました。
2000年11月10日
厚生省医薬安全局審査管理課 殿
「脳死」・臓器移植に反対する関西市民の会
このたび、厚生省ホームページ上で公表されました「細胞・組織利用医薬品等の取扱い及び使用に関する基本的考え方(案)」「ヒト由来細胞・組織加工医薬品等の品質及び安全性の確保に関する指針(案)」(以下、それぞれ「考え方案」「指針案」と略す)について、意見を申し述べます。
1.「考え方案」「指針案」作成に至った審議の経過は、全く公開されていません。
人体そのものを商品化することについての広範な議論もなく、まして社会的合意もないままで、このような指針を制定することに強く反対します。この「考え方案」「指針案」でいうところの「ヒト由来細胞・組織加工医薬品等」とは、人間の細胞や組織を加工・利用して医薬品や医療用具を作ること、すなわち人体の商品化・産業化を意味しています。しかしながら、私たち市民は、我々のいのちの座である人体そのものを商品化することに拒絶感と大きな不安を抱いています。
人間の臓器・組織・細胞を商業化目的で採取し、手を加え、市場に流通させようとすれば、様々な社会的・法的・倫理的問題が起こり得ます。私たちの身体観にも大きな影響を与えます。「考え方案」「指針案」の内容を見る限り、これら多岐にわたる問題について十分論議が尽くされたとは到底思えません。加えて、これらが審議されたという中央薬事審議会バイオテクノロジー特別部会の議事録は、パブリックコメント募集締め切り直前の現在も公表されておらず、何がどのように検討されたのかも分かりません。
従来から研究や移植目的での臓器・組織の摘出についての法律、指針等は存在しますが、商品化目的を明言して臓器・組織・細胞の摘出を可能としたのは今回の「考え方案」「指針案」がはじめてです。まずは、市民に対して「ヒト由来細胞・組織加工医薬品等」とはどういうことかを分かりやすく説明し、起こり得る問題点を明らかにすること、その上で人体を利用して医薬品等をつくることの是非も含めて広範かつ慎重に論議することが先決です。これら全てを飛び越して、ヒト由来細胞・組織加工医薬品等の生産にむけたガイドラインを作ろうというのは、市民のいのち・からだよりも医薬品企業等の利益を優先しているとしか思えません。
2.少なくとも、細胞・組織の採取に際しては、
本人の文書による提供意思の表示と家族(遺族)の承諾を前提にすべきです。
「考え方案」には、死体からの細胞・組織の採取は、「当該ドナーが細胞・組織の提供を生前に拒否していない場合」とされています。これでは、まさにとられ放題、ドナー本人の尊厳はもちろんのこと、残された遺族の気持ちも踏みにじられます。死体損壊の罪にもつながりかねず、絶対に認めることはできません。生存するドナーに対しては、「文書を用いて十分に説明し、自由意思による同意を文書により得なければならない」としていますが、何について説明し、どのような同意文書を用いるのか全く明らかにされていません。具体的な説明文書や同意書の書式(案)も検討し公表すべきです。
また、「ドナー本人から同意を得ることが困難または単独で完全な同意を与える能力を欠いている場合には、代諾者の同意で細胞・組織の採取ができる」としています。しかしながら、自己の細胞・組織を培養・加工して本人の治療に用いる場合を除けば、組織・細胞の採取が本人に利益をもたらすことはなく、代諾での採取を正当化する理由がありません。自家組織・細胞利用の場合以外の代諾は認められません。後述するように、ドナースクリーニングの検査結果など個人情報が長期保存されることも考えれば、少なくとも、いずれの場合も、細胞・組織の採取に際しては事前の本人の文書での提供意思の明示と家族(遺族)の承諾を前提とすべきです。
3.ドナースクリーニングは、ドナー本人の検査についての承諾がある場合にのみ行い、
ドナーの個人情報を厳重に保護する対策をたてるべきです。
細胞・組織の採取に当たっては、その適格性を確認するためにドナースクリーニングを行うことが定められ、B型肝炎、C型肝炎、ヒト免疫不全ウィルス感染症(HIV)、成人T細胞白血病をはじめ多くの感染症、疾患の検査を行うとしています。が、「考え方案」「指針案」には、これらドナーの個人情報保護に対する配慮が完全に欠如しています。検査を行うに当たっては、どのような項目について調べるのかをあらかじめ本人や家族に知らせ、検査についての同意を得た場合にのみ実施できることとすべきです。
また、ドナースクリーニングの結果などの個人情報を長期にわたって保存する必要があるとしていますが、その間、この極めて高度なプライバシー情報を厳重に保護するためにどのような方策を用いるのでしょうか。具体案を提示し、採取医療機関・製造業者等に徹底させることが不可欠です。
4.「無対価での提供」について、合意はできていません。
「ドナーからの細胞・組織の提供は無対価で行われるものとする」としています。しかしながら、採取した細胞・組織から医薬品や医療用具を製造し、市場に出すことで利潤を得るといった、いわば企業の利潤追求活動の一環であることが明白なのに、提供者だけがなぜ無対価に甘んじなければならないのでしょうか。
5.異種動物由来の組織・細胞を利用することについて、慎重に検討すべきです。
「基本的考え方(案)」では、人間以外の動物からの組織・細胞の採取とその利用についても取り上げていますが、既知や未知の病原性微生物やウィルスの伝染など重大な危険性が指摘されています。これら未解決の問題が山積している以上、安易に異種動物由来の組織・細胞を用いて医薬品等を製造することを認めるべきではないと考えます。
6.感染症発症などの被害発生防止の具体策を示すとともに、被害者救済を保障すべきです。
「考え方(案)」冒頭にも指摘されているように、細胞・組織利用医薬品や医療用具には、必ず感染症発症などの危険性が伴います。プリオン汚染した死体硬膜の使用によって引き起こされたクロイツフェルト・ヤコブ病が、その被害の大きさをつきつけています。このような被害を防ぐためにどのような方策をとるのか、「考え方(案)」「指針(案)」には具体的に示されていません。
ある組織が感染症等に汚染されていることが明らかになった場合、回収の判断は誰が下し、誰が責任を持って回収作業を行うのかを明確にする必要があります。万一、被害が生じた場合、誰がどのように責任をとり、被害者救済をいかに保障するのかも明らかにすべきです。なかんずく、既に起こっているヤコブ病被害の実態を詳細に検証し、その反省の上に立って被害発生防止に向けた施策をたてること、被害者ら当事者からの意見を反映させることを求めます。
7.「脳死」患者の産業利用につながるのではないでしょうか。
今回の「基本的考え方(案)」の定義には、「脳死と判定された人からの提供は想定していない。」と書かれています。
けれども、1998年に制定された「手術等で摘出されたヒト組織を用いた研究開発のあり方について」には、「移植不適合臓器については、現行法上、研究開発に利用することは不可能であるが、臓器移植法の見直しの際には、諸外国と同様に、それらを研究開発に利用できるように検討すべきである。」と述べられています。また、現在厚生科学審議会で審議保留中の「組織バンク事業を通じたヒト組織の移植等への利用のあり方について」では、定義の項で「死体には、臓器の移植に関する法律に規定する脳死した者の身体を含む」としています。これらを勘案すれば、いずれ、医薬品や医療用具を製造するために、脳死の患者から細胞・組織を採取することも、十分考えられます。「脳死」は人の死ではないと考える私たちにとっては、絶対に認めることはできません。
このページの上へ
[ 脳死移植への基本的立場2−1 ] [ 脳死移植への基本的立場2−2 ] [ 臓器摘出時の血圧急上昇、麻酔が示すこと ] [ 「脳死」よりも残虐な「心停止」後の臓器・組織提供 ] [ 「死ぬ権利、死なす権利、死ぬ義務」を考える ] [ 通い合ういのち 共生の413日間 ] [ 臓器摘出時に「脳死」の患者が動くって、本当ですか? ] [ 善意の誤解と、うっかりドナー ] [ 後遺症を恐れずに、命を救うことに全力を尽くして ] [ 「脳死確実」と言われた息子が、ここまで回復した! ] [ 福岡徳洲会病院事件とドナーカードの役割 ] [ 「脳死」を巡る問題、小児の「脳死」判定の問題 ] [ 「脳死」・臓器摘出、移植事例を徹底検証する ] [ 人の組織の移植や研究・商業利用への動きをめぐって ] [ 臓器移植法見直しをめぐる危ない状況 ] [ 「脳死」における差と差別 ]