タイの話題(2002年8月5日開始)

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174.タイでPAD反政府集会を再開、5千人が集まる(08年5月26日)

173.タイ与党憲法改正案を下院議長に提出(08年5月21日)

172.PPP政権はタクシン救済の憲法改正が優先課題、国内のキレツ深まる(08年5月19日)

171.サマク首相の不用意発言で2銀行が取り付け騒ぎ(08年5月9日)

170.PPPがタイ下院議長候補にネーウィンの父親を指名(08年5月7日)

168.⇒タイ、地主に土地を取り上げられる小作農(08年4月23日)

142.⇒タイでのエコ・カーの生産は2015年で80万台に(08年4月16日)

161.⇒選挙管理委員会が連立2党の解党が適当という結論(08年4月11日)

169.密航ビルマ人54名がコンテナー内で窒息死(08年4月10日)

168.タイのコメ輸出規制の動きでアジアにパニック広がる(08年4月4日)

167.タイ政府、景気浮揚策として大量のビタミンMを注射(08年4月2日)

166.通貨危機時のインサイダー取引でボーキンの名誉毀損訴訟は敗訴(08年4月2日)

165.警察公安副局長を南タイに左遷(08年3月19日)

164.タイ国鉄、南京虫駆除のため 特急を大運休(08年3月17日)

163.タイのビルマ外交、制裁には反対(08年3月15日)

162.アピラック・バンコク知事が自ら職務一時停止を宣言(08年3月13日)

161.タイ選挙管理委員会分科会が連立中小2党に対する解党処分勧告(08年3月11日)

160.バンコク鉄道網拡張プロジェクトに日本と北朝鮮が資金提供申し出(08年3月8日)

159.タイ新政権、報復人事を次々実行(08年3月5日)

158-5.⇒ヨンユット下院議長に選管としてレッド・カードの裁定、最高裁に提訴(08年2月26日)

158-5.⇒.ヨンユット下院議長に対しレッド・カードの判定ーPPPの解党の可能性も(08年2月15日)

158-9.タクシンとサマク首相の思惑の違い早くも表面化?(08年2月5日)

158-8. タクシンのゴホウビ内閣固まる(08年1月30日)

158-7.ヨンユットPPP副党首がタイの下院議長に(08年1月20日)

158-6.タイ最高裁、PPP党がタクシンの名義政党か否かの判断を憲法裁判所に託す(08年1月18日)

158-5.PPP副党首のヨンユットの買収疑惑が解党命令に結びつく可能性(08年1月9日)

158-4.タイの選挙をめぐる混乱、大量の当選非認定と解党裁判(08年1月4日)

158-3.PPP(タクシン派)が勝ったがハシャグ者なし(07年12月24日)

158-2.選挙終盤の買収資金、外国から持ち込まれる現金、ヘロイン(07年12月17日)

158-1.異様な雰囲気の選挙戦、PPP党(タクシン派)は解党命令か?(07年12月8日)

157.タイでは64.6%の有権者が票の 買収に応じる?(07年11月23日)

156.チャロン・ポカパン中国にさらに1千億元投資(07年11月12日)

155.ドイツINGグループがタイ・ミリタリー・バンクの株式30%を取得(07年11月8日)

154.タイの国鉄労組スト、日本企業による民営化に反対して?(07年11月1日)

153.タイ政府、小売業法改正を閣議決定(07年10月17日)

151.⇒ハジャイで爆弾17個を回収、バンコクと同タイプ?(07年10月8日)

  ⇒l国家警察本部は爆弾の存在をデマであるとして全面否定(07年10月8日)

152.ソンティ 前CNS(国民治安評議会)が副首相に就任(07年10月2日)

151.バンコクで爆弾事件再発(07年10月1日)

150.プーケットの飛行機事故、死者は90名に(07年9月18日)

149.タイ、米の高価買い上げ政策(助成策)の一時停止を検討(07年9月3日)

148.タイとマレーシアは戦後最良の関係(07年8月31日)

147.タイの国会議員選挙は12月23日に決定(07年8月28日)

 ⇒EUの選挙モニター受け入れのための覚書締結拒否、オブザーバーならOK(07年8月30日)

145.⇒開票速報では約60%が新憲法を承認(07年8月19日)

146.タイ東北部で新憲法国民投票に200バーツで反対票を入れるよう画策?(07年8月7日)

128.⇒「ひび割れ」報道事件で解雇された編集委員の復職命令(07年7月24日)

145.タイ憲法草案成立8月19日国民投票(07年7月6日)

144.タイ憲法起草会議は中選挙区制を提案(07年6月22日)

143.タイの労働時間は世界的に最長クラス(07年6月10日)

142.タイ、エコ・カーの物品税を17%に削減(07年6月6日)

  ⇒エコ・カー製造の優遇措置きまる(07年6月17日)

141.スラユット首相の支持率は49.5%か33%か?どちらが正しいか?(07年5月14日)

140.ブタ養殖農家がチャロン・ポカパンの独占に抗議(07年5月8日)

139.ソムキット元副首相らが新党結成の動き(07年5月5日)

138.米国がタイを知的所有権違反の「主要監視」対象国に格下げ(07年5月3日)

137.警察がスラユット政権の改革案に反旗(07年4月24日)

136. 不敬罪で10年の禁固刑のスイス人に国王が恩赦(07年4月12日)

133.⇒ABBOTT社、タイ向けエイズ新薬大幅値下げで合意(07年4月12日)

135.中国雲南省のダム建設でメコン河の水量激減(07年4月2日)

134. 3月30日の反軍事政権デモは不発に終わる(07年4月1日)

127-3.タイの1月の輸出は18%の伸び、07年計で12.5%を予想(07年3月23日)

133..エイズ新薬めぐりタイ政府と製薬大手ABBOTTと大戦争(07年3月20日)

 ⇒宗教団体株主がABBOTT社批判(07年3月23日)

132. 富士通タイで158億バーツをかけHDD工場建設(07年3月12日)

131⇒TDRI所長のチャロンポブが新財務相に(07年3月7日)Renew(3/12)

110-20.06年の上場企業の純利益は12%減少(07年3月7日)

110-19.タイの06年4Q成長率は4.2%と鈍化、通年では5.0%(07年3月6日)

127-1⇒タイ、今年2度目の利下げで基準金利4.5%に(07年2月28日)

131. プリディヤトン副首相辞表提出(07年2月28日)

130. ソムキット元副首相が「外国経済関係委員会」委員長に就任(07年2月16日)

 ⇒ソムキットあっさり辞任(07年7月21日)

127-2.タイの07年1月の自動車国内販売は-23%と激減(07年2月14日)

128..スバンナブミ新国際空港滑走路にひび割れ、BKP記者の名誉回復は?(07年1月27日)

 ⇒国内線の多くが近くドン・、ムアン空港に復帰(07年1月30日)

110-17. タイの銀行ー貸し倒れ引当金積み増しで大幅減益(07年1月23日)

124.⇒容疑者18名逮捕、全員容疑を否定(07年1月22日)

 ⇒逮捕者全員釈放(07年1月28日)

127-1.タイ0.25%の利下げ、バーツは逆に急騰(07年1月18日)

110-8.⇒タイの2006年の自動車販売は682,500台と3%減少(07年1月12日)

126.タイで外資法強化の動き? 通信業などの名義株主退治(07年1月9日)

125. 第2次クーデターの噂で株式市場大幅下げ(07年1月6日)

124. バンコク爆弾事件は政治的陰謀(07年1月4日)

 ⇒犯人はタクシン派の制服組か?(07年1月5日)

123. 欧米7カ国大使、津波援助資金の使途について調査要求(06年12月27日)

122.6億バーツの津波記念博物館の建設注に浮く(06年12月26日)

110-16.タイの06年11月の貿易収支の黒字が前月比倍増(06年12月21日)

110-15⇒バンコク証券市場大暴落、730.55→622.14(06年12月19日)

 ⇒株価急回復1日で64%戻す(06年12月20日)

121.米国がタイのGSP(特恵関税)を2年間延長(06年12月13日)

120.米国西海岸で働く奴隷状態のタイ人48名が解放される(06年12月11日)

110-15. 異常なバーツ高に中央銀行介入(06年12月6日)

 ⇒タイ中央銀行、為替投機防止策の妙案(?)を発表(06年12月19日)

110-14. タイの06年3QのGDPは4.7%とやや低下(05年12月4日)

119. 鉄道や港湾の民間委託経営を検討(06年11月24日)

110-13. タイの上場企業は売上増加21%、利益はわずかに1%増(06年11月20日)

110-12. タイの不動産業06年3Qは業績にカゲリ(06年11月16日)

110-11. タイの消費者信頼度指数は順調に回復(06年11月10日)

110-10. 06年の外国からの投資は減少傾向、07年はさらに悪化?(06年10月25日)

118. タイで60年ぶりの洪水、被害額は既に100億バーツに(06年10月16日) 

  ⇒バンコクで大洪水のおそれ、今週前半がピーク(06年10月23日)

117. スリン元外相が国連事務局長の有力候補として急浮上(06年9月28日)

110-9. タイの06年2Q成長率は4.9に低下(06年9月4日)

115. シン・コーポレーションの06年2Qの純利益は約30%減(06年8月18日)

114. タイ米作 者協会が50%の値上げを政府に要請(06年8月16日)

113.チャロン・ポカパン社、鳥インフルエンザで61%減益(06年8月5日)

111-24.選挙管理委員3名に有罪判決、4年の禁固刑(06年7月25日)

111-23 タイ.国王10月15日の選挙を裁可(06年7月21日)

111-22ソンティ.国軍司令官、親タクシン派軍幹部を左遷しはじめる(06年7月20日)

110-8. タイの06年6月の自動車国内販売は12.4%減(06年7月13日)Renew(9月30日)

111-21.タクシン;「カリスマ的人物が追放を策す」発言(06年7月11日)

110-7.タイの自動車生産は06年1−5月は18.2%増の49万8千台(06年6月30日)

110-6.このままではタイの06年は4%成長はムリ、産業連盟(06年6月29日)

111-20.TRT党のみならず民主党にも解散命令?(06年6月28日)

111-19. ウィサヌ副首相が辞任、タクシン首相ますます窮地に(06年6月24日)

110-5. 06年5月の消費者信頼度指数は4年来の低水準(06年6月12日)

111-18. 選挙管理委員会がTRTの解散を司法にゆだねる(06年6月5日)

110-4. タイの06年1Qの成長率は6.0%と好調?(06年6月6日)

111-17.タクシンが「政務」に復帰(06年5月21日)

111-16. 選挙管理委員長、辞任の意向 、新党の動き活発化(06年5月17日)

112. クメール期の仏像が東北タイの水田の中から出現(06年5月14日)

111-15. TRTゲート、選挙管理委員長シドニーに逃亡?(06年5月12日)

 ⇒ワサナ委員長のシドニー行きの同乗者たち(06年5月21日)

56-2.iTVの免許料大幅減免取り消し判決(06年5月11日)

111-14.憲法裁判所、4月2日の選挙無効判決、やり直しを命じる(06年5月8日)

110-3. 金利を0.25%上げ4.75%に。バーツ高進む(06年4月11日)

111-13. 民主派はタクシンに対する警戒感を緩めず(06年4月8日)

111-12. タクシン辞任後は院政を目指す(06年4月5日)

111-11 タクシン首相の辞任で民主派と合意成立(06年4月4日)

111-10. TRT党への支持票が激減の情勢(06年4月3日)

 ⇒タクシンは勝利宣言するも、内容は大敗(06年4月4日)

111-9.サイアム・スクエアのデモ行進を決行、さほどの混乱はなし(06年3月30日)

103-2.EGATの株式上場(民営化)は不可、最高行政裁判決(06年3月23日)

110-2. 政治的混乱によって成長率は3.5%以下に?(06年3月22日)

111-8.タクシン支持派の農民など地方から集結(06年3月18日)

99.⇒スピンヤさんに無罪判決(06年3月15日)

111-7. 警察官僚出身のチドチャイを第1副首相に任命(06年3月15日)

 ⇒タクシン首相が一時的辞任を示唆発言(06年3月15日)

111-6. 国王が1992年事件のとき和平を諭した映像をいっせいに放映(06年3月13日)

111-5. プレム枢密院議長邸に爆弾(06年3月10日)

111-4.国軍司令官曰く 国王は現在の政治情勢について 強い不快感、(06年3月8日)

 ⇒シン・コーポレーション の株価大幅下げ(06年3月9日)

81-15.05年4Qの成長率は4.7%、通年では4.5%にとどまる(06年3月6日)

111-3. タクシン選挙を強行、3月3日に20万人の支持者集会(03年3月6日)

111-2.野党も4月2日の選挙を受けて立つ(06年2月27日)

 ⇒タクシンが野党の政治改革要求拒否、野党3党は選挙をボイコット(06年2月27日)

111-1.タクシンついに議会を解散、4月2日に投票(06年2月24日)

107-5. チャムロン、打倒タクシン運動に参加宣言(06年2月20日)

107-4.憲法裁判所がタクシンのビジネスに関する調査を検討(06年2月15日)

  ⇒8対6で調査をおこなわないことに決定(06年2月16日)

81-13.⇒自動車部門の輸出は05年は47.6%増加(06年2月9日)

102-5. 2月4日の反タクシン集会に10万人が参加、タクシン首相への失望感広まる(06年2月5日)

97-2.ジャルバン女史が会計検査院長に復帰(06年2月2日)

81-14. 2005年の成長率は4.5%程度にとどまる見通し(06年2月1日)

107-3 タクシンの税金逃れの手法に疑惑と関心が集まる(06年2月1日)

81-13. 2005年の自動車生産は21%増の112万5千台(06年1月25日)

107-2⇒タクシン一族のShin Corp.株のテマセクへの売却を正式発表(06年1月23日)

107.-2.タクシン一家がシン・コーポレーションの持ち株をテマセクに売却(06年1月13日)

110-1.2006年のタイ経済はさほど期待できない(06年1月5日)

109.中国の製造業がタイにとって脅威になり始める(06年1月3日)

 

タイ関係ホーム・ページ開設に当たって(02年8月5日)

タクシン首相は最近やることなすことあまりぱっとした成果が上がらず、やや静かである。さきのバンコク市議会選挙では民主党に惨敗してしまったし、鳴り物入りで各国首脳を集めた国際会議も空振りに終わってしまった。 特に、マレーシアからは余計な国際会議を開くなとクレームをつけられた。

ビルマとの国境紛争はかなり険悪である。そうこうするうちに南部ではイスラム教徒のゲリラ(実態は不明)が警察官を襲うというような事件が起こっている。すはマレー族のイスラム過激派の分離運動かなどと色めきたってはみても、そうでもないらしい。

30バーツで診療を誰でも受けられるという制度も、確かに一般庶民には有難い制度だがろくに「国民健康保険」的制度もないところに急にドラスチックな制度を持ち込めば、あちこちに無理が生じるのは自明である。すっかり参ってしまったのは病院と医師である。

経済はというとタイの場合はITに極度に特化していなかったためややましな状態にある。特に、自動車産業がタイに集中的に投資をし、これが新たな輸出産業として浮上しつつあるのはタイ経済にとって明るい材料である。

 

第1部 タクシン政治⇒別のページにまとめました。

Th-1-1.タクシン政権の成立と民主党の惨敗(01年8月21日)

Th-1-2.シンガポールとの関係強化(2001年8月30日)

Th-1-3. タクシン政権の1年間(02年2月21日)

Th.1-4.タクシンの絶頂期の政治

 1-4-1.タクシンへの権力集中に国王がクギをさす(02年10月5日)

 1-4-2. 舞い上がるタクシン首相(03年1月15日)

 1-4-3.突然の内閣改造、プラチャイ司法相、ソムキット財務相を解任のうえ副首相に棚上げ(03年2月9日)

 1-4-4. タクシンの従兄弟が年末には陸軍司令官に−独裁体制強化?(03年3月20日)

 1-4-5. タクシン企業の脱税告発の証人が殺害される(03年3月28日)

 1-4-6. タクシン強気の経済目標(03年4月8日)

 1-4-7. タクシン今度はマファイア退治に挑戦(03年5月28日)

 1-4-8.. タイでイスラム過激派ジェマー・イスラミア・メンバー(?)3名逮捕(03年6月14日)

 1-4-9. タクシンの30バーツ診療制度にホコロビが出始める(03年9月21日)

 1-4-10.. タクシンの内閣改造ー中国シフト明確に(03年11月10日)

 1-4-11. タイ・ラク・タイ党の書記長の一族、ネーション・グループの株式を20%取得(03年11月16日)

 1-4-12. タクシン一族、航空業界に進出、許認可はお手盛りで(03年11月16日)

 1-4-13. 国王が誕生日の記念放送でタクシンに苦言(03年12月5日)

 1-4-14. タクシンのチナワット・テレコム社がDBSと組んで消費者金融部門に進出(03年12月13日)

 1-4-15.タクシン一族の株式時価総額1兆円を超える(04年1月22日)

Th.1-5.タクシン政治のカゲリ

 1-5-1 タクシン主義の本質についてータイの研究者グループの討論(04年1月22日)

 1-5-2.iTV疑惑

  1-5-2-1. タクシンが乗っ取ったiTVテレビの免許料を大幅引き下げ案に世論の批判(04年2月7日)

  1-5-2-2.iTVの免許料大幅減免取り消し判決(06年5月11日)

 1-5-3. タクシンがビルマ軍事政権に対して軟弱なのはなぜかー米国上院議員(04年3月7日)

  ⇒ビルマ政府に通信事業でソフト・ローン疑惑(04年8月24日)

 1-5-4.. タクシンがイギリスのプロ・サッカー・チームを買収計画(04年5月14日)

 1-5-5 財界にタクシン政権への不信感強まる(04年6月16日)

 1-5-6. 選挙を控え農村に200億バーツのばら撒き(04年7月19日)

 1-5-7.モンク(僧侶)はモンク(文句)をいうな、タクシン今度は坊さんに噛み付く(04年7月22日)

 1-5-8. タクシン、民主党議員などの引き抜き開始(04年8月9日)

 1-5-9.民主派指導者チャムロンの後悔(04年8月23日)

 1-5-10. ビルマと組んで水力発電計画ー中国にもさそい(04年8月27日)

 1-5-11 アピラク民主党候補の大勝利ーバンコク知事選挙(04年8月30日)

 1-5-12. タクシン今度は汚職退治を指示(04年10月1日)

 1-5-13. タクシン10回目の内閣改造(04年10月9日)

 1-5-14. 2月6日のタイの国会議員選挙、与党TRTが圧勝の形勢(05年1月31日)

  ⇒タクシンのTRT党500議席中377議席の圧勝(05年2月7日)

  ⇒民主党はアビシットが党首に就任(05年3月7日)

 1-5-15. 新空港の施設を巡る大規模汚職発生(05年4月28日)

 1-5-16. 投資委員会改組、民族資本色強まる(05年6月6日)

 1-5-17..サノーの乱、TRT分裂の危機(05年6月12日)

 1-5-18..タクシン またもや内閣改造ー新味の無い汚職隠し?(05年8月4日)

Th.1-6.衰退に向かうタクシン⇒言論弾圧の限界

 1-6-1.バンコク・ポストをタクシンの盟友が買収?(05年9月14日)

  ⇒パイブーン、マティチョン紙の買収を断念(05年9月17日)

 1-6-2..会計検査院長の交代を国王が拒否(05年9月23日)

  .ジャルバン女史が会計検査院長に復帰(06年2月2日)

 1-6-3. タクシン首相、元テレビ・コメンテーターを名誉毀損で訴える(05年10月4日)

  ⇒スピンヤさんに無罪判決(06年3月15日)

 1-6-4. BOI「優遇措置小委員会」委員長にシン・コーポレーション会長が就任(05年10月18日)

Th.102.ソンディ の反タクシン集会

 102-1.バンコクの反タクシン集会に1万人以上集まる(05年11月13日)

 102-2.11月18日には5万人集会、タクシンの妹が槍玉に(05年11月22日)

 102-3..タノンがバーツ切り下げ情報をタクシンの会社に流す?(05年12月17日)

 102-4.タクシンは政府プロジェクトをクローニーに受注させる(05年12月24日)

 102-5. 2月4日の反タクシン集会に10万人が参加、タクシン首相への失望感広まる(06年2月5日)

Th.107.タクシン一家のシン・コーポレーション株式 売却

 107-1.タクシン一家がタイでは最大の「株持ち」(05年12月14日)

  ⇒タクシン一族が50億バーツの税金逃れ?(05年12月17日)

 107-2.タクシン一家がシン・コーポレーションの持ち株をテマセクに売却(06年1月13日)

 107-3.タクシンの税金逃れの手法に疑惑と関心が集まる(06年2月1日)

 107-4.憲法裁判所がタクシンのビジネスに関する調査を検討(06年2月15日)

  ⇒憲法裁判所、8対6で調査をおこなわないことに決定(06年2月16日)

 107-5. チャムロン、打倒タクシン運動に参加宣言(06年2月20日)

Th.111.タクシンの政治危機と繰上げ選挙

 111-1.タクシンついに議会を解散、4月2日に投票(06年2月24日)

 111-2.野党も4月2日の選挙を受けて立つ(06年2月27日)

  ⇒タクシンが野党の政治改革要求拒否、野党3党は選挙をボイコット(06年2月27日)

 111-3. タクシン選挙を強行、3月3日に20万人の支持者集会(03年3月6日)

 111-4.国軍司令官曰く 国王は現在の政治情勢について強い不快感、(06年3月8日)

 111-5. プレム枢密院議長邸に爆弾(06年3月10日)

 111-6. 国王が1992年事件のとき和平を諭した映像をいっせいに放映(06年3月13日)

 111-7. 警察官僚出身のチドチャイを第1副首相に任命(03年6月15日)

  ⇒タクシン首相が一時的辞任を示唆発言(06年3月15日)

 111-8.タクシン支持派の農民など地方から集結(06年3月18日)

 111-9.サイアム・スクエアのデモ行進を決行、さほどの混乱はなし(06年3月30日)

 111-10. TRT党への支持票が激減の情勢(06年4月3日)

  ⇒タクシンは勝利宣言するも、内容は大敗(06年4月4日)

 111-11 タクシン首相の辞任で民主派と合意成立(06年4月4日)

 111-12. タクシン辞任後は院政を目指す(06年4月5日)

 111-13. 民主派はタクシンに対する警戒感を緩めず(06年4月8日)

 111-14.憲法裁判所、4月2日の選挙無効判決、やり直しを命じる(06年5月8日)

 111-15. TRTゲート、選挙管理委員長シドニーに逃亡?(06年5月12日)

 111-16. 選挙管理委員長、辞任の意向 、新党の動き活発化(06年5月17日)

 111-17.タクシンが「政務」に復帰(06年5月21日)

 111-18. 選挙管理委員会がTRT(タイ愛国党)の解散を司法にゆだねる(06年6月6日)

 111-19. ウィサヌ副首相が辞任、タクシン首相ますます窮地に(06年6月24日)

 111-20.TRT党のみならず民主党にも解散命令?(06年6月28日)

 111-21.タクシン;「カリスマ的人物が追放を策す」発言(06年7月11日)

 111-22.ソンティ陸軍司令官、親タクシン派軍幹部を左遷しはじめる(06年7月20日)

 111-23 タイ.国王10月15日の選挙を裁可(06年7月21日)

 111-24. 選挙管理委員3名が有罪、4年の禁固刑(06年7月25日)

 

第2部、タイの経済その他

1. 通貨危機以降のタイ経済の回復過程⇒クリック「タイ経済」に移行

 

2. 台湾への出稼ぎ労働者の災難(02年8月31日)

現在タイから約13万人の労働者が台湾に出稼ぎに言っており、彼らの送金額は年間約9億ドルに達すると推測されている。

今回台湾からCLA(Council of Labour Affairs=労工委員会)主任(閣僚)のチェン・チュウ(陳菊)女史がタイ側との「労働協議会」(そこで労働協定の調印が予定されていた)に出席するためバンコク入りをしようとしたところ、中国側から横槍が入って直前になってビザの発給をタイ政府はキャンセルした。

これは明らかにタイ政府側の責任である。怒った台湾政府はタイ人労働者へのビザの発給を一時停止すると発表した。こまったタイ政府は「観光ビザ」の発給で何とか事態を収拾しようとしたが台湾側は一蹴した。なぜならタイ政府はチェン議長に対し「正式の招待状」を事前に出していたからである

これに対するタクシン首相の態度は例によってすこぶる強硬で「台湾が協定にサインしないというならほうっておけばよい」(8月31日バンコク・ポスト)というものである。こういう心無い 無責任な発言は台湾側をいっそう傷つけるばかりでなく、台湾で働くタイ人の労働者の立場も無視したものであろう。

中国政府の意向が大事ならば、最初からそれなりの対策を講じるのはタイ政府の責任であったはずである。 その後タイ政府は台湾政府に対し謝罪し、一応問題は収まった形になったが台湾側をいたく傷つけたことは事実である。台湾は早速ベトナムと労働力供給契約交渉に入った。

(4).ファー・イースタン・エコノミック・レヴュー(FEER)事件(タイ)(02年3月5日掲載、3月7日追加)

この記事は「アンダー・イースターン・アイズ」に掲載されていたものですが内容がタイの記事なのでここにも掲載します。

タイではFEER(Far Eastern Economic Review)という香港ベース(ダウ・ジョンウズ所有)の有名なアジア専門の週刊誌の1月10日号を発売禁止にすると同時に、駐在の記者2名(Rodney Tasker イギリス人とShawn Crispin  アメリカ人)を国外追放処分にし、香港の二人の論説記者もブラック・リストにのせる(入国禁止)と発表して、国際的な大問題にまで発展した。

記事の内容は日本の新聞(2月26日号の日経や毎日など)にも報じられていたのでご存知の方も多いと思うが、昨年末プミポン国王が誕生日のスピーチの中で「タイが最近おかしくなっている」とか「傲慢さ、無原則、エゴイズム」という表現で暗にタクシン批判をおこなったのである。これはまったく前例がないといってよいくらいの異例のことである。

このことをFEERは短い論説で紹介したまではよかっただが、タクシンが国王一家の内部問題にまで干渉した疑いがあるということに国王が苛立ちを示したということを書いてしまった。また、皇太子の関与しているビジネスにタクシンは関係しているということも付け加えた。

タクシンは日ごろ24時間体制でテレビ、ラジオはもちろんのこと新聞雑誌を監視するといういかにも警察官僚出身らしい体制をとっており、3月2日号のイギリスの経済雑誌「エコノミスト」も発売11時間後につかまってタイ国内で発売禁止処分を受けている。

タイ政府の言い分(警察)としては「ナショナル・セキュリティーにかかわる記事」を書いたとしてFEERの記者は追及されたのである。

もともとタイは王室にかかわることを記事にするのは法律の規制もあって、書くのが難しいところであるが、皇太子の名前まで出てきたので国王も怒ったというのが、タイの軍・警察筋の言い分のようである。

保守派の政治家や学者の一部にもFEER記者追放やむなしという意見もあったようだが、タイの新聞(ネーションとバンコク・ポストしか私は読んでいないが)はFEER記者追放はタイの言論の自由に対する弾圧であるとして激しく反発した。

アメリカのニュー・ヨーク・タイムズやワシントン・ポストでもこの事件は報じられ、米国国務省も追放を批判した。これに対しタクシンはこれは「国家主権にかかわる問題であり、外国の干渉は受け付けない」と激しい調子で反発した。

記事の内容を見る限りは「国家の安全を脅かす」ものとは到底考えられず、タイの何人かの上院議員も国王を批判したものではないとし、ジェルムサク上院議員は「この記事はタクシンを直接批判したものであって、国王批判ではない」と述べている。(3月1日AP電、シンガポールのストレート・タイムズ)

これは大筋としてはタクシンの言論弾圧の一環と考えられるが、FEERは皇太子のビジネスの話までしたのは少しまずかったという感じはする。というのはプミポン国王の後継者はワチラロンコン皇太子ということになっているが余り国民に評判が良くないという説がある(これはタイ国内では書けないが)。

そのためシリントン王女が独身のままでいるというのである(タイでは王女は結婚すると王位継承権がなくなる)。実態はうかがい知れないがこういう風評を誰よりも気にしているのは国王ご夫妻であろう。

したがって、あまり皇太子のビジネスのことなどは書かれたくないということかもしれない。

タクシンは国王が最近病気で入院したに対し、一般国民と同じ医療カード(保険証的なもの)を渡し、国民の反発をかっている。タクシン自身の支持率も低下傾向にあり、世論調査をやっている大学の機関に最近警察が「ご機嫌伺いに」行ったということで物議をかもしている。タイも急におかしくなってきたものである。

タクシンは今回の記事を最大限に利用しようとたことは間違いなく、「国の安全(National Security)に反するというより、タクシン自身の安全」に反したということだろうと現地の新聞は皮肉っている。

3月3日に補欠選挙がおこなわれたが、タクシンの率いるタイ愛国党は14人の候補を立てたが4人しか当選しなかったという選挙速報が出ている。もしそうだとすればタイの国民自身が今回の事件に判定をくだしたことになるであろう。

FEERはタイの国会議長あてに、詫び状を3月4日に送って、事態の収拾を図ろうとしている。タイ人の一般的常識では「この辺で・・・」ということになるが、タクシンの性格からいって、まだひともめするかも知れない。

追放取り消し決定;3月7日付けのニュー・ヨーク・タイムズによればタイ政府はFEERの二人のビザ取り消し処分を撤回した。当然のことながら喜ばしいことである。

ところが話はそれに終わらずタクシンはメディアに対するいやがらせの手を緩めず、今度はマネー・ロンダリング「不正資金の洗浄」という容疑を勝手につけ、目をつけているジャーナリストたちの預金口座を調査したりし始めたとのこと。

また、軍(チャワリット副首相の影響下にある)が電波の配給権を持っていることから、ネーション紙グループの放送部門に圧力をかけ「タクシンに批判的な政治評論家とのインタビュー」番組を放送をさせないようにしたとのこと。タクシンの独裁政治家としての本領が徐々に発揮されてきたようだ。

現地駐在の日系企業や日本人も要警戒である。(3月7日追加)

 

3.タクシンへの権力集中に国王がクギをさす(02年10月5日)

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4. 外資法改正(改悪)の動き(02年10月30日)

1997年の通貨・経済危機のときに作られた経済関係の11の法令が改定されようとしている。そのなかで特に焦点になっているのが「外国人・企業」に関するものである。

特に投資法は外国企業に大きな優遇措置が与えられ、それが国内企業(主に華人資本)を圧迫しているというのが基本的な政府の発想である。

土地の「99年の租借権」を外資に与えたことや、「破産法」が外資の貸し手に有利にできていて、国内の借り手が不利になっているとか、外資の100%所有をみとめているとかといった類である。

外国の大型小売店が入ってきて20万軒の小売業者が弊店に追い込まれたというのも、反外資法促進の理由になっている。

具体的な「法案」はまだ公表されてはいないが、タクシンの反外資姿勢がどの程度反映されるか、今後の動きには注意が必要である。

(03年2月17日追加) 日本の経団連が懸念を表明

経団連のミッションが2月13日に工業相ソムサク・テプスティンと会談し外資法11条の改正問題について懸念を表明した。この問題はナショナリストというよりはタイの華人系地元資本家が経済危機後に民主党政権下で制定された「外資に有利な」法令の改正を迫っている。

この法令では外資の土地所有の自由化、国営企業や金融機関の買収などが認められておりケシカランということらしい。

実際にタクシン政権が今の時期にこんなことをやったらひどい結果になることは明白であるが、予断は許さない。

これとは別に経団連ミッションは財務相スチャートと会談し、自動車や電気製品の部品の関税の低減を求めた。タイ側は低減措置は検討していると答えたが、同時に日本の農産品輸入関税の低減を要求した。

 

5. 2002年は5%をやや上回る成長。個人消費と輸出が好調。(02年11月30日)⇒クリック「タイ経済」に移行

 

6. タイの農産品輸出をEUがブロック(02年12月3日)

Financial Times(12月3日付け)によれば。EUはタイ産の食糧について任意に品質基準を適用し、輸入を妨害し始めたという。そのため今年の対EUの輸出は12%も減少した。タイ・国際商業会議所は「米国とEUはますます1国主義の傾向を強めている」と非難している。

タイ政府はEUとの話し合いをおこない、自主検査体制を強化しているにもかかわらず、EUはタイ産のエビとブロイラーに対して残留化学物質の検査を今年の1Qから強化し、より強力な検査機器を設置し、個別検査をおこない、通関を遅らせ、コスト増を招いている。

EUの言い分によれば、保護主義の目的で検査の強化をしているのではなく、抗生物質の残存検査はタイでもやっていることだと言っている。

タイ側はそれ以外にもEUは反ダンピング容疑を連発し、タイからの輸入を妨げていると非難している。

確かに、タイの言い分はもっともであろう。しかし、タイをはじめASEANが中国や日本とのFTAのイニシアティブをとったり、「東アジア経済圏構想」などぶち上げたり、「多角的貿易」に反するような動きをしていけば、EU側の反発は今後いっそう強まることは明らかなのだ。

そういう余計なフリクションを避けるためにも、たいした実利にもつながらないFTAなどに熱を上げるのはやめるべきであろう。 日本のFTA熱(幸いあまり成果は上がっていないが)と東アジア経済圏熱は異常である。

政治家、役人、御用学者、ジャーナリズム全てが常識をかなぐり捨ててタイコを叩いている(03年1月14日毎日新聞社説「WTO重視だけでは危うい」参照)。野党もFTAの危険性についてどの程度の認識があるのかよくわからない。

こんな風にして、満州事変、中国侵略、太平洋戦争にかっての日本は突き進んでいったのだろうなと思うと背筋が寒くなる。

世界に開かれたアジアであり日本であり続けることこそが世界の繁栄と平和に繫がっていくのだ。小さい利害や、目先の損得にこだわるのは「滅びへの道」である。

 

7. 舞い上がるタクシン首相(03年1月15日)

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8. 台湾の国会議員団19名のビザ発給拒否(03年1月21日)

タイ政府は今度は台湾の国会議員団に対しビザ発給を拒否し、再びこの問題で台湾政府を起こらせる結果となった。議員団は経済と観光を目的としたものであり、国会議員へのビザ発給拒否は前例がなく極めて非友好的であるとしている。

タイ政府の言い分としてはビザ発給そのものは問題がなく、発給事務処理の時間的余裕がなかったといっている。1月14日に申請して19日にはタイに入国するというのはむりだということのようである。しかし、そんな言い訳は納得されないであろう。

21日付けのタイペイ・タイムズは中国の要人(李嵐青副首相の訪タイ日程が近いためであつというタイの新聞(どれかは不明)報道を紹介している。

台湾議員団はタイ、マレーシア,フィリピンの3カ国を訪問する予定であったが、タイを除く2カ国のみを訪問することになった。

これはタクシン政権の「中国一辺倒」政策のあらわれだとして、タイ国内でも改めて問題視されている。現在台湾には13万人のタイ人労働者が働いており、また台湾はタイに対しては日本、香港につぐ3番目の投資国である。

今回の問題に限らず、タクシン政権の「中国一辺倒」的政策はタイの伝統と国益にそぐわないという論説は1月21日付のネーション紙の社説で論じられている。 http://www.nationmultimedia.com  参照。

確かに過去台湾は一貫してタイには友好的であった。だが、タクシンとしてはASEANと中国とのFTAを推進する旗頭でもあり、心情的にも「中国ータイーシンガポール」の華人枢軸構想もあり、「この際台湾などは」という思いが強いのであろう。

タクシンは「タイいかなる環境下においても中国との関係を損なうような危険は犯さない」などという発言をわざわざおこなって台湾側を無用に刺激している。黙っていればタイ外務省の事務方の言い訳だけで済むものを。

 

9. 2002年の自動車生産は584,951台と過去最高を記録(03年1月29日)⇒クリック「タイ経済」に移行

 

10. プノンペンでタイ大使館焼き討ち事件(03年1月30日)

1月29日、カンボジアの首都プノンペンで学生を中心とする約500名のデモ隊がタイ大使館に抗議行動をしていたが、いつの間にか群集も参加し1,000名ほどになったデモ隊がタイ大使館に乱入し建物に放火し全焼させた。また付近に駐車中の20台の自動車も放火あるいは破壊された。

さらに、暴徒化したデモ隊はタイ人の所有するロイヤル・プノンペン・ホテルに放火し全焼させた。 他にタイ資本のホテルが2軒放火された。

それ以外にもタイのタクシン首相の所有するカンボジア・チナワット社(携帯電話と電話事業をおこなっている)の事務所をはじめ、タイ航空、バンコク航空、カンボジア・サマート・コーポレーション (電話と携帯)などのタイ企業の事務所も襲われ破壊された。

また、タイ国王プミポン9世の肖像画も踏みつけられ焼かれるなど、全面的な「反タイ」暴動に発展した。

タイのチャチャウド・チャーツワン大使などは塀を乗り越え、裏の川からボートで逃げ無事だった。タイ政府は大型軍用輸送機を7機派遣し 合計約700名のタイ人がバンコクに避難した。

ことの発端はタイのテレビ番組の人気女優でカンボジアでも人気のスワナン・コンジンが「かってアンコール・ワットはタイのものだったがカンボジアに奪われたのでタイに返すべきだ」という歴史的事実とはまるで違う発言をしたとカンボジアのラジオと新聞が報道したことにあるという。

彼女はそんな発言をしていないといい、フン・セン首相も彼女の言い分を認めた。ただし、「彼女はアンコールに生えている雑草にも値しない」と余計なことまで言っている。

歴史的事実はタイのアユタヤ王朝軍が1431年にクメール帝国に攻め入り、首都のアンコールを占領し、多数の僧侶や役人や農民を捕虜としてタイに連れ帰り、文化的にはカンボジア人の僧侶や官僚を活用し、アユタヤ帝国の繁栄の基礎とした。

その後もアユタヤはクメールを保護領とし、19世紀にフランスの進出により保護領の権利をフランスに奪われた。

現在はアンコール・ワットを種にタイ資本が大もうけしている(観光ツアー、航空、ホテルなど)こともカンボジア人に不快感を与えているという。

タクシン首相は激怒し「これはカンボジアで選挙が近づいているので、ある政治家が選挙を有利にしようとする目的で画策した事件である」といっている。それにとどまらず「タイの軍隊を派遣し、治安回復に当たらせてもよい」と一言多い発言をした。

これはさすがに国際法上も問題があるとして軍人上がりのチャワリット副首相が止めたという。マレーシアとシンガポールの水争いひとつをとってもASEANの「地域統合」などという物語は話しが遠いようである。

タクシンは例の調子で弱い相手には歯に衣を着せずフンセン首相を攻撃し、損害の全額弁済をするまでは外交関係も元に戻さないという趣旨の強硬発言をしている。

フン・セン首相はタイ政府に対し謝罪しているが、目下のところ両国の外交関係は中断されている。カンボジア人のタイへの入国は国境で差し止められている。 (これらの事態は2月4日頃から徐々に緩和されている)

おそらく日ごろタイの企業やビジネス・マンがカンボジアに大挙進出し、タイ製品も市場にあふれカンボジア人の神経を逆なでするような小事件が積み重なって今回の事件に発展したものであろう。 カンボジア人の多くは日ごろタイ人から「犬」などと呼ばれ侮辱されていると考えているという。

1970年初めごろバンコクで起こった反日運動や、1974年1月の反日暴動と似たような性格の事件であろう。

人民日報(1月31日付け)によると 中国政府の外交部王毅副部長はタイとカンボジアの両国大使を呼びつけ、事態の速やかな収拾を強くアピールしたという。従来から内政不干渉を国是としている中国の今回のこういうやり方は「アジアの盟主気取り」だとして注目をあびている。

なお、1430年のアンコール制圧以降のタイとカンボジアの歴史については2月3日付のタイのネーション紙の中で、Chang Noi (小象というペンネーム)氏が”Bad Histrory and good neighbours (悪しき歴史と、善い隣人)”というなかなか読ませるコラムを載せている。

チャン・ノイの解説のあらましを紹介すると:

1594年にアユタヤ王朝のナレスアン王はクメールに攻め入り、ヨーロッパから手に入れた鉄砲とヨーロッパの武装船の応援をえて数千人のクメール人を殺戮し、稲を焼き払った。捕らえられたクメール王は首をはねられ、ナレスアンはその血を金の盆に入れ、そこに自分の足をひたして快哉を叫んだという。

アユタヤ軍は3万人の捕虜を引き連れ凱旋した。チャンノイはナレスアン王はクメール王を「捕虜にして連れ帰った」はずであり、この血なまぐさい話しは後世の作り話であろうといっている。

1768年にビルマがアユタヤ王朝を滅ぼした後タクシン将軍(父は中国人)はビルマ軍を追い払った4年後、クメールに侵攻し、プノン・ペンを焼き払った。これはビルマ軍がアユタヤを焦土と化したのと同じことをやってのけたのであった。

しかし、その後はヴェトナムがクメールに侵入し、1840年には3万5千の軍を派遣するなどしてカンボジアの南部を手に入れた。

バンコク王朝(現王朝)はカンボジア北部=バッタンバン、シソフォン、シエム・レアップ(アンコール所在地)などを支配していた。バンコク王朝はプノンペン王朝の王の任命権を握っていたこともあったが長続きはしなかった。

後に、カンボジア人はフランスが進出してきたときにはタイをアンコールから追い払ってくれることを希望していた。しかし、1867年にフランスがカンボジアを支配下に置いたとき、タイはアンコールを含む北部カンボジアを保護領とし続けた。

1907年にはフランスが北部カンボジアもタイから奪い取ってしまった。

1930年代に入るとタイはピブン政権(軍事)下で失地回復を目指した。タイとクメールの同一性を説いたりして国際的にも多少の同情を集めた。

日本軍が仏領インドシナに進駐を始めると、タイ軍は行動を起こし、1941年1月16日にフランス軍と戦い優勢に戦闘を進めた。結局、日本軍が仲介に入り、タイはバッタンバン、シソフォン、シエム・レアップを手に入れたがアンコールは除外された。

第2次大戦後、タイのカンボジア領は全て取り上げられてしまい、現在の国境線が画定された。

 

11. 突然の内閣改造、プラチャイ司法相、ソムキット財務相を解任のうえ副首相に棚上げ(03年2月9日)

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12. 麻薬取締り大量虐殺事件. 麻薬取締り開始 、50日間で密売人約1,900人が殺された(03年3月27日)全体の死者は2,500人以上。

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13. 富士通の新HDD投資への投資特典供与を保留(03年3月17日)

タイの投資委員会は富士通の新しいハード・ディスク・ドライブ(HDD)設備の投資について、投資委員会の要求基準に満たないとして、投資にかかわる免税措置などの特典を供与を保留している。

富士通(タイランド)は従来がたより小型(3.5→2.5インチ)のHDDを生産するための研究開発投資(1.6億バーツ=約4.3億円)をおこなおうとしたが、投資委員会は判断が難しいとして特典供与に難色を示している。

なお富士通はすでにタイのHDD工場では8,000名の従業員を雇用していたが、最近パトゥム・タニ工場の一部を米国のウエスタン・ディジタル社に売却し、リストラうをおこなった。しかし、この新HDD工場の稼動によって3年後には2,500人の雇用が追加されるという。

また、投資委員会はヒューレット・パッカード社がプリンター工場の新設(31億バーツ=約84億円)の申請をおこなったところ、やはり投資委員会は特典供与を拒否した。

一方、投資委員会は最近Mec Tec Manufacturing Corp(Thailand)のフレッキシブル・プリンテド・サーキットの生産設備(15.8億バーツ)には認可を与えている。雇用予定は1,000人である。

今回の投資委員会の態度は、結果はどうなるかわからないが、ハイテク企業の投資にたいしてかなり選別的であり、タクシン政権の外資にたいする冷淡姿勢の表れではないかという疑念をもたれている。(03年3月17日、http://bangkokpost.com 参照)

(タクシン政権の外資政策については本ページの項目4参照。)

 

14. タクシンの従兄弟が年末には陸軍司令官に−独裁体制強化?(03年3月20日)

15. タクシン企業の脱税告発の証人が殺害される(03年3月28日)

16. タクシン強気の経済目標(03年4月8日)

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17. 民主党の新党首にバニャット氏、次回選挙で惨敗確実に(03年4月21日)

4月20日におこなわれた民主党の党首を選ぶ党大会で、民主党右派のベテラン政治家のバニャット氏(61歳、タマサート大学法学部卒)が僅差(163:150票)で若手のアビシット氏 (38歳)を破り、チュアン・リークパイ前党首の後継者となった。

バニャットはカリスマ性のない、ごく平凡なベテラン政治家で副首相の経験はあるものの国民的な人気はゼロに等しい。民主党の地盤ともいえる南部出身である。

なぜ、バニャットが勝ったかといえば、反アビシット派の保守派グループのサナンとプラディットの後押しによるものである。民主党にはサナンという元書記長で元軍人あがり金権体質の右翼政治家がいて隠然たる勢力を持っている。

彼は、政治家の財産申告で不正申告をおこなったため、目下5年間の「公民権停止」状態で、公式政治活動はできない。しかし、サナンの子分でやり手のフラディット(46歳)が専ら活躍している。

プラディットが目下民主党の金庫番的存在といわれているが、鉄道建設の汚職関与が取りざたされるなど、いまいち評判がよくない。

バニャットはサナンとプラディットのいわば「傀儡(かいらい)」であるというのは衆目の見るところである。バニャットは民主党の新書記長に、プラディトを選んだ。 新執行部はバニャット派で固められた。

国民的人気の高いハンサムなオックスフォード大学卒のアビシットは副党首の1人の地位にとどまり、出番は事実上なくなってしまった。

アメリカでブッシュが僅差で、大統領になったおかげで、アメリカはとんでもない方向に進みつつあるが、バニャンの率いる民主党はタクシン率いるタイ・ラク・タイ党に対して対抗手段は何も持たない政党になってしまった。

金権体質のパットしない政党に成り下がったといえよう。この結果を最も喜んだのはタクシンであろう。タクシンの天下は当分続き、タイは東南アジアのなかでもたいした魅力のないファシズム的国家の道をたどることになりかねない。

民主党の良識派党員の困難な闘いはこれから始まるであろう。そして、いつかは彼らが勝利するのである。それが戦後のタイの政治史の教えるところでもある。好漢アビシットの自重を望みたい。

 

18. 巨額負債を抱えたTPIのオーナーが破産裁判で勝利(03年4月24日)

タイの民間石油化学会社である Thai Petrochemical Industry Plc(TPI) は先ごろの通貨・経済危機の際、37億ドルもの巨額負債を抱えて倒産した(現在27億ドル)。

債権者団は債権の株式化により75%の株式を保有し、経営を Effective Planners Ltd (EPL) に委託し、操業をおこなってきた。ところが、操業率が思うようにあがらず、予算コストが達成できなかったのはEPLの不手際であるとして、前のオーナーであるプラチャイがEPLを排除しプラチャイに経営権を戻すよう訴訟を起こした。

ところが、この訴訟で、大方の予想を覆して、プラチャイが勝利するという、インドネシアの裁判所並の判決を「中央破産裁判所」が下した。

それによって債権者の代理で、TPIの経営に当たっていたEPL が排除され、経営権が一時的にせよプラチャイの手に戻るという債権者に一方的に不利な判決が下された。そもそもEPLをどうするかというのは委託した債権者団が決めるべきことである。

プラチャイは計画通りの増資の払い込みもできず、再建計画の足かせになっている元オーナー兼経営者であり、現在は12%の少数株主であり、債権者団を飛び越してEPLの排除を訴えること自体異常である。

EPLは控訴することは間違いないが、再建途上の企業に余計な混乱をもたらした裁判所の判断に債権者団は困惑している。

これは債権者団がEPLに代わる経営主体を決める間の措置とはいえ、プラチャイが何をしでかすかわからない人物であると考えられており、債権者側にとっては大きな打撃である。

TPIは現在運転資金1億ドルが不足しており、債権者団は既に8千万ドル拠出し、残額についてのネゴをしている最中であるが、それも暗礁に乗り上げることになりかねない。 その手当てがつかなければ7,000人の従業員の給与支払いにも影響するという。

この件についてAsian Wall Street JournalのShawa W. Chispinしは4月23日付の解説で、「タクシン政権になってから外資への風向きが変わってきた中での判決であり、外資の信頼を損なうものである」と論評している。

この判決はタイの破産裁判所への国際的信用を失墜させるものであるという厳しい見方が出てきて当然であろう。裁判所と政府は別ではあるが、たしかにタクシン政権は「地元資本の救済という使命」を帯びた政権であるといえるかもしれない。

タクシンはTPIと債権者との仲介を買って出ても良いなどといっているらしいが、語るに落ちる話である。タイは最近後退の一途である。4月24日になって、財務相のスチャートがタクシンから「調停人」になるように「任命」されたという。

ちなみに、主要な債権者は地元最大手の銀行であるバンコク・バンク、アユタヤ銀行。米国の輸出入銀行、シティバンク、世銀のIFCなどである。

5月9日になってタクシンはTPIの経営チーム再編について、プラチャイの息のかかった人物を採用するように干渉してきた。筆者はタクシン政権は「地元華人資本家救済という使命を帯びて登場した」と書いたが、まさにその通りになっている。

タクシンはTPIの元オーナーのプラチャイに明らかに肩入れしており、「TPIはタイ人の企業であることが望ましい」といっている。外国の債権者にとっては容易ならざる事態になってきた。(5月12日)

さらに、債権者にタクシンの無法行為が加えられようとしている。というのは今後のTPIの経営委員会は債権者とプラチャイ側の委員を7名ずつとし、委員長に政府使命のものを据えるという案がタクシンから出された。

これは明らかにタイの破産法に違反しており、破産法では委員は債権者に一方的に決定権がある。(5月14日)

5月16日(金)夜になって、たい財務省は異例とも言える声明を発表した。それは「タイ政府は外国の債権者の権利を尊重する」という当たり前すぎる内容のものである。

その数時間前、タクシンは「TPIの経営陣(元オーナーのプラチャイを指す)にとって受け入れがたい負債返済計画処理者を選ぶなら、それはとんでもない時間の浪費であろう」などと余計なことをいきまいていた。

このような、一方的に債務者(プラチャイ)よりの発言を一国の首相たるものがおこなうというのは、異常としか言いようがなく、各国の債権者や大使館から強い反発があったものと予想される。

そのタイが日本よりもビジネス環境が上だなどというトンチンカンなレポートが発表され、日本でも報道された。タイ人はそれを結構喜んでいるらしい。「いいじゃないのシアワセナラバ♪♪」といったところか。(03年5月18日)

 

19.SARS騒動で宝石の売上は激減(03年5月11日)

今回のSARS騒動では何故かタイの罹病者は7名と少なく、死者は2名にとどまっている。タクシン首相の神通力が利いているのであろうか?マレーシアもフィリピンもインドネシアも目下のところ罹病者は10名以下である。

ところが、タイ宝石商組合のスネー女史によれば、香港、中国、シンガポールからの観光客が激減しているため、国内の宝石販売は昨年比20%減の200億バーツ(約560億円)に減る見通しであるという。

しかし、輸出はSARSの影響はさほどみられず、昨年比15%増の1,000億バーツが見込まれるとのこと。

また、スネー女史は2007年にはタイの宝石輸出はタクシンのご託宣によれば2,000億バーツに達する見込みであるという。そのために宝石加工業者への付加価値税(VAT=通常7%)は免除される。

 

20. 日本の自動車メーカーが投資拡大(03年5月24日)

来日中のソムキット副首相は5月23日、日本の自動車メーカーは180億バーツ(約504億円)の投資をタイでおこなうであろうと語った。

三菱自動車は100億バーツを投じて、ピックアップ・トラック(1トンの小型トラック)の工場を増強する。ホンダは8億バーツをかけて研究開発施設を増強する。トヨタは50億バーツをかけて研究開発投資をおこなう計画であるという。

 

22 タイの鉄鋼業の話題←クリックしてください

  22-1. 熱延薄板の関税大幅アップ、自動車、電機メーカーに打撃(03年5月26日)

  22-2 サイアム・ストリップ・ミル社のトリック(03年6月11日)

  22-3 反ダンピング税撤廃にSSI抗議(04年3月13日)

 

23. タクシン今度はマファイア退治に挑戦(03年5月28日)

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24. ホンダの2輪車はマイクロ・ソフト同様シェアが高すぎる(03年6月4日)

やや旧聞で恐縮だが5月13日付のThe Nation にホンダの自動2輪車の子会社、APホンダのマーケットシェアが現在70%を越えているとして公正取引委員会(アディサイ商務相が委員長)は「取引および競争法」に違反していると4月末に満場一致で決定を下した。

法律に基づき提訴されるが有罪となれば300万バーツ(約840万円)以下の罰金か3年以下の禁固刑に処される。

ホンダのシェアは1990年には38%であったものが96年には52%となり、2002年には74%にまで上昇しているという。 タイのモーター・サイクルの国内需要は約130万台である。

ホンダ以外にはスズキ12.5%、ヤマハ10%、カワサキ2.5%の日系3社があるが、最近カワサキから独立してタイガー・モーター社という地元企業が登場した。こうなるとたちまち、タクシンはハッスルし、アディサイに命じてホンダ叩きを始めたものと思われる。

タイガーの言い分ではホンダは代理店に対しホンダ製品以外は扱わせないのがケシカランということらしい。しかし、もともと代理店というのはそういうものであるし、タイガーが必要なら自分で販売店を作ればよいだけの話しである。

民主党政権下ではおよそ問題になりえなかったことがタクシン政権下では次々に問題化するのはいかがなものであろうか。次にはタイは中国からの安いモーター・サイクルの大量輸入をおこなう可能性がある。

APホンダは5月13日付けで詳しい説明を求める文書を役所に提出しているが、商務省からは何の説明も聞いておらず、現在の経営方針を堅持するのみだと語っている。

(6月7日追加)ホンダは1997年に環境対策と燃費向上に寄与する4サイクル・エンジン車を投入してから、売上が伸びているという。また、今年は180万台のタイの市場で140万台(78%のシェア)を販売する見込みだという。

本件についてソムサク工業相は商務省のやり方に批判的で、ホンダの立場を支持しているという。

 

25. サイアム・ストリップ・ミル社のトリック(03年6月11日)⇒22-2に移行

 

26. タイでイスラム過激派ジェマー・イスラミア・メンバー(?)3名逮捕(03年6月14日)

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27. 借金漬け地元資本救済のため1,000億バーツのエクイティ・ファンド発行(03年6月18日)

タクシン政権はTPIやSSM(鉄鋼)といった多額負債に苦しむ、地元華人資本を救済するために1,000億バーツのエクイティ・ファンドの発行を計画している。 これはバユパク(フェニックス)・ファンドと名付けられている。

計画によれば30%は財務省の遊休資金を使い、40%を金融機関が買い取り、残り30%を一般に販売するという。

これに対して、政府が経営に失敗した民間企業を救済するのは、政府の「中立性」を損なうものであるという反対論が根強く存在するが、タクシン政権の使命は経済危機で破綻しかかっている「華人資本救済」にあり、これぐらいは当たり前という感覚であろう。

採算の良くない企業に貸し出されることに対する不安はぬぐいきれず、たとえ政府の保証が付いても、利率はあまり期待できないという声が、金融筋からは早くも出始めている。

⇒(03年8月3日)フェニックス・ファンドで株式投資?

このフェニックス・ファンドは政府によって株式市場で運用されるようである。スチャート財務相によれば、国民的利益が脅威にさらされるような自体になれば、政府はこのファンドを使って市場に介入するという。

しかし、株式市場の引き上げを狙うというよりは、一般大衆の株式市場への参加の促進を狙っていいるという。

これはシンガポール政府の「シンガポール投資公社」を見習ったものである。

これに対し、元財務相のウイラポン氏は1,000億バーツの資金は、タイの小さな株式市場に与えるインパクトが大きすぎるので、慎重な運営が望まれるとしている。

話しが、妙な方向に進みつつある。株式投資で失敗したらタイ政府はどうするのであろうか?そのときは納税者以外に負担する人間はいない仕掛けになっている。

⇒(03年8月26日)Economist紙がフェニックス・ファンドを批判

ロンドン・エコノミストは8月23日号でこのフェニックス・ファンド(タイ語でバユパク=Vayupak)構想を批判する記事を掲載した。

バユパクによって第1段階は財務省が抱えている株式を買うというものである。財務省の抱えている株式とは不良債権としてTAMC (タイ資産管理公社)が民間銀行から買い取った株式であり、当然買い手は少ないか、もしくは誰も見向きもしない。

これを政府が買うことによって、人気が高まり、誰か買い手がつけば政府にとっては願ったりかなったりである。

第2段階は財務省が市場から民間の株式を20%を限度として買うことである。これによって不当に投売りされる民間企業の株式を買い支えることができるという考えである。

この株式売買によってバユパック・ファンドが仮に損をしてもファンドを買った投資家には預金金利に1%を上乗せした金額で10年後に政府が買い戻すから、投資家は絶対に損をしないという結構な話である。

仮にバユパックが損金をだしたら、そのときは政府が尻拭いをするーすなわち税金で補填するというものである。タクシン政権ならではの発想である。

こういうファンドの運用は先進国では最近見られない。なぜなら、リスクを納税者(国民)に押しかぶせるようなやり方は「民主政治」体制にそぐわないし、運用の「透明性」も確保できないからである。

タイの国内でも批判が起こって当然であり、タイではナンバー・ワンといわれる経済学者アンマール・シアムワラ博士(TDRI=タイ・開発調査研究所)も批判の声を上げている。

⇒バユパク資金を使って株式市場にテコ入れ検討(04年8月16日)

最近のバンコク証券取引所の平均株価指数が600ポイントを割り込むなど、石油危機をきっかけにして急激に値下がりしてきた。

それを受けて、バユパク(フェニックス)ファンド運用委員会のオラン・チャイプラバット(Olarn Chaipuravat)委員長は株式市場へのテコ入れ資金として200億バーツ(約530億円)用意しており、投資を現在検討中であると述べた。

バユパク・ファンドは投資対象銘柄を安全性の比較的高い26銘柄に絞っているが、銘柄を拡大することも検討しているという。

どの銘柄を買うかについては検討中であるとしながらも、バユパク・ファンド会長のソムチャイヌク氏はクルンタイ・バンクやサイアム・シティ・コマーシャル・バンクなどは良い銘柄であるなどと述べている。

特にクルンタイ・バンク(国有)は最近不良債権が増えており、警戒感がもたれている銘柄である。語るに落ちるとはこのことであろう。*関連記事は#64-5にあります。

 

28. 03年1Qの経済成長は6.7%(03年6月18日)⇒クリック「タイ経済」に移行

 

29. タイ中央銀行は6月27日に公定歩合を0.5%引き下げ(03年6月28日)⇒クリック「タイ経済」に移行

 

30. 外資を呼び込むために機械、中間材料などの輸入関税を大幅カット(03年7月19日)

タイ政府は外国資本の投資を誘引するために、関連の輸入関税を大幅カットすることを決めた。2005年1月から、原材料は平均7%⇒1%に、半製品(中間加工材料)は12〜13%⇒5%に、完成品は10%にするということである。

ただし、酒類や農産品などは従来どおりである。

タイの関税は全般に高めであり、平均すると15%程度といわれており、これを先進国並みの2〜3%にしたい考えである。

これはタクシン首相とタイ産業連盟の幹部との話し合いで決まったそうである。最終案は今年の10月に財務省が纏めることになっている。

しかし、タクシンの地元華人資本優遇策が今日までのように露骨に出てきている段階で、タイに積極的に出て行くという外資はさほど多くないであろう。

 

31. 中国から安いエアコンがタイ市場に流入(03年7月30日)⇒37に移行

事実上、中国と生産コストがあまり違わないはずなのに、価格にして30〜40%安い値段の家庭用エアコンやモーターがタイに流入してきて猛威を振るっているという(バンコク・ポスト、7月30日付)。

エアコン用モーターにいたっては、タイの製造コストが40ドルであるのに対し、中国製は20〜25ドルであるという。

中国としては、現金で外貨が稼げれば、多少コスト割れしても(全部原価がカバーできなくても)輸出すれば、それだけ資金繰りもよくなるし、多分政府からの助成も受けられる(タイ業者の主張)。

たとえば、中国は、輸出については、付加価値税や消費税の戻しが15%あるという。そのため公定レート(1ドル=8.277人民元)よりも実際上はより多くの人民元を受け取れる仕組みになっている。

また、人民元はドルと事実上固定相場になっており、最近のドル安傾向により、輸出には有利に働いている。

ということで、中国企業は思い切った価格で、エアコンに限らず、カラーテレビやモーター・バイクなどで東南アジアの市場を荒らしまくっている感がある。

アメリカでもITC(国際貿易委員会)は中国製(およびマレーシア製)のカラー・テレビに対し、ダンピング 調査の結果、「クロ」の仮決定をおこなった(03年6月16日)。

この決定を受けて米国商務省はダンピングの有無についての調査に入っている。(詳しくはジェトロ、通商弘報03年7月3日号参照)。

タクシン首相の音頭とりでASEAN-中国のFTAなどが正式に締結されれば、結果はどうなるか自明である。ASEAN内ではインドネシア、フィリピン、マレーシアなど早くも「腰が引け」始めており、タイのみが中国との2国間協定を進めようとしている。

先ごろ、農産物200品目のみの自由貿易協定が結ばれ、10月1日から発効の運びとなり、タクシンとしては、得意満面であるが、工業品についてそれをやれば、大量の失業者が出るのは必至である。

タイは「反ダンピング法」の適用で、被害を緩和しようとしているが、うまくいく当てはない。

 

32. IMFの救済からの離脱ーVATは7%維持(03年8月1日)

7月31日にタイはIMFの救済体制からの離脱に際し、タクシン首相はVAT(付加価値税=消費税)は絶対に現行の7%から引き上げないことを強調した。

タイは1997年の通貨危機に際して、IMFから160億ドルの緊急融資をうけたが、その際のIMFのコンディショナリティ(融資条件)が厳しすぎて、タイは経済恐慌に陥った。

そのなかに、VATを7%⇒10%に引き上げ、消費を抑制しろというメニューが入っていた。すでに96年から不況局面に入っていたタイ経済は一連の緊急引締め政策によって98年のGDPは実に−10.5%にまで落ち込んでしまった。

その後、輸出産業のリードによって経済は徐々に回復したことは上に述べたとおりであるが、念願かなって期限の2年前に借金を完済した。

タクシンは今日、国民に国旗を掲揚して祝うように言っている。タクシンのナショナリズムの強さにはかねて批判があるが、タクシンはそんなことはお構い無しである。

8月1日には公務員にタダの弁当をくばるはしゃぎようである。誰のおかげでココまで来たかを考えてもいないようだ。また、誰のせいでIMFの救済を受けなければならなくなったのであろうか?

はっきり言って、地元の資本家が不動産投資に狂奔したためである。バブルの崩壊に地元資本家と金融機関が耐えられなくなったのである。(詳しくは拙著「東南アジアの経済と歴史」日本経済評論社刊をお読みいただきたい。)

通貨危機に先立って、当時の政府の高官が「バーツ売りをタイ国民に禁止」しておきながら、自分達は裏でバーツ売りをやり(完全なインサイダー取引)を行ったという風評があり、現地の新聞にも書かれていた。

そのときの首相が現副首相のチャワリットであり、副首相が現首相のタクシンであったというのはいかなる因縁であろうか?

IMFの借金を返せたのだから「さあみんなでお祝いだ」などと言うはしゃぎようは異常である。IMFもやり方が悪かったかもしれないが、タイ経済の体質改善のために、タイ政府とともにそれなりの努力をしてきたことだけは認めなければならない。

タクシンの独善主義はさらに驚くべき発言となって現れる。「債務者=地元華人資本と債権者(?)とを救済するために破産法を改正する」というのだ。

債権者は破産法を厳格に適用してくれる裁判官がいればいいのだ。ところが先ごろのTPIの判決は一方的に債務者プラチャイの言い分を鵜呑みにしたものだといわざるを得ない。外国人はほとんどみんな呆れ、しらけているのだ。

こんな判決が出るようではタイは国際的な経済社会でまともに生きてはいけなくなるであろう。

外国企業にとって、これからタイの「投資環境」は次第に悪くなっていくであろう。タクシンは外資がお好きでないことだけはどうも確かなようだ。

 

33. タイの不良債権はさほど減っていない(03年8月20日)

タイ銀行総裁プリディヤトン(Pridiyathorn Devakula)は19日の講演会で、タイの銀行の抱える不良債権は02年12月末で7,720億バーツ(1バーツ=約2.85円)あり、02年の6月末の8,430億バーツに比べ710億バーツしか減っていないと述べた。

スタンダード・アンド・プアーズの見方によればタイの銀行資産の約30%が不良資産ということである。

タクシンは民間銀行に対し「不良債権問題を何とかしろと再三言ってきたが彼らは何もしない」と怒っている。

やりたいのはやまやまだができないものは仕方がない。タクシンは不良債務者である地元華人資本を保護しておきながら銀行に何とかしろなどといっても仕方がないことに気づいていないのであろうか?

民間銀行が破産裁判所に不良債務者を提訴しても一向にラチがあかないのは裁判官の姿勢にだけ問題があるとは思えない。

ここに来て民間銀行の融資が徐々に伸びてきており、02年の上期の伸び率は2.6%、下期は2.67%であったのに対し、03年上期は7.3%の伸びを示している。

これは個人消費が伸びていることや住宅建設需要が旺盛になっているためである。しかし、製造業の設備投資は地元資本にカギって言えばさほどの伸びは示していない。依然として外資頼みである。

 

34. タイとシンガポールが協力すれば2020年以前にASEANは単一市場になれる?(03年9月7日)

タクシン首相はAPECを前に特にシンガポールを訪問しゴー・チョゥ・トン首相に会い、事前協議をおこなった。華人意識の強いタクシン首相になってから、シンガポールと中国の3カ国の連携は急に強くなったように見える。「血は水よりも濃い」といったところか?

タクシンとゴー・チョク・トンは共同記者会見をおこない、「ASWAN経済共同体」結成を推進していくことを宣言した。

ASEANを「地域統合論」などという言葉で語る愚かしいノーテンキ学者が日本で幅を利かせているが、最近ASEANは見掛はともかく、「関税同盟」という本来の姿すら色あせつつある。

その最大の原因を作っているのが、タイとシンガポールである。シンガポールは製造業の競争力がなくなってきて、極度の不況に見舞われているにせよ、米国とFTAなど勝手に結んで「先進国ぶり」を誇示している。

タイはASEANの仲間より、中国に帰属意識をあらわにして、中国の「第2バイオリン」をもって任じている。

こういう両国の態度に他のASEAN諸国は苦々しい思いでいることに、この両国は気づいていないようだ。要するに彼らのカルチュアーには他国への思いやりがないのだ。

この両国は既に発足している「アジア・ボンド基金」を拡大し、同時に2国間でシンガポールのタマセク・ホールディング(Tamasek Holding=国営企業の持株会社)とタイの政府年金基金が協力して、周辺国に投資機会を見つけていこうということが話し合われた。

仲良きことは美しきかな!!ただいし、華僑・華人の間だけではいかがなものか?

 

35. 化粧品、アルコール、エアコン、衣類に輸入規制強化措置(03年9月9日)

タイは輸出の好調を背景に、雇用が増加し、国内景気も盛り上がりをみせている。特に8月は輸出が前年同月を10%以上上回り、70億ドルを超え史上最高を記録した模様である。

しかし、タイ政府(商務省)は化粧品、アルコール、エアコン、衣類などの輸入についていっそうの規制を強化することを検討している。

たとえば、化粧品については健康に害がないという証明書のほかに、内容成文についてタイ語で説明されているラベルを添付することやアルコールについても「保健証明(ヘルス・サーティフィケイト)」をつけ、原産地証明をつけろという。

酒が健康上無害であるとはいえないが、ともかくそれに類する証明書がいるらしい。

エアコンや衣類はタイの主要な輸出品目であり、これらに輸入制限処置をとるというのはいったいどういうことなのか理解に苦しむところである。

具体的には、衣類については皮膚に有害な漂白剤が使われていないかどうか調べるらしい。エアコンについては「省エネ」機器でなければいけないらしい。

問題は、これらの措置が「輸入抑制目的」でとられるということを商務相が公言していることで亜sる。相手国が同様な措置をとったらタイにとって不利益は明らかである。

商務省は、「タイ製品を買おう」というキャンペーンを実施中であり、タクシン政権が続く限り、それは強化されるであろう。そうなると、タイと下手に「自由貿易協定」など結んでも、どれだけ効果があるか疑問である。

 

36. タクシンの30バーツ診療制度にホコロビが出始める(03年9月21日)

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37. タイのFTA←クリックしてください

37-1. 対中国関係

  ⇒200品目についてFTA合意(03年6月1日)

  ⇒タイと中国のFTA交渉のその後(03年9月29日)

  ⇒タイの農産品の中国への輸出は思惑通りには行かず(04年3月1日)

  ⇒中国の農産品に圧倒されるタイ農民(04年3月8日)

37-2. 対米国関係

  ⇒タイと米国のFTA交渉はシンガポール方式では問題あり(03年9月29日)

  ⇒米国とのFTA交渉が難航−農産物に問題?(04年1月27日)

  ⇒米国とのFTAによって安いエイズ薬が生産できなくなる?(04年7月13日)

37-3.対日本関係

  ⇒ 日本ータイのFTAで全中農幹部が例外規定要請(04年4月8日)

  ⇒タイ側、自動車部品の輸入自由化に難色(04年9月3日)

37-4. 強まる農民の反対運動(04年7月4日)

 

39. カゲリの見えてきたタイ経済(03年10月1日)⇒クリック「タイ経済」に移行

 

40. APEC宴の後(03年10月23日)

APEC首脳会議は10月21,22日にバンコクで開催され、タクシン首相が国内の治安,清掃をはじめここぞとばかり大活躍をして、テロ事件もなく無事に幕が下りた。しかし、会議そのものはタクシンの大騒ぎの割にはたいした成果は上がらなかった。

WTOのカンクン会議の失敗の直後だけに、自由化問題もいまいち盛り上がりに欠けた。

今回、タクシンは了見の狭いところを、世界に晒してしまった。というのはAPEC首脳会議にはWTOの事務局長をオブザーバー参加させる慣わしであったが、その前例を破って、スパチャイ事務局長をシャット・アウトしてしまった。

スパチャイを各国首脳と接触させないように、タクシンはあらゆる手段を使ったといわれる。また、スパチャイがタイのテレビに放映されないように特段の注意を払ったという。

スパチャイは民主党の前の副党首であり、タクシンよりも国際的には人望があるといわれている人物である。このタクシンの行動は各国首脳の顰蹙を買ったことは確かである。

スパチャイは会場には来ており、結果的に主要国国の首脳と個別に会談した。そして、「自由かつ公正な多角的貿易」を目指すWTOのドーハ・ラウンドの成功にAPEC参加国はこぞって協力しようということで意見の一致をみた。

タクシンによってのけ者にされたスパチャイはWTO事務局長として、ベストの成果を上げた。

APECの共同宣言としてはこの地域のテロ対策をきちんとやろうという政治的宣言が出されたにとどまった。北朝鮮問題は共同宣言から外され、議長が口頭でコメントを加えるにとどまった。ロシアと中国が共同宣言に入れることを拒否したためであるという。

タイはFTAをアメリカやオーストラリアやチリと結ぼうなどという話しをして、はしこく立ち回ったが、韓国の盧武鉉大統領は「自国の農業問題の構造改革が先決」だとして消極的態度であった、

タクシンのFTA熱に国内から危惧の声が出始めているという。タクシンは明らかにWTOに背を向けているが、中国とは工業製品でまともに競合しあい、すさまじいことになることは自明である。アメリカにもバイオや金融でおしまくられるであろう。

ちなみに、タイはこの会議のために11億バーツ(約30億円)の出費があったという。

この辺の事情については24日付のタイの英字紙ネーションで詳しく論評されている。 http://www.nationmultimedia.com

 

41. 外国人に対する居住ビザ、ワーク・パーミットを大幅値上げ(03年10月24日)

タクシンの排外主義政策はますますエスカレートしてきた。外国人すなわち外資は歓迎しないという基本的態度である。

外国人が駐在員としてタイで働くには「居住ビザ」と「労働許可証=ワーク・パーミット」が必要であるが、今年の8月28日から居住ビザは最大4倍近くにまで引き上げられた。これは20年ぶりの引き上げである。

居住ビザは従来5万バーツであったものが19万1千バーツに引き上げられた。タイ人と結婚している外国人または未婚の20歳以下の子供は1人9万5700バーツの支払いを必要とするという。

1バーツ=2.8円として計算すると、夫婦で107万円というベラボーな金額になる。

労働省の係官は「外国人がこれ以上タイに入ってくるのを困難にするための措置である」と語ったいるという。(10月4日付けネーション)

私自身、この話しが本当だとはとうてい信じられない。後日、訂正記事が書けることを祈りたい。

 

42. 個人の負債が急増ー韓国経済の二の舞の不安台頭(03年11月9日)⇒クリック「タイ経済」に移行

 

43. タクシンの内閣改造ー中国シフト明確に(03年11月10日)

44. タイ・ラク・タイ党の書記長の一族、ネーション・グループの株式を20%取得(03年11月16日)

45. タクシン一族、航空業界に進出、許認可はお手盛りで(03年11月16日)

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46. 顔役政治家,違法伐採のチーク材10万本を湖水に沈めて隠す(03年11月30日)

サムット・プラカン県(バンコクの隣)の有力政治家の所有する会社10万本のチーク材をチェン・セン湖に沈めて隠していたことが発見された。金額換算すると約3,000万バーツ=8,500万円)である。

これらは1998年にビルマで違法伐採されたものがタイに持ち込まれたものであるということになっているが,実際はタイの西部のタク県のサルウィン国立公園の自然林から盗伐されたものであることは確実視されている。(バンコク・ポスト,03年11月29日)

たがし,5年間も湖水に漬けておくと,さすがのチーク材も腐り始めてきて,湖水が汚れ,異臭を放ち始め,付近の住民が騒ぎ出したのが発覚の原因であるとのこと。

名前はいずれ表面化するであろうが,この手の悪徳政治家が地元で君臨してきたのがタイの歴史である。その点,タクシンの政党タイ・ラク・タイは比較的こういう古手政治家は少ないのも前回選挙で圧勝した理由であろう。

 

47. 国王が誕生日の記念放送でタクシンに苦言(03年12月5日)

48. タクシンのチナワット・テレコム社がDBSと組んで消費者金融部門に進出(03年12月13日)

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50. 南タイ・イスラム地区の騒乱(04年1月5日〜)←クリック

 

51. 三星電子とLGはタイに投資拡大(04年1月12日)

韓国の三星電子はタイにR&Dの拠点を設置すべくタイ政府と折衝を始めた。研究センターではIT関連のソフト・ウエア開発を行う。はじめはテレビを手がけ、従来型テレビからフラット型テレビの開発をおこなう。

また2億ドルを投じて既存の工場の拡張も行い、タイを東南アジアの生産拠点とする。三星の工場はラヨン県(自動車メーカーの進出が多い)にあり、当面、電子レンジ工場を新設するが、ついでフラット・テレビやコンピューターの生産も行う。

いっぽう、韓国のLGグループもインドネシアで大々的に投資することをあきらかにしているが、タイの生産能力も増強する考えで、現在は洗濯機とテレビの生産を行っているが、来年は電子レンジと冷蔵庫の生産を開始する。

 

52.タクシン一族の株式時価総額1兆円を超える(04年1月22日)

53. タクシン主義の本質についてータイの研究者グループの討論(04年1月22日)

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54. タイの鳥インフルエンザークリックしてください

 

55. 米国とのFTA交渉が難航−農産物に問題?(04年1月27日)→37に移行

 

56.iTV⇒1-5-2に移動

56-1. タクシンが乗っ取ったiTVテレビの免許料を大幅引き下げ案に世論の批判(04年2月7日)

56-2.iTVの免許料大幅減免取り消し判決(06年5月11日)

 

57. タクシンがビルマ軍事政権に対して軟弱なのはなぜかー米国上院議員(04年3月7日)

⇒クリックしてください⇒1-5-3に移動

 

58. EGAT(タイ発電公社)の民営化は労組の抵抗により無期延期(04年3月8日)

タイのEGAT(Electricity Generating Authority of Thailand=タイ発電公社)についてタクシン首相は前々から大変な熱意で民営化を行おうとしてきたが、同社の労働組合の強い反対運動にあって4月末に予定していた株式公開を無期延期した。

プロミン・エネルギー相によれば4月末のIPO(株式公開)はスケジュール的にタイトなので延期するということである。

しかし、実際は市民を巻き込んだ労組の反対運動にタクシンも株式公開をあきらめざるをえなかったというのが実態である。

EGATの株式25%を公開販売(どの程度公平な販売になるかは不明)し、政府は700億バーツ(約1,950億円)手に入れる予定であった。

EGATの反民営化運動は他の国営企業の民営化反対闘争を誘発し、バンコク市内に大勢のデモ隊が押し寄せ、反タクシンのスローガンを掲げてている。

これに対し、タクシンは国民の反感を和らげる方針を採らざるをえず、彼にしては考えられないような譲歩を行ったと見られる。

鳥インフルエンザや南タイの騒動や中国農産品大量流入などタクシンにとっては処理に窮するような難問がいくつか持ち上がっており、これ以上バンコク市内で民衆が騒ぐことはまずいという判断であろう。

 

59. 03年のタイの成長率は6.7%(04年3月9日)⇒クリック「タイ経済」に移行

 

60. イスラム過激派容疑者の主任弁護人が行方不明(04年3月19日)⇒50.南タイの騒乱に移動しました。

  ⇒警察長官と第4軍司令官更迭(04年3月21日)

  ⇒ソムチャイが失踪5日前に警察のイスラム教徒被疑者拷問を非難(04年3月28日)

  ⇒ソムチャイ拉致で4名の警察官容疑者が浮上(04年4月7日)

 

61. 日本ータイのFTAで全中農幹部が例外規定要請(04年4月8日)⇒37に移行

 

62. タクシンがイギリスのプロ・サッカー・チームを買収計画(04年5月14日)

⇒クリックしてください⇒1-5-4に移動

 

63. 中国の安値工業製品の流入に警戒心(04年6月2日)⇒37に移行

 

64. 2004年のタイ経済 ⇒クリック「タイ経済」に移行

64-1. 04年1Qの成長率は6.5%にスロー・ダウン(04年6月8日)

64-2. 不動産投資の行き過ぎに警鐘(04年6月13日)

64.-4. 04年上期の自動車輸出は42%増(04年7月30日)

64-6. 04年7月の景気指標は悪化、石油価格高騰が主因(04年9月3日)

64-.7 04年2Qの成長率は6.4%にややスロー・ダウン(04年9月7日)

64-8. 04年3Qの成長率は6.0%にダウン(04年12月8日)

64-9. 11月の自動車販売36.5%増の58,577台(04年12月16日)

64-10. 04年の成長率は6.1%(05年3月9日)

 

64−3. 財界にタクシン政権への不信感強まる(04年6月16日)

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64-5. クルンタイ銀行(政府系)の不良債権が急増(04年8月16日)

政府系銀行のクルンタイ・バンク(Krung Thai Bank)の不良債権がこの1ヶ月の間に460億バーツ急増した。そのためタイ中央銀行は同行にたいして注意を喚起しているという。

同行はかねてから政治家との結びつきが強く、タクシン政権も政府プロジェクト(予算外)などで同行にかなりの無理を強いてきたとも言われている。

それだけでなく同行は他行に比べ、より安い金利でかなり放漫な融資を行ってきたとも伝えられる。

最近のタイ経済は国際的原油価格の高騰によってインフレ圧力が強まっており、また米国の金利上昇の圧力を受け、タイの国内金利も低水準のまま据え置く限界に来ており、バーツも下落気味である。

それを受けてバンコく証券市場も下落を続け、8月11日(595.6)にはついに600ポイントを割り込んでしまった(7月9日=666.59)。

ディーゼル油の値上げや金利上昇を行うことは何とか避けたいとしてタクシンも頑張っているが、もはや避けられない段階に近づきつつある。その場合のタイ経済への影響はかなり大きいことは間違いない。

サイアム・コマーシャル・バンクは2004年の成長率を6%に下方修正している。

⇒ソムキット財務相がクルンタイ銀行に査察委員会設置を指示(04年8月17日)

ソムキット財務相はクルンタイ銀行の不良債権急増を受け、91の債務者に対する特別調査委員会の設置を指示した。

クルンタイ銀行の不良債権は今年の3月末から急増した形になっているが、それまでどういう扱い方をされてきたかについて、投資家はタイの銀行制度について強い不信感を抱き始めている。

当然他の国営銀行や民間銀行もかなり甘い基準で不良債権を報告していたのではないかとの疑念がもたれている。

証券取引所はクルンタイ銀行やサイアム・シティ銀行に関する「悪質な噂の出所を追及する」などといきまいている。その噂とはFIDF(金融制度開発基金=銀行の不良債権預かり機関)が両行の不良債権を廃却するということなどである。

クルンタイ銀行に関して言えば頭取のウイロト・ヌルカイール(Viroj Nurkhair)が7月はじめに突如辞任したことにより、急速に市場に疑念が広がり始めた。

それまでは外国の証券会社もクルンタイ銀行株を「買い推奨」銘柄に指定していたほど、何の噂も出ていなかった。すなわち関係者一同がだまされていたのである。責任を追及されるべきは証券取引所や中央銀行、財務省であったはずである。

そもそものことの起こりはタクシン首相の「それ行けドンドン」政策にあった。通貨危機の後遺症でバンコク・バンクはじめ民間銀行の多くが慎重な貸し出し政策を取っている中で、タクシンは政府系銀行に「目標を決めて貸付を増加せよ」という命令を下していた。

その結果はタイの経済成長の伸びにいくらかは寄与したことは間違いない。タイの経済成長のベースは中国特需による輸出増加(外資が大きく貢献)と考えるべきであるが、タクシンは自分の政策によって経済が回復したと吹聴している。

この辺は小泉首相の「改革の効果がようやく出てきて日本経済は回復軌道に乗った」などという発想と同じである。日本の場合はそんなことを信じている人間は少数派であろうと思われるが、タイではタクシン経済政策は結構受けているらしい。

タクシンはとりあえずクルンタイ銀行の株価だけでも何とかしようとして、例のフェニックス・ファンドを出動させる構えであるが、タイの金融機関の中身が不透明のままではどうにもならないであろう。

⇒悪かったのは貸付担当部門ーお決まりの結論(04年8月29日)

クルンタイ・バンクの疑惑融資問題の調査の結論はタイにしては極めて迅速に出された。しかも結論も簡単である。ビロット前頭取は(7月はじめに辞めた)は貸付の書類にサインしていなかったので責任がなく、貸付部門長の責任である。

ビロット氏は10月1日から、総裁2期目に入るというものである。あきれた銀行もあったものである。14件で430億バーツ(1,140億円)の融資に総裁がサインしていないなどという馬鹿げた話がありうるのだろうか。

子供だましにもならない結論である。しかし、タクシンの言うことを聞いて融資したのに、なぜ責任を問われなければならないのかといったところである。

そもそもタクシン政権の出発から、クルンタイ・バンクは華人資本救済とポピュリスズム政策を実行する資金として野放図の融資を行ってきたのである。

2001年と02年の2カ年間で4,000億バーツ(約1兆500億円)を新たに融資し、03年には700億バーツを融資している。今回の430億バーツの不正疑惑融資などはほんの一部にしか過ぎない。このいい加減融資は必ず、後日大きな問題となるであろう。

(04年10月5日追記)

中央銀行(Pridiyathorn Devakula総裁)のイニシアチブで始まった今回の不良債権整理騒動についてタクシン首相は中央銀行は余計なことをするといって激怒しており、来年2月の選挙でタクシンが勝利した暁には、プリディヤトン総裁はクビになるという噂が広まっている(FT、10月5日記事より)

⇒KTBの主要貸付先であるナチュラル・パーク社がリスケ要請(04年11月19日)

大手不動産会社でKTBの大口融資先でもあるナチュラル・パーク社(Natural Park)が資金繰りが苦しくなったとしてKTGに融資返済延期(リスケ)を要請したといううわさが広まり、11月17日に同社の株が売られ11%も下がった。

実際、NP社はKTBに対し16.9億バーツ(約44億円)の融資返済を6ヶ月間延期するように要請していた。

タイの成長を支えてきた1本の柱であった不動産業界はそろそろおかしくなっているのではないかという疑念が広まりつつある。1997年のタイの通貨危機は不動産業の破綻が大きな要因でであった(拙著「東南アジアの経済と歴史」日本経済評論社、参照)。

今回は当時ほど不動産投資が行き過ぎているわけではないが、やはりマンションの建設ブーム的なものは起こっている。これはタクシンの積極政策によるものとも言える。

前回の経済危機から必ずしも立ち直っているとはいえない不動産会社は財務体質が脆弱なため、いったん調子がおかしくなると案外抵抗力が弱い。

不動産業界も過当競争体質がもともとある上に、借金経営で自転車操業という経営体質は今も昔も変わらない。今後、金利が着々と上昇していく中で、不動産業は経営が苦しくなり、タイの経済の重石になりかねない。

タクシンも南タイで無辜の住民の虐殺などやっている暇はないはずである。

 

65. 民主党が分裂し第3党結成の動き(04年7月4日)

民主党は昨年4月にチュアン・リークパイに替り、バニャットが党首に就任した。(上記#17参照)

そのバニャット党首生みの親とも言うべき反アビシット派の保守派グループの大ボスのサナン が次回選挙対策委員長を突如辞任し、脱党し新しい政党を作る動きに出た。(正式にはまだ離党していない)

サナンという人物は民主党の元書記長で元軍人(少将)であり、伝統ある民主党内では金権体質の右翼政治家と目されていた。

彼の脱党の理由は必ずしも明らかではないが、第3党を作り次回総選挙(来年早々にも行われる)でタクシン率いるTRT(タイ・ラック党)政権に参加し、閣僚ポストを得るためではないかという憶測が流れている。

この新政党の名前も既に内定しており、マハチョン(Mahachon=大衆)党という。正式な結党式は7月14日の予定であるという。

マハチョン党の参加者は意外に多いらしく、上院議員が4〜5名参加するほか、現在の民主党副党首アネクも参加を表明している。他にもサナン派の国会議員が少なからず参加することは確実である。

国会議員2名のラサドーン党もこれに参加する。

それ以外にもNGOや学者も参加すると伝えられている。中でもタマサート大学の政治経済学担当のスイナイ教授も名前を連ねているのには驚かされる。スイナイ教授は日本の京都大学と法政大学で労働経済学を学び、博士号を取得した有名教授である。

NGOでは著名な農民運動家アウイチャイ・ワタナ他かなり進歩的と見られている社会運動家が複数名前を連ねている。政党人以外の参加予定者名簿には確かにすばらしいものが感じられる。(7月4日、ネーション、バンコク・ポスト)

なぜこういう政治的な動きが出てきたかは明らかでないが、アネク副党首の言い分によると、今の政治体制では2大政党の政権の独占が続き、国民の声が政治に必ずしも正しく反映されないということのようである。

確かに、TRTはタクシンのファミリー・ビジネスと特定華人資本家の利害を強く反映した政党であるかの感は免れない。民主党は極度にネオ・リベラル(新古典派)的な色彩が強く、IMFべったりとも言える政策を採ってきた。いわば外資指向型政治であった。

この両党からどちらかというと見放されているのが農民であり、労働者である。タクシンは「30バーツ医療」や「一村一品運動」や農民への融資といったポピュリズム政策で切り抜けてきたが、弊害や限界がもはや見えている。

確かに第3党の社会的必要性は感じられなくもない。だからといってサナンが作った政党が国民大衆の本当のニーズを吸い上げられる政党になりうるかどうか疑問なしとしない。

来年の総選挙では民主党の議席は減るが、マハチョン党はかなり健闘するであろう。TRTはかなり議席を失う可能性もある。もはやタクシン人気は確実に落ちてきている。

⇒マハチョン党の旗揚げ(04年7月28日)

マハチョン党が7月19日に多くのメディアの冷笑の中で旗揚げをした。この党の仕掛け人は上に述べたとおり、民主党内の保守派実力者サナン元書記長であり、もともと余り評判のよくない人物である。

次に、このマハチョン党というのは少数野党であるラッサドーン(Rassadorn)党が改名して新党になったという手続きを踏んでいるということである。

問題はこのラッサッドーン党の2名の国会議員が札付きの悪という評判になっていることである。マハチョン党を支持している知識人グループもこれにはショックを与えられたものが少なからず存在する。

マハチョン党の党首には驚くべきことに民主党の副党首で政策担当責任者であったアネク(Anek Laothamatas)が就任した。アネクは米国で学位を取得した、れっきとした学者上がりの政治家である。

ただし、彼は民主党内ではタリン元財務相のような新古典派系の人物とはソリが合わなかったことは確かであり、民主党の主流ではなかった。

マハチョン党の綱領は民主党のそれと良く似たものであるというが、具体的な政策提言がいくつか出てきている。そのなかで注目すべきは;

@イラクからの派遣軍(431名)の即時撤退、A周辺国、特にマレーシア、インドネシアとの関係改善(タクシンの中国一辺倒政策とシンガポールとの華人枢軸路線の変更)、B国営企業の民営化反対、CFTAへの消極姿勢などである。

これらは与党タイ・ラク・タイ党や民主党の政策とも多少なりともニュアンスが異なる点を持っている、いわば中産階級に受け入れられやすい政策であることに注目したい。

当面の政治行動としては、とりあえず、4つの県(ノンタブリ、パトゥム・タニ、サムット・プラカン、プケット)の知事選挙に同党から候補者を立て、タイ・ラク・タイと闘うといっている。

⇒次回国会議員選挙に49名の候補者を1次指名(04年8月10日)

近い将来、チャート・パタナ党(故チャチャイ元首相らが創立)がTRTに吸収合併されれば、タイ東北部ではTRTが事実上議席を独占しかねない。

そこで新設のマハチョン党は東北部を重点にTRTと対決すべく49名の第1次候補者を決めた。

候補者は新希望党(チャワリットの党)や民主党やチャート・パタナ党などの元国会議員や、有名歌手のナンティダやオリンピックの銅メダリスト(ボクシング)のウィチャイなど比較的知名度の高い人々が候補者に指名された。

TRTの候補者ほどカネはばら撒けないであろうが、かなり善戦する可能性もでてきた。少なくとも民主党候補者よりはバイタリティのありそうな勢いを感じさせる。

民主党もバニャト党首のようなカリスマ性に欠けるリーダーから、若手のホープであるアビシット副党首にバトン・タッチしていかないと次回選挙で惨敗を喫することは自明である。

コレラの候補者以外にも引き続き学者などが立候補者名簿に加わるとしている。

⇒バンコク知事選に落ちたビチットら入党(04年9月3日)

バンコク知事選で落選したビチトット元バンコク知事(6位)や著名な政治経済のコラムニストであるニティポーン(5位)氏というようなタイでは名前の知られた実力者が相次いで新生のマハチョン党に入党し、今後の政治活動を継続すことを表明した。

マハチョン党の副党首であるアカポンはさらに、トルコ風呂王チュイット(3位)にも声を掛けている。チュイットは自分自身の政党を作ると公言しているが、マハチョン党に参加する可能性もある。 (結果はそうはならなかった)

最近の動きをみると、タイ・ラク・タイには断固反対だが、民主党の古い体質(変わりつつあるが)にも飽き足りない元気のよい政治家や学者が同党に集まりつつある。意外なことにタマサート大学系の人物が多い。

日本は小泉首相のご出身の慶応大学系で保守志向の強い人材が首相の周辺でやたらにご活躍されてきたのが目立つが、タイにももしかすると学閥意識的なものがあるのかもしれない。

⇒選挙で大敗したマハチョン党はアネク党首が辞任(05年3月7日)

国会議員選挙で2議席しか取れずに大敗したマハチョン党はアネク党首が辞任した。後任はサナン顧問が就任するとみられる。10人の学者グループはマハチョン党から脱退するという残念な結果に終わった。

今後、マハチョン党は与党タイ・ラク・タイ党に吸収合併されるものと見られている。そうなるとTRTは500議席中379議席を占めることとなる。

 

66. 選挙を控え農村に200億バーツのばら撒き(04年7月19日)

67. モンク(僧侶)はモンク(文句)をいうな、タクシン今度は坊さんに噛み付く(04年7月22日)

68. タクシン、民主党議員などの引き抜き開始(04年8月9日)

69.民主派指導者チャムロンの後悔(04年8月23日)

70. ビルマと組んで水力発電計画ー中国にもさそい(04年8月27日)

71. アピラク民主党候補の大勝利ーバンコク知事選挙(04年8月30日)

72. タクシン今度は汚職退治を指示(04年10月1日)

73. タクシン10回目の内閣改造(04年10月9日)

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74. タイ中央銀行バーツ売り介入ーさほど効果なし(04年11月26日)⇒クリック「タイ経済」に移行

 

75. スウェーデン人1,500名以上行方不明、プーケット周辺で(04年12月29日)

04年12月26日のスマトラ島沖地震による大津波により、プーケット周辺の海岸地帯で大きな被害が出ているが、日本人を含む多くの外国人観光客が犠牲になった。

その中でも最大の犠牲者となったのはスウェーデン人であるといわれ、現在も1,500名以上が行方不明となっている。その中には病院にに入院中のものも含まれるため、死亡者の数は少なくなる可能性もあるがスウェーデン史上最大の事故死となるとみられている。

スウェーデン人はクリスマス休暇を利用して約1万〜1万5千人がタイに滞在しているという。

そのほかにもドイツ人などもかなり多くの犠牲者を出していると伝えられる。

05年1月12日現在の外国人の死者不明者数は以下の通りである。ただし、タイ以外の地域も含まれる。不明者数はだいぶ少なくなったが、依然としてヨーロッパ人の不明者は多い。

国名 死亡者数 行方不明者数
ドイツ 60 678名
スウェーデン 52 637名
イギリス 51 365名
フランス 22 90名以下
ノルウェイ 12 76名
フィンランド 15 174名
南アフリカ 10 111名
日本 24 68名
イタリー 18 436名
スイス 23 500名
オーストリア 12 266名
韓国 12 8名
米国 37 不明

 

76. 2004年の国内自動車販売は過去最高の626千台(05年1月14日)⇒クリック「タイ経済」に移行

 

77. バンコクの地下鉄で衝突事故、負傷者200名以上(05年1月17日)

1月17日午前9時半頃(現地時間)、乗客700名ほどを載せた列車がプラット・フォームでドアを閉め、発車寸前のところに、空の電車が後ろから衝突し、212名が病院で治療を受けた。

衝突のショックで多くの人が床に投げ出されたり、人の下敷きになったりしたが、電車のドアがなかなか開かず、電車には非常ボタンもついていないという。

ガードマンがカギを探してきてドアを外から開けるのに10分程度を要した。幸い火災が発生しなかったので、死亡者の出る大惨事だけは免れた。

バンコクの地下鉄は操業開始後、5ヶ月強しかたっておらず、コンピューター関係のミスもしくは単純な人為的ミスが原因であろうと推測されている。

当局は事故原因が特定され、対策が講じられるまで無期限に地下鉄の運行を停止すると語っている。

⇒バンコクの交通渋滞元に戻る(05年1月20日)

地下鉄事故はどうやら人為的ミスということで決着がつきそうであり、事故発生から1週間程度で運転再開すると、交通当局は宣言している。

ところが、事故発生の翌日から、バンコクの市内の交通渋滞は、地下鉄開通前に戻ってしまったと報じられている。やはり、地下鉄の道路交通に及ぼす影響は大きいものがあるようだ。

また、当日、事故にあった700名の乗客すべてが、「一生涯地下鉄乗車はタダ」という、大変結構な決定がなされるようである。こんなことをやる国は他にはないであろう。いくら選挙直前だからといって、タクシンはやりすぎである。

彼のポピュリズムの手法は「自分が選挙に勝ちさえすれば、国家財政などいくら赤字でもかまわない」という基本スタンスである。これは極東の某経済大国でも同じ傾向が見られる。700兆円もの財政赤字はどこに消えてしまったのであろうか?

 

78. 2月6日のタイの国会議員選挙、与党TRTが圧勝の形勢(05年1月31日)

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79. 「欠陥日本車」たたき拡大、大使館前で騒動(05年3月26日)

バンコクではモーター・ショーが開催されているが、「日本車に欠陥がある」として複数の所有者が騒ぎ出し、妨害行動に出ている。彼らはさらに日本大使館前に「欠陥車」を運び込み、その車ヲ叩き壊したり、火をつけるなどと脅迫している。

非難の対象になっている車は、マツダのランティス(Lantis)とトヨタのピクアップ車アルティス(Altis)と、日産のNissan Urvanである。これ以外にもベンツのS280も槍玉にあがっているという。

抗議の内容は「日本車の質が悪く、欠陥が多い」ということに尽きるようである。また、欠陥処理に当たってのディーラーの対応がなっていないという苦情が多いようである。

つい最近もホンダの乗用車を買った女性オーナーが公衆の面前でその車をハンマーで打ち壊す騒ぎがあった。これはホンダ側がその車(打ち壊された)を買い戻すということで一件落着したが、新聞やテレビで大きく報道されたため、類似の行動に出るオーナーが出てきたものと思われる。

日本の自動車メーカーは1トン・ピックアップ車(小型トラック)をタイで集中生産して、世界に輸出する動きがある(三菱自動車は10年ほど前から実施)が、部品はローカル・メーカーのものが多く、品質管理を徹底させないと思わぬ問題だ起こる可能性がある。

(http://www.nationmultimedia.com/05年3月26日、参照)

 

80. タクシンの息子が地下鉄の広告で10年契約獲得(05年4月5日)

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81. 2005年のタイ経済(05年4月8日)⇒クリック「タイ経済」に移行

81-1.消費者心理の落ち込み急(05年4月8日)

81-2. タイ中央銀行05年成長率を4.5〜5.5%に引き下げ(05年4月29日)

81-3. 05年1Qの成長率は5%以下(05年5月4日)

⇒05年1Qの成長率は3.4%の見込み(05年5月9日)

81-4. 高まるバーツ不安(05年5月18日)

81-5. 05年1Qの成長率は3.3%に鈍化(05年6月7日)

81-6. 中央銀行、金利引き上げ2.5%に(05年6月11日)

81-7. タイ銀行、05年の成長見通しを3.5〜4.5%に引き下げ(05年7月29日)

 81-8. 外国からの純直接投資は激減(05年9月3日)

81-9. 05年2Qの成長率は4.4%とやや回復(05年9月5日)

81-10. 金利を0.5%引き上げ3.25%に(05年9月8日)

81-11. 金利を0.5%引き上げ3.75%に(05年10月20日)

⇒金利を0.25%引き上げ4.0%に(05年12月15日)

81-12. 05年3Qは5.3%とやや回復(05年12月6日)

81-13. 2005年の自動車生産は21%増の112万5千台(06年1月25日)

⇒自動車部門の輸出は05年は47.6%増加(06年2月9日)

81-14. 2005年の成長率は4.5%程度にとどまる見通し(06年2月1日)

81-15. 05年4Qの成長率は4.7%、通年では4.5%にとどまる(06年3月6日)

 

82. 新空港の施設を巡る大規模汚職発生(05年4月28日)

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83. スパチャイWTO事務局長、次はUNCTAD委員長に(05年5月13日)

前の民主党政権時代に副首相・商業相をつとめ、現在はWTO の事務局長に就任しているスパチャイ(Supachai Panitchpakdi)がUNCTAD(United Nations Conference on Trade and Development=国連貿易開発会議)の議長に任命されることが決まった。

是は困難な時期にWTOの事務局長を務めている実績が国際社会に評価された結果であり、タイ国民にとっては大いなる誇りであるとともに、アジアの一員である日本にとっても喜ばしい限りである。

残念なことは、スパチャイWTO事務局長の懸命の頑張りに対し、日本の小泉政権とタイのタクシン政権はきわめて冷淡な態度に終始したことである。スパチャイ氏の 再三の警告を無視して日本とタイはWTOの取りまとめよりも短期の利益(にもなっていないが)を優先させFTAに狂奔してきたというのが実態である。

タイ政府としてはスパチャイよりもスラキアート(Surakiart Sathirathai)副首相をアナン国連事務局長の後任にしたい意向を持っているが、こちらのほうは難しい。というのはタクシン政権は南タイでイスラム教徒虐殺事件を引き起こし問題が片付いていないからである。

イスラム諸国を敵に回して何かをやろうとしても難しいのだ。タイの民主党はイスラム教徒を敵にするようなやり方は一切しなかった。

なお、スパチャイのWTO事務局長後任には前のEUの通商コミッショナーのパスカル・ラミー(Pascal Lamy)氏が就任することが決定した。正式就任は05年9月1日である。ラミー氏はWTO強化論者であり、適切な人事であるといえよう。

 

84. 愛知地球博のタイ・パビリオン建設で不正?(05年5月25日)

タイでは愛・地球博(Expo 2005 Aichi Japan)のタイ・パビリオンが貧弱だということで、前から問題になっており、パビリオン建設で何らかの不正があったのではないかという疑惑が浮上している。

今回、ヨンユット・チヤパイラット(Yongyuth Tiyapairat)天然資源・環境相はパビリオン建設にかかわった役人全員の行動を調査すると語った。

建設を請け負ったJSL社は建設予算を超過し、「仕様」に反する建設を行ったのではないかという疑惑が持たれている。

パビリオンの面積は当初1,500平方メートルで計画されていたが、実際は900平方メートル市亜kなく、予算は逆に1億5千万バーツであったものが2億バーツ(1バーツ=約2.7円)に増額された。

また、JSLはパビリオンを組織するためのスポンサー費(運営管理費用か?)をとることを認められる内容の契約になっている。

ヨンユット環境相は政府関係者を集め、真相究明を支持し、パビリオンの改修作業を6月15日までに完成させるように指示した。パビリオンはタイ王室の重要性やタイ文化、タイの食べ物、タイの観光などの宣伝を行うという。

タイには前から汚職は存在するが、タクシン政権になってから新国際空港を初めとして、この種の話が目立つようになってきた。

 

85.元中央銀行総裁に43億ドルの支払い命令(05年6月1日)

タイの裁判所は不思議なところである。でっち上げに等しいジェマー・イスラミア容疑者4名に無罪判決(当たり前だが)を出す良識を示したと思えば、一方において1997年の通貨危機の当時の中央銀行総裁レンチャイ氏が為替政策を間違えたとして43億ドル(4,650億円)の損害賠償を命じられた。

レンチャイがろくな展望を持たずにバーツ売りに無制限に対抗して、手持ちのドルを売りまくり、300億ドルを超えていた外貨準備をスカラカンに使い果たし,ついにIMFに助けを求めるという失態をやらかしたというのが主な罪状である。

レンチャイが有罪ならば時の首相のチャワリットや副首相のタクシンや財務相のタノンなども何らかの責任があるはずである。タクシンならば43億ドルくらいは払えるかもしれない。

ここころ、バーツ売りを当時の政府は禁止していながら、チャワリット夫人とタクシンがバーツを売ってしこたまもうけたというような記事がタイ語の新聞に出ていたなどと噂された。

もちろん、真偽は定かではないが、いずれバーツは切り下げられるという情報を知っていた政治家や銀行家は可なり儲けたはずである。レンチャイがそれに加担したというならば、ある程度の罰金やブタ箱入りは当然であろう。

レンチャイも確かに不手際をやったことは間違いないが、その時の政権を握っていた政治家の責任の方がはるかに重いはずである。レンチャイは当然控訴して争うという。とにかく彼には支払能力はない。

 

86. 投資委員会改組、民族資本色強まる(05年6月6日)

87.サノーの乱、TRT分裂の危機(05年6月12日)

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88. 35万人のビルマ人が不法就労(05年6月19日)

マレーシアでは200〜250万人の外国人労働者が働いており、半数近くが労働許可証(ワーク・パーミット=この制度はなぜか日本にはない)無しで、働く、いわゆる不法就労者である。

同じようなことがタイでも存在する。それは隣国ビルマ人の不法就労者である。その実態は明らかではないが、今回タイ労働省のアクラポン(Akrapol)次官が発表したところによると35万人の不法就労外国人(主にビルマ人)が存在するという。

アクラポン次官の説明によると、タイ北部のメー・ホー・ソンなどの国境沿いに130万人のビルマ人労働者が働いており、そのうち85万人が正式に労働許可証(ワーク・パーミット)を取得している。残り45万人のうち、35万人は労働許可証を持たない、不法就労者である。残りの10万人はその扶養家族であるという。

労働許可証を取得しない理由は、申請に必要なカネがないということである。

タイ政府の方針としては、労働許可証を持たない外国人労働者は厳しく取り締まり、見つけ次第逮捕して、本国に送還するという。

これらのビルマ人の労働者は多くは衣類加工などの輸出産業に従事しているが、一部は農業にも従事しているという。彼らには最低賃金制度も適用されず、時間外手当も貰えない(これは日本でもしばしば起こっているが)。

メー・ソットにあるUni Ocean Corporationという縫製工場では150人のビルマ人の賃金は1ヶ月50バーツ(135円)で1日12時間労働であるという信じがたい数字が報告されている。多分、食事代は別だろうが、これぞヒトの弱みに付け込んだ「搾取」以外の何ものでもないであろう。

なお、タイの労働法によれば、同社はこれら150人のビルマ人労働者に対して3,200万バーツの負債があることになるという(最低賃金制以下の低賃金労働は違法で、経営者に支払い義務がある)。

8http://www.bangkokpost.com/ 05年6月18日付参照)

 

89. ラヨン県の水不足深刻化、10%給水制限(05年6月23日)

タイ全体としては5月中頃から雨季にないっているが、ここ数年降雨量が少なく、また地域によるばらつきもある。

自動車産業などが集まっている東部臨海工業地帯のあるラヨン県では現地での雨量が少なく、ついに10%の給水制限をおこなうと6月22日(水)に発表した。ただし、一般家庭用の給水は従来通り続ける方針である。貯水池の水位も15年ぶりの低水準に下がっている。

マプタ・プット(Map Ta Phut)工業団地を含む東部工業地帯に水を独占的に供給しているイースタン・ウォーター社のワンチャイ社長は最悪20%の給水削減をおこなうかもしれないと述べている。

しかし、役所であるタイ工業団地庁(the Industrial Estate Authority of Thailand)のマプタ・プット事務所では、もしこのまま雨が降らなければ、給水削減は60%になるであろうと語っている。

現地で石油化学設備を操業しているサイアム・セメント社は既に40%の操業短縮をおこなっていると発表した。そのためサイアム・セメント社の株価は6月22日は2.56%下げて、228バーツとなった。他の110社の企業はそこまで自主的に操短はしていない模様である。

この辺の工業団地には日系企業では自動車組立工場と部品工場が多いが、大量に水を使う企業が少なく、目下のところ目立った影響は出ていない模様である。

イースタン・ウォーター社のワンチャイ社長は「王立灌漑局」から原水の供給が10%カットされたので当社で浄水して供給する量も10%削減している。もしこのまま9月まで水の供給が減っていけば、当社は3千万バーツの赤字となると自分の懐の心配を先ずしている。

民営企業とはそうしたものである。

⇒水不足対策で官民ともに迅速な行動(05年6月27日)

PTT Plc(最大の国有石油精製企業で傘下にThai OilやNational Petrochmicalなどがある)は水不足に対応するためにタンカーと陸送(タンク・ローリー)で現地に水を運ぶことにして準備を進めている。PTTでは海水から水を補給するために新たな「脱塩プラント」の建設を検討し始めた(完成には数年を要するが)。

また、タイ工業団地庁(the Industrial Estate Authority of Thailand)ではイースタン・ウォーター社にドック・クライ(Dok Krai)貯水池からノン・プラ・ライ(Nong Pla Lai)貯水池までのパイプ・ラインを23億バーツかけて敷設させることにした。これは2006年中には完成するという。

また、灌漑局ではクロン・ヤイ(Klong Yai)貯水池からノン・プラ・ライ貯水池まで早急にパイプ・ラインを敷くという。これは距離が10Kmと短く、工事も早期に完成させるという。これらの措置によって2006年には東部地区の水不足は解消される見込みであると当局は説明している。

タイの政府はアイデアは早く出てくるが、実行は遅いというのが従来の姿であった。タクシン流の「迅速な行動」が期待されている。

 

90. 景気対策として3,000億バーツの予算の追加投入を決める(05年6月27日)⇒クリック「タイ経済」に移行

 

91.タクシン またもや内閣改造ー新味の無い汚職隠し?(05年8月4日)

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92. タイ鉄道拡張予算を大幅カット−道路建設優先主義(05年8月7日)

NESDB(国民経済社会開発委員会)と財務省は大型プロジェクト計画(#81-5参照)に含まれる、鉄道複線化工事予算を4,000億バーツ(1兆1000億円弱)を4分の1の1,000億バーツに削減してしまった。

タイは鉄道は19世紀末から精力的に敷設してきたが、近年にいたってもさほどの本数が増えず、国民の移動はバスや自動車が主流であり、道路に異常な負担がかかり、エネルギー対策上も好ましくないという指摘を受けてきたが、今回も鉄道の拡張計画はなおざりにされた感がある。

「交通の近代化=自動車」という間違った観念が政府の関係者のどこかにあるとしか思えない。切符がなかなか買えない。列車の本数が足りない。という図式は今後5年間でほとんど改善される見込みはなくなった。

その代わりというか、マレー半島の交通の要衝チュンポン(Chumphong=バスでバンコクから7〜8時間)に石油のハブ(集配センター)を建設するという。そこでは港湾を改造し、飛行場を拡張するという。

バンコクーチュンポン間の道路はバス・トラックの運行で過密状態にあるいっぽう、鉄道は列車がめったに走らず、お昼寝をしている。

また、クラ地峡のラノン(Ranong)には大型船が入港できる「水深の深い港湾」を2006年には建設し、ビルマとインドへのアクセスを用意にするとしている。タイ国鉄(SRT=the State Railway Thailand)はラノンに所有する土地をコンテナー・ヤードとして提供するという。

運輸省は重量トラックのための「特別高速道路」を建設する計画である。これによって、現在の道路の補修費が軽減される筈だという。しかし、「特別高速道路」の補修費は新たに増える。役人エコノミストというのはどこの国でも発想がちょっとズレている。

また、鉄道と港湾との距離を短縮し、30〜40Kmにするという。鉄道の近くに道路を建設しようということなのかも知れないが、近くても遠くても、列車がロクに走っていないのだから関係ないのではないか。

しかし、、基本的に鉄道をもっと活用するというシナリオにはなっていない。道路建設とトラック・バス輸送優先主義である。これによってどのくらいエネルギー消費の無駄が生じ、国民生活が不利益を蒙っているかをタイ政府は再検討すべきであろう。

⇒タクシン首相、鉄道強化策を検討を指示(05年8月10日)

上記のような鉄道建設予算大幅カットの案を政府機関が策定している間に、このホーム・ページの効果があった(?)はずもないが、鉄道はバス・トラックに比べ省エネ効果が高いということが判ってきたらしく、タクシン首相は急遽、鉄道の電化を含む強化策の検討を指示した。

タイの第3の英字紙ビジネス・デイ(http://biz-day.com/ 05年8月10日付け)によると、先週末の閣議で、石油価格の高騰がタイ経済を圧迫しつつある現状にかんがみ、鉄道プロジェクトのスピード・アップを図るべしトいうことをタクシン首相は強調したという。

つい先週まで、NESDBと財務省は「鉄道プロジェクト」予算の大幅カットの作業をやっていたところである。この変わり身の早さには驚くが「過ちをあらたむるに憚ることなかれ」である。

タクシンの指示の骨子は@まず、財務省が中心になって資金調達のための新会社を設立する、A7ラインの鉄道電化プロジェクトを具体化させる、B約1,300億バーツ(約3,500億円)の予算が必要だが、株式市場からIPO(株式公開)で調達するなどである。

プロジェクトの具体案は運輸省で策定することになるが、タイ国鉄(SRT)はタクシン政権になってからもほとんど鉄道の増強をやってこなかったのが今日の高速道路、国道をトラック・バスが大量に走り回るいっぽう、線路はあっても汽車の姿がみえないという歪んだ構造を生んできた。

いまある鉄道を使って、急遽車両増強によって運行本数を増やすべきであろう。

 

93. タイとシンガポールの親密な関係

93-1.シンガポールと合同閣僚会議(05年8月26日)

タイとシンガポールは9月2〜3日に、チェン・マイで第3回目の合同閣僚会議を開く。カンタティ(Kantathi Supamongkhon)外相によれば、協議内容は貿易、投資、テロ対策を初めとして広範囲にわたるという。

例えば、保健省はシンガポールと合同で鳥インフルエンザ用の薬品のための「中央銀行」設置を協議する(鳥インフルエンザ用の薬の備蓄を共同でおこなうという意味か?)。

教育省と情報・通信省はシンガポールの助けを借りて、e-bookプロジェクトを立ち上げる。商業省は「タイーシンガポールの自由貿易協定」にいかに他の国を引き込むかを協議するという。

ASEANという自由貿易地域の中でタイとシンガポールがさらにFTA(2国間自由貿易協定)」を結ぶというのだから、いかにタクシン首相とシンガポールのリー首相がFTA好きかが伺われる。これには日本の経済産業省も顔負けであろう。

ASEANの中で「華人枢軸」ができているというのは既に述べたとおりであるが、白昼公然とこのような合同閣議をおこなうというのは他のASEAN諸国にどのような見方をされるのであろうか?

少なくとも、民主党のチュアン・リークパイ政権時代はこのような[合同閣議」を2国間でおこなうようなことはなかった。ASEANは決して1枚岩ではない。華人系国家同士がこのような形で旗揚げしたら、イスラム系国家(インドネシアとマレーシアなど)は面白くはあるまい。

(Business Day Aug.24.2005 Internet版参照)

 

93-2.タイとシンガポールの経済協力強化会議(第2回)で連携強化(05年11月30日)

第2回目のタイとシンガポールの経済協力会議(STEER=Thai Singapore Enhanced Economic Relation) が先週(11月10日からの)おこなわれた。

これは両国政府の言い分では2020年にASEANの経済共同体(AEC=Asean Economic Community)の結成を目指しての「準備運動」だということである。今回わざわざこういう断り書きつけたのは他のASEAN諸国への多少の遠慮からであろう。

この第2回STEERでは両国政府と参加した企業の間で12の覚書が調印された。詳細は公表されていないがその一つに「物流面での協力」がうたわれているという。

それ以外には学習と調査についての技術開発や貿易と投資を倍増させる計画や両国の「シングル・ビザ」構想などが織り込まれており、また、タクシン政権が企画している「メガ・プロジェクト」へのシンガポールの参加を促しているという。

投資についてはシンガポールはタイに1999年から17億ドルの投資をおこなっている。

タイのソムキット副首相はこの両国関係は他のASEAN諸国への「ショー・ケース」であるとして、「お手本]を示すものだというが、周辺国はおそらく納得していないはずである。

周辺諸国にとってはASEAN内部でさまざまな会議がひんぱんに持たれ、将来計画が話し合われている最中に、なぜタイとシンガポールが特別な協定を結ぶのかという不信感を持つのは当然であろう。

これはタクシン政権が登場してから露骨になった「華人枢軸」関係の強化であると見られても仕方がないであろう。

 

94. バンコク・ポストをタクシンの盟友が買収?(05年9月14日)

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95. 中国とタイで11項目のビジネス協定(05年9月22日)

タイと中国はタクシン政権発足以来、緊密な友好関係(シンガポールも合わせて華人枢軸と私は呼んでいるが)にあるなかで農産品の先行FTA実施などに続いて、中国呉儀副首相の訪タイ(現在チェンマイを訪問中)を機に11項目のビジネス協定を結ぶことになった。

その内容は中国企業とタイ企業が結ぶ覚書であり、観光、貿易、投資などについてである。具体的内容についてはまだ発表されていないが、およそ次の内容が織り込まれているという(英字紙ネーション、9月22日付インターネット版)

@中国のCNOOP(China National Offshore Oil Corp= 中国オフショア石油公社)がタイのPTT Exploration and Production(PTT=タイ国営石油精製公社の石油開発と生産子会社)とビルマ、カンボジア、オマーン、イランにおける石油ガス開発事業を共同しておこなう。

A中国の水力発電公社であるSinohydro Corp はタイのEGAT(国営電力公社)と共同でビルマ、ラオス、カンボジアにおける水力発電事業を共同でおこなう。また、同社はタイの水資源開発事業(予算2千億バーツ)に対して工事の応札に興味を示しているという。

BPTT(タイ石油精製公社)のプラサート社長は8千億バーツの石油精製能力増強計画に中国企業が半分くらいの投資をしてくれることを望んでいるという。⇒中国側はSinochem社(化学製品の中国最大の商社)が投資を検討しているとのこと(9月23日)

C中国の大手鉄鋼会社 Capital Steel of China(首都鋼鉄)はタイで高炉一貫製鉄所の建設を計画し、タイの投資委員会に優遇措置を申請するという。(サハビリヤの計画と競合するが合弁でやる可能性もある)

これにはタイの地元企業は脅威を感じているが、ソムキット副首相は地元企業が競争によって体力をつけるのは好ましいとして投資優遇措置を与える方針であると語った。

D上海汽車(GMおよびVWとの合弁会社あり)はヨントラキット(タイの自動車販売/組み立て会社グループ)とE.C.I.グループ(CP=チャロン・ポカパンの子会社)と合弁で1100〜1300ccおよび2300〜2400ccの乗用車とミニ・バンの組立工場を建設する。

はじめは中国からCKD(完全ノック・ダウン)を輸入し、組み立てを行い、その後本格的な自社生産をおこなっていくという。生産台数は当初2万台を目指す。

ヨントラキット(Yontrakit)はPeugeot, Citroen, Aud、フォルクス・ワーゲンなどiの総代理店のほか、起亜、フォルクス・ワーゲン、アウディ、プジョーなどの組み立てもおこなっている。(9月23日)

Eモーターサイクルの合弁2件1件目は中国の最大のモーター・サイクル会社であるJialing (嘉陵)MotorsとタイのKMB Inter Business Co.との間でモーター・サイクルの合弁会社が設立されることが合意された。

会社名は「Sky Wing Motor (Thailand).」と称し、当初の授権資本金は1億バーツで、出資比率は中国側45%、タイ側55%とする。工場はバンパコンにつくられ、10億バーツの建設費を予定しているという。

2006年中には工場を完成させ、主な車種は125ccのオートバイで、年間の生産台数は当初は10万台とするが、5年以内に50万台にまで拡張する。生産台数の20%はASEAN諸国に輸出する。 なお、Jialing Motorsは中国でホンダと提携関係にある。

2件目は中国のJiangmen Zhongyu Motor of China(江門中裕摩托集団有限公司)とタイのUnited Union Parts Co. of Thailand との合弁で、中国側35%、タイ側65%の出資比率とする。

United Union Parts Coの説明によれば、合弁会社名は「Yasuda」とし、バンパコンに6億バーツをかけて工場を建設し、年産5万台の生産を目指すという。部品の60%はタイで調達し、残り40%は中国から輸入する計画である。

工場は11月(来年の?)には完成し、M-Bikeというブランドで売り出す。製品の40%はインド、パキスタン、バングラディシュなどに輸出する。

現在はタイのモーター・サイクル市場はホンダをはじめとする日本のメーカーに独占されていて、中国製のものは3%のシェアしか占めていないという。(この項はバンコク・ポスト、05年9月24日付け、インターネット版参照)

それ以外の関係者の発言として、

@重慶産業グループ(Chongqing Industry Group)のYin Shanning 会長は両国がお互いに関税を最低限まで引き下げ、貿易上の障壁をなくしていくことが投資を促進する道であると語った。

ACP(チャロン・ポカパン)のタナコン(Thanakorn Seriburi)副社長兼タイ-中ビジネス協議会会長は今回のチェンマイ会談によって中国のタイにおける投資は10%は増加するであろうと語った。

BタイのBOT(投資委員会)事務局長のシティット(Sitit)は中国がタイに投資することを期待する分野としては、農産品(加工品)、自動車および部品、エレクトロニクス、金型、基礎金属(鉄鋼など)の5分野だとのことである。

 

96. タイ・ルンがインドのタタと自動車製造の合弁を検討(05年9月23日)

自動車部品メーカーの大手Thai Rung Union(自社ブランドのミニ・バンなども組み立て)はインドネシアの財閥タタ(Tata)の自動車会社(Tata Motors)と合弁でタイで小型トラック(1トン・ピックアップ車)の組み立て工場を建設することで交渉に入ったことを明らかにした。(9月22日、ネーション、インターネット版)

タイ・ルンのソンポン(Somphong)社長はタタに投資をしてもらうと同時に、タイ・ルンとしてもインドに投資をしていきたいとのこと。

タイ・ルンはい「いすゞ」のタイの現地子会社の部品メーカーとして大をなした会社であり、「いすずモデル」をモディファイした自社ブランドでミニ・バンや小型トラックの組み立て販売もおこなっている。

また、トヨタとも合弁会社(Thai Auto Conversion=トヨタが70%出資)を設立し、バンパコンの工業団地でトヨタ・モデルの現地版の多目的車の組み立てをおこなっている。

タタはインドではバス/トラックと乗用車を製造しているおり、今回のタイ・ルンとの合弁については前向きに検討しているという。タタとしては当初は年間5,000〜10,000台のピックアップ・トラックを生産したいとの意向を明らかにしている。

また、タタは韓国の元大宇自動車のトラック部門も買収している。

 

97-1..会計検査院長の交代を国王が拒否(05年9月23日)

97-2.ジャルバン女史が会計検査院長に復帰(06年2月2日)

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98. 小学校1年から北京語を教える計画(05年9月27日)

本日(9月27日)の英字紙ネーション(インターネット版)の伝えるところによれば、タイの教育省は小学校1年から代替言語(alternative language=英語教育のという意味か?)としてマンダリン(北京語)を教えることを検討しているという。

これはタクシンの中国寄り路線の徹底化とも受け止められるが、中国系タイ人がビジネス界をリードするタイにおいて,中国との経済関係が深まる中で北京語(例えば潮州人で潮州語を話す人は結構いる)を話せる人が少ないということから何とかしなければという発想であろう。

チャトロン(Chaturon)教育相(南タイ問題ではハト派で知られる)は教育システム全体として北京語を教えることを計画しているという。

小学校から北京語を教えるのは「強制」ではないとしながらも、「北京語はますます大事な言語だから早い時期に教える必要がある」という発想である。英語は小学校から教えているが英語教師が足りず、フィリピンなどからも応援が来ている。

日本語などは到底そこまではいかない(重要性からかんがみ)ということであろう。

ウサネ翻訳研究所長(教育省の組織)は「中国政府からの支援もあり、どういうテキストを作るべきか中国の専門家と研究をおこなおうとしている]と語った。

現在では300の学校で北京語を教えており、そのうち半分は公立学校である。

これに対する批判はタイ国内にもあり、あまりにも「市場志向」の教育であるというのがその趣旨である。もちろんタクシン首相の「中国寄り路線」に危惧を感じている人も少なくない。

日本人としては「ドーゾご随意に」ということになろう。

 

99. タクシン首相、元テレビ・コメンテーターを名誉毀損で訴える(05年10月4日)

100. BOI「優遇措置小委員会」委員長にシン・コーポレーション会長が就任(05年10月18日)

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101.北朝鮮、タイ人を 複数誘拐か?(05年11月1日)

タイの英字紙ネーション(THe Nation)の報道によれば、曽我ひとみさんの夫のジェンキンスさんはその著書「告白」のなかで1978年にマカオに出稼ぎに来ていたタイ人女性(アノチャと名乗る)が1名誘拐され、ピョンヤンにつれてこられ、脱走米兵と結婚させられていた。

他にもレバノン出身とルーマニア出身の女性とそれぞれ結婚していた米兵がいるという。

北朝鮮の外交官のタイ語能力は以上に高く、他にも多数、誘拐されタイ語教育に携わっていたタイ人が複数いるものとタイの情報筋では推測しているという。

また、タイ政府はアノチャというタイ国籍の女性が誘拐されたという記録は見当たらないとしている。

タイと北朝鮮とは外交関係を維持しているが、北朝鮮はタイに対してコメの輸入代金約1億ドルを20年間ほど焦げ付かせたままだという。

 

⇒アノチャは実在する人物で27年前から行方不明(05年11月4日)

北朝鮮に誘拐されたアノチャ(Anocha)という女性は、チェンマイ県のサン・カンペン(San Kampaeng)地区の出身で、本名はバブパ・パンジョイ(Bubpha Panjoy)といい、現地にはアノチャの兄59歳とその息子38歳が住んでいる。

彼らの話しによれば、アノチャから27年前に「近いうちに帰国する」という手紙がきてから行方不明になったという。アノチャは「美人で心の優しい娘だった」と兄は語っている。

行方不明後もアノチャの親族はどうしてよいか判らないまま、タイ政府には報告していなかった。そのためかタイ外務省は最初はそんな人物はいないといっていたが、実在の人物となれば放置することはできず、何らかの行動をとらざるをえなくなる。

北朝鮮は誘拐が日本、韓国以外にも広がったことで、いよいよ国際社会からの追求が厳しくなってくる。

(ネーション、インターネット版 http://www.nationmultimedia.com/ 05年11月4日参照)

 

102.ソンディ の反タクシン集会

102-1.バンコクの反タクシン集会に1万人以上集まる(05年11月13日)

バンコクの中心部にあるルンピニ公園で11月11日(金)夜、タクシンン首相から名誉毀損罪で訴えられているソンディ(Sondhi=プーチャドカン紙社主)が主催する反タクシン集会に1万人以上がが集まって気勢をあげた。

これだけの規模の反タクシン集会は2001年にタクシン政権が発足してから初めてのことである。政府系テレビなどが事前にこの集会について一切報道しなかったにも関わらず、これだけ多くの市民が集まったというのは異例のこととみられている。

そのうち3,000人は黄色のTシャツを着ており、それには「われわれは国王のために戦う(We Shall Fight For King)」と書かれていたという。

ソンディはかつてはタクシンの盟友であったがタクシンの政治手法に反発し袂を分かち、テレビ番組やプーチャドカン(Manager)紙などでタクシン批判を展開し、そのため名誉毀損で訴えられ、5億バーツ(≒14億円) という法外な「損害賠償」を請求されている(上の#99参照)。

ソンディの当日の反タクシン演説には「王室に対するタクシンの不適切な振る舞いが指摘されたという点が特に注目され ている。

それは今年4月に王宮内にある王室の守護寺院である「エメラルド寺院」 (ワット・プラケオ)においてタクシンが主宰し、「南タイの騒乱が静まることを祈った」という出来事である。

このエメラルド寺院はエメラルドの仏像が祭られている観光名所でもあるが、タイでは最も神聖な場所であり、ここで年2回の 「誓忠儀式」(国王に忠誠を近い聖水を飲む儀式)やエメラルド仏の着衣を交代する儀式などを国王が主催する場所である。

国王以外の人間がここで儀式を主催したことは過去に1度だけある。1932年にプラディ(後に首相となり、タマサート大学を沿い率下)などとともに憲革命をおこない、その後首相の座に着いたピブン元帥が1939年に 、王室が混乱状態の時におこなっただけであり、戦後は初めてのことである。

ちなみにピブン元帥は戦後も首相に返り咲いたが、サリット将軍のクーデターで政権を追われ、日本に亡命し1964年に相模原市で亡くなった。

タクシン首相側は事前に王室の了解を取り付けたといっているが、「申請」を出したのが「儀式」の1日〜2日前で、「タクシンは参加者の1人として儀式に参列するという内容の申請」にそうものであっという。事実タクシンはカジュアルな服装で参加したらしい。

見方によってはタクシンの王室に対する態度はきわめて「不適切」なものであるということは、今回具体的な形で明らかになったが、前々からタクシンの独善的な振る舞いに対して国王から、遠まわしの表現ながら、「ご注意」を受けていた。

最近では国際空港新設にまつわる汚職事件を暴いた会計検査委員長ジャルバン女史をクビにしようとした手の込んだ「陰謀」に対して、国王は「拒否」の態度を明らかにしめした。(上の#97参照)

別に今始まったことではないが、5年間にわたるタクシン政権の問題点がこのところ集中的に現れてきている。その中でも最大の難問は「南タイの紛争」である。南タイのイスラム教徒の反タクシン感情は悪化の一途をたどっており、タクシン在任中は「騒乱」は解決しないとさえ言われている。

05年7月に発した「非常事態宣言」地域をヤラ、パタニ、ナラチワットの3県とソンクラ県のサバ・ヨイ(Saba Yoi)地区から、さらにソンクラ県のチャナ(Chana)とテパ(Tepha)の2地区にも拡大した (11月3日)ばかりである。

タクシンがエメラルド寺院で儀式を主催したなどということを南タイのイスラム教徒が知れば、彼らの反発を強め、ますます「宗教戦争」という側面が出てくることは間違いないであろう。既に、仏教寺院に対する破壊活動も起こっている。

    (http://www.nationmultimedia.com/ 05年11月12日、13日、参照)

 

102-2.11月18日には5万人集会、タクシンの妹が槍玉に(05年11月22日)

ソンディの反タクシン集会は11月18日(金)にもルンピニ公園でおこなわれ、雨の中を6〜7万人集まった(主催者側推定)といわれ、更なる盛り上がりをみせた。

その中で、ソンディはタクシン政権の「言論・表現の自由に対する抑圧」と「権力の乱用」と「EGATの民営化反対」に焦点をあわせて聴衆に訴えた。その中で新たな事実としてはタクシンの妹が軍用機を私的に使った点が暴露された。

というのは、タクシン批判の世論が高まる中で、無神経にもタクシンの妹モンタティップ(Monthathip Komutcharoenkul)が11月14日(月)に自分の誕生祝と自宅の新築祝いをかねたパーティに軍用機C-130を使って、招待客をバンコクからチェンマイまで運んだというのである。

これは、いかんとも弁明のしがたい「公私混同」であり、タクシン側もグーの音も出なかった。これは空軍参謀長のスカンポン(Sukampol Suwannathat)が承認書に署名している。

タクシンの妹モンタティップとスカンポンとはN Link Companyという通信会社の取締役を一緒にやっており、二人とも防衛大学の同級生であったということである。(男女共学らしい)。現役の軍人が民会会社の役員を兼任しているというのも変な話である。

それに先立ち、国軍総司令官のルンロイ(Ruengroj Mahasaranond)がソンダイに対して、「タクシン批判の中で王室に言及することは不敬罪に当たるので、以後慎むように」という通達を出した。同じ趣旨の申し入れが近衛部隊司令官からも出されていた。軍による[言論機関への「威嚇」である。

これは、軍の言論に対するあからさまな干渉であり、「時代錯誤」な言動として軍が世論の批判をあびる形となった。彼らは1973年に政権を追われた「タノム・プラパート」時代の軍部独裁的な政治感覚から抜け切っていないといわれても仕方がないであろう。

こういうコトがなぜ起こるかといえば、タクシンが自分の言うことを聞く「軍・警察」体制を作り上げたからである。軍・警察のトップ幹部にしてみれば、タクシンこそが自分を引き立ててくれた「恩人」であるという感覚なのであろう。仮に民主党政権であればこういうことはおよそ考えられない。

情勢が不利になったタクシンは韓国の釜山で開かれたAPECの首脳会議の帰りの飛行機の中で、「定例の(週一度)記者会見は来年まで中止する」と言明した。これは「占星術によると止めたほうが良い」という卦が出たためだという。

タクシンが占星術に凝っているという話しは前から出ていたが、まさか本気で「水星」の運行によって記者会見をやるとかやらないとか決めているわけではないであろう。それにしてもタクシン政権は乱気流に巻き込まれている。

 

102-3..タノンがバーツ切り下げ情報をタクシンの会社に流す?(05年12月17日)

ソンディのタクシン批判の「ルンピニ公園」集会は依然として続いているが、昨夜(12月16日金)はかねてから噂には上っていたが、タイの現代政治経済史上きわめて重要な話しが出た。

それは1997年のタイの通貨危機が始まる前夜のことである。当時タイ政府と中央銀行(バンク・オブ・タイランド)はヘッジ・ファンドなどによるバーツ売りの攻勢にたいして、あくまでバーツ価値を守るとして、タイの銀行や国民にバーツの思惑売りを禁止して防衛の協力を呼びかけていた。

ところが、バーツ防衛をあきらめることは公式発表(97年7月2日)の前の11日も前に決定し、当時の財務省であったタノン(現在財務相)がタクシンの会社のシン・コーポレーション(携帯電話などの通信会社)にタイ政府では5人しか知らなかったこの「重要国家機密」を教えていたというのである。

通貨危機直後のタイ語新聞には、当時首相であったチャワリットの夫人とタクシン副首相が「バーツ売り」を事前におこなって大もうけをしたという記事が出ていたようである。その噂が今、ソンディによって蒸し返されたのである。

タノンは政治の世界に入る前にシン・コーポレーションの財務担当役員をしており、タクシンの強い推薦でチャワリットはタノンを財務相に任命したといわれている。

そのタノンがバーツをフロート制に切り替える11日前に情報をシン・コーポレーションに流した張本人であるという「疑いが濃厚」であるとソンディが昨夜すっぱ抜いたのである。聴衆の多くは当時の噂話を思い出し、拍手喝采したとネーションは報じている。

そういわれてみると、当時多くのタイ企業が、通貨危機のあおりを受けて倒産や破産寸前に追い込まれたが、シン・コーポレーションは打撃を受けるどころか、かえってこの頃から勢いを増したようである。

そこまでいわれたら、現在タクシン政権のもとで財務相として権勢を誇っているタノンとしては黙っていられないところであろう。タクシンももちろんである。

その後、チャワリット政権は崩壊し、代わりに民主党のチュアン・リークパイ政権になったが、IMFの厳しい「融資条件」に悩まされて長いこと不況に苦しんだ。

ところが景気の立ち直りかけた2001年に資金量豊富なタクシンがTRT(タイ・ラク・タイ=タイ愛国党)を率いて政権を握り、「TRTの政策よろしきを得てタイ経済は立ち直った」というストーリーが出来上がってしまったのである。ひどい目に会ったのは民主党である。

ソンディはさらにタノン攻撃の手を緩めず、通貨危機直後に58社のノン・バンクを潰して、バーツの下落にいっそうの拍車をかけ、ドル買いをおこなった貪欲な投機者(ヘッジ・ファンドや一部のタイの政治家・企業家)にさらに大もうけをさせたというのである。

(海運会社TMN)

これ以外のソンディの話題としては副運輸相のプムタム(Phumtham)が国営海運会社(TMN=Thai Maritime Navigation)の民営化の際に70%の株式をプムタムの友人達に所有させ大もうけをさせたという。

また、プムタムはPTT(タイ石油公社)に働きかけ、TMNに石油の海運業務を割り当てるように働きかけ、赤字会社であった同社を黒字の優良会社に生き返らせたというのである。タイでも「民営化」はすばらしいものであるらしい。日本でも同じだが必ず大もうけする輩が出てくる。

また、ソンディは先に延期されたタイ発電公社(EGAT)の民営化反対も呼びかけた。

(チェンマイのタバコ工場)

また、タクシン政権の閣僚にきわめて近い女性(名前は明かされなかったが推して知るべしということか)が動いて、タイ政府はチェンマイ(タクシンの地元)に中国政府の協力を得てタバコ工場を建設している。

この工場はタイ政府は当初は90億バーツ(約260億円)で建設するということで予算計上していたが、その後180億バーツ(約520億円)という巨額予算を承認したという話しである。建設費の安いタイでは途方もない金額である。ただし、構造設計ではインチキはない模様である。

中国政府はタバコ工場新設のために「CYC」なる会社を新設して取り組んでいるというから大変な熱の入れようである。しかし、CYCはタバコ工場の建設の専門家はおらず、タバコ製造機械もイタリーの会社の図面を失敬して作っているという。

イタリーの会社は猛然と抗議をしており、この機械の出荷は現在差し止め(中国から)になっている。

当日の聴衆は2万人といわれ、前回の5万人よりも大分少なくなったと報じられている。次回は12月23日、来年は1月13日におこなわれる予定とのことである。

(http://www.nationmultimedia.com/ 05年12月17日付け参照)

 

102-4.タクシンは政府プロジェクトをクローニーに受注させる(05年12月24日)

ソンディはルンピニ公園集会を12月23日(金)に開き、その中での主要テーマは政府プロジェクトがいかにタクシンの仲間が受注したかを暴露した。

この集会はソンディがチャンネル9のトーク・ショー番組を降ろされてから13回目のものであった。昨夜の集会では1万人しか集まらなかった(ネーション紙の数字、バンコク・ポスト紙は4万人と報道)。 ソンディはルンピニ公園への参加者は減っても衛星テレビで1000万人の国民が見ていると述べた。

ソンディはタクシンの出身地チェンマイにおける過去4年間の40件の政府プロジェクト(金額にして200億バーツ≒580億円)の大部分がタクシンのクローンー(crony=仲間)によって 受注されたことを暴露した。

チェンマイのナイト・サファリ・パークのレストランの営業権(30年)は副交通相兼TRT党の副書記長という党のカナメの人物であるプムタム(Phumtham Wechayachai)に与えられた。これは公開入札無しでおこなわれた。 プムタムもいっぱしの金権政治家となったようだ。

プムタムは、1973年の学士革命のときは活動家として軍事独裁政権(タノム・プラパート)打倒のために活躍し、1976年のタマサート事件の後は一時期はジャングルに逃げ込み反政府運動をやった経験がある。日本にも同様な例があるが変われば変わるものである。

チェンマイの政府プロジェクトで「獅子の分け前」を受け取ったのはチェンマイ建設(Chiang Mai Construction Co.) 会社のオーナーである地元の有力者カナエン(Khanaen Boonsupha)である。彼は首相府担当相のネウィン・チドチョブ(Newin Chidchob)の義父である。

ネウィンはクメール(カンボジア)族であることもソンディはバラし、それが聴衆の喝采を受けたという(ネーション)。私にはピンと来ないがクメール族というのはタイでは蔑視されているようである。

カナンの受注額は11.8億バーツでチェンマイ空港行きの道路などを受注している。その他の道路もいくつも受注しているが応札中間価格をゴクわずかに下回る価格で受注している。

ソンディはチェンマイのことだけを取り上げたが、これは地元で受注から外された業者がソンディに情報提供したものと推測される。他の地域でも同様なことが起こっているはずである。

また、最近、南タイでは洪水が大きな被害をもたらしているが、その対応が極めて冷淡であるとタクシンを批判した。この洪水は過去30年で最悪のものといわれ、既に南タイで死者が52名出ている。

タクシンは南タイの洪水被害は「津波ほどひどくはない」とうそぶいて現地査察すらおこなっていなかった。チェンマイではちょっとした洪水でも大急ぎで現地に赴いたタクシンを知っているタイ人にとってはどうにも解せない言動であったことは間違いない。

現地を訪問したのは被害が起こり始めてから大分経った昨日(12月23日)になってから(それも爆弾騒ぎの「歓迎」を受けた)である。

「 国王が3,000袋の生活必需品物資を贈ったのに対し、資金豊な与党のTRT党は何も贈っていない。これは南タイが反タクシン色が強く、与党TRT党は今年初めの国会議員選挙で1議席しか取れなかったからである 」といわれている。

また、「タクシンは南タイで行われている反乱被疑者に対する裁判抜きの軍・警による殺害(タクバイ事件はその典型)を容認する一方、南タイの騒乱を早期に収束すると約束しながら、一向に収まる気配がない。 」

などの批判をおこない、タクシン首相の辞任を求める署名運動への協力を呼びかけた。

また、ソンディは過去にタクシンの熱烈な支持者であった自分を「愚かであった」と自己批判したという。さらに、タクシンは国を略奪したので不正に得た財産を国に返還すべきであるとも述べた。

タクシンはソンディに対する名誉毀損と賠償請求の訴訟を取り下げたが、ソンディの攻撃を黙って見ているわけではなく、ソンディの友人と見られるタイ航空の取締役2名を再任しない(任期は1年)ことを決めたという。

 

102-5. 2月4日の反タクシン集会に10万人が参加、タクシン首相への失望感広まる(06年2月5日)

ソンディの呼びかけにより、反タクシン集会が国会議事堂近くのロイヤル・プラザ周辺に約10万人が集まり、タクシンの辞任を求めて気勢をあげた。参加者の多くは王室支持のシンボルである黄色のTシャツをきていた。

最近のシン・コーポレーションの株式をシンガポールの国営持ち株会社テマセク(TEMASEK)に売却し、その代金732億バーツについてさまざまなテクニックを遣い子供達に税金を払わないでほぼ全額懐に入れさせるというタクシン得意の「離れ業」をやってのけたことも反タクシン感情をいやがうえにも燃え上がらせた。

集会は2月5日(日)の午前8時まで続いたが、参加者は比較的冷静で、警官隊との衝突もなく平穏に終わった。

タクシン自身は故郷のチェンマイに避難し、支持者の集会で参加者は「ばか者の集まりだ」とののしり、任期の切れるまで(あと3年)はやりぬくと宣言したという。

しかし、タクシン首相の「賞味期限5年で切れる」と私は予想したが、残念ながそのとおりになってしまったようだ。一言でいえば彼の政治手法はタイの国民が多くの流血の後に築き上げた[民主主義」をあまりに遠慮会釈なく踏みにじるものであったといえよう。

タイの英字紙ネーションは既に「おわりが始まった」との見方をしている。タクシン政権は議会で3分の2以上の議席を確保しているが、国民の支持が急速に失われつつある今となっては、何をやるにしても世論の動向を見極めながらやるしかない。

従来のタクシン1人が何でも決める「CEOスタイル(アメリカ企業のトップが即断即決で経営を取り仕切っていくという手法)」の政治はおこなえなくなるであろう。

閣僚も既に2名が辞任している。1人はウライワン(Uraiwan Thienthong)文化相ともう1人はソラアート(Sora-art Kinpratoom)情報通信相である。2人ともTRT内では反主流派のスノー派(タイ・ナム・イェン)に属する。ウライワンはスノーの夫人である。

 

103.EGAT民営化

103-1. EGATの民営化に 行政裁判所が差し止め判決(05年11月16日)

タイ政府はEGAT(タイ電力公社=旧称はthe Electoricity Generating Authority of Thailand)を民営化し、そのために株式の16%に相当する12億4500万株を一般公開し、311億バーツから349億バーツ(≒1,000億円)の資金を獲得すべく今週末には上場すべく準備を進めていた.。

EGAT民営化に反対する11の市民団体が株式公開差し止めを求める「行政訴訟」をおこなっていた。これに対して、「最高行政裁判所」は期限ぎりぎりの11月15日(火)に株式公開を「差し止める」判決を下した

最高行政裁判所の判決理由は「部分的な民営化を差し止めたからといってEGATの操業にはなんらの影響を及ぼさない。一度株式を公開してしまえば、その弊害が出てきたときに、元に戻せない」ということのようである。

これは、タイ国内で、EGAT労組のみならず、200もの市民団体や広範な国民の反対の声を押し切って、タクシン首相が「民営化」を強行しようとした動きに司法がストップをかけた形となり、タイの英字紙ネーションは「民衆側の第1ラウンドの勝利」という見出しで報道している。

この判決は、タクシンの面子を潰したことになるのは間違いない(FT、インターネット版、11月16日)。

タクシン政権は民営化をきわめ熱心に推進し てきたが、民営化したkらと言って、一部の金持ち階級にはメリットがあったが、一般国民には利益が必ずしも還元されていないという不信感が根強い。この辺は日本と決定的に違う(???)ところかも知れない。

民営化されれば、その会社の経営目的は「国民の福祉」から「株主の利益」へと大きく転換するのはタイに限らない。したがって水道や電力といった「公益事業」については国民の民営化に対する警戒感が強いのは当然である。

EGATはタイの電力市場の59%を支配しており、 配電網は独占している。タイ政府の言い分は「民営化すれば経営が透明化するし、資本も集めやすくなる」ということであろう。

しかし、国民の共有財産が一部の金持ち階級に支配される(一般の小口株主は事実上無力の存在である)事態になれば、逆戻りは不可能になるというのが国民一般の見方であろう。

経営の透明性を高めるには「経営監視委員会」などを設置すればやっていけるはずだし、資金調達は社債の発行でも十分か可能であろう。

国営企業がなぜ問題かといえば、経営が効率的でないからだというのが俗説だが、経営を効率的におこなわせるのは何よりも行政府の責任である。民営化したからといって経営が効率的におこなわれる保証はどこにもない。

実際、日本の高炉メーカーはここ1年ぐらいは業績が急に改善されていたが、過去においてオソマツな経営(としか外部には映らない)によって惨憺たる「非効率」ぶりを衆目にさらしてきた。

一方、韓国のPOSCOや台湾の中国鋼鉄などは国営企業(今では民営化されているが)でありながら、一貫して好業績をあげてた。

要は、株式の所有者いかんに関わらず、ポイントはマネージメントの良し悪しなのである。「民間がやれるものは全て民間にやらせる」などというのはとんでもいない暴論である。最近のJR西日本の悲劇は「国鉄であれば避けられたのではないか」という疑念は私にはどうしても払拭することができない。

競争は良い面は大いにあり、私も「市場主義」を支持するものであるが、めちゃくちゃな自由競争は「弱肉強食」の修羅場を日常的に演じることになり、平和で安定的な市民生活を保障するものではない。

 

103-2.EGATの株式上場(民営化)は不可、最高行政裁判決(06年3月23日)

タクシン政権はEGAT(タイ電力公社)の民営化を進めるべく株式上場の準備を進めていたが、「最高行政裁判所」が05年11月15日に差し止め判決を出し、11月16-17日に予定されていた公開入札が差し止められた。

さらに最高行政裁判所はEGAT(タイ電力公社)の民営化自体が違法であるという「とどめの判決」を下した。

また、同時にEGAT(タイ電力公社)の経営監視委員会のメンバーにシン・コーポレーションの役員であるオラン(Olarn Chaiprawat)氏が入っているのは適切ではないという判断を下した。オランはタクシンの経営するチナワット大学の理事でもある。

このようにタクシン首相は要所要所に自分の部下を配置していることも、「権力の乱用」であるという批判を招く原因になっている。

この判決によって国営企業政策局長のアレポン(Areepong Bhoocha-oom)氏は今後の発電所建設計画に影響が出ると述べている。また、EGATは2007〜2011年にかけて年間400億バーツ(総額2,000億バーツ=6,000億円)の建設計画を持っているという。

そのなかにはラオス、ビルマ、中国にも水力発電所を建設する計画も含まれている。これらは巨大ダムの建設を伴うものであり、タクシンは強引にこれらを推し進めようとしていたが、周辺住民や環境保護団体などから強い反対の声が上がっている。

 

104. タクシン首相、戦線をフィリピンに拡大(05年12月4日)

タイは先に南タイのイスラム教徒131人が軍・警察の弾圧を恐れて、マレーシアに逃亡した。この件をめぐっタイ政府はマレーシア政府の対応がケシカラン(難民として受け入れ、かつ国連難民高等弁務官のインタビューを許可した) として避難し、両国間でかなり激しい言葉のやり取りが交わされた。

その熱気もさめないうちに、今度は現在マニラでおこなわれている第23回東南アジア・スポーツ大会(SEA Games)で審判がフィリピンの選手の肩を持ち、タイの有力選手が負けたのはケシカランという趣旨の発言をした。(05年11月30日)

「ゲームの主要な目的はフェアプレイの精神を涵養し、われわれの運動能力を高めることにあり、メダルをとることではない。こんなことをやっていてはSEA Gamesの人気は落ちてしまう。タイでの大会(2007年)はその辺きちんとやる。」と一見正論風のコメントを述べた。

それがタイの新聞のみならずフィリピンの新聞にも出てしまった。

これを聞いてアロヨ大統領は柳眉を逆立てて怒ったといわれている。このタクシン発言はあたかもフィリピン人はフェアプレイの精神が欠け、審判(各国から来ている)を買収して有利な判定を得て、メダル・レース(現在トップ)をやっていると受け取られかねないからである。

一般のフィリピン国民も怒ったものが少なくないらしく、マニラのタイ大使館にデモをかける騒動に発展した。ただ、そのプラカードには「グロリア(大統領)とは違って、フィリピンの選手はフェア・プレイをやっているぞ」と書かれていた という。

フィリピンの国会議員の中からは「タクシンは内政上のトラブル(経済不振、言論弾圧、南タイ紛争など)に対するタイ国民の不満の矛先を外部に転化しようとしているのではないか」という発言すら出てきた。

あわてたのはマニラに派遣されているタイのスポーツ関係者である。彼らは大体がスポーツ経験のある常識人であり、タイ人的なデプロマシー(外交感覚)をもっている。マニラ現地でアチコチに謝りに回るという、とんでもない急用ができてしまった。

どんなスポーツでもまれには審判のミスや故意による「誤審」はつきものである。それを1国の首相がいちいち取り上げて他国に対し批判がましいことをいうのはまことに「いかがなものかと」思われる。せめて茶の間の話題にとどめておくべき事柄であろう。

このタクシン発言は閣僚の間からも「マズイ」という意見が出たと見えて、しきりに「悪意は無い」という趣旨の弁解の発言が出ている。近々、マレーシアのクアラルンプールで「東アジア・サミット」も開かれ、各国首脳が一同に会することになっている。

見方によってはタクシンという人物は「正直」に自分の心情をを吐露した、政治家としては稀有なる存在かもしれない。

しかし、1国の政治を預かる首相としては外交的配慮が欠かせないことは言うまでもない。日本人の筆者がそういうことを言うのはいささか「クチハバッタイ」点なきにしもあらずであるが。

 

第23回東南アジア・スポーツ大会国別メダル獲得数(05年12月4日現在)

金メダル 銀メダル 銅メダル   合計
フィリピン 114 82 91 297
タイ 86 79 115 280
ベトナム 66 64 84 214
マレーシア 61 48 61 170
インドネシア 48 77 86 211
シンガポール 40 32 53 125
ビルマ(ミヤンマー) 16 35 48 99
ラオス 3 4 12 19
ブルネイ 1 2 2 9
カンボジア 0 1 9 10
東チモール 0 0 3 3

ネーション、インターネット版、05年12月4日付けによる

フィリピンがメダル獲得数で1位になったのは初めてである。前回(2003年)はベトナム(開催国)が1位であった。

 

105. 国王生誕記念演説で再度タクシンに注文、ソンディへの訴訟取り下げ(05年12月7日)

プミポン国王は12月4日(日)の生誕記念演説で、所感をのべられ、外部の批判に過剰反応を示し続けるタクシン首相に対しもっと批判をオープンに受け入れるよさとした。

国王は「首相は間違っていない。何でもできないことはない。テレビで何回も批判者をやっつける必要は無い。国民はタクシンの話し(批判者に対する悪口)は聞き飽きたので、 ソープ・オペラ(安っぽいテレビ・ドラマ)ばかり見ている」とかなり強烈なタクシン批判をおこなった。

過去にも何回か国王は批判者に対するタクシンの傲慢とも思える高飛車な言動を控えるように注意を促したが、タクシンは無視し続けてきた。

しかし、今回ソンディという新たな批判者が現われ、そのタクシン批判が国民の大きな支持を得つつあることに、タクシンも危機意識を感じざるを得なくなった。与党のTRT党幹部も日ごとに支持率が低下していくことに脅威を感じ始めた。

国王はこのまま事態が進めば、国民のタクシン批判がさらにひろまり、街頭にデモ隊が大挙おしよせ、1992年5月に起こったような大惨劇(数百人のデモ参加者が殺されたといわれる)が起こりかねないという心配をしており、両者相対(あいたい)で話し合いをすべきことを示唆している。

タクシンはソンディの批判に対し、これまで名誉毀損で刑事告発するとともに、民事でも6件の損害賠償請求を相次いでおこないその総額は数十億バーツに達している。

これはタクシンの批判者に対する「恫喝」であることは誰の目にも明らかであり、かえってソンディに対する国民の同情心を掻き立てた結果となった。タクシンは裁判官のなかにも自分の息のかかったものがおり、ある程度は勝算もあったのかもしれない。

ところが、突然昨日(12月6日)タクシンの主任弁護士が名誉毀損と損害賠償訴訟を全て取り下げると言明した。

政府の報道官のスラポン(Surapong)は「政府は国王からのアドバイスを謙虚に受け入れ、これからは一般や批判者からの賞賛も批判も素直に聞く」と言明した。ただし、これが何時まで続くかは判らない。

一方、ソンディの方は、訴訟取り下げは歓迎するが、タクシン批判は従来通り続けると語っている。

(BBC,Nation,インターネット版、12月7日参照)

 

106.中国と経済協力協定を近く締結(05年12月14日)

香港でおこなわれているWTO閣僚会議に出席しているタイのソムキット(Somkid)副首相は、中国の商務相薄煕来(Bo Xilai)と会い近々、タイは香港を含む中国とより密接な2国間協定=CEPA(Thailand-China Closer Economic Partnership agreement)を締結するであろうと語った。

その直前にクアラルンプールで開かれている「東アジア・サミット」での個別会談で中国の温家寶首相からタクシン首相に対し、CEPA構想の提案がなされたという。

このCEPAなるものは貿易上のFTA(2国間協定)にとどまらず、投資、観光など多方面にわたっての協力関係を意味する。

ASEANと中国は「自由貿易協定」を締結することで既に合意しているが、タイと中国はこれとは別に「より密接な経済協定」を締結しようとしている。こういうことをやっているから、タイは他のASEAN諸国(除くシンガポール)から「華人枢軸」と疑惑の目で見られるのである。

また、12月13日(火)のWTOの会議には各国から「反対運動」の活動家が集まり、「WTO反対デモ」が激しく繰り広げられたが、タイからも100名程度参加しているという。

(http://www.nationmultimedia.com/ 12月14日付け参照)

 

107.タクシン一家のシン・コーポレーション株式 売却

107-1.タクシン一家がタイでは最大の「株持ち」(05年12月14日)

 ⇒タクシン一族が50億バーツの税金逃れ?(05年12月17日)

107-2.タクシン一家がシン・コーポレーションの持ち株をテマセクに売却(06年1月13日)

 ⇒タクシン一族のShin Corp. 株のテマセクへの売却を正式発表(06年1月23日)

107-3.タクシンの税金逃れの手法に疑惑と関心が集まる(06年2月1日)

 ⇒アンプル・リッチ社は子供の名義に変えられていた(06年2月1日追加)

107-4.憲法裁判所がタクシンのビジネスに関する調査を検討(06年2月15日)

 ⇒8対6で調査をおこなわないことに決定(06年2月16日)

107-5. チャムロン、打倒タクシン運動に参加宣言(06年2月20日)

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108. 政府主催の津波1周年記念行事を一部の村人はボイコット(05年12月26日)

スマトラ沖地震による大津波から早くも1年が経ち、各地で追悼記念行事がおこなわれている。タイでも約8,000人に上る死者や行方不明者 (タイ政府の公式発表は5,395人)が出ており、未だに引き取り手が判明しない多くの遺体が安置されている。

タイの津波ではタクシン首相が被害地を飛び回り、被害者の救済と復旧を陣頭指揮する姿が連日連夜テレビで放映され、しかも「タイは外国の援助は不要であり、自分達で復旧をやってみせる」などと大見得を切り、タイ国民を感動させた。

そのおかげで、当時かげりの出ていたタクシンの人気が一気に高まり、今年初めにおこなわれた国会議員の選挙で与党TRT党は大勝利を博した。まさに「タクシン劇場」を演出して見せてくれたのである。

しかし、その後どうなったかと言えば、復興が真っ先におこなわれたのは、タクシンの息のかかった「ホテル」などの観光資本であり、一般住民の被害回復は後回しであり、住宅その他未だに不十分な状態が続いているという。

また、津波警報システムの構築や医療活動については日本初め各国から多大な援助を受けたことはいうまでもない。

その中で津波1周年の記念行事がおこなわれた。しかし、それは多く村人の心情をあまりに無視したものであった。まず、追悼行事はテレビ映りがいいように「派手やかにやろう」ということが決まっていた。

そのイベントの企画を請け負ったのは、何とタクシンのクローニーであるパイブーン(Paiboon Damrongchaitham)が所有するGMM Grammy Plc.社であった。パイブーンはバンコク・ポストの買収を試みた人物である。(上の#94の記事参照)

このGMM Grammy Plc.は流行歌手や映画スターを大動員して、「津波犠牲者追悼大会」をプケットやピピ島などの各地で展開したというのだから、その神経の図太さにはいささか驚き入るしだいである。タイ政府の意図は「観光客の誘致」にあるのだという。

その費用は〆て4億バーツ(約12億円)であったといわれている。そんな金があったら被災者への援助に回してほしいというのは村人の声である。タクシンはプケットの式典に参加し「犠牲者は来世では幸せに生きるであろう」と演説した。

タクシン流バカ騒ぎに 誰よりもショックを受けたのは当の被害者である村人である。彼らは、静かに仏教あるいはイスラム教の儀式にのっとり、犠牲者の鎮魂を行いたいとして、あえてタクシン政府主催の「記念行事」には参加しなかったものがかなりいたという。

訪れている観光客の多くも、静かな追悼を望む村人に同情の念を寄せているという。 もちろん、被害者の遺族や友人で、犠牲者の例を弔うべくタイにやってきた外国人の神経を逆なでしたことは言うまでもない。(WSJ,Internet版、05年12月26日 、参照))

これとは別な話しだが、現在、南タイは40年ぶりという大洪水に見舞われ、多くの死者がでており、経済的被害も甚大である。そこでタイのテレビ局は「洪水被害救援募金」のキャンペーンをやろうとしたところ、タクシンから横槍が入って取りやめになったという。

その理由は「タイ政府が面倒を見るから、一般国民は援助の手を差し伸べる必要はない」というものである。これに対して、先の津波の時もタクシンは同じようなことをいって、外国援助を断ったが、結局たいしたことはできなかったではないかという批判が高まっているという。

また、こういうときこそ、南タイ以外の国民(圧倒的多数が仏教徒)が被災地の住民に直接援助の手を差し伸べる機会を与えられたほうが、「南タイ騒乱」で疎外感をつのらせ、分裂状態にある南タイのイスラム教徒との一体感を取り戻すきっかけになると思うのだが。

タクシンにしてみれば「タイのことは全てオレが取り仕切っているのだ」ということであろうか。

 

109.中国の製造業がタイにとって脅威になり始める(06年1月3日)⇒クリック「タイ経済」に移行

 

110. 2006年のタイ経済⇒クリック「タイ経済」に移行

110-1.2006年のタイ経済はさほど期待できない(06年1月5日)

110-2. 政治的混乱によって成長率は3.5%以下に?(06年3月22日)

110-3. 金利を0.25%上げ4.75%に。バーツ高進む(06年4月11日)

110-4. タイの06年1Qの成長率は6.0%と好調?(06年6月6日)

110-5. 06年5月の消費者信頼度指数は4年来の低水準(06年6月12日)

110-6.このままではタイの06年は4%成長はムリ、産業連盟(06年6月29日)

110-7.タイの自動車生産は06年1−5月は18.2%増の49万8千台(06年6月30日)

110-8 タイの06年6月の自動車国内販売は12.4%減(06年7月13日)

⇒タイの06年上期の自動車生産は14.8%増(06年8月8日)

⇒タイの06年1〜8月の自動車輸出は29%増(06年9月30日)

⇒タイの2006年の自動車販売は682,500台と3%減少(07年1月12日)

110-9. タイの06年2Q成長率は4.9に低下(06年9月4日)

110-10. 06年の外国からの投資は減少傾向、07年はさらに悪化?(06年10月25日)

110-11. タイの消費者信頼度指数は順調に回復(06年11月10日)

110-12. タイの不動産業06年3Qは業績にカゲリ(06年11月16日)

110-13. タイの上場企業は売上増加21%、利益はわずかに1%増(06年11月20日)

110-14. タイの06年3QのGDPは4.7%とやや低下(05年12月4日)

110-15. 異常なバーツ高に中央銀行介入(06年12月6日)

⇒タイ中央銀行、為替投機防止策の妙案(?)を発表(06年12月19日)

⇒バンコク証券市場大暴落、730.55→622.14(06年12月19日)

⇒株価急回復1日で64%戻し691.55に(06年12月20日)

110-16.タイの06年11月の貿易収支の黒字が前月比倍増(06年12月21日)

110-17. タイの銀行ー貸し倒れ引当金積み増しで大幅減益(07年1月23日)

110-19.タイの06年4Q成長率は4.2%と鈍化、通年では5.0%(07年3月6日)

110-20.06年の上場企業の純利益は12%減少(07年3月7日)

 

111.タクシンの政治危機と選挙(別ページにまとめました)

⇒クリックしてください

111-1.タクシンついに議会を解散、4月2日に投票(06年2月24日)

111-2.野党も4月2日の選挙を受けて立つ(06年2月27日)

 ⇒タクシンが野党の政治改革要求拒否、野党3党は選挙をボイコット(06年2月27日)

111-4.陸軍司令官曰く 国王は現在の政治情勢について強い不快感、(06年3月8日)

111-5. プレム枢密院議長邸に爆弾(06年3月10日)

111-6. 国王が1992年事件のとき和平を諭した映像をいっせいに放映(06年3月13日)

111-7. 警察官僚出身のチドチャイを第1副首相に任命(03年6月15日)

 ⇒タクシン首相が一時的辞任を示唆発言(06年3月15日)

111-8.タクシン支持派の農民など地方から集結(06年3月18日)

111-9.サイアム・スクエアのデモ行進を決行、さほどの混乱はなし(06年3月30日)

111-10. TRT党への支持票が激減の情勢(06年4月3日)

 ⇒タクシンは勝利宣言するも、内容は大敗(06年4月4日)中278選挙区はTRT候補社しか立候補しておらず、他はにわか作りの野党候補が出

111-11 タクシン首相の辞任で民主派と合意成立(06年4月4日)

111-12. タクシン辞任後は院政を目指す(06年4月5日)

111-13. 民主派はタクシンに対する警戒感を緩めず(06年4月8日)

111-14.憲法裁判所、4月2日の選挙無効判決、やり直しを命じる(06年5月8日)

111-15. TRTゲート、選挙管理委員長シドニーに逃亡?(06年5月12日)

 ⇒ワサナ委員長のシドニー行きの同乗者たち(06年5月21日)

111-16. 選挙管理委員長、辞任の意向 、新党の動き活発化(06年5月17日)

111-17.タクシンが「政務」に復帰(06年5月21日)

111-18. 選挙管理委員会がTRT(タイ愛国党)の解散を司法にゆだねる(06年6月6日)

111-19. ウィサヌ副首相が辞任、タクシン首相ますます窮地に(06年6月24日)

111-20.TRT党のみならず民主党にも解散命令?(06年6月28日)

111-21.タクシン;「カリスマ的人物が追放を策す」発言(06年7月11日)

111-22.ソンティ陸軍司令官、親タクシン派軍幹部を左遷しはじめる(06年7月20日)

111-23 タイ.国王10月15日の選挙を裁可(06年7月21日)

111-24. 選挙管理委員3名が有罪、4年の禁固刑(06年7月25日)

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112. クメール期の仏像が東北タイの水田の中から出現(06年5月14日)

タイ東北部の主要都市コン・ケーンから20Kmほど西のプー・キエオ(Phu Kieo)地区の水田で農夫が田植えのための田ならしをしていたところ、11〜13世紀頃に作られたと見られる砂岩の仏像2体が発見された。高さが約70cmといわれる。同じ場所から、陶器の碗や青銅の鐘も発見された。クメール(陸真臘)が支配していた時期のものである。早速地元にミニ博物館を作って展示する計画であるという。タイ政府の「古美術局」の担当者によれば、この仏像は東北の要衝、ナコン・ラチャシマ(コラート)付近で発見されたものと同じ系列のものであるという。タイ東北部におけるクメール帝国の支配の範囲や文化的な事跡を物語る貴重な発見である。金欲と権力欲の権化とも言うべき政治権力者によって蹂躙されたイサーン(タイ東北部)の民の心を仏陀が正しく導くために出現したことになるのであろうか?

(ネーション5月14日、インターネット版から)

 

113.チャロン・ポカパン社、鳥インフルエンザで61%減益(06年8月5日)

タイの地元資本の代表格で、一族がタクシン内閣の閣僚を務めるなど、「飛ぶ鳥落とす勢い」のチャロン・ポカパン(CPF=Charoen Pokaphand Foods)社が主力のビジネスのニワトリ事業が鳥インフルエンザの影響で不振となり、06年2Q(4〜6月)の純利益が前年同期にくらべ63%の減益となった。

CPFはタイでは最大手の養鶏業者であり、輸出、国内ともトップのシェアを占めている。しかしながら、最近の鳥インフルエンザ騒動の再燃で、国内、海外ともに売れ行きが落ち、06年1Qの純利益は10.2億バーツ(31億円)と前年同期の27.3億バーツと約63%の減益となった。

売り上げは318.8億バーツ(970億円)と05年2Qの300億バーツを6%上回ったが、生産コストが271.2億バーツと前年同期の2336.6億バーツよりも16%も高くなっている。その主因は石油価格の高騰が直接、間接に響いたことにある。

CPFは中国で食料品関係の事業を幅広く展開しており、ショッピング・モールも所有している。

CPFの株価は8月4日は1株あたり4.96バーツと、7.29%も暴落した。

 

114. タイ米作協会が50%の値上げを政府に要請(06年8月16日)

タイの米作者協会は商務省に対し、ジャスミン・ライス(香米)の買い上げ補償価格を現行の1トン当たり10,000バーツ(3万1000円)から15,000バーツ(1Kgあたり48円)に値上げするよう要請を出した。

また、一般の白米(インディカ米)については1トン当たり7,000バーツから10,000バーツへと価格引き上げを要請した。

その根拠は最近の石油値上がりに伴い、生産コストが40%上がっているというものである。化学肥料も1トン当たり10,000バーツから13,000〜14,000バーツへと値上げされたという。

また、トラクターのリース料も1ライ(約500坪)あたり、400バーツから500バーツに値上げされた。殺虫剤は1Kg当たり30バーツから50バーツへと上昇した。

これらを総合すると米の生産コストは35〜40%上昇しているという。

現在のジャスミン・ライスの輸出価格はヴェトナム産が1トン当たり400米ドル(約46,500円)、タイ産が540米ドル(約63,000円)であるという。ジャスミン・ライスはタイ国内はもちろん中国をはじめ香港、シンガポールなどで「香米(シャンミー)」として幅広く販売されている。

もし、この値上げが政府に認められれば1トン当たり600米ドル(約70円/Kg)以上にはなると生産者協会ではみている。これに船賃や流通業者のコストと利益としかるべき関税がかかると結構いい値段にはなるであろう。

これが輸入されたからといって日本の米作農家が壊滅するなどということはおよそありえない。ただし、日本が買い始めると生産量に限りがあるジャスミン・ライスの国際価格は急騰するであろう。

(ネーション紙8月16日付けインターネット版参照)

 

115. シン・コーポレーションの06年2Qの純利益は約30%減(06年8月18日)

タクシンがシンガポールの国営投資会社TEMASEKに売り渡したタイ最大の通信会社であるシン・コーポレーションの06年2Q(4〜6月)の純利益は16億バーツ(約49億6千万円)にとどまり、05年2Qの22億8千万バーツに比べ29.8%減少した。

また、06年1Qの純利益22億6千万バーツからみても29.2%の減少となった。

シン・コーポレーションの利益の約90%はAIS(Advance Info Service)という携帯電話会社からのものだが、AISの利益は5%減であったという。

AISはタイのケイタイ市場では42.8%のシェアをもつが、一連のタクシン辞任要求の「民主化運動」の中で他の競争相手に顧客が流れているといわれている。AISのマーケット・シェアはもともと60%といわれていた。

シン・コーポレーションの他の子会社である格安航空会社のタイ・エア・エイシア(Thai AirAsia)の持ち株比率を低下させたことによる減収要因のほかテレビ局のiTVの経営不振(広告収入減)が響いているという。

TEMASEKはシン・コーポレーションの株式の96%を握っているが、一連の騒動の中でバンコウ市民を中心とするボイコット運動的な動きもあり、今後の経営についてはかなり難しいものがあることは確かである。

 

116.タクシン後の暫定政権⇒クリックしてください

116-1. 暫定政権首相はスパチャイで内定か?(06年9月26日)

 

118. タイで60年ぶりの洪水、被害額は既に100億バーツに(06年10月16日)

60年ぶりといわれるチャオプラヤ川流域の洪水はバンコクに近づきつつあるが、既に100億バーツ(320億円)の被害が出ている。上流から徐々に押し寄せてくる洪水を平野部に拡散しつつ、河口付近のバンコクに洪水被害が集中しないような作戦が取られている。

アユタヤでは王室所管の土地に水を誘導するよう国王が認可を与え、水門も一部開かれているが、アユタヤ全域にまで洪水が拡大し、寺院史跡も水浸しになっているという。

農業・農協省の発表では被害は58県に及んでいるという。最悪の時期は2週間くらいで終わるが、影響は11月末まで続くと見られている。バンコクでも懸命の防水対策をおこなっているが、場所によっては、思いがけない交通渋滞や道路の冠水が起こりうる。

 

⇒バンコクで大洪水のおそれ、今週前半がピーク(06年10月23日)

バンコクを流れるチャオ・プラヤ川は22日(日)に水量が海抜1.9メートルを超え、市内各所で洪水になってるが、月曜日から水曜日にかけてさらに2.2〜2.3メートルにまで水位が上がると見られている。

バンコクのアピラク知事は要所要所で土嚢を高さ2.7メートルにまでかさ上げするように指示を出しているが、個人の所有地では徹底できないところもあり、市内各地で洪水が起こる可能性が高まっている。

最近では1979年と1995年に大洪水が起こったが、今回はそれを上回る可能性が高いという。ピークは今週の前半と見られている。

既に、全国では今回の洪水により100名以上が死亡し、40万人以上が伝染病などに罹病しているという。また、タイ南部でも洪水の警報が出されている。

 

119. 鉄道や港湾の民間委託経営を検討(06年11月24日)

プリディヤトン副首相兼財務相は民間企業に港湾施設や中長距離鉄道をリースして経営に当たらせることを検討していると語った。

この発言の主旨は過去の官僚まかせの経営では効率が上がらず、せっかくの国家資金による投資が十分生かされていないということである。

これは私達外国人がタイで鉄道を利用しようとするときに誰もが感じることである。簡単に切符がとれないほど需要があるのに列車の本数が1日数本というように、極端に少ないのである。

また、港湾施設も不十分でレバンコクに近いムチャバン港と南部のスラタニやソンクラの港をもっと利用すれば、マレー半島の道路輸送を大幅に減らすことが出来る。しかし、港湾のコンテナー・ヤードなどの施設が貧弱なためタイ湾という絶好の水路が生かされていない。

これらの問題点を解決するために「国民物流委員会」を早急に設立して、具体策を検討していく方針であるという。 その場合、マネージメントを民間企業に委託するなどの抜本策が必要である。

マレー半島の長距離物流の遅れが南タイの発展を遅らせてきたことは自明であり、早急に中長期対策の策定が急がれる。

タイの場合はトラック輸送業者やバス会社の政治的影響力が強く、鉄道や海運の総合的利用という視点での合理化が立ち遅れていたといわざるを得ない。

(ネーション、インターネット版、11月24日付け参照)

 

120.米国西海岸で働く奴隷状態のタイ人48名が解放される(06年12月11日)

現在、米国の西海岸には学生も含め10万人のタイ人がおり、その90%が労働許可証を持たない不法就労者であるといわれている。彼らの多くは労働斡旋業者にだまされて連れてこられ、半ば監禁状態で鉄工所やタイ・レストランでほとんど賃金の支払いも受けずに働かされているという。

今回、摘発された例は韓国人の所有するコタ・マンパワー(Kota Maanpower)とHi Cap Recruitementという口入稼業の例で、カリフォルニアの鉄鋼会社(Trans Bay Steel Co.)が溶接工を募集しているという触れ込みで48名のタイ人が米国に連れてこられた。

そのうち、9名は鉄鋼会社で働かされたが、のこり39名は電気もガスも水も不十分なベッドもない部屋に閉じ込められ、パス・ポートも取り上げられ、行動も制限され半ば奴隷状態で、上記2社が経営する「タイ・レストラン」で1日10時間労働で、休日はなしで強制的に働かされたという。

これが、実に2002年の12月から最近まで続いていたというのだから驚きである。Trans Bay Steel Co.というのも労働者斡旋業で事件の発覚後100万ドルを支払うことに合意したという。

この件が発覚したのは彼らの1人が脱走し、現地のタイ仏教寺院に駆け込んで事態を明らかにしたためである。警察の手入れがあり韓国人が経営するレストランは閉鎖されたがオーナーのキム・ヨータイクという人物は高飛びして逮捕されていないという。

同種のケースは数多くあり、ここで働いていればいずれグリーン・カード(米国居住権)が取れるなどといってダマされて、何年も低賃金で酷使されているタイ人(に限らないが)は多数存在するといわれている。

(Bangkok Post、12月11日、インターネット版)

 

121.米国がタイのGSP(特恵関税)を2年間延長(06年12月13日)

米国議会は06年末で期限切れになる予定であったタイのGSP(Generalised System of Preference=特恵関税)をさらに2年間延長する決定を下した。これによってたとえばプラスチック製品は6%課せられると考えられていた関税がゼロで継続されることとなった。

現在米国がタイから輸入している金額のうち約19%がGSPの適用を受けており、2005年で35億ドル、06年の1〜9月で31億ドルに達している。宝石だけで年間6億ドルの対米輸出があり、タイの宝石業界は来年は対米向け輸出が15%は伸びるとみている。

タイは米国向けのGSPの延長はありえないという見方が強かっただけに今回の米国の措置には大いに感謝しており、FTA交渉にも前向きの効果をもたらすかもしれない。

 

122.6億バーツの津波記念博物館の建設注に浮く(06年12月26日)

スマトラ沖地震による津波被害を記念する「津波記念博物館」建設計画(予算6億バーツ)がタクシン政権時代に建てられていた。それはカオ・ラク。ラムル国立公園内に建設される予定であった。

文科省はこのプロジェクトを進める方針で、建設如ル環境アセスメントのための予算300万バーツ(約1000万円)を請求したが、いまどき、6億バーツ(約20億円)もかけて「津波博物館」を建てるより、ほかにカネの使い道はいくらでもあるとの声が強く、このプロジェクトは進みそうもない。

津波、予報施設や観測装置が予算がなくて遅々として進んでいないといわれるなかで、ハコモノに大金をかけるなどということは極東の某経済大国ならいざ知らず、到底タイではやれないことは明らかである。こういう話は被災者救済のメドがたった後の話であろう。

しかし、タクシンはあえてそれを強行しようとしていた。関係している「現代美術文化局」は既にデザイン代に5,000万バーツ(1億6500万バーツ)を費やしているという。

(ネーション、インターネット版、06年12月26日)

 

123. 欧米7カ国大使、津波援助資金の使途について調査要求(06年12月27日)

米国、英国、フランス、ドイツ、フィンランド、スウェーデン、オランダの7カ国の大使が連名でタイ政府に対し、2004年12月の津波災害時に提供した民間の寄付による援助資金(6,000万バーツ=約20億円)についてタイ警察長官コーウィットに調査を求める書簡を送った。

同時に、所管では資金の支出について民間の信用の置ける監査機関の審査を受けるように要求している。

コーウィットは急遽、副長官をヘドに据えて特別調査チームを編成すると語った。、

欧米外交団の疑念は、7カ国が供与したとされる津波被害者に対する救済基金の60%が不正または不適切に使用されたということにあるが、外交団も確たる証拠があるわけでもなく、タイ政府の事実調査と慎重な対応を求めたものと思われる。

タイ外務省は国の名誉にかかわる重大問題として捉え、各国に対し「噂を信じちゃ困る」という主旨の返答をしたという。しかし、津波発生直後、外国からの援助基金の支出を取り仕切っていたのは警察で、これは「泥棒に金庫番をさせたようなもの」というような信じがたい批判も一部にはあった。

津波による犠牲者はタイ領土内だけで、死者6,000名、行方不明者3,000名といわれ、最近まで約500名分の身元不明の遺体を補完していたが、集団埋葬したばかりである。

 

124. バンコク爆弾事件は政治的陰謀(07年1月4日)

昨年の大晦日の夜、バンコクの市内6箇所で怒った爆弾事件により死者3名(いずれもタイ人)、負傷者約40名の犠牲者を出したが。、最も大きな被害を受けたのはタイ王国の威信である。安全なバンコクという評価は消し飛んでしまった。

この事件は市内複数箇所で同時に同型の小型爆弾が爆発したところをみると、組織的犯行であることは明らかである。爆発物は電話ボックスやゴミかごに仕掛けられた。

爆発物は3X5インチ(7.5センチX12.7センチ)の小箱に入れられ、目覚まし時計を使った爆発させた。使用された火薬はM4という軍用の高性能の火薬であり、一般市民は手に入れることは出来ない。

こういう点からみると、犯人は南タイのイスラム叛徒ではなく、軍か警察関係者で現在の暫定政権を揺るがす目的を持った者と推定される。

スラユット首相や軍幹部は犯人は前の政権の関係者であると公言している。名指しこそしていないがタクシン前首相(現在北京に亡命中)が背後にいることを示唆している。おそらく大多数のタイ人も同じ見方をしている。

これに対しタクシンは北京からファックスを送りつけ、自分は事件にかかわっていないことを強調した上で、南タイのイスラム教徒の仕業であることを主張している。

イスラム教徒の犯行であると見ている人物は他にもいる。一人はアジラウィット(Ajiravid)国警長官であり、もう一人は最初から軍事クーデターに反対していたチュラロンコーン大学政治学部のギル・ウンパコーン講師である。

彼はサリット元帥の独裁政権下で自由主義的な経済・金融政策をおこなった有名な財政家プエイ・ウンパコーンの息子であり、指導的な左翼的学者である。

彼の主張は、タクシンの強権的な弾圧政策によって、反体制化したイスラム教徒がやった可能性があることを述べている(07年1月1日、FT,インターネット版)。 彼の議論は「正論」かもしれないが問題の焦点をボカしてしまっている。

問題は警察トップの発言である。彼がなぜイスラム叛徒のせいにするのか?なぜタクシンへの関与を否定するのか?

この事件に先立ち、タイ東北部、北部で学校への放火事件が30件起こっており、犯人は1人も捕まっていない。この事件はタクシンの与党TRTの国会議員が背後にいると噂されているが、事件の捜査は一向に進展を見ない。

今回の事件も犯人が捕まる可能性は低いとみられている。というのは犯人は警察関係者(おそらく警察が雇っているヤミ社会の集団)の可能性が高いからである。実際のところタイ警察は未だにタクシン系の幹部が組織を牛耳っているのである。

もしかすると南タイの連続殺人事件にもタイ警察が影で糸を引いている可能性すらある。というのはこれだけモーターバイクから犯人が銃撃するというような単純な手法の殺人事件が多発していながら犯人が誰一人として捕まっていないのである。

バンコク株式市場は1月3日から開かれたが、年末の679.84から659.25に3.0%下落した。バーツは1ドル=36.09バーツから35.775へと高めに動いた。07年のタイ経済自体は東南アジアでは最も安定した成長を遂げるであろう。

今回の爆弾事件も一過性のものとみてよい。

 

⇒犯人はタクシン派の制服組か?(07年1月5日)

ブーンラウド(Boonrawd)国防相は「今回の爆弾事件の犯人は軍か警察の制服組である可能性が90%である」とタクシン派の警察官か軍人が昨年末のバンコク市内6カ所の爆破事件を起こしたことはほぼ間違いないと言い切った。

国防相によれば、爆発物は南タイで使われているものと一見似てはいるが、内容が全く違うのでイスラム教徒の犯行ではない。また、一般市民が爆弾に使われた火薬材料を入手することは不可能であるという。

スラユット首相は犯人グループは次は交通機関を狙う可能性が高く、一般市民は十分に警戒するように呼びかけ、警備も厳重にすると語った。

今回の事件に先立ち、国内治安指令部(ISOC=Internal Security Operations Command)がタクシン派と見られる軍と警察の上級将校を多数査問し始めたばかりでり、彼らのうちから「先制攻撃」に出たものがいる可能性は高いと見られている。

一方、タクシンは長男と長女が今年3月に脱税容疑で取調べを受けることが決まったが、北京に亡命中のタクシンは「家族には手を出すな」と強い調子で警告を発している。タクシンの苛立ちは最高潮に達しているものと思われる。

また、TRT党の解散問題も裁判所で審査中であり、汚職問題も進行がはかばかしくない。これらの一連のタクシンがらみの案件がグズグズして片付かないと、今回のような事件が頻発し、社会不安が煽られることにもなりかねないと英字紙ネーションは社説(1月5日付け)で警告している。

(http://www.nationmultimedia.com/ 07年1月4および5日付け参照)

 

⇒容疑者18名逮捕、全員容疑を否定(07年1月22日)

タイ警察は大晦日のバンコク爆弾事件の容疑者として、1月19日(金)から将軍宅を含む18ヵ所の家宅捜索を行い翌20日(土)に15名を逮捕したと発表した。その後さらに3名が逮捕された。そのうちの約半分は現役の軍人(大佐を含む)と警察官であるという。

彼等は、目下のところ全員が事件への関与を否定しているという。警察によれば彼らのうちの何人かは昨年のタクシン暗殺計画(自作自演の疑惑のうちに幕を閉じた)にも関与した疑いがあるという。

ソンティCNS(国民治安評議会)議長は「警察に一任しているが、逮捕をあせってスケープ・ゴートを出さないように」と警察の暴走と誤認逮捕がないようにクギを指している。それだけ事態はまだ流動的なのであろう。

警察の発表(1月21日)によると逮捕者は全員が反政府グループ(タクシン系)に属している。捜査箇所にはロップリの軍の放送局も含まれ、そこで爆弾装置が組み立てられた疑いがあるという。また、携帯電話の交信記録など、証拠固めは着々と進んでいるという。

捜査の指揮に当たっているのは警察長官輔佐のパヌポン(Panupong Singhara na Ayuttaya)中将であるが、彼はタクシン政権下で5年間も要職にあり、CNSの軍関係者は必ずしも全幅の信頼を置いていないといわれる(バンコク・ポスト、1月22日付け電子版)。

CSNも独自の捜査チームを組織し、警察とは並行的に捜査を進める体制をとっているという。もし、今回の一連の逮捕者の容疑が「シロ」ということになれば事件は「迷宮入り」になる公算は大きく、軍主流はその辺を警戒して独自の調査をおこなっているものと思われる。

 

⇒逮捕者全員釈放(07年1月28日)

18名の逮捕者は結局、容疑が固まらず全員が釈放されるという、タイ警察の面子が丸つぶれになる事件が起こってしまった。18名中警察官はゼロで13名が軍人であり、5名が市民であったということである。

ウソ発見器まで使った取調べがおこなわれたが、自白は得られず、家宅捜索の結果押収した武器も軍人なら自宅に持っていてもおかしくないようなモノばかりだったという。被疑者は一応自宅拘束という措置になっているようだが、もし彼らが本当に無罪なら警察の責任は免れないであろう。

 

125. 第2次クーデターの噂で株式市場大幅下げ(07年1月6日)

2007年の新年を迎えて、さあこれからという時に1月4日(木)バンコクで突如クーデターがまた起こるという噂が飛び交い、昨日(1月5日)の株式市場は前日の648.22から20ポイントほど下げ、外貨規制発表直後の06年12月19日の622.14に近い水準にまで落ち込んだ。

われわれ外国人の目からみれば、軍事クーデターがまた起こるというような政治状況にはないと思うのだが、いわゆる「市場心理」というやつは私のような清貧に甘んじる(?)生活を旨としている人間には計り知れないものがある。

昨年大晦日に爆弾事件があり、その下手人は軍か警察かどちらかの制服組が関与している可能性が強まった状況下では、こういう噂も案外「現実味」を帯びて人々の脳裏に侵入していくのであろう。

ソンティCSN(Council for National Security=国民治安評議会)議長やスラユット首相は早速テレビなどでクーデターの噂を打ち消したが、国民にどういう受け止め方をされたかは分からない。

噂の出所は元国軍総司令官でタクシン政権下で副首相を務め、最後はタクシンと仲たがいをして下野していたチャワリット元首相(75歳)であるとの観測がなされている。事実最近クーデターの噂が出始めてからチャワリットはCSNに呼ばれ事情聴取を受けている。

チャワリットはタクシンが失脚してから、TRT党の党首になってもいいというような観測気球を上げ、様子を窺っていたフシがある。

陸軍の中にはチャワリット系の将軍も多少は残っていることも事実だし、タクシン系と見られ今回のクーデターで傍流に追いやられた将軍達もチャワリットを「頼り」にしている者はいるかもしれないが、彼らがクーデターを起こすような力を持っているとは到底思えない。

もし起こすとすれば、ソンティ議長への不満分子だが、昨年9月のクーデターで主要なポストにありついたばかりの「新主流派」の司令官クラスがコトを起こすにしては時期尚早である。今の彼らにはそんな野心は毛頭ないであろう。

しかし、ソンティースラユット政権がクーデター後、戒厳令を一部解除し、集会の規制を緩めるなど「民主主義への回帰」路線を示したことによって、さまざまな勢力が動き出したことは事実である。

今回のバンコク爆弾事件をはじめとして、タクシンの支持基盤であった東北部や北部で学校放火事件が既に30件ほどおこっており、今年に入ってからもナコン・ラチャシマ(コラート)では学校放火の噂が出て休校措置がとられている。

また、昨年12月29日にはバンコク市内の大衆的なボー・バエ(Bo Bae)市場で大火があり、多くの露天・小売商が焼け出され、彼らが道路に露天を出そうとしたところ。バンコク市と警察が禁止したため、露天商が道路封鎖に出る騒動が起こった。

1月4日(木)に彼らの排除しようとした警察官に対し、2,000人ほどに膨れ上がった群集が椅子や別途・ボトルを投げつけるなどの騒動が起こったため、警官隊はリーダーと思しき26人を逮捕しようやく収まった。

露天商やタクシー運転手はタクシン支持者が多いといわれる。このミニ暴動もタクシン派の反クーデター運動の一部と見てよいかもしれない。

このような昨年末からの一連の事件でタイ警察のスッキリしない動きが気になるところである。

タイ警察のトップである警察評議会のコーウィット(Kowit)議長は大晦日の爆弾事件のときもハジャイの部下の家に行っていて、すぐにはバンコクに戻らず、直後の治安対策会議にも欠席し、また1月5日(金)の首相とCSN幹部との治安対策会議にも出席しなかった。

既にスラユット首相やCSN幹部もコーウィットの態度にはアイソをつかした様子であるという(バンコク・ポスト、1月6日、インターネット版)。 もしかするとコーウィットは爆弾事件を事前に知っていたのではないかというような憶測さえ生じかねない行動である。

おそらく政権内部ではタイ警察のタクシン派の動きに相当の疑念が出てきているものと思われる。タイの戦後の政治史では軍と警察が対立する場面が何度かあった(例、サリットとピブンの確執)が軍が負けたことはない。

しかし、日常のタイ国民の生活を牛耳っていたのは警察である。しかし、彼らが動員できるのはヤクザ集団やモーター・サイ(オートバイ・タクシー)やタクシーの運転手などであり、彼等は新聞社(例、ネーション)を包囲し威嚇するなどのゲリラ的行動が精一杯のとこである。

タイの株価と為替の最近の動き

  株価指数 バーツ/ドル 円/バーツ
2005年3月1日 738.75 38.270 2.726
10月3日 717.42 41.177 2.768
2006年1月3日 725.64 40.860 2.869
12月5日 742.45 35.64 3.217
12月18日 730.55 35.55 3.312
12月19日 622.14 35.495 3.325
12月20日 691.55 35.825 3.294
12月21日 676.10 36.290 3.257
2007年1月2日 679.84 36.090 3.293
1月3日 659.25 35.775 3.247
1月4日 648.22 36.070 3.310
1月5日 628.19 35.850 3.296
1月8日 633.82 35.680 3.319
1月9日 616.75 35.995 3.309

 

126.タイで外資法強化の動き? 通信業などの名義株主退治(07年1月9日)

プリディヤトン副首相兼財務相は「通信その他の国民の安全に影響を及ぼしかねない重要産業については外国人(企業)の持ち株比率を50%以下に制限する」という法案が本日(1月9日)閣議に提出され「原則 的に」了承されたと発表した。

この法案では現在50%をこえる株式を自社名義で保有している外国人は株式を売却するなどして2年以内に 、また名義株主を使っている場合は1年以内に「50%未満に持ち株を減らす必要があるということである。

もちろんこれは「国民の安全上」重要と認められる業種に限られる」ものであって自動車や家電や鉄鋼業など製造業では一切関係ない。

この法案が出てきたキッカケはタクシンがシンガポールの国有投資会社TEMASEKに売り払ったシン・コーポレーションであることはいうまでもない。 しかし、シン・コーポレーションのケースは既に法的な調査が進んでおり、この法案の影響を改めて受けることはないという。

しかし、通信関係だけでなく小売業など、サービス産業が問題になる(農業分野も含まれる可能性がある)にもこの規制が適用され る。(今でも同様の規制はある)

法案が施行されてから90日以内に関係官庁に持ち株状況を届け出なければならなず、持ち株が50%を超えている企業は1年間ないし2年間の猶予期間の後に、それを50%未満に減らさなければならない。

その場合は、従来タイ政府が目をつぶってきた「名義株主」(名義上だけタイ人が株主になっている)の存在は認められないということである。

JFCCT(Joint Foreign Chamber of Commerce in Thailand=タイ外国商工会議所連合)のピーター・ファン・ハーレン(Peter Van Haren)会長は影響が極めて広範囲に及ぶおそれがあり、タイへの外国企業からの信頼が揺らいでいる(先の2万ドル以上の短期資金投資の規制問題)この 時期にきわめて問題が大きいとのべ、「タイ政府は政治と経済を分離させて考えるべきである」と苦言を呈した。

ネーション紙のかいせつによれば、外資法では業種に1〜3の分類があり、今回影響を受けるのはカテゴリー1(農業、林業、美容室といった保護対象の職業)、およびカテゴリー2(国民の安全保障上の重要産業=通信、航空、海運、メディア、軍事産業、や製塩、環境関連、骨董商など)である。

カテゴリー3(一般の製造業、エンジニアリング、会計、法律事務所、小売など)は今回の措置からは外される。 ただし、大型店舗については別途、法案が審議されており、その規制を受ける。

タイ政府が世界的なグローバリズムの流れに逆行して、今 まで以上に外資を制限するということは現実的にはありえないであろう。外資法という法律がありながら、運用面で「名義株主」をケースバイケースで黙認してきたタイ流の法律運営を今回やめるということであろう。

この話しを受けてタイの株式市場はさらに616.75まで下落した。これは2004年8月末の水準である。(上の表参照)

 

127 2007年のタイ経済⇒クリック「タイ経済」に移行

127-1.タイ0.25%の利下げ、バーツは逆に急騰(07年1月18日)

⇒タイ、今年2度目の利下げで基準金利4.5%に(07年2月28日)

127-2.タイの07年1月の自動車国内販売は-23%と激減(07年2月14日)

127-3.タイの1月の輸出は18%の伸び、07年計で12.5%を予想(07年3月23日)

 

128..スバンナブミ新国際空港滑走路にひび割れ、BKP記者の名誉回復は?(07年1月27日)

昨年9月28日にオープンしたスバンナプーム(Suvarnabhumi=黄金の土地という意味)国際空港は工事の途中から汚職、不正受注の噂の絶えないプロジェクト して悪名高かったが、当時滑走路の工事がズサン極まりないもので多数のキレツがあるという報道をバンコク・ポストが05年8月6日に記事にした。

これに怒ったタクシン首相は厳重にバンコク・ポストに抗議し、「何も問題ないという写真を公開し」記事を書いた責任者2名を追放に追い込んだ。バンコク・ポスト社も意気地なく2名を05年8月29日に解雇してしまった。 タクシンはバンコクポストを名誉毀損で10億バーツの損害賠償の訴訟を起こすといって当時脅迫したそうである。

その当事者の1人が当時チーフ・レポーターであったセームスク(Sermsuk)氏であった。彼はタクシン首相が雇った米国の専門家が「滑走路には危険な亀裂がいくつもあり、早急に補修工事をすべきである」という報告書を提出していたことを知り、情報源を秘して記事にしたのである。

だから、タクシンは滑走路の欠陥工事問題についての認識はありながら、バンコク・ポストは「非愛国的な誤報を流し、国家の威信を傷つけた」として猛烈に抗議したのである。これは当時のタクシンがおこなっていたメディア叩きの一環でもあった。

それ以前にも新空港建設をめぐる不正・汚職事件(下の爆発物検査装置疑惑事件参照)が報道され、タクシン首相としては世論の疑惑が政府に向けられてきたことに神経を尖らせていた。

翌日バンコク・ポストは記事の訂正とお詫びを入れ、セ−ムスク記者と編集者のチャディン(Chadin)氏が「 非愛国的誤報」の責任者としてバンコク・ポストを追われることになった。そのときの副編集長はデビッド・アームストロング(David Armstrong)氏であり、この処分の責任者であった。

彼は記事にする直前の編集会議では一言も発言せずに、タクシンが攻撃してきたときに自分は責任を回避し、2名の追放に賛成したという。 アームストロングは編集長代行として今もその地位にあるが、本件についてはコメントを拒否しているという。

セームスク氏は労働裁判所に「不当解雇」で経済的補償と地位の回復を求める訴訟を行い、目下裁判がおこなわれている。

ところが、今回既に報道されたとおりの滑走路(西滑走路)とその途中のタクシー・ウエイ(誘導路に約100本のキレツが見つかった。バンコク・ポストの記事の後、タクシンは一応表面的な補修は ひそかにおこなせたようだが、わずかに3ヶ月の使用で欠陥が露呈してしまった。

空港では2本の滑走路のうち1本の大修理を急遽おこなうことを決め、その間元のドン・ムアン空港を再開して国内線用に使用することを検討中であるという。残りの1本(東滑走路)についても詳しく調べるという。

欠陥工事は滑走路にとどまらず、空港のトイレの数が足りないとか、手荷物のコンベアーが止まるとか、ターミナル・ビルのガラスにヒビが入るとか、話題のタネは尽きない。

1月27日(土)は3階のトイレの水道管がはずれ大洪水になり、2階にまで水が流れ出し、乗客の手荷物をぬらしてしまったとか惨憺たる有様である。

どうにも格好がつかないのがバンコク・ポストのトップである。無実の有能な記者や編集者を解雇した責任は重大であり、政府の圧力に屈したことの責任はさらに重大である。もっとも、この手の事件は日本のサラリーマン社会にも良くあることだが。

(ネーション紙、電子版05年1月28日付け参照。バンコクポストは本件に対し今のところ名誉毀損の訴訟があること位しか言及せずほとんど無言である)

 

⇒「ひび割れ」報道事件で解雇された編集委員の復職命令(07年7月24日)

スバンナプーム(タイ人はこのように発音している) 新国際空港の滑走路などにひび割れが発生したというスクープ記事を書いた英字紙バンコク・ポストの安全担当編集委員のセームスク(Sermusuk Kasitipradit)氏はタクシン首相からの強い抗議の後、「責任を問われ」同社を解雇された。

セームスク氏は解雇を不当として「中央労働裁判所」に解雇の撤回と保障を求めて提訴していたが、本日(7月24日)、セームスク氏の職場復帰と解雇された05年8月29日以来の給与やプロビデント・ファンド(年金の雇用者負担分)の支払い(623,700バーツ≒250万円)を命じる判決が下された。

この件についてのバンコク・ポスト は7月25日(水)に判決の事実を報道し、判決文を検討してから対処方針(控訴するか否か)を決めるという素っ気無い記事を出している。

セームスク氏解雇の責任者とみられるデヴィッド・アームストロング(David Armstrong)編集長代行は既に辞任している(ネーションの記事)。

バンコク・ポストとしてはその歴史に大きな汚点を残した事件であった。

実際に国内線の多くは元のドン・ムアン空港に移され営業をおこなっているが、国際線との乗り継ぎの多いプーケットやチェンマイ行きは新空港を使用している。クラビ(Krab)も海外からの利用客が多いが、クラビからの午前の便は新空港、午後の便はドン・ムアンというような使い分けがおこなわれているようである。要注意である。

 

(参考)

1-5-15. 新空港の施設を巡る大規模汚職発生(05年4月28日)

タイでドン・ムアン国際空港の代わりに建設されているスバンナブミ空港(Suvarnabhumi Airport)に設置される予定の爆発物検出装置(26CTX)が米国の製造業者のオファー価格よりも1,020万ドル(約11億円)も高く設定されていたという容疑が持ち上がっている。

Patriot Business Consulting 会社がそれを取り仕切っており、議会で問題視され取り上げられている。

ことの発端は米国のメーカーであるInVision社が3,580万ドルで見積もりを出し、同社のタイでの総代理店であるPatriot社がそれに1020万ドル上乗せし、4,600万ドルでオファーしたことが米国の司法省と証券取引委員会で発見されたことにある。

Invison社はGE Instractureに合併されることなり、一連の関係書類の審査中に、この価格の差が発見されたものだという。

この装置は米国の安全保障上の重要装置であり、米国政府の承認がなければ輸出できないことになっている。

もし、この装置が設置されなければ新国際空港の営業開始は大幅に遅れることになり、タイ政府にとっては大問題となる。

そればかりか、タイの与党のTRT(タイ愛国党)の幹部や運輸省幹部ががこの取引に関与し、多額のワイロを懐に収めているのではにかという疑惑も持ち上がっている。

新空港の建設については前々からスキャンダルが取りざたされており、本件はむしろ氷山の一角にしか過ぎないという話すらある。

このような汚職がタクシン政権の特徴のひとつに数えられる。上品を旨とする日本のメディアではマズ報道されることはないが。

(http://www.nationmultimedia.com/ 05年4月28日版、参照)

 

⇒国内線の多くが近くドン・、ムアン空港に復帰(07年1月30日)

「国際安全証書」も得られないスバンナブミ新国際空港は滑走路だけでなく全体に欠陥工事のオンパレードの観を呈しているが、特に滑走路と誘導路の欠陥は安全に直接かかわる大問題である。

こういう大工事のエンジニアリングは一体誰が責任者となってやったのだろうかという素朴な疑念が頭をよぎる。

 

[かなり変だよ青木保先生]

タイについての日本の権威者である青木保早大教授は毎日新聞1月28日付の「時代の風」のなかで「・・・タイは、やり手の経営者的なタクシン前首相を放逐した後、本当に軍事政権でやっていけるかと思わせるような不備が目立ってきた。巨大なスワンナピーム(さすがに専門家だけあってSuvarnabhumi をスバンナブミなどという下手な発音はなさらないー筆者注)国際空港も運営と管理の問題が指摘され、国内線の一部は旧ドン・ムアン空港へ戻すなどの案が出されている。滑走路のひび割れなど設計ミスも言われるようになった。・・・」と書いておられる。

タクシン政権であれば今の問題は適切に処理され、無能な軍事政権がヘマをやってトラブルの元凶になっていると言わんばかりである。こういう偉い権威者が的外れとしか言いようのないことを書いて平気でいられるのが日本人のアジア知識のレベルを物語っている。

このスバンナブミ空港には軍事政権は何の責任もない。全ての問題が欠陥工事に起因している。これらを取り仕切ったのは前のタクシン政権である。この空港は軍事クーデターが起こっ て(06年9月19日)からわずか10日後の9月28日に開港されたのである。

青木教授はさらに「軍部が政治腐敗を粛清するという名目の政変は、21世紀の世界とアジアにはやはりふさわしくない。専門家は今回の政変について、グローバル化・情報化時代に対応するように国家のシステムを抜本的に変えようとするタクシン前首相の改革を、従来の国王と仏教を中心とする旧勢力と国民が脅威と感じたところに起きたものと指摘している。」と述べておられる。

専門家とはごこのどなたか知らないが多分青木教授ご自身と、現状認識と価値観を共有しておられる人物であろう。 あの金権政治家のタクシンは改革派だったのか?

このままタクシン政権が続いたら一体タイはどうなったであろうか?政治腐敗と汚職のための独裁政権を排除するのに他の適切な方法があったのであろうか?

タイの国民の誰がグローバル化や情報化を脅威と感じているのであろうか?むしろ、それらを脅威と感じているであろう東北部の貧しい農民がタクシンの支持者であり、バンコクで暮らすニュー・ミドル・クラス(新しい中間階級)はそれらを全て受け入れ、活用し今のタイの経済繁栄を築いて来たのである。

そのバンコクの住民が中心になってタクシン追放の運動を進めてきたのであり、タイの「アンシャン・レジーム」の復古主義者のクーデターではないことは一見して明らかではないか?

タクシンが排斥された最大に理由は、ポピュリズム政策によって農民層からかき集めた圧倒的多数の議席を背景に金権政治を進め、上院議員や官僚や警察や裁判所までも買収し、言論の自由を弾圧し、汚職や特権的な利益を懐にいれ、税金を逃れ、政治的「独裁権」を高めつつあったことに対する知識層を中心とする反発であったと見るべきである。

1976年のタマサート事件以降、国王もタイ軍部の良識派もタイの政治体制は「民主主義」でなければならないという認識で一致しているのである。80年代に8年間も政権にあったプレム首相(軍人)も同じ問題意識で、着実にタイ経済の近代化と議会制民主政治の再構築に努力してきたのである。

今回の軍事クーデターが前のスチンダ将軍(1990年のクーデター)などと根本的に違うのは、市民との間に、タクシンが破壊しつつあった「民主主義の再構築」のためにおこなったやむを得ざる措置であった。だから、クーデター直後の世論調査では80%の国民が支持していたといわれている。

確かに、軍事クーデターは「好ましいものではない」がそれでは、どういう方法がタイ国民に残されていたかという問題である。このまま放置しておけばタクシンが「ヒットラー」化するのは時間の問題であったと私には見受けられた。 軍事政権は1年という任期を自ら決めて、次の民主議会の再出発の準備をしている。

青木教授はその文章の最後で「東アジア共同体」の必要性を強調されているが、さっぱり説得 力もない。若き頃「タイの僧院で仏教の修行をされた」というこの権威者の「現実を見る目」は一体どうなっているのだろかと、失礼ながら一抹の疑念を感じないわけにはいかない。

共同体というからには、「コメや砂糖やコンニャクイモの低関税の輸入はお断りだよ」とか、「低賃金労働者はやたらに入ってきてもらっては困るんだ」などという身勝手な言い分は通らないことぐらいは分かっておられるのでしょうね。

 

「欠陥空港の出現」

さて、スバンナブミ空港であるが、滑走路と誘導路のキレツは本格的な「大修理」が必要な段階に入り、全てを使い続けるわけには行かなくなり、プーケットとかチェンマイといった国際線の利用客も多い「国内線」は今までどおりとし、他の国内線はドン・ムアン空港に近々移すことに決めたという。

ところで、キレツ問題であるが、これは地盤の弱さにも大きな原因があると指摘されている。もともとこの空港の用地は「湿地帯」であり、地盤が弱かった。巨大構造部を建設するには最初から問題があり、十分は基礎工事が必要であったにもかかわらず、それをやらなかったというのである。

滑走路なども、両脇に鋼矢板(シート・パイル)を打ち込んで補強しないと、崩れる危険性があるという。こんなことは最初から問題視されていたに違いない。それをタクシンは「オーケーら、キャンドゥー(問題ない、やれるよ)」といって強引に進め06年9月28日の開港に持ち込んだのである。

それだけではない。本日のBBCインターネット版によると、「建設に先立ち、タクシン政権の政治家(複数)は 周辺の土地を買占め膨大な利益をあげた。その上飛行場のハイテク・X線スキャナー(危険物検査用)の購入についても汚職の容疑がかけられている」と書かれている。

さらに「空港は多くの遅延や事故に見舞われ、火事で食堂が焼け、従業員が1名焼死した。スバンナブミ空港に反対する悪霊がとりついているようで、何十人もの人が建設中に幽霊が出るのをみた」などという話しを紹介している。

私の知人(日本人)で、立派な大学を卒業した男が幽霊の実在を信じているのには驚かされたことがあるが、タイ人は結構迷信深い人が多い。仏教国にもかかわらず、精霊信仰は根強いものがある。

タクシン一派はこの空港プロジェクトで大金を懐に入れて、何食わぬ顔をしているが、お気の毒なのはクーデターを起こした軍人さんで、青木先生からは「お前らが悪いからこんなことになった」とのお叱りである。でも心配はご無用。お釈迦様は何もかもご存知だ。

 

129;欠番

 

130. ソムキット元副首相が「外国経済関係委員会」委員長に就任(07年2月16日)

驚いたことにタクシン政権時代に副首相兼財務相を務めていたソムキット(Somkid Jatusripitak)が2月15日(木)に新設の外国経済関係委員会(Foreign Economic Relation Committee)の委員長に就任した。

この委員会の任務は外国の政府機関や経済代表やメディアなどに「タイの経済政策」の骨子を説明するというものである。

この委員会には政府の広報部や外務省や投資委員会や財政委員会などの次官や局長クラスが就任する。

ソムキット委員長は就任後の記者会見で『外国の方に「知足経済(Sufficiency Economy)」を理解してもらうようにするのが私の役目だ』と語ったという。この「知足経済 」なる経済哲学は「市場競争万能論」とは根本的に異なる考え方である。

かなり仏教哲学的要素を持つ「足るを知る」という経済活動の規範であり、そこには「勝ち組」だの「負け組」だのという、昨今の日本の雰囲気を悪化させるような「弱肉強食」の世界をあえて作らない性格のものである。

これはミポン国王の発案だというが、実はタイのエコノミストの間に昔から一種のコンセンサスのような形で普及している考え方である。今流に言えば「新古典派批判」とも言うべきものである。やりたい放題やったタクシン流に対するアンチ・テーゼであることは間違いない。

日本でも「小泉改革」なるもののおかげでやけに雰囲気の悪い「格差社会」を作っていただいたが、あんなことをやらずとも日本経済は十分に発展してきたし、国際競争力も維持してきたのである。

この「知足経済(Sufficient Economy)」を日本では愚かにも「自給自足経済」と誤解している輩がいる。すなわち「外国資本を排除してタイ資本だけでやっていく」という「経済ナショナリズム宣言」であるというのだ。

あきれるほかはない。「経済ナショナリズム」はタクシン政権の基本思想である。今の政権や民主党政権は外資に対しては自由主義的な政策を採ってきた。このような馬鹿げた誤解を日本にばら撒いたのはタイ経済に無知な一般紙の責任である。

ソムキットはタクシンの後継者と目されていた重要人物だが、清廉な人物としての評価があり、タクシンとの折り合いが悪かったことは良く知られている。

ソムキットが担ぎ出されたことについてスラユット首相は「政治的背景は何もない」と語っていたが、現職のプリディヤトン副首相兼財務相にとってははなはだ面白くない人事であることは間違いない。

プリディヤトンではどうもあまりパットしないという空気が現政権内部に出てきているのかもしれない。 これはプリディヤトンに対する「辞職勧告」ではないかといううがった見方さえ出てきている(そんなことはないと思うが)。

タクシンも早めにソムキットに政権を譲っておけばクーデターなど起こされずに済んでいたかもしれない。しかし、タクシンはいずれは「お縄を頂戴する」破目に陥っていたであろう。

 

⇒ソムキットあっさり辞任(07年7月21日)

ソムキットの政権参加については民主派からの反対論が強く、これではとてもやっていけないということで本日(2月21日)に辞表をスラユット首相に提出し、受理された。

彼はタクシン政権下の経済担当副首相でタクシノミクス(タクシン流経済政策)の立案者で「知足経済(Sufficiency Economy)」を外国人に説明するにはふさわしくないという批判を浴びたが、彼自身はタクシン流の「何でもありの経済学(日本の小泉・竹中路線と似た面がある)」とは一線を画していた。

スラユット首相の言うとおりソムキットは近い将来必ず出番があることは確かであろう。

 

131. プリディヤトン副首相辞表提出(07年2月28日)

プリディヤトン副首相兼財務相は3月1日付けで辞任すると表明し、既にスラユット首相に辞表を提出したことを明らかにした。辞表はおそらく受理されるであろう。

辞任の理由は、彼は既にやるべきことを果たしたということであるが、ネーションには「他の閣僚が特定メディアのために働いている」ことが辞任の理由だといっている。

他の閣僚とは首相府担当国務相のティラパット(Thirapat Serirangsan)のことで、あるメディアとは雑誌プーチャドカン(Manager)のことで、そのオーナーは民主派(PAD)リーダーのソンディのことだという。

ソンディはテレビのトーク・ショーに出演し、しばしばプリディヤトンの経済政策を批判したが、最近そのトーク・ショーを止めることにしたと伝えられている。

それ以外にもタクシン政権の副首相を務めたソムキットを登用したことへの不満も漏らしていたという。

また、タイ中央銀行がバーツ高抑制策として、短期資金の外資流入には30%のデポジットを要求するというような政策を支持し、外国からいっせいに批判を浴び、株式暴落の原因ともなっていたとされる。

しかし、本当の理由はもっと別なところにあると私は考えている。

それはプリディヤトンがタイ中央銀行(Bank of Thailand)総裁の時にポチャマン(Potjaman)タクシン夫人が2003年末にFIDF(The Financial Institutions Development Fund= 金融機関開発基金=通貨・経済危機時、金融機関が保有する不良資産買取・処分機構)が保有していた一等地ラチャダピセック・ロード(Ratchadaphisek Road)の土地33ライ(約16,500坪)を7億7200万バーツ(当時の日本円で20億8400万円)で落札した件が引っかかっているということである。

この土地取引については「利害相反」、すなわち、行政府の長である首相が、この政府金融機関が管理する物件をポチャマン夫人に買わせたということで、起訴されることが正式に決定したからである。

このとき、中央銀行総裁の職にあったプリディヤトンはFIDF の所管責任者として、タクシン夫人の取引は「合法である」としてゴー・サインを出しおり、クーデター後もそれを正当化してきたのである。そうなると、プリディヤトンの責任は早晩追及されることは間違いない。

この件はどう考えてもおかしいというのが一般の見方であり、当然ASC(Asset Scrutiny Council=資産監査協議会)はこれに目をつけ、調査をおこなっているが、最大の難点の1つが、このプリヤディトンの判断であった。

残されたタイ中央銀行の幹部も大いに弱ってしまい、ついに1月15日にFIDF担当のパイロト(Phairoj Hengsakul)総裁輔佐がFIDFの役員会を開き、この問題はASCの調査と判断に一任するという決議をし、その旨伝達したという。#116-17. 07年1月16日の記事参照)

現在のスラユット政権も、この種のタクシンによって汚染された官僚や警察官を「整理できないまま」タクシンの汚職追及など、多くの政治課題をこなしていかなければならないという厳しい状況にある。 汚職追求がスムーズに進まない最大の理由に、この官僚層の存在が挙げられる。

彼等は汚職追及に徹底的にサボタージュを決め込んでいるのである。スバンナブミ空港の汚職追求も難渋を極めているという。

スラユット首相にとってプリディヤトン副首相が意外なお荷物になっていたのである。ソムキットを招請したのはこの辺の事情があったためと思われる。プリディヤトンに ついて、この議論がなされるのはもう少し時間がたってからのことであろう。

さて、プリディヤトンの後任はというと、タイには人材はいくらでもいるので心配御無用。

 

⇒TDRI所長のチャロンポブが新財務相に(07年3月7日)

先に辞任したプリディヤトン財務相の後任にはタイの最も権威あるシンクタンクTDRI(Thailand Development and Research Institute)のチャロンポブ(Chalongphob Sussanngkarn)所長が就任することになった。(元は国営で今は民営)

チャロンポブ財務相はケンブリッジ大学で経済学博士号を取得し 、カリフォルニア大学バークレー校で講師を務めた。世界銀行で働き、その後、TDRIに移り所長にまで昇進した。

彼は日本で最近やけに幅を利かせているアメリカ仕込みの安っぽい市場原理主義経済学者(彼らの解剖学的特長は脳ミソを包む頭蓋骨をはじめ、やたらと骨が太いらしい)ではない。

彼は自由主義経済学者ではあるが、市場競争のルールについても理解のあるバランスのとれた経済学者である。「国際競争力は為替で決まる」などという愚かしい議論は間違ってもしない。

彼は一貫してタクシンのジコチュー的経済政策を批判していた。

ただし、最近のBOT(バンク・オブ・タイランド)が打ち出した、「投機的短期資金」の流入制限策については反対の意見表明をしており、今後BOTとの調整が必要になる。BOTの政策はほとんど効果は上がっておらず、バーツ高はさらに進んでおり、3月7日(水)には1ドル=32.775バーツになっている。

経済担当副首相にはコシット(Kosit Panpiemras=前バンコク銀行会長)副首相が就任し、社会問題副首相にはパイブーン(Paiboon)社会開発・福祉相が昇格する。

なお、アンマール(Ammar Siamwalla)所長代行はチャロンポプ前所長(財務相就任直前に辞任)が財務相に就任したからといって、TDRIは伝統的な政策批判・分析を止めることはないと言明した(07年3月12日、ネーション)。

TDRIは民間のシンク・タンクになってからも多くの官庁が調査を依頼し続けた。

タクシン在任中はアンマール氏などはしきりに政策批判を行い、タクシンから「見方が偏っている」と批判されていた。しかし、タクシンもTDRIを潰したり、屈服させたりすることは出来なかった。

それは背後にプレム枢密院議長などのタイ社会の良心、良識を支える人物がいたからである。バンコクの中間階級も政治意識は高かった。彼らが変革の主体となってきたことは間違いない。

そういう意味ではタイはバランスが取れた社会が今までのところ維持されてきたと見ることが出来よう。

その点、日本にはそういうバランスをとる力がまるでない。労働者の全国組織である「連合」は小泉ー竹中の何でもあり流の『エセ改革』にどれだけ抵抗できたか?メディアはどうであったか?

ただひたすら権力者に媚を売るか、盲従してきただけではなかったか?その言い訳が「だまされた」という一言だ。だまされるほうに責任の半分はあるのだということを忘れてはなるまい。

今になって気がつけば、停滞感漂う社会の中で貧富の差が拡大しただけではなかったのか?

勝ち組・負け組などという雰囲気の悪い言葉がはやったが、考えて見れば国民の大多数が「負け組」なことは最初から分かっていたはずである。勝ち組なら「老後の不安」などあるはずもない。

もう流を変えていかないと日本中がおかしくなることは目に見えているではないか?「美しい国」は「醜い政治家」に任せられない。

 

132. 富士通タイで158億バーツをかけHDD工場建設(07年3月12日)

富士通は2月末にBOT(投資委員会)から、HDD(ハード・ディスク・ドライブ)の工場新設についての投資許可(減免税などの優遇措置付)をえた。

投資金額は158億バーツ(≒570億円)でパトゥム・タニ県のナワナコン工業団地内に新たに工場を建設し、年産6,986万ユニットのHDDを生産する。雇用予定者数は13,000人。

これによって、タイが現在輸入しているHDDの323億1000万バーツが国産化される効果があるという。(この件はタクシン時代からの懸案で私の記憶ではタクシンはこのプロジェクトにあまり好意的でなかったような気がする。)

富士通は現在タイに19件の工場・企業(関連会社を含め)を所有している。投資総額は287億バーツ。

今年に入ってからタイには45件、337億バーツ(≒1,213億円)のエレクトロニクス関連の投資申請が寄せられ、今年全体では800億バーツの申請がなされるとBOTでは見ている。06年は790億バーツの申請があったという。

タイでは昨年9月の軍事クーデターや昨年大晦日のバンコクの同時爆弾テロや短期・投機資金の流入規制など、一見「外資をしり込みさせる」ような事件が相次いでいる。

しかし、富士通のようなタイを良く知っている企業は、「タクシン政権が崩壊して中長期的にはタイの政治も経済もより健全な発展遂げる」という見方をしているものと思われる。私はタイの投資環境は労働集約的企業にとっては東南アジアでは一番だと見ている。

(ネーション、インターネット版、3月12日付け参照)

 

133..エイズ新薬めぐりタイ政府と製薬大手ABBOTTと大戦争(07年3月20日)

最近、タイ政府は米国の大手製薬会社ABT(ABBOTT LABORATORIES)社の開発したエイズ特効薬KALETRAのタイでの「強制ライセンス」を発動した。これはABBOTTに対し、新薬の安値販売を義務付ける内容のものである。

このKALETRAは2005年10月に米国で登録された効き目が高い薬とされABBOTT社の目玉商品でもあり、開発費もかかっていることから当然高い値段で売りたいという目論見があり、「知的所有権」を強く要求しており、一歩も引かない構えである。

これに対し、タイ政府は「貧困国」のエイズ患者に対し、人道的見地から安い価格で販売できるような方策を採ってもらうべく、強制的措置をとった言い出した。

国際法(WHO, TRIPS Agreement,第31条)とタイ特許法では「事前の協議なしに政府の、非営利的使用については強制ライセンスの発給をすることが出来る」ことになっており、ABBOTT社のKALETRAについて安い価格販売を義務付けるライセンスを発給できるとしている。

これに対し、ABBOTTはタイ政府の処置に対抗するため、同社が開発した7種類の新薬をタイでは販売しないことに決めた。ABBOTTの行動は米国通商代表部や議会の一部、メディア(WSJなど)、同業者の強い後押しががある。

これは製薬会社としてはその国の患者を人質にとるのと同じ行動であると解釈されても仕方がないであろう。

「国境なき医師団=MSF=Medecins sans Frontieres」はじめ多くの人権団体はいっせいにABBOTT批判を強めており、ついにABBOTT製品全体のボイコット運動を開始したと伝えられる。

ABBOTTは鎮痛剤、血圧降下剤、間接炎薬など広範囲の薬を販売しており、このボイコット運動が世界的な広がりをみせれば同社にとって影響は少なくない。

タイにはドイツのバイエル(Bayer)が早くから工場進出しており、同社もABBOTT支持の声明を出している。

また、2007年1月にはタイ保健省はABBOTTのHIV/AIDS薬KALETRAをはじめ、フランスのSanofi-Aventis と米国のBristol-Myers Squibbが製造する抗血液凝固因子剤Plavixの特許保護を取り消した。

この措置はWHOと「国境なき医師団」から支持されているという。

(ネーション、インターネット版、3月20日付け参照)

⇒宗教団体株主がABBOTT社批判(07年3月23日)

ABT社の株式を保有するChristian Brothers Investment Services と13のその他の宗教関係者株主団体はABTがタイで7新薬の販売をおこなわないことに対し、ABTのブランドを傷つける行為であるとして批判声明を出した。

7種類の新薬の中にはエイズ薬Kaletraだけでなく、リューマチ薬Humiraや鎮痛剤Brufen、抗生物質Abboticなどが含まれている。同社のタイ政府への反発があまりに「報復的」でタイの患者のニーズを全く無視しているとして宗教団体としては許せない行為だと非難している。

 

⇒ABBOTT社、タイ向けエイズ新薬大幅値下げで合意(07年4月12日)

上記のように2007年1月にはタイ保健省はABBOTTのHIV/AIDS用新薬KALETRAの特許保護を取り消し、ABTは報復として7種類のその他の新薬の販売をタイではおこなわないという強硬措置をとった。

これに対する「国境なき医師団」や宗教団体の国際的な反発を招き、タイではABT社製品のボイコット運動まで起こり始めていた。

その後タイ政府(保健省)とABTは打開策について折衝を続けていたが、ABTはエイズ新薬KALETRAの患者への提供価格を1ヶ月当たり5,938バーツから3,488.2バーツ(≒12,700円)と約40%引き下げることで合意に達した。

この措置にタイ当局は満足の意向を表明しており、この問題は1件落着した。これは周辺国へも波及していく可能性が高い。

エイズは貧困国への広がりが目立ってきており、2006年にはインドネシア、ジャカルタでの服役者は1万9千人いたが、そのうち351人が獄中で病死し、その72.5%がエイズによる死亡であったといわれる。

サレンバ刑務所では月間の医療費の割り当てが2,500万ルピア(33万円)に過ぎず、服役中の病人の手当てもロクに出来ないという。日本人もマレにブタ箱入りを余儀なくされる人もいるようだがインドネシアなどで刑務所に入れられるときわめて危険であることはいうまでもない。

(4月11日、ネーション、ジャカルタ・ポスト参照)。

 

134. 3月30日の反軍事政権デモは不発に終わる(07年4月1日)

熱烈なタクシン支持者であるテレビ局PTVのボスのウィーラ(Veera Musigapong)がリーダーとしておこなわれた3月30日の反政府集会デモは予想されたモーターサイ(オートバイ・タクシー)運転手の参加も意外に少なく、バンコク・ポストの報道では4,000人、ネーションの集計では1,000人強しか動員できず不発に終わった。

軍事政権への批判はあっても、タクシン支持色の強いこの種の集会にはあまり人が集まらなかったといえよう。

タクシン支持色の強い朝日新聞が3月27日に報道した「政治力無視できぬ集団に」という記事で昨年3月3日にはモーターサイの運転手が4万人のデモをおこないタクシン支持を表明したということを報じているが、今回は皆さんお仕事に集中しておられたご様子である。

この記事をはじめ最近の朝日の記事を読むとタクシンと軍部が利権争いをやって軍部が武力を行使し政権を乗っ取ったというトーンの記事になっているのが気にかかる。

軍部が自分の利権確保のためにクーデターを起こしたのであれば、クーデター直後なぜ80%の支持を得たかということである。朝日(に限らないが)の報道の最大の欠点は過去タクシン政権がどういうことをやってきたかについてロクな記事を書いていないことである。

だから、分かっていてこういう記事を書いているのか分からずに闇雲にセンセーショナルな書き方をしているのか読んでいて混乱するのである。どうもタクシンは貧しい人々を救った「善玉」で軍人が利権ほしさに行動を起こしたとしか受け取れない内容になっている。

日本でもやれない医療費の実質無料化(30バーツ診療)をタイで実行したらどういう財政的な影響が出るかぐらいは分かりそうなものである。

南タイの紛争でタクシンはナニをやったか(クルセ・モスク事件、タクバイイ事件など)、なぜ麻薬撲滅キャンペーンで2500人(一説によりと7500人)の被疑者が裁判も受けずに殺されたのか、言論弾圧事件の数々ぐらいはまともに報すべきではなかったろうか?

モーターサイの運転手をピンはねしたのマフィアでその親分が陸軍大尉でその上に軍部がいて、その利権が奪われそうになったので軍がクーデターを起こしたというのが朝日の記事である。

あきれ果ててコメントの仕様もないオソマツ記事である。それではその軍部の大親分とは一体誰なのか。金額はいくら くらいで、クーデターなどというリスクを犯すにふさわしい金額なのかを書くべきである。

この辺はアイマイにして逃げているが、要は「軍部の利権確保のためのクーデター」だということを何も知らない読者に印象付けるための悪質な記事としか言いようがない。言論の自由をもてあそばないで欲しい。

ところで「モーターサイのピンはね軍部」から任命されたスラユット首相はバンコク市民の間では依然静かな支持を受けていることが4月1日のネーションとバンコク・ポストで報道されている。

アサンプション大学の調査では60%がスラユット首相を支持している。38%がスラユット首相は行動が遅いという批判である。即刻止めろという声は極めて少ない。

スラユット首相が「タクシンノ汚職追求」などで行動が遅いのは「タクシン派」の官僚が大勢残っている現状ではヤムを得ない面がある。また、治安を直接担当しているソンティ司令官と行政を預かるスラユット首相とでは多少の意見の相違あって当然である。

それを第2次クーデターありうべしなどと短絡的に朝日がいうのは全くおかしい。一言で言えばセンセーショナリズムであり朝日の見識が疑われる。昔、大政翼賛時代の朝日もこんな調子だった。今は平和と自由の時代で良く調べればいくらでもマトモナ記事が書ける時代である。

日本では小泉首相が「改革改革」と大騒ぎをした割には大した改革の実が挙がらず、結局「フル空回転」に終わり、何でもありの風潮と企業の不正のバッコ、格差拡大と福祉の切捨てと世界における孤立という負の遺産が国民に残されたのと比べれば今のタイが一方的にダメだとはいいきれにない。

少なくとも汚職の進行はストップしている。軍部も政権に居直るなどとは言っていない。12月には選挙をやることも決まった。もう少し冷静に事態の進行を見守るべきであろう。

 

135.中国雲南省のダム建設でメコン河の水量激減(07年4月2日)

中国は周辺国の懸念などは一切気にせず、雲南省のメコン河上流で水力発電用のダムを建設している。既にManwanダムとDachaoshanダムが建設され、第3のXiaowanダムと第4のJinghong(景洪)ダムを建設中である。中国はダムは洪水対策上も必要だな度といってうそぶいている。

メコン河総合開発の美名のもとに中国とタクシン政権はダム建設を積極的に推進することで周辺国にも働きかけ、タイもサルウィン川上流にビルマ(ミヤンマー軍事政権)とダムを建設すべく準備を進めている。

ところが既に中国の2基のダムのおかげで水量豊富だったメコン河の水位が極端に下がり、乾季の続く半年間(10月から翌年4月まで)は船の運航にも大きな影響を与え、下流諸国(タイ、ビルマ、ラオス、ベトナム、カンボジア)の農業(特に水田稲作)にも深刻な影響を与えつつある。

中国は第3ダム建設の終わる2010年までは工事の必要上3日〜5日間ダムを閉鎖し、放流しないため船の航行は妨げられ、従来3日間でチェンライかた雲南省のシプソンパンナー(十双千納)までいけたものが1ヶ月もかかるという。

4月以降の雨季になればその辺は緩和されるというが、異常気象のため雨量全体が少なくなっているためメコン下流域の農民は感善意中国政府の出方に生存権を脅かされることになってしまった。

もちろん生態系にも大きな影響を与え河イルカは常に絶滅の危機にさらされている。

メコン総合開発なるものに日本は音頭取りなってやっているが、農民や自然環境への影響を十分配慮しながらやっていかないととんでもない罪作りになる。既に問題は相当深刻化している。

4月2日バンコクポスト、インターネット版より借用いたしました。

 

136. 不敬罪で10年の禁固刑のスイス人に国王が恩赦(07年4月12日)

国王の肖像画にスプレーを吹きつけ不敬罪の罪に問われ禁錮10年の刑を07年3月29日に宣告されたスイス人男性オリバー・ジュフェール(Oliver Jufer=57才)に対しプミポン国王は恩赦を与え、昨日(4月11日)に釈放されていた。ただし、オリバーは国外退去させられることとなった。

オリバーは昨年12月5日にチェンマイで酒によって国王の画像数点にスプレーを噴射して逮捕されていた。 オリバーの動機は不明だが、おそらく「軍事ク^デター」に対する西欧的不満の表れではなかろうか?

これは先日タクシン前首相の不敬罪に対する起訴が見送られたのも、国王の「不敬罪不要論」を踏まえたものであること推測される。(#116-25参照)。

1932年のプリディやピブン等による「立憲民主革命」以降、国王は「絶対君主の立場から「立憲君主」の立場に大きく地位の転換を遂げ、きわめて影響領の薄い存在になっていたが、1959年サリット将軍は軍事クーデターで実験を握るや、国王の権威の再構築に務め「不敬罪」を最大限い利用した。

サリットの意図は「国王を国のトップにすえ、自分は国王に次ぐナンバー2の立場にいる人間であることをタイ国民にアピールし、「独裁権」を獲得し、維持してきたのである。

国王を頂点とするヒエラルキーを形式的に作り上げ、国民の前では国王にひれ伏すゲスチャーをみせながらも国民に対しては圧制をおこなってきた。こういう構図は戦前の日本にも見られたのである。

プミポン国王は国王の地位や王室が絶対権力者に利用されることを極度に嫌っておられることはサリット以降のタイの政治史をかえりみれば明らかなことであった。

特に、国王をないがしろにするような言動をしばしば見せながらも、不敬罪を政治的に利用し、言論弾圧をおこなった(ファー・イースタン・エコノミー・レヴュー事件、PartII, アンダー・イースタン・アイズ参照)タクシン前首相への不信感は相当なものがあったと思われる。

今回の軍事ク^デターに国王が賛意を表されたといわれるのも、独裁化するタクシン政権に対する危惧の念の表れであろう。この辺を評価する外国(特に日本)のメディアはホトンドなく、逆に国王の「政治的野心」をほのめかすような的外れな解説記事が実に多かったと思う。

しかし、大多数のタイ国民は国王の「民主主義への強い支持」を感じ取っているはずである。それは1992年のスチンダ将軍の政権強奪への国民の抵抗(数百人が犠牲になったといわれる)のとき、国王の積極的介入で事態が収拾されたことを見ても分かる。

 

137.警察がスラユット政権の改革案に反旗(07年4月24日)

スラユット首相の事務局である「内閣府」が作った警察改革案について警察の司令官クラスの全員が集まり討論し、その結論が「改革案は学者の作文であり、実態にそぐわない」として到底受け入れられないという意見を全員一致で表明したという。

改革案自体が公表されていないのでなんともいえないが、強い反対論を警察評議会副議長(議長はスラユット首相が兼務)のチャーンウッド(Churnwut Watcharapuk)が新聞記者に語るなどというのはなんとも異常である。

これは政府に対する警察の叛乱宣言と受け止められかねない。タイ警察庁長官代行のセリピスットはタクシン派幹部から総スカンを食わされているともいわれている。一日も早くセリビスットが警察トップとして動ける体制を作らなければ警察が機能不全に陥ることは明白である。

(4月4日付けで正式にセリピスットは警察長官に任命されたことが後日明らかになった)

軍事クーデター後もタクシンの息のかかった組織であるタイ警察はスラユット政権に対し有形無形の形でサボタージュをおこなっているというのが軍部の見方である。しかし、軍は最近まで警察に極度に遠慮していた。

大晦日のバンコクの爆弾事件にしても警察は軍の特殊部隊の手入れを行い、10名以上の逮捕者を出しながら結局全員無罪で釈放されるという失態を演じ、その後の捜査は遅々として進まず、ソンティCNS議長が予言したとおり、まさに「迷宮入り」になろうとしている。

犯行は「警察関係者ではないか」という疑念も払拭されていない。警察が政府に協力しなければタクシン政権関係者の汚職捜査も進むはずはない。

そのような事態はもっと早期に解決されなければならなかったが、コーウィット警察長官の更迭の遅れなど、警察改革が後手に回った。これはスラユット政権の最大の失敗であった。

軍としてもあまりに全面に出すぎることは市民社会の治安の最前線にいる警察との対立が表面化するため実行できなかった。

最近になって(3月はじめころから)ようやく警察の上級幹部の異動が実施に移され始めた。4月23日には特別捜査局(Department of Special Investigation)のタウィー(Thawee Sodsong)次長が麻薬取り締まり局に異動になった。タウィー次長はタクシン政権の閣僚の汚職捜査にきわめて消極的であったという評価を得ていたという。

いわれてみれば数々の難事件がある中で特別捜査局はほとんど逮捕実績を挙げていないばかりか、多くの事件を迷宮入りさせてしまったと見られても仕方がない面があった。

これに先立ち4月18日(水)には97名の警察幹部の大異動をおこなった。

閑職に異動させられた主なメンバーは元警察庁次長のプリューパン・ダマポン(Priewpan Damapong=タクシン夫人の弟)、地方警察第5局次長Chamnong Kaewsiri中将、中央捜査局副コミッショナーChaiwat Chotima中将、特別警察第3本部司令官Attakrit Thareechat(元タクシン首相護衛部隊長)、刑事局長Worrasak Nopsitthiphorn などである。

また、前警察長官のコーウィット(Kowit Wattana)がスラユット首相の顧問に任命された。これはいうまでもなくタクシン派警察幹部にニラミを利かす目的であろう。ただし、これによってソムチャイ事件は迷宮入り確実となったといえよう。

それにしてもスラユット政権が失った時間はあまりに大きく、今後の政局にも悪影響を及ぼすことは避けられない。

 

138.米国がタイを知的所有権違反の「主要監視」対象国に格下げ(07年5月3日)

米国は自国の企業や個人が所有する知的所有権について、それが外国人(企業)によって侵害されないような監視システムと制裁措置を講じる手段を持っている。

監視システムについては@Monitaering,AWatch,BPriority Watch,CPriority Foreign Countryという4種類の段階で監視していく制度になっている。最後のCの段階になるといつ貿易的な制裁措置などをとられてもおかしくない「危険水域国」ということになる。

タイは今までAのWatch(監視)対象国であったが、07年5月1日からBのPriority Watch(主要対象国)へと格下げされた。これは米国政府(通商代表部)が勝手に決めることであって対象国とネゴシエーションによるものではない。

現在Bのカテゴリーに入っている国はタイを含め12カ国あり、中国、ロシア、アルゼンチン、チリ、インド、イスラエル、レバノン、トルコ、ウクライナ、ヴェネズエラ、エジプトである。 フィリピンはいままでこのカテゴリーに入っていたが、行いがよかったためか今回Aに格上げされた。

タイは1989〜1992年まで、Bのカテゴリーに入っていたが、その後、Aに格上げされ、今回また格下げされた。

タイについてはパテントと著作権の違反が悪化したという説明がなされている。そこで思い当たるのはアボット(Abbott Lab)社とのエイズ新薬をめぐる紛争である(上記の#133参照)。もちろんそれ以外にCD、DVD 、音楽、ソフトなどの海賊版もかなり出回っていることは間違いない。

ただし、エイズ新薬についてはWTOもタイの主張の正当性を認めているが、一部保守派のロビーストを使った製薬会社の米国政府と議会への働きかけなどが「遅ればせながら効果を発揮した」可能性もある。

とりあえずはタイの対米貿易への影響はないが、特恵関税項目で約18%の輸出に関税免除措置を受けており、それが将来撤廃されるのではないかといった懸念をタイ政府としては持っているようである。

また、タイ政府が気にしているのは最近ワシントンポストに寄稿された米国の元国連大使ケン・アデルマン(Ken Adelman)氏のタイ政府批判論文(アボット社事件や外資政策についての)である。

アデルマン氏はネオコンとしても有名な人物でブッシュ政権とも近く、しかもタクシンが個人PRのために使っているEdelman Public Relations社の顧問をしている。そこにタクシンとアデルマンとの接点があることも考えられる。#116-26参照

タイ政府はバンコクの米国大使館と5月11日にこの問題について協議する方針だという。また、モンコン(Mongkol Na Songkhla)保健相を米国に派遣し5月21〜22日に米国通商代表部と会談させることになっている。

 

139.ソムキット元副首相らが新党結成の動き(07年5月5日)

タクシンの政党TRT(タイ・ラクタイ=タイ愛国党)は民主党とともに解散させられる危機にさらされており、5月末には裁判所の判断が下される。おそらくTRTは解散させられ、党首だったタクシンは5年間の立候補停止処分になるであろう。

民主党は無罪になる可能性が高いと思われるが、タイには「喧嘩両成敗」という社会慣習が存在するかどうか定かでない。

それはさておき今年の末には新憲法にも基づき国会議員選挙がおこなわれる予定になっているが、元タクシン政権の副首相で後にタクシンと袂を分かったソムキットが元マハチョン党の創立者のアネク(Anek Laothamatas)とTRT党のマッチマ(Matchima)派のボスのソムサク(Somsak Thepsuthin)と3人で香港で会い新党結成の相談をしたという。

マッチマ派といのはチャワリット元首相の新希望党のグループである。ソムキットはタクシン政権の経済政策を担ってきた実力者で国民的人気も高い。

アネクは米国で学位を取得した、れっきとした学者上がりの政治家である。アネクは元民主党の副党首であったが、脱党し新政党マハチョン党を結成したが、それも脱党してしまった。

この3者が組めば、元国会議員、上院議員、県知事など約120名の政治家をグループ内に擁する大勢力となる。政党色としては保守的であるがかなり健全な経済政策を実施していく能力を備えており、経済界の支持は得られるであろう。(続く)

 

140.ブタ養殖農家がチャロン・ポカパンの独占に抗議(07年5月8日)

タイを代表する民族資本(華人資本家)であり、タクシン前首相のクローニー(お仲間)でもあるチャロン・ポカパン(CPF=Charoen Pokaphand Foods)社の本社に養豚農民300人ほどが抗議行動に訪れ、玄関に抗議の花輪をささげてという。

農民達の言い分はCPF社が食品ビジネスを独占し、豚肉価格の引下げをしいたため、過去6ヶ月間で養豚業者は70億バーツ(≒260億円)の損害を受けてとして今後、CPFは養豚事業を縮小することと、豚肉の価格切り下げをおこなうなという要求である。

損害の金額の根拠は明らかにされていないが、全国的には膨大な数の養豚農家が存在することは間違いない。

CPFは養豚のみならず養鶏もおこなっており、価格支配力が強く、豚肉を常に一般農家よりもキロ当たり1〜2バーツ安く売って養豚農家の経営を圧迫しているというのが養豚業組合のソムキット(Somkid Ruengwilaisup)組合長の言い分である。

(BANGKOK POST,インターネット版、07年5月8日付け参照)

 

141.スラユット首相の支持率は49.5%か33%か?どちらが正しいか?(07年5月14日)

スアン・ヅシット・ポール(Suan Dusit Poll)として知られるスアン・ヅシット・ラジャバット大学が最近おこなった世論調査によれば、3,173人の回答者に対し、スラユット首相を支持すると答えたヒトは33%にしか過ぎなかったというのがバンコク・ポストの報道である(インターネット版)。

ところが同じ調査に対しネーション紙は支持率が49.5%と報じている。

バンコク・ポストは「隠れたクシン派」という噂も流れる、「軍事政権嫌い」の新聞であるが余りの差の大きさに唖然とせざるを得ない。

どちらの新聞も日本時間5月14日午前11時半現在訂正文は出していない。

バンコク・ポストは25%の回答者が「スラユット首相にこのまま政権を維持してもらいたい」と回答しており、16%が「辞めてほしい」と回答しているという。

ネーションは「42.9%が政権継続希望」で「28.41%がやめて欲しい」という回答を寄せているという。

いずれが正しいかは分からないが、今までの世論調査に激変が起こらなければ、どうもネーション紙の方が正しいように思われる。

 

142.タイ、エコ・カーの物品税を17%に削減(07年6月6日)

タイ政府はエコ・カー(小型、省エネ車)の物品税を従来の30%から17%に削減することを6月5日の閣議で決定した。

これによってタイの小型・省エネ車の製造と販売がいっそう促進されることになるであろう。今のところ、エコ・カーの定義はガソリン車は1300cc

、ディーゼル車は1400cc未満でリター当たり20Km以上走れる車ということのようである。

また、生産台数にも縛りをかけるようで、多くのメーカーにとって新規設備投資が必要とされるものと思われる。その場合は投資委員会(BOT)の優遇措置の拡大が待たれる。

今のタイでは1トン・ピックアップ車(小型トラック)の需要が圧倒的に多く、乗用車タイプのエコ・カーはさほど国内では販売が伸びないという見方もされているが、一旦国内で製造されれば、オートバイからエコ・カーへの転換も起こりうるし、地方ではほとんど普及していないタクシーへの需要増にもつながるであろう。

タイで地方に行くと、先ず困惑させられるのはほとんどの都市でタクシーがないということである。バイタクとかモーターサイとかいわれているオートバイ・タクシーのお世話にならなければどうにも動きがつかないところがほとんどである。

安い乗用車の普及が東南アジアの自動車大国であるタイでは必要である。

 

⇒エコ・カー製造の優遇措置きまる(07年6月17日)

タイ政府はエコ・カー(省エネ自動車)の販売に関する優遇措置を既に発表しているが、エコ・カーの製造プラントも積極的に誘致する考えで、BOI(投資委員会=委員長はコシット副首相兼工業相)は次のような内容を発表した。

エコ・カーを製造する企業には8年間にわたり、法人税を免除する。設備に必要な機械の輸入については輸入関税を免除する。ただし次の条件を満たす必要がある。

@操業開始5年目から年産10万台以上にすること。

A燃料消費を走行距離100Kmにつき5リッター以下にすること。廃棄ガスはユーロ4標準とし、2酸化炭素排出量は1Km当たり120グラム以下の自動車でなければならない。(the Euro 4, emission standard) エンジン排気量は1400CC以下。

B安全基準については「国連経済委員会の定めるヨーロッパ安全基準」の前方向および側面方向の強度を維持すること。

C次の主要部品5項目のうち、少なくとも4項目は国内で部品メーカーが製造すること。シリンダー・ヘッド、シリンダー・ブロック、クランク・シャフト、カムシャフト、コンロッド。

一方、タイ地元資本の代表格であり、タクシン前政権とも極めてつながりの深かったチャロン・ポカパン(CP)はインドネシアで中国のChery 社が製造する車をタイで販売する許可を得てとしている。CPは1台32万バーツ(≒120万円)でCheryの小型車を販売する計画であるという。

また、CPはタイ国内では食料品関係の大財閥として知らぬものないが、華人資本家として中国でも食糧関係、小売業などで幅広くビジネスを展開しており、オートバイの大手メーカー(Chai Thai Group)でもある。

2005年には80万台、2006年には100万台の生産実績をあげており、2010年には300万台まで増産する計画であるという。また、CPは中国で製造したモーターバイクの30%をベトナム、インドネシア、パキスタン、アフリカなどに輸出している。

日本の某国立大学のタイの政治経済のある専門家は「チャロン・ポカパンこそはタイの1990近年の経済成長を支える地元資本家である」などとベタほめの評価を下しているが、それならばCPは中国などへの投資を後回しにして、タイでオートバイの生産をなぜやらないのかといいたい。

タクシンが追放後、東京大学から名誉博士号を貰うために日本にやってきた(これは誤報であるということであった)とか、拓殖大学から客員教授で迎えられるなどという話しはタイにも伝わっており、当然ながらタイの現政権や知識層から「日本の大学はナニを考えているのだ」という声が上がっている。

一体タクシンからナニを学ぼうというのか?「超特急で大金持ちになる方法」なら日本にも先生には事欠かないはずである。

日本人のアジア関係者は「独裁者大好き人間」が実に多いことは確かである。最近のアジ研の機関紙にも常軌を逸したとしか言いようがない「タクシン擁護論」が掲載されていた。 東大や京大の教官や朝日の記者だからといって良識派とは限らない。ともかくあちらこちらで「価値観」が狂ってきているのがナニより恐ろしい。 まさに満州事変直前の状況に似てきている。

(Bangkok Post 07年6月16日、インターネット版他参照)

 

⇒タイでのエコ・カーの生産は2015年で80万台に(08年4月16日)

タイ自動車研究所のワロップ・ティアシリ(Vallop Tiasiri)所長によると、2015年までにタイにおけるエコ・カーの生産は80万台に達するであろうとのことである。

フォルクス・ワーゲン(VWがマレーシアのウロトン社への出資問題が白紙にもどり、同社が改めてタイでエコ・カーを生産することになるであろうという。

既に、タイの投資委員会(BOI)はホンダ、スズキ、日産に年産12万台でエコ・カーを生産する上での優遇措置を決めている。三菱も10万台規模でエコ・カーを生産するk理科うである。また、トヨタとインドのタタ自動車も参加する。これにVWが加われば、ほど80万台の規模になるという。

エコ・カーについては現行30%の一般的な乗用車への税率が、17%に減免される。条件は上記の記事参照。

80万台のうち、国内向けは20万台で、60万台は輸出されるとワロプ所長は見ている。

 

143.タイの労働時間は世界的に最長クラス(07年6月10日)

ILO(国際労働機構)の調査(対象50カ国強)によれば、タイの労働者の46.7%が週48時間以上働いている。これはペルーの50.%、韓国の49.5%に次ぐ世界第3位の数字である。

長時間労働の理由としては、新古典派的経済学の理論でいう「働くのが好きだから」ということではなくて、「生活上やむを得ず」働いて賃金を稼がなくてはならないということである。

製造業の労働者の世界的な労働時間は35〜45時間であるといわれているが、タイの場合は平均が59時間ということであり、これは世界最長であるという。

タイの農民が良く働くという事実は、110年も前に岩本千綱氏が「三国探検実記」として記述したとおりである。

しかし、これは働かなければ生活できないという単純な事実に起因していることはいうまでもない。

また、年間の祝祭日は10日以下で、カンボジアやインドネシアよりも少ないという。

ILOは労働時間の短縮は「労働者の健康と家庭生活の向上に資するだけでなく、労働現場での事故の減少や生産性向上、男女格差の縮小につながる」としている。

私の2年間のタイ工場でのマネージメントの経験からもILOの見方に賛成できる。タイのワーカーの熟練形成能力はかなり高いという印象を受けた。

 

144.タイ憲法起草会議は中選挙区制を提案(07年6月22日)

タイの新憲法起草会議は国会議員(下院)の選挙方法について、従来の小選挙区(1地区=1議員)+比例代表を中選挙区制(1地区=複数議員)+比例代表精度の改めるという案でまとまりつつある。

これは小選挙区制度が「独裁政治」に結びつく可能性が強いことがタクシン体制下で実証されたためである。また、いわゆる「死に票」が多く、国会議員が必ずしも民意を代表していない。比例代表でゆがみを正すといっても、あきらめて最初か選挙に参加しない大衆を生み出すことも事実である。

議員の数を従来の小選挙区400人+比例代表100人合計500人から中選挙区議員400人+比例代表80人、合計480人というのが今回まとまった提案であるという。原案では選挙区議員を320人+比例代表80人、合計400人ということであったが、妥協の産物として480人まで人数が拡大された。

上院は廃止すべきであるという議論もあったが、存続することで決定した。しかし、上院議員は完全に政党から遮断された「中立的存在」という立場を強調するものとなる。

従来の上院も同じ理屈であったが、少なからぬ上院議員がTRT党から月々のお手当てを貰っていた(タクシンに買収されていた)ことは公然の秘密であった。

タクシン政治の再来を許さないための最大のポイントは国会議員選挙にあるといっても過言でないであろう。

日本は小選挙区制度をマスコミの大合唱で実現したおかげで、ますます「民主主義」から遠ざかりつつあるような気がしてならない。40%の国民の支持があれば国会の60%の議席を獲得できるような制度が民主主義といえるだろうか?また、1票の格差の問題は永遠に解消されないであろう。

 

145.タイ新憲法草案成立、8月19日国民投票(07年7月6日)

憲法起草委員会は7月6日(金)の会議で、満場一致(100名中出席者98人全員)で憲法草案を可決し、国民投票を8月19日(日)に実施することになった。

おそらく、国民の多数の賛同を得て、年内に国会議員の選挙が実施されるものと思われる。タクシン派でボイコットを呼びかけているグループは存在するがかなり少数にとどまることは間違いない。

このなかで、仏教を国教とすべしという一部の仏教徒の提案は採用されなかった。また、上院議員150名中76名が任命制で残りの74名が選挙で選ばれるという変則的な形となった。同性愛者も結婚が認められるという案になっている。

7月6日にタクシン派とみられる集団が新憲法案に反対し、議会前で反対行動とっているが、100名ほどしか集まらなかったという。

1997年の民主憲法制定時にはタイの多くの国民が熱気に包まれ、私などにも「日本国憲法」について質問する学者や役人がいたkとを思い出す。今期は「憲法そのものが民主主義を保障するものではない」ということを悟った多くの国民はかなり白けている感じがする。

97年憲法で思い出すのは、質の悪いヤクザ政治家を排除するために、国会議員は「大学卒」でなければならないなどという規定を盛り込んだ。しかし、大学を出ても悪いことをやるやつはいくらでもいる。日本でも東大卒ですら、ワルは霞ヶ関にも民間企業にも結構いる。否、東大そのものにもいる。

悪い政治家が権力を握ると「良い憲法が悪用される」ケースもありうるということは今回の経験でタイの多くの人々は身にしみたはずである。

第一次大戦後これ以上のものはないといわれた民主的なワイマール憲法下でヒトラーが出てきて、あっという間に独裁政治に変化してしまった歴史をわれわれ日本人も思い起こす必要がある。

「郵政カイカクだけよ」などといいながら、絶対多数をにぎると「強行採決に次ぐ強行採決」によって問題法案や悪法が次々に成立している。日本の民主主義も明らかに危機的状況にある。

 

⇒開票速報では約60%が新憲法を承認(07年8月19日)

タイでは予定通り、8月19日(日)に新憲法の是非をめぐる国民投票がおこなわれ、即日開票が行われており、現地時間午後10時30分の段階では賛成57%、反対41%であるという 非公式発表がなされた。有権者総数4,589万人に対し、投票者は2,500万人と推定されている(54.5%)

タイ東北部では賛成36%、反対62%と反対が多数を占めており、タクシンの地元の北部は52:46、他の地方では圧倒的に賛成票が多い。 バンコクでは賛成64%、反対35%、南部では賛成86%、反対11%、中部で賛成66%、反対32%である。

東北部はタクシン支持者が多く、またかれは東北部では相当カネを使ったと見られ、その成果は遺憾なく発揮されている。逆に南部では賛成が86%と飛びぬけている。 今後は地域別の政治的対立が問題となろう。

タクシン派としては人口の多い東北部を抑えておけば第1党になりうるとして、東北部の集票に全力を注入していくであろうが、もともとは新希望党やチャート・タイ党の勢力が強かったところであり、この地域の選挙戦は激しさを増すであろう。

なお、反対票が40%を上回ったことでタクシン支持の日本の一部メディアは小躍りして喜んでいる様子であるが、TRT元幹部のチャトゥロンは敗北を認めている。反対票を入れたのはタクシン支持者だけではないからである。北部での賛成票が多かったのはタクシン派にとってもショックであろう。

いずれにせよ 新憲法の承認は間違いなく、選挙を年内にいかにおこなうかが政府の課題となろう。

国民投票開票速報(現地時間午後10時30分現在、開票率55%)      

  賛成 反対 無効 合計
バンコク 1,487 64.5 793 34.4 26 1.1 2,306 100
中部 4,183 66.2 2,010 31.8 119 1.9 6,312 100
北部 2,572 51.8 2,279 45.9 116 2.3 4,967 100
東北部 2,741 36.3 4,674 61.9 137 1.8 7,552 100
南部 2,888 86.5 381 11.4 71 2.1 3,340 100
全国計 13,871          56.7 10,137 41.4 469 1.9 24,477  100
選管発表     14,250       56.7   10,420   41.4   480   1.9   25,150  100

(単位;1000票、%、有権者数45,890,489人)

地域の合計と全国合計は一致していない。(集計のタイム・ラグか?)

 

146.タイ東北部で新憲法国民投票に200バーツで反対票を入れるよう画策?(07年8月7日)

タクシン系と見られる一部の政治家が地盤のタイ東北部などで新憲法案の国民投票で1人当たり200バーツ(≒800円)を配り、反対票を投じるように運動しているという報道がしきりになされている。

これはタクシンの政党であったタイ・ラク・タイ(TRT)党と競合する新希望党(もともとはチャワリットの党)が事実関係を察知し、メディアにリークしていたが、かなり広範囲に「買収工作」がおこなわれているという事実が次第に明らかになり、スラユット首相も事実関係を確認したという。

そのためソンティCNS(国民治安評議会)議長はタイ陸軍第2方面軍はイサーン(東北部)のブリ・ラム県などで監視を強めるよう指示を出した。

新憲法案はいくらタイ東北部の反対が多くても、承認されることは確実視されているが、タイ東北部の場合は年内に実施されると見られる国会議員選挙で旧TRT党が今までのように議席をほぼ独占できるかどうか危うくなってきたという事情もある。

というのはタクシン時代にTRTに吸収されていた新希望党などが独自に候補を立てることは確実であり、もともと軍部系の地盤であったイサーンでは新希望党や軍関出身の政治家がかなり議席を獲得する可能性がある。

したがって、今回の「買収工作」は新憲法反対というよりは国会議員選挙をにらんだ事前買収工作だと見ることも出来よう。

旧TRT党の「保守本流」はPPP=パラン・プラチャチョン(Palan Prachachon=People's Power人民の力)党に結集しつつあり、サマート前バンコク知事やタクシン時代の国軍総司令官であったルゥアンロート大将を引き入れ選挙に打って出ようとしている。サマート氏を同党の党首に据える動きがある。

同党はタクシン直系の党だけに資金力は豊富なはずで、今後のタイ政局の台風の目になりかねない。ただし、彼らには旧TRTの良識派幹部(ソムキット、チャトゥロンなど)は参加しないと思われる。

軍人系の政党としてはラック・チャート党という名前のが政党が名乗りを上げている。これは政治的黒幕カジット・ハッパーナン元陸軍大尉(1-2-GOエアライン会長)が軍関係者を中心に結党準備を進めており、パンロップ元第4方面軍司令官なども参加するという報道がある。

この政党が結成されれば、その政治的支持基盤はやはりイサーンということになろう。

これからは、新政党結成の複雑怪奇な動きがいろいろ出てくることは間違いない。

 

147.タイの国会議員選挙は12月23日に決定(07年8月28日)

スラユット首相と選挙管理委員会は新憲法の制定に基づき、新たな国会議員選挙を07年12月23日(日)におこなうことを決定した。これが順調に実施されれば新たな政府が08年2月にも発足することになる。

この選挙の実施に当たって、新たに3件の「組織法」をこれから制定し、10月末までに公布するという。その原案は暫定国会で既に審議が始まっているというが、政党の資格要件などかなり厳しい内容が含まれているものと思われる。

既に、タクシン派の政党としてPPP=パラン・プラチャチョン(Palan Prachachon=People's Power人民の力)党に旧TRT党の前国会議員(270名といわれる)が結集して、資金力にモノをいわせて東北部や北部で大量の議席獲得を目指しているというのは日本の新聞などの報じるとおりである。

しかし、その党首に就任するサマック前バンコク知事は「我輩はタクシンノ代理人(nominee)である」と公言しており、これは新憲法に違反しているとプラソン憲法関連3法案検討委員会委員長(憲法起草委員会委員長)が警告を発している。

それは当然で、公民権を剥奪された人物の代理人が政党のリーダーになったり、選挙に立候補できるというのは、新憲法の規定からいっても、およそムリな話である。この辺は悪擦れしているサマック氏は一向に意に介していないようである。

また、サマック氏はバンコク知事時代に契約した消防設備一式をオーストリアから購入する汚職容疑事件で首謀者に擬せられており、この方面の対応でも今後多忙を極めることになりそうだ。

TRT党も良識派といわれたソムキット氏やチャトゥロン氏(PPPの顧問には就任したといわれているが表には出てこない)がソッポを向いている以上マトモな人材をトップに担ぎ出してくること自体が困難な状況にある。

新憲法下での選挙は中選挙区制であり、従来のようにTRTが資金力にモノを言わせて議席を独占するということはありえない。むしろ、軍部系の候補者や旧NAP(新希望党)などの「草刈場」的な選挙区になり、血みどろ、カネまみれの激しい選挙戦が展開されることは避けられない。

しかし、票の買収には厳しい罰則が待っており、TRT党流の実弾戦術がどこまで通用するかは予断を許さない。悪質な買収が明るみに出れば、政党解散まで行くともいわれている。タクシン人気の実態がどれほどのものかは分からないが再度政権に返り咲くなどということはおよそ考えられない。

タクシンも逮捕状が既に出ている以上、無実の確信があるなら悪あがきをやめて正式の裁判を受けるほうが長い目でみて身のためかもしれない。

このまま選挙にカネを使って東北の農民やスラムの住民やバイ・タクの運転手の票がこれだけ集まったなどということを誇示しても何の足しにもならないであろう。国民の間に分裂感情を固定化するだけに終わるであろう。

いずれにせよ選挙をめぐる悲喜劇がこれからのタイの新聞のトップを彩るであろうことは疑いない。

 

⇒EUの選挙モニター受け入れのための覚書締結拒否、オブザーバーならOK(07年8月30日)

EUは12月23日のタイの国会議員選挙でモニター(監視団)を派遣するということで「覚書」を締結しないかとタイ政府に打診してきた。タイ政府はこれを拒否したとして外国メディア(WSJなど)に大きく取り上げられている。

タイ政府の言い分はモニターで覚書を締結するということは「EUが選挙をコントロールする」という意味であり、独立国としては受け入れがたいが、単なるオブザーバーであれば受け入れるのにやぶさかではないというのがスラユット首相の考え方である。

タイは軍事クーデターが朝日新聞の記事にみるように、さまざまな「色眼鏡」で見られており、一方、タクシンの汚職疑惑や「麻薬撲滅運動時の2,500人虐殺事件」等についてはほとんどマトモに報じられていないなどのハンディを負っている。

それどころか、軍事クーデターの原因はバイ・タク(「オートバイ・タクイー)の利権を軍がタクシンに奪われたための軍の「仕返し」であるかのごとき「事実無根の矮小化された」記事を大きく報じていたのも朝日新聞であった。

EUの「覚書要求」もある意味では大変な内政干渉であり、タイ政府が公正な選挙を実行する能力への疑惑表明でもあり、拒絶されてもやむをえないであろう。EUとしても「覚書無しの」オブザーバー派遣で十分目的は達成されるはずである。

また、先の新憲法の是非をめぐる国民投票で反対票が40%以上集まったので、タクシンの支持者が40%いるというのは大変な誤解であり、こういう報道はいかがなものかと思う。

読者の「無知」につけこむ悪質な記事はイイカゲンにして、もう少し勉強してもっとまともな記事を書いて欲しいものである。

 

148.タイとマレーシアは戦後最良の関係(07年8月31日)

マレーシアは1957年8月31日に独立してちょうど満50年になる。昨日の独立記念日前夜祭の祝典にスラユット首相が他のASEANの首脳とともに参列した。

マレーシアのシュド・ハミッド・アルバール(Syed Hamid Albar)外相は現地メディアののベルナマ・ニューズ社のインタビューで「独立後50年、今日ほどマレーシアとタイの関係が良好だったときはない」と語ったという。

私も現地の新聞を長年見てきたが、隣国との関係をワザワザこのような形で外相という立場の人間が話したのを見たことがない。マハティール時代は極端なナショナリズムを政治のバック・ボーンにすえていたためか、隣国のあら捜しに熱心であった。

インドネシアやフィリピンからの不法滞在労働者に仮借の無い弾圧を加え、多くの人を死に追いやった。鞭打ちの刑にも処した。それまでさんざ低賃金でこき使っておきながらである。一方、使ったほうの雇用者はほとんど処罰されなかった。

ASEANの団結とか友好とかは単なる言葉の上でのシンボルに過ぎなかった。

タクシンもそうであった。自らタネをまいた「南タイの騒乱」も陰でマレーシアが糸を引いているといわんばかりの態度であった。しかし、マレーシアはバダウィ首相に2003年からかわり、タイも昨年のクーデターでスラユット首相になり、両国の関係が見違えるように改善された。

そのキッカケとなったのは皮肉にも「南タイ」問題であった。スラユット首相はマレーシアの首脳に対して、南タイの問題解決にアドバイスと助力を求めた。これはタクシンには絶対出来ないことであった。スラユット首相のイスラム教徒住民への謝罪と和解への姿勢もマレーシアの共感を呼んだ。

タクシンのやったことはマレーシアの陰謀を非難することだけといっても過言でなかった。タクシンも根底にはマレー系種族に対する蔑視感情があったように思えてならない。

逆に、タクシンはシンガポールとの関係を強化し、「華人枢軸体制」を構築することによってマレーシアを挟み撃ちにするかの態度であった。タクシンがいなくなってこの「華人枢軸」は雲散霧消した。

そこで、今度はクローズアップされてきたのが、インドネシアーマレーシアータイという3カ国の成長のトライアングルともいうべき構想である。これはIMT−GT(Indonesia-Malaysia-Thailand Growth Traiangle)とも呼ばれている。

シンガポールを別とすれば、人口が最も少ないのがマレーシアであり、2,500万人程度しかいないが、早くから外資の進出を認めてきた結果、最もハイテク企業が集まっている。それに次ぐのはタイであり、ハイテク以外に自動車ではASEANではダントツの地位にいる。

最も工業化が遅れているのはインドネシアだが、人口2億5千万という豊富な人的資源がある。この3カ国の関係が最近、非常に強化されてきているのである。この3国の協力関係が強化されればインドネシアも浮上のキッカケをつかめるし、マレーシアも人手不足というネックから解き放たれる。

タイにとっても市場が広がるし、南タイの経済的閉塞もマレーシアとの国境が低くなれば突破口が開ける。実際問題としてタイはバンコク周辺とマレー半島部では別世界である。

近い将来、経済的な繁栄が南タイにもたらされるとは想像しにくい。南タイの国道を車で走っても工場らしい工場はほとんどない。国道の両脇はゴム林やパーム椰子の農園である。南タイはマレーシアと経済的な関係を強化することによって発展の契機がつかめることは明らかである。

シンガポールはリー・クワンユー以来、コトあるごとに「マレー民族はだらしない」といった類の人種差別的な発言を繰り返し、周辺諸国の反発を買ってきた。シンガポールといえども「先進国からの借り物の知識でモノをいっている」というのは周辺諸国の知的エリート達の本音である。

タイでは暫定政権ながら、常識感覚の持ち主であり、人柄の温厚なスラユット首相が登場したことによって、IMT3カ国の信頼関係が急速に高まったことは事実であり、今後のこの地域の発展に貢献するところ大であろう。

過去いくつかの「成長のトライアングル」なるものが提唱されてきたが、どれ1つとして成功したものはない。それは各国の当事者のエゴが真の協力関係を妨げてきたからである。

 

149.タイ、米の高価買い上げ政策(助成策)の一時停止を検討(07年9月3日)

タクシン政権は農民の所得保障政策として、精米の政府買い入れを1トン当たり10,000バーツ(≒36,000円=1キロ当たり36円)としてきた。これは実際の市場価格7,000バーツに対し、3,000バーツもの割高になる。

その結果どうなったかというと、政府の買い上げ数量が膨れ上がり、公共倉庫機構PWO(Public Warehouse Organization)に米の在庫が溜まりすぎるという現象が起こってしまい、現在全国の倉庫(PWOと精米業者)で400万トンもの米の在庫(金額400億バーツ)が眠っている。これは3年前と比べ300万トンの増加である。

そのためPWOのピスット・チュラコーンクン(Pisut Chlakornkul)理事長はしばらく(当面4ヶ月)ほど米の買い上げを中止するように政府に提言している。

ピスット理事長はPWOが適正に管理できる数量は150万トンまでであると述べている。

400万トンもの在庫になると、管理能力の限界を超えてしまい、各地で米の盗難事件が起こり始めている。8月の中旬にピチット県で54,675袋の米が民間委託の倉庫から盗まれた。そのうち30,000袋は回収したが、残りは行方不明であるという。

また、3年前に商業相が輸出契約した米100万トンが未だに出荷されていないということも事態を悪化させている。

民間の倉庫を借りると高くつくのでPWOの倉庫の建て増しを計画しているが、100億バーツ(≒360億円)の建設費が見込まれるという。

選挙を年末(12月23日予定だが、遅れる公算が強い)に控え、政府買い上げか価格を維持して農民票がタクシン派に流れないようにしたいところだが、背に腹は代えられないといったところであろう。タクシンのポピュリスト政策のツケはここでも政府の重荷になっている。

 

150.プーケットの飛行機事故、死者は90名に(07年9月18日)

タイのリゾート地プーケットで9月16日(日)午後3時40分ごろOne-Two-Go 航空の旅客機墜落事故については日本のテレビでも報道されたとおりである。乗客乗員合計130名中死者は9月17日現在90名に達している。

その中に機長と副操縦士も含まれる。機長は元インドネシア空軍パイロットのアリフ・ムルヤディ(Arif Mulyadi)中佐であった。空軍のパイロットとして30年のキャリアがあったが、民間航空機のパイロットとしての経験はかなり長いベテラン・パイロットであったという。

雷雨で前方がほとんど見えない滑走路に着陸しようとし、オーバー・ランに気付き再離陸しようとして滑走路の右手の土手に乗り上げたと見られるが、本当の原因はまだ明らかにされていない。

生存者が40名いたこと自体奇跡とされているが、乗客のイギリス人が危険をかえりみずドアを蹴破り、多くの乗客を避難誘導させたとしてタイでは英雄扱いされている。

それにしても格安航空(Budget Airline)が東南アジアでは一大ブームであり、さらには日本あたりまで飛んでくるという話しが出てきている。

安いが危険というのでは困るが、タイ国内でも同じルートではタイ国際航空よりもノック・エアなどの格安航空会社は大人気である。料金も大分違うせいか国営の航空会社は大苦戦である。

私もマレーシアでアロール・スターからクアラ・ルンプールまで格安航空機にのったことがあるが、席は横の列しか決まっていないで先着順で座る仕組みになっていた。機内はオンボロ座席でさすがに旅なれた私も一瞬恐怖を感じた。ハッキリ言って、これでは何時落ちてもおかしくないという印象を持った。

それ以降、格安航空機には乗ったことがない。しかし、「悪貨が良貨を駆逐する」のたとえがあり、マレーシア・エアラインやタイ国際航空は国内線から駆逐されつつある。競争万能主義ぐらい人類に災いをもたらすものはない。

適正なコストに基づく適正な価格というものは存在が許されなければならない。ムリな価格切り下げは必ず最後は悲劇というおつりが来る。競争競争といいながら独占企業がドンドン増えているではないか?

 

151.バンコクで爆弾事件再発(07年10月1日)

昨年末の大晦日にバンコクで市民を狙った無差別爆弾事件が未解決のまま、今度は陸軍本部近くの電話ボックスに爆弾が仕掛けられ、駆けつけた警察官2名が負傷した。

9月30日19時30分ごろ、ラチャダムノン通りのボクシング・スタジアムの向かい側の陸軍本部に隣接する塀の脇にある電話ボックスに黒い箱が置かれているとの情報で、警察の爆弾処理班の警官2名が駆けつけた。

警察官が不審物に触れたとたんに爆発し、その警官は右手首を吹き飛ばされる重傷を負い、同僚の警察官も軽傷を負った。また、この現場から50メーターほど離れた場所でも同様の不審物があり、それも爆弾であった。警察犬が動員され不審物の捜索が引き続きおこなわれているという。

9月30日はソンティCNS(国民治安評議会)が陸軍司令官がとしては最後の日に当たり、翌10月1日はアヌポン副司令官が司令官に昇格することになっており、軍事クーデターを指揮したソンティ司令官に恨みを持つ人間の仕業と見られている。

これから、年末には国会議員選挙もあり、爆弾事件で社会不安を掻き立てることを狙いとしたこの種の事件が再発する可能性が高い。今回の事件の背景については軍も警察もコメントを避けているが、過去に爆弾騒ぎが大好きだった人物への疑惑が高まることは確実である。

 

⇒ハジャイで爆弾17個を回収、バンコクと同タイプ?(07年10月8日)

タイ治安当局は情報に基づきソンクラ県ハジャイ(Hat Yai)市のプリンス・オブ・ソンクラ大学の壁の近くで5個とハジャイ市内の海軍所属のレストランの近くで12個、合計17個の手製爆弾を発見し、国境警備隊警察の爆発物処理班が回収し事なきを得た。

当局は50個の爆弾が持ちこまれているという情報に基づき警戒を強めていた矢先で9月22日にも5個回収したという。

分析の結果、爆弾は先のバンコクのものと同じタイプで、殺傷能力は高くはないが爆発音が大きく、市民のパニックを誘うことを狙いにしたものであるという。

外国人の出入りが比較的に多いハジャイが狙われたのは同市で爆発が起こればイスラム教徒の仕業かと疑われる可能性もあり、治安当局の「無能ぶり」を国際的にもアピールできる狙いがあるものともみられる。2005年にもイスラム教徒の犯行とみられる爆破事件がハジャイ市の空港やホテルで起きている。

今回の騒動は明らかに「政治がらみ」の爆弾計画で、タクシン系の陰謀集団の仕業ではないかという観測が流れている。その陰謀集団は「警察系」ではないかとみられ、昨年大晦日の爆弾事件以降犯人は誰も捕まっていない。これは警察が疑われる理由にもなっている。

特に、大晦日の事件直後警察が軍関係者を逮捕したことが余計な疑惑を生む結果となった。逮捕された軍関係者は容疑が晴れすぐに釈放されたが事件は迷宮入りしている。

今回事前に爆弾計画が漏れたのは「密告者」が出てきたためであり、警察内部にもタクシン離れが起こりつつあるのではないかとみられている。クーデター1年後にしてようやくタクシンの牙城が揺らぎ始めたということかもしれない。

なお、12月23日の選挙に向けて、政府の「治安維持能力の無さ」をアピールする事件が当然計画されているはずであり、外国人の出入りが多い都市(バンコク、パタヤ、ハジャイなど)では引き続き警戒を要する。

タクシンの地元のチェン・マイではこの種の事件は起こってはいないが、今後ナニが起こるかは予断を許さない。要注意である。

⇒l国家警察本部は爆弾の存在をデマであるとして全面否定(07年10月8日)

国軍の報道官のアカラ(Akara)大佐は回収された爆発物の性能等につき分析をおこなっており、殺傷能力が低いが爆発音響が大きい爆弾であると語り、南部イスラム教徒の仕業というよりは、地方選挙で活用しようとした政治的な目的ではないかと語ったという(バンコク・ポスト)。

ところが本日の「タイ地元新聞を読む」という現地日本人の間ではよく読まれているHPによると、国家警察本部のポンサパット報道官(本部長輔佐)は22発の爆弾が回収されたという報道自体を公安警察や第9警察本部は把握しておらずデマに基づいた根拠の無いものであろうと語ったという。

これまた、驚くべき発言である。もし、爆発物の存在が事実とすれば警察にとっては「きわめて不都合な真実」となることも予想されるに十分な発言ではないだろうか?この発言は今のところ英字紙にはでていない(日本時間10月8日21時)。

 

152.ソンティ 前CNS(国民治安評議会)が副首相に就任(07年10月2日)

CNS(国民治安評議会)議長であったソンティ大将(イスラム教徒)は陸軍司令官を定年で9月30日に辞任し、昨日(10月1日)CNS(国民治安評議会) 議長の職も辞任した。後任は副議長のチャリック・プクパースック空軍大将が就任した。

スラユット首相はソンティ大将を治安担当副首相に任命することで根回しをおこなっていたが、本日国王の認証をえて正式に副首相に就任した。タクシン派メディアはソンティが次は首相のポストを狙って、軍事政権を樹立する意図があるかに報道していたが、それは問題外である。

しかし、次の選挙で国会議員に立候補するか否かについては本人は明言を避けている。しかし、ソンティが仮に国会議員になっても首相になる可能性は限りなくゼロに近い。

また、今回スラユット内閣は株式保有規定制限(5%以)以上を保有しているものが5名(含む副大臣)おり、辞任することが決定しており、その後任も認証を受ける。

なお、スラユット首相は内務相を兼務する。

 

153.タイ政府、小売業法改正を閣議決定(07年10月17日)

スラユット内閣は小売業界を保護する目的で「小売法」の改正案を閣議決定し、来週から国会審議にかけることとなった。

この法律によって外国の大手小売業(カレフールやTESCO LOTUSなどが槍玉にあがってきた)は今後の拡大にブレーキをかけられることは間違いない。

しかし、外国系の大型テンポの進出によって地方の小売業は深刻な打撃を受けつつあることは紛れも無い事実であり、これはタイに限らずマレーシアでも深刻な問題になっている。

地方都市で小売商が閉店を余儀なくされ、生活に困窮する階層がかなり発生しつつあり、地域社会の崩壊をも招いている。大型店舗の建設は一時的に建設業者などは恩恵を受けるが、町自体が衰退するという現象は随所に見られる。これは日本でも同様の問題を引き起こしている。

タイの場合は一律禁止とうよりは委員会を設置して個別に審査していく方法をとるようだが、地方都市においては従来よりはかなり規制が強化されることは確実であろう。

 

154.タイの国鉄労組スト、日本企業による民営化に反対して?(07年11月1日)

タイ国鉄労働組合のストライキで昨日(10月31日)は各地で列車の運行がストップし、4万人の乗客の足が奪われるという事件が発生した。チェンマイとウボン・ラチャタニでは今日も列車が動かないであろうといわれている。前回のストは1988年で19年ぶりのストライキである。

国鉄(SRT=State Railway of Thaikland)の労働組合がストライキに入ったのは、鉄道の民営化に反対するといのがその表向きの理由である。しかも本日は発効する日ータイ経済協力協定によって日本企業がタイの国鉄の民営化の受け皿になるというのが、差し迫った理由であるという。

タイ国鉄の話しでは全体の約2割に当たる200名の運転手と194名の技術者が突如ストライキに入ったという。そのために少なくとも北部では5本、南部で2本、東北部で3本の列車が止まった。 貨物列車もかなり運休した。

南部方面ではマレーシア行きの国際列車もナコン・シ・タマラート駅で立ち往生している。 国鉄では500台のバスをチャーターして乗客の振り替え輸送に努めたと釈明している。

サウィット国労副委員長はスラユット首相は政府が検討している「民営化法案」を直ちに取りやめることを要求してのストをおこなったと述べている。さらに、今後も組合員がいっせいに休暇を取るなどの戦術で民営化反対闘争を続けるとしている。

タイの場合は鉄道よりもバス交通が発達しており、鉄道ストが起こってもさほど影響は無いといわれている。それだけ、自動車による交通に過度に頼っているタイは石油の消費量がGDP単位あたり世界でもトップクラスにある。

一方、鉄道は20世紀のはじめには敷設されながら、その運行状況は極めて散漫で、ほとんどの線路が利用状況が低く、地方に行っても列車が走っている姿を見かけることは稀である。

国民の鉄道利用に対する需要は高く、予約でほとんどの列車が満杯であり、地方行きの切符は当日買うなどということは先ず不可能である。

このような鉄道の非効率な運用は鉄道省という役所の体質に問題があることは以前から指摘されており、今回政府が民営化を検討しているものと思われる。

その民営化になぜか日本企業が参加するという話しにまで発展してしまっていると言われている。11月1日カラ発効するJTPEA(Japan-Thailand Economic Partnership Agreement)には日系企業が貨物輸送の民営化に協力するという条項が織り込まれているという。

この話しの真偽は日本人の私には不明だが、タイでもJTPEAの内容が明らかにされておかず、さまざまな憶測が飛び交って、昨日のストにつながったという見方がされている(バンコク・ポスト)。⇒これは必ずしも事実ではなさそうである(下記の本日の記事参照)

なお、11月1日付けの英字紙The Nationのインターネット版では労組の要求は次の6項目で、団体交渉がおこなわれているという。

@SRT当局はセントラル・グループ(デパート経営)と土地のリース契約の延長をおこなっているが、公営・民営企業のジョイント・ベンチャー法で定める一般入札規定に違反しているのではないか?(特定業者=セントラルとの特命契約は違反)

Aブリ・ラムでSRTが所有している土地に政治家が土地所有登記をしてしまったことに対する訴追をなぜおこなわなかったのか?

Bスバンナプーム国際航空乗り入れ鉄道の契約をおこなったが、SRTに10億バーツ(36億円)の損害を与えたのではないか?(不当に高い契約?)

C無能という評判のあるアラック経理担当役員と雇用契約を延長したのはなぜか?

DSRTの累損が230億バーツ(≒830億円)にも達するのに、低い運賃を引き上げないのはなぜか?(確かに鉄道運賃はバスなどに比べ割安である)

ESRTに関する法令の改定については、事前に労組の了解を得ること。

 

155.ドイツINGグループがタイ・ミリタリー・バンクの株式30%を取得(07年11月8日)

経営難に悩むTMB(タイ・ミリタリー・バンク)は新たにドイツ銀行系のINGグループに株式の30%を4.6億ユーロ(≒750億円)で売格することに決定した。

TMBは既に同行の株式16%を保有しているDBS(シンガポール開発銀行)にはこれ以上の株式保有はさせないということを決めた形となった。この結果筆頭株主のタイ財務省の31%に続き、2位がINGグループで30%、DBSが3位で16%の株主となる。

TMB は業績不振から「資本注入」が必要となり、250億株の新規株式を発行しするが、1株1.40バーツ(≒5円)で発行新規株式の25.1%に当たる109.7億株をINSグループに割り当て、さらに4.9%の株式(投票権の無い株式も含む)をTDR(Tradable Depository Receipts)を通じて取得させ、全体の30%の株式をドイツ銀行グループに所有させた。

また、タイ財務省にも新規株式の55.9億株を買い取り、持ち株比率を26.1%から31%に引き上げ筆頭株主の地位を継続する。(この説は確認されていない。)

ここで注目すべきはTMBあるいはタイ財務省としてはこれ以上シンガポールのDBSのプレゼンスを増加させないという行動に出たことである。これはタクシンのシン・コーポレーション株売却事件が尾を引いいているためであろう。

なお、DBSとしては1株1.6バーツというINSの1.4バーツよりも高いオファーをしていたと伝えられている。どうもシンガポールはタイでも嫌われているようだ。INSは最終的には1.60バーツ支払った。

(WSJ, インターネット版11月8日付け参照)

 

156.チャロン・ポカパン中国にさらに1千億元投資(07年11月12日)

タイの英字紙ネーションによればタイの最大の華人系財閥であるチャロン・ポカパン(CP=Charoen Pokphand)グループは中国において食糧関係やオートバイ事業など手広くビジネスを展開しているが、さらに今後中国開発銀行の融資を受けながら1千億人民元(≒1兆5千億円)の投資をおこなうという。

CPは中国の子会社チア・タイ(Chia Thai)を使ってエビ養殖、養豚、酪農業などに飼料を供給するほか、タイで開発したさまざまな先進的農産技術を中国に普及させるなどの貢献をおこなっている。

また、小売業やオートバイ生産もおこなっている。中国では現在100社を超える会社を所有しているという。ChartThaiの成長率は年率15%平均であり、CPの従業員数もタイと中国で8万人に及ぶという。

オートバイは既に年産80万台に達しており、さらに広東省に2番目の「電気式オートバイ」工場を建設し、年産150万大規模に拡大する。また、洛陽(Louyang)では年産100万台の工場を新たに建設しようとしている。

オートバイ部門の利益は5千万人民元(≒7億5千万円)に達している。輸出もインドネシア、フィリピン、ビルマ、ベトナム、パキシタン、ナイジェリア、南アフリカにおこなっている。ただし、CPはタイ本国ではオートバイ生産をおこなっていない。

また、4輪車については中国のChery社と組んでタイに工場建設することも検討しており近く具体案を公表するという。当初はインドネシアで製造し、タイに輸入し販売する計画であったが、タイに工場進出する方針に変更したようである。上記#142エコ・カー記事参照

(www.nationmultimedia.com 07年11月10日版)

 

157.タイでは64.6%の有権者が票の 買収に応じる?(07年11月23日)

タイの国会議員選挙は12月23日であり、目下選挙戦たけなわである。今回は小選挙区制から中選挙区制に変わり、また、選挙違反に対する罰則が一段と強化され、タクシンのTRT党がカネの力にモノを言わせ、下院の500議席の80%近く の377議席を占めるという異常な現象が起こった前回(2005年1月)とは少し趣を異にしていると思われる。

しかし、最近の世論調査では64.6%の人が現金や贈り物を貰えば、その候補者に投票しても良いと答えたというのだから、カネが有り余っているタクシンとしては最後のチャンス到来とばかり、 ハッスルすることが予想される。

昨日のバンコク・ポストでは自社グループが独自こおこなった世論調査では50%の回答者がTRTの後継でタクシン支持を明らかにしているPPP党(人民の力党)のサマク党首が首相に選ばれれば良いと答えた人が50%、民主党のア ピシット党首が首相になったほうが良いと答えた人がわずかに20%という結果だったという。

サマク党首は前バンコク知事で、熱心なタクシン支持者であり、前回の選挙でアピラク氏(民主党)に敗れたが、悪人ズラと民主派に対する悪口雑言がかえって貧困層に受けて、なかなかの人気だという。ただし、現在問題になっている、オーストリアから大量に買い付けた消防車の汚職疑惑の渦中に巻き込まれつつある。

しかし、この記事は朝方ちょっと出ただけで、すぐに引っ込められたようである。余りにショッキングな数字なので、さすがに問題視されたのかもしれない。

しかし、ネーション 紙が報じた、バンコク大学のアンケート調査では比例区では民主党がトップで43.5%,2位がPPP党24.8%となっており、アピシット民主党党首が首相になるべきだと答えた人が46.4%、PPPのサマク党首が首相になればよいという人が約23%と全く逆の数字が出ていた。

どちらが本当の姿か、日本人の私には見当もつかないが、肝心の選挙民の方が、わずかなカネでも票を売り渡すというのだから、結果はフタをあけて見なければ分からない。バンコクの市民と東北の農民ではその辺の価値観が だいぶ違うらしいが、いずれにせよ民主主義というのも結構恐ろしい要素を秘めているものである。

改正された選挙法ではあからさまな票の買収をおこなえば、本人の当選は無効になる以外に、党そのものに解党命令が出されるというリスクがある。 したがって、選挙民にカネを渡すテクニックにはいっそうミガキがかかり巧妙になっていると11月23日付けのネーション紙は報じている。

クレジット・カードを持っている人には銀行の口座番号を聞き出し、そこに振り込むという手口が最近はやりだしたという。また、セブン・イレブンなどで買い物をさせ、スマート・カード(支払い用)の番号を店員にあらかじめ教えておき、そのカードで支払いをする人からはカネを受け取らせないという手口も紹介されている。

ちなみに、買収金額の相場は1世帯当たり、東北の農村部では200〜500バーツ(≒1750円)だといわれているが、投票直前にはもっと相場が跳ね上がることも予想されている。票の取りまとめはたいてい村長か、村の顔役がおこなう。警察はタクシン派が多く、なかなか摘発されないとみられている。したがって、軍が選挙違反に目を光らせるという事態になっているが手不足で既に買収はかなり大規模におこなわれているという。。

また、タクシンが以前にやったように医療費を一律30バーツ(≒100円)にするというような度を越した「ポピュリズム」政策も相変わらずおこなわれている。こんなことを競争で各党がやっていたら、タイの財政は破綻してしまう。

日本などは、それすらなしに「郵政改革をやれば何もかも良くなる」などというミエスイタ口車に乗せられて、小泉自民党を圧勝させてしまったのだから、日本人の方がタイ人よりもオメデタイと言われても仕方あるまい。

そのツケは老人医療費や低所得者の重税などによってこれからイヤというほど払わされるのだからタマリゴトない。サギは引っかかった人間だけが被害者だが、日本の場合は弱者全員が被害者だからどうにも救いがない。

 

158.タイの2007年選挙

158-1.異様な雰囲気の選挙戦、PPP党(タクシン派)は解党命令か?(07年12月8日)

12月23日の投票日を控え、タイの国会議員選挙はPPP(パラン・プラチャーチョン党=タクシン派)が優勢のうちに終盤戦を迎えようとしている。

PPP党がイサーンといわれる東北部とタクシンの出身地チェンマイを中心とする北部で圧勝がはじめから予想され、一方民主党は南部ではほぼ完勝が予想されるが、バンコクではPPP党もかなりの議席を取ると見られ、第1党はPPPになることは確実視されている。

総数480議席(うち80議席は比例制)のうちPPPは200議席前後を獲得すると見られる。タクシン系のメディアはPPPが過半数をとるという予想を出し、バンコク・ポストも独自のインターネット調査(調査方法はデタラメ)でPPPの過半数獲得を予想している。

また、タクシン派が強いとみられる警察も公安警察の独自の調査と称してPPPの過半数獲得を予想し、メディアに流している。これにはさすがの国家警察本部もアワテて、警察はそんな調査を実施していないと打ち消しに懸命になっている。

また、PPPのサマク党首は第1党になって政権をとれば、タクシンを凱旋させるといきまいている。既にタクシンはタイ国内に潜伏しているという噂まで流している(そんなことはありえないが)。

PPPのサマク党首は今回の選挙はタクシン支持か反タクシンかの選択を国民に迫るものだという言い方をしてきた。

しかし、万一PPPが政権を取ってタクシンを「凱旋」させるような事態になったら何事が起こるかは自明である。タクシンは汚職容疑の刑事被告人であり、裁判所の出頭命令を無視しておそらくロンドンに 居を構えている。 選挙で勝ったからといって、裁判は別問題である

バンコク市民が怒ってデモを再発すれば政治的大混乱は必至である。そうなれば「軍事クーデターのやり直し」ということになるであろう。 それは軍部としても何とかして避けたい事態である。

プミポン国王は病み上がりの身をおして、先の80歳誕生記念日(12月4日)に1時間以上の長い演説を行い、「国民の団結(unity)」を呼びかけたのは選挙戦が泥仕合の様相を呈しているからであり、選挙後も かなりのシコリが残る事を憂慮されたためであることは明らかである。

PPPは民主党に投票することはソンディ(雑誌プーチャドカンの社主であり、反タクシン・キャンペーンのリーダー)に投票することと同じであるとか、貧農を助けた(?)「タクシンをとるか否か」というまるで小泉の「郵政改革か否か」のような「二者択一」型選挙 戦に持ち込もうとしている。

これはタクシン一派の基本的選挙戦術であったことは明白であり、500万枚の選挙キャンペーン用CD(タクシンの演説が26分含まれる)が東北部を中心にバラ撒かれたという。

これに対して選挙管理委員会は公民権を失っているタクシンがPPPの選挙キャンペーンをおこなうことは選挙法違反であり、違反が確定すればPPPは解党命令が出されると言明している。また、ウエブ・サイトでタクシン一派が流している「hi-thaksin.net」も特定政党を一方的に支援しているとして問題視しており、情報通信省が独自の判断でブロックしたという(理由はアクセス過多でパンクしたため )。

PPPはCDの配布には関係ないといっているが、500万枚ものCDがばら撒かれた以上無関係では済まされないであろう。

また、PPPのサマク党首が他党の幹部を党員に自党の党員として偽造サインを使って登録したとされる容疑が持ち上がっており、12月11日に裁判所に提訴するかどうか選挙管理委員か決めるという。これが有罪となれば、それだけでPPPの解党命令が出される可能性があるという。

もちろん、これらの問題以外にPPPは盛大に買収工作をおこなっていると取りざたされており、これが摘発されればPPPは解党命令を下されることになる。また、凍結されているタクシンの銀行預金が金利相当分として流出しているという容疑もあり、これらが一挙に表面化する可能性もある。

いずれにせよ、PPPが政権をとることは「許されざる」ことであり、これから先ナニが起こっても不思議でない。

ことの発端は、この選挙にタクシンがいわば政治生命をかける形で、自分のお気に入りの子分を総動員して選挙戦に挑んだことにあり、「選挙に数の上で勝てばそれが成功する」 と読んだ結果である。彼等は従来どおりの選挙戦をやっている。ただし、票の買収のやり方は大分巧妙になったといわれる。

なぜか、ついこの間までTRTの残党を率いてきた、多少は「良識派」の匂いのする元共産主義者のチャトロン前TRT代表代行などはタナ上げされている。

選挙で「タクシンの復権」などが許されるなら、最初から軍事クーデターなど誰も起こさなかったであろう。数の上で勝てば「それが民主政治であり、ナニをやっても許される」と勘違いしたところにタクシンの誤算があったのだ。またそれをサポートする外国のメディアも存在したのである。

タクシンのポピュリズム政策自体がタイを財政破綻の一歩手前まで導き、「何でもあり」のタクシン自身とクローニーの汚職がタイを蝕みどうにもならないところに差しかかってきたところに、バンコクの市民の抵抗が表面化したのである。

タクシン自身が「身の危険を感じて」シン・コーポレーションの株の売り逃げを図ったのである。しかも、それを無税で逃れようとして返って墓穴を掘ったのである。

これを「利権を奪われた軍のクーデター」だなどと日本では報道されるのだから開いた口がふさがらない。こういうメディアは日本のファッショ化の入り口でファシストの旗振りをやりかねない。小泉自民党圧勝の時もそうなりかけた。(その点参院選の民主党は自前の選挙戦を戦って勝利した。)

今回も、タクシンにはおそら軍部から「許さないぞ」という脅しがかかったのかも知れない。国王演説の直後の12月7日(金)に香港で外国メディアのインタビューで「今は国民の団結が必要で、挙国一致内閣を作り、2年後に再度、憲法を改正し、選挙をやり直すべきだ。私は2度と政界には戻らない」といっているという。

PPP党も最近そういう言い方に切り替えたようだ。タクシンはロンドンではなく至近の香港から今回の選挙戦の指揮をとっているようだ。

しかし、いつものことだが、タクシンの言葉を「額面どおり」受け止めるワケには行かないであろう。それと、ここまで悪評高いサマク等にやらせてしまってはもう取り返しがつかないのである。彼等は従来どおりのあくどいやり方で選挙戦を戦った。その危険性すら最近まで無視してきた。

とりあえず、選挙管理委員会は12月11日(火)に会議を開いて、PPP問題の取扱いを審議するという。

このままいけば、PPPの解党命令が法にしたがって下される可能性が強くなっってきた。

 

158-2.選挙終盤の買収資金、外国から持ち込まれる現金、ヘロイン(07年12月17日)

バンコク・ポスト(12月16日、インターネット版)によると、タイ北部のチェン・ライで14Kgの精製ヘロインが押収されたという。このヘロインはビルマから持ち込まれ、売却されて選挙資金に使われる疑いがあったと同紙は報じている。

こういう荒っぽいやり方はタクシン派一流の手口であるとタイでは見られている。気になるのは、これらの麻薬の現物がかなり大量に南タイに流れ、イスラムゲリラの資金源になっていた(る)のではないかということである。

ということは、タクシン系(あるいは警察系)の麻薬組織が南タイのイスラム叛徒の資金源になっていたのではないかという疑念すらわいてくるのである。

また、国内の銀行口座を押さえられてしまったタクシンは海外からタイに巨額の現金を持ち込むという、これまた荒業をやっているらしい。

目下、タクシンが滞在していると思われる香港から数人の「ビジネス・マン」が6,000万バーツ(≒2億2500万円)の香港ドルを持ち込もうとして、スバンナプーム国際空港で捕まった。

ビジネスのためであれば、このような桁外れの現金を持ち運ぶことは通常はありえないので、これまた選挙資金(買収のための)ではないかという容疑で当局は取調べをおこなっている。キャッシュ・カードなど使っていたら「間に合わない」ある事情が存在すると見られるのは当然である。

この事件がきっかけになったと思われるが、従来タイに出入りする外国人旅行者は1人当たり5万ドル相当の現金の持込や持ち出しが許可されていたが、来年早々から2万ドルに制限されるという。余分に持ち込むと「没収」される危険があるので、お金持ちの読者は要注意である。

さらに、タイ北部のチェン・セーン地区で、ラオスからメコン河を渡って2,000万バーツ(≒7,500万円)持ち込もうとしていた、「村の顔役」が乗り合わせたボートが河の真ん中で他の40人乗りのボートと衝突し、水中に消えてしまったという事件が起こった(12月14日)。

この顔役はタクシン派政党(PPP)の買収を担当していた人物で、PPPの副党首のヨンユット(Yonyuth Tiyapairat)の手下であったという。ヨンユットはPPPのチェン・ライ地区の大ボスであり、タクシン政権下では閣僚(環境相)を務めていた。

自分の票をカネで売っても良いとう選挙民が65%いるというあるアンケート調査があった(上記#157参照)が、ポピュリスト政策(国家資金を使っての買収)以外に候補者がカネ(もしくはプリペド・カードなど)をバラ撒くというのが、タクシン一派の常套手段であった。

今回は捕まれば「解党命令」が出されるリスクを犯してもあえて、買収工作がおこなわれているということのようである。

日本の一流(タイの記事については4流)の某紙が「他の政党」もタクシンのポピュリズム政策と同様の選挙公約を掲げておりやはり「タクシンが正しかった」と言わんばかりの子供じみた記事を書いている。ポユリズム政策を「救い」として受け止めるような国では、そうしなければ選挙に負けてしまうから当然ではないか。

また、その記者は「クーデター後」タイの経済は悪くなったなどとも書いている。私のホーム・ページの経済分析をよく読みなさいといいたい。今、東南アジアで経済がもっともマトモな国はベトナム(投資ブーム)を別とすればタイがダン・トツなのである。経済音痴の特派員などというものが結構いるのには驚かされる。

 

158-3.PPP(タクシン派)が勝ったがハシャグ者なし(07年12月24日)

12月23日(日)にクーデター後待望の国会議員選挙が実施された。投票率は70.27%と高いものであった。結果は既に日本でも報道されているように、非公式ながらタクシン派のPPP(バラン・プラチャーチョン=人民の力党)が480議席中232議席を占め、総数480議席の48.3%を占めた。

党首のサマク氏は「オレが次期首相だ」などといきまいているがバンコク市民は白けきっている。前回TRT党は75%の議席をしめて圧倒的多数を支配していた点を考えると大敗北だが 、第1党の地位は確保し、宿敵民主党に67議席の大差をつけた。ただし、過半数には届かなかった。

PPPを選挙直前まであれほど露骨に応援してきた「良質な英字紙(?)」バンコク・ポストも心なしか元気がない。

PPP(バラン・プラチャーチョン党)  233(34)
民主党 165(33)
チャート・タイ 37(4)
プア・ペーンディン 24(7)
ルアム・チャイ・タイ・チャート・パタナ 9(1)
マッチマーティパッタイ 7(0)
プラチャラート 5(1)
合計(内は比例区で内数) 480(80)

第2位は民主党であり、165議席を獲得した。 民主党は前回は100議席にとどかなかったが、今回議席を7割伸ばした。東北部に基盤を持たない民主党としては、今の党勢としてはこんなところであろう。

バンコクでは38議席中26議席を獲得し、PPPの12議席に大きく差をつけた。バンコクの新中間層(Richard Robison教授のいうNew Rich)は今回民主党を圧倒的に支持したが、バンコクの低所得層はタクシン支持が多く、こういう結果になったと見られる。

日本人におなじみのスラムの住民運動のあるリーダーが「ネズミ(タクシンの汚職)を追い出すのに家まで焼く必要ない(軍事クーデターによる政府転覆)」というセリフをはいてた。面白いことに日本人のタイ学者や新聞記者もこれを口真似しているものがかなりいる。

汚職はタイにはつきものだからかまわないというのがその言い分である。スラムの住民がそう考えるのは自由であるが、その口真似をしながらタクシンを支持する日本人のインテリというのは一体何者かといいたくなる。

彼等は民主主義者の仮面をかぶった「開発独裁論者」なのである。いやただ独裁政治が肌に合うのである。独裁者の元にいると何も自分で考えたり、決めたりしなくて良いから安心できるのである。タクシンというのはCEO型政治と称して、そのような政治をおこなった独裁者であった。

汚職とは一言でいえば、「国民の財産をクスネて私服を肥やする行為であり、大ドロボーである」。ポユリズム政策とは国家資金をバラまいて選挙民の買収をおこなう行為である。買収をやりたければポケット・マネーでやれば良いではないか?そんなことはタイでも日本でも許されることではない。

大ドロボーであってもモノを呉れる政治家を支持する人々の票をかき集めて、それが多数なら政府を形成できるのが「民主主義」だという。それしか、仕方がないにしてもそんな国にどれほどの明るい展望が開けるというのだろうか?

本当の民主主義者の闘いとは「ドロボーを支持しない」という世論を造るための個人的努力がまず必要ではないか?日本においても同じことである。国民の資産を食い潰す輩はドロボーである。「清濁併せ呑む」などというオトナの対応などしていては何時になっても世の中は良くならない。

「30バーツ診療」などといった先進国でも不可能な医療政策を強行することは合理的な福祉政策の範囲を逸脱していることはあきらかである。

さて、選挙の話しに戻ると中小政党が今回意外に健闘した。バンハーン元首相率いるチャート・タイが37議席獲得して、新政権の台風の目となりそうである。

PPPは後9議席集めれば政権を取れるが、それは案外難しい。まず、大量の選挙違反者がおり、失格するものが相当数出てくる。また、党としても解党の要件を満たすような重大な疑惑行為がある。また、サマク党首が首相の器だなどと考える人は少ないだろう。

PPPが実弾をばら撒いて、少数政党(4〜6位)を抱き込めば、政権は取れるであろうが、やがて大失態を演じ政権を降りざるをえなくなることは明らかである。タイの政局は当面混乱が続くが、いずれは良い方向に向かっていくことは間違いない。

日本のメディアなどはこういう話をもってまわるのが大好きだから、なんといってもタクシンは偉大な政治家であるとか、彼の経済政策は間違ってなかった(最近の朝日新聞の記事に見られるごとく)などといって騒ぎまくるであろう。しかし、日本人がヤキモキしても仕方がない。

こういう場合、賢明なタイ人はわれわれがビックリするような解決策を過去見つけてきた。基本的に健全な国なのである。日本は何時からアメリカの同盟国になったのか知らないが、アメリカ並みに「病める国」になりつつある。 こっちの方をもっと心配すべきだろう。

 

158-4.タイの選挙をめぐる混乱、大量の当選非認定と解党裁判(08年1月4日)

07年12月23日の下院選挙で第1党となったPPP(人民の力党=タクシン派政党)はその後腕力(金力)にモノを言わせ、瞬く間に民主党を除く全ての中小政党(5党)を連立に抱き込み、480議席中315議席(65.6%)を占める勢いとなった。この間にPPPが使ったカネは莫大なものがあったと推定される。

特にバンハーン元首相が率いるチャ−ト・タイは選挙前はPPPとの連立はありえないとしながらも、いざ目の前に札束を見せ付けられると、そちらになびいてしまうという結果になってしまった。予想されたこととはいえタイの政治の体質の一面を見せ付けられる思いである。

これでサマク首相の誕生かと思いきや、今年に入って思わぬ事態に発展しつつある。それは主にPPPが選挙戦でおこなった買収行為などの大掛かりな選挙違反である。警察は依然としてタクシン支持者が多く、選挙違反の取締りには甘いと見られていたが、マジメに職務を遂行した警察官もかなりいたことは確かで、徐々に選挙違反の摘発も進んでいる。

当初は、レッド・カード(失格者=再選挙に出られない)やイエロー・カード(やり直し選挙に再立候補可能)を受けるものは10名以内という観測も流れており、1月2日まではPPPの仮当選者のうちおのおの3名ずつ計6名がアウトになっていた。

しかし、1月3日になって選挙管理委員会が確定当選者として発表した数字は397人にしか過ぎず、83人が当選保留になり、さらに詳しい審査がおこなわれると発表された。内訳は地方選挙区当選者79名、比例区4名であり容疑は「買収」である。

地方選挙区ではPPPが62人ともっとも多い。ついでプア・ペンディーン党6人、民主党5人、チャート・タイ4人、2つの小政党から各1人である。また、比例区ではタクシンの右腕といわれたヨンユット(Yongyuth Tiyapairat=チェンライ地区の大ボス)が含まれている。

彼ら83名の運命がどうなるかは分からないが、今までの連立政権構想は大きな打撃を受けることは間違いない。

それよりも、もっと大きな問題としてPPPに解党命令が出される可能性が出てきたことである。それは前々から指摘されてきたことではあるが、今回新たな動きが出てきた。

民主党のチャイワット(Chaiwat Sinsuwong)氏が最高裁に提起していた4項目について最高裁とし審理をおこなうことを決定したのである。その4項目とは;

@PPPは総選挙に候補者を擁立し得ないTRT党の名義政党(身代わり=nominee)ではないか?もしそうだとすれば今回の選挙自体が無効になるのではないか?

APPPのサマク党首がすでに解党させされたTRT党首のタクシン前首相の代理人として候補者を擁立し、選挙活動をおこなったことの是非。

BPPPの候補者がタクシンの映像を含むVCDを大量に配布したなかで、ブリラム県第3選挙区(チャイワット氏は同区で落選した)でおこなわれた期日前投票の有効性と同選挙区の有効性についての疑義。

C選挙期間中にタクシンの映像を含むVCDを大量に配布すると言う行為の違法性についてとPPP候補者全員の当選確認の差し止め。

といった内容である。

チャリー(Chalee Thappanwimol)最高裁長官はPPPに対し7日間以内に反論書を提出するように要求したという。

この話しの成り行きはかなり重大で、タクシンがカネにモノを言わせ闘った選挙戦が水泡に帰す可能性は低いとはいえない。

また、サマク党首は連立政権成立のメドが立つや、それまで口にしていた「国民和解と融和」発言から一転して、「連立政権阻止を狙った汚い神の見えざる手(a dirty invisible hand)がある」と暗にプレム枢密院議長を批判する発言をおこなった。

また、政権をとったら「軍の改革」を真っ先に行い、冷や飯を食わされているタクシン派の軍人(タクシンと同期の第10期生で彼らが先にクーデターを仕掛けようとしたという説もある)の復権を図るという構想がPPP内部で練られているという一部新聞報道もある。

サマク発言とあわせ考えると今回の選挙結果とその後のPPP幹部の言動が必要以上に軍部、CSNメンバーを刺激していることは間違いない。

 

158-5.PPP副党首のヨンユットの買収疑惑が解党命令に結びつく可能性(08年1月9日)

選挙管理委員会のアピチャート(Apichart Tiyapairat)委員長の言としてバンコク・ポスト(1月9日、インターネット版)が伝えるところによれば、タクシン派政党のPPPの副党首であり、タクシンの右腕として知られるヨンユットが買収作戦を指揮していた容疑が固まりつつあるという。

もし彼がクロとなればPPPの解党命令につながることになろうと言明した。

ヨンユットは本日選挙委員会によって買収容疑の取調べを受けたが、ヨンユットがチェンライ地区の村長などのPPPの「支持者」をバンコクに集めて買収を指揮していたビデオがとられていたという。

選挙管理委員会が下せるのは「レッド・カード」というやり直し裁判に再立候補できず、1年間は立候補の資格を剥奪することであり、実際に解党命令を出せるのは「憲法裁判所」である。

しかし、副党首にレッド・カードが出されれば、それは「個人の行動」という範疇を超えたものだという判断が裁判所によって下される可能性は大きい。しかも広範囲にPPPの候補者が買収容疑に問われ65人もの仮当選者が当選認定を受けていない。

1月8日朝、香港にタクシンとともに滞在していたポジャマン夫人が帰国し、一時逮捕されたが現在保釈中である。彼女の帰国も「早く裁判を受けたい」ということよりも実質的な危機状態にあるPPPの解党問題の対策のためではないかとという見方もされている。

また、警察が調べた調査資料のコピーが事前に選挙管理委員会のメンバーによってヨンユットの手に渡った可能性もあるという。タクシンの買収の手が選挙管理委員会メンバーにも伸びてきていることを示唆している。

 

⇒.ヨンユット下院議長に対しレッド・カードの判定ーPPPの解党の可能性も(08年2月15日)

選挙管理委員会に設置されたヨンユット前PPP党副党首で現在は下院議長のヨンユット・ティヤパイラット氏の選挙違反(票の買収)疑惑に対する調査特別委員会(委員長は前憲法裁判所判事スウィット・ティヤパイラート氏)はヨンユット氏が票買収をおこなった事実があるとして同氏に対しレッド・カード(議員資格剥奪)の勧告を選挙管理委員会にすることを決定した。

選挙管理委員会はその内容を審議した上で最高裁に提訴する。

最高裁はそれを受けて判決を下すが、シロ判決が出る可能性は低いと見られる。もしクロの判決を最高裁が下せば、PPPには解党の命令が下る可能性がある。

裁判所に提訴されてから判決が下される間ヨンユット氏は議長と国会議員の職務を停止させられる。

同じく党幹部の選挙違反(いずれも買収)容疑でチャート・タイ党とマッチマー・ティッパタイ党も解党命令が下される可能性がある。

タクシンがスポンサーになって巨額の札束が乱れ飛んだ噂される今回のような選挙を「無罪」で済ますわけにはおそらく行かないであろう。民主主義国家タイとしては悪質政治家の露骨な挑戦に対して裁判所が毅然たる態度を示さないことには今後の政治的発展はないであろう。

悪事を当然とする政治をなくしていくことにタイの近代国家としての将来がかかっている。既にタイではこの問題に対してはフィリピンやインドネシアにくらべ一歩も二歩も前進しつつある。それを支えているのは同国の司法である。

 

⇒ヨンユット下院議長に選挙管理委員会としてレッド・カードの裁定、最高裁に提訴(08年2月26日)

選挙管理委員会は3対2でヨンユット下院議長が昨年12月23日の選挙で、買収行為をおこなったとして、クロの判定を下した。これによって選挙管理委員会は正式にクロ判定の妥当性について最高裁に提起することとなった。

最高裁がこれをクロと判定すればヨンユット氏は下院議長の職だけでなく、国会議員の地位も失い、かつ5年間被選挙資格を失う。それだけではない。ヨンユット氏は与党PPPの副党首(議長主任で辞任)であったことから、PPPの解散命令につながる可能性が出てきた。

ヨンユット氏はタクシンの忠実な部下であり、今回の選挙でも資金の使い方をチェンライ地区において任されていたといわれ、村長など有力者をバンコクに集め現金をばら撒いていた。それが隠しカメラで撮影されるという決定的なヘマをやらかした。

ヘマといえば、タクシン政権が2003年に麻薬撲滅運動で派手に被疑者を殺しまくっていた頃内相を務めていたヨンユットは武装した部下を引き連れ、被疑者の家に乗り込み、そとから自動小銃を乱射させた。

家にいた人は冷蔵庫の裏に隠れて奇跡的に助かったが、ヨンユットは弾痕あとも著しい冷蔵庫にナワを掛けて差し押さえ意気揚々と引き上げたという。

冷蔵庫の中には麻薬も入っておらず、その家の人も麻薬とは無関係であり、それ以降ヨンユットは「冷蔵庫ヤロー」というニック・ネームを頂戴したという。しかし、タクシンノ命令とあらばたとえ「火の中水の中」、前後の見境もなく突進するということで、今に至るまでタクシンの信望は極めて厚いといわれている。

最近も、タクシンに会いに香港まででかけ、善後策を協議してきたといわれている。

サマク首相は最近のCNNやアルジャジーラの単独インタビューで「1997年10月16日」のタマサート大学虐殺事件では死者はたったの1人だと発言してタイ国民の怒りを買っている。政府の公式発表でも47人が死亡したとされ、行方不明者は数百名いたといわれう事件でる。

この事件のすぐ後にタニンという右翼反動判事が首相になったが、そのときサマクも同じ右翼仲間ということで国内治安担当の内務相に就任し事件の後処理を担当したはずである。逮捕と殺害を免れた学生はジャングルに逃げ込み反政府武装闘争を数年にわたっておこなったのである。

それを「タイ国民の悲しむべき分裂」ととらえ、過去を不問にするということでタイ社会への復帰を許したのが、当時のプレム首相(現枢密院議長)であった。そのときにジャングルで学生ゲリラと対峙していたのがスラユット前首相である。

この事件はタイの戦後史では73年の10月にタノム・プラパート独裁政権を学生運動が打倒した事件に続く多くの学生が命を落とした事件として有名である。

この時のジャングル・ゲリラ経験者が何人かタクシン政権に参加している。現在PPPの副党首に納まりかえっているスラポン蔵相や、タクシン追放後はTRT党首代行として活躍したチャトロンも76年事件のとき学生運動の活動家だったという。

タクシンのポピュリズム政策が「貧民救済」を目指したまっとうな政策だと彼らの目には映ったのかもしれない。あるいは単にカネと地位を目的にタクシンに迎合しただけかもしれない。もちろんどうしようと彼らの勝手である。

ドイツのヒットラー政権で活躍した元左翼マルクス主義者が少なからずいたといわれるが、それと同じ図式であろう。

タクシン政権というのは一種のファシズム政権なのである。警察はもとより財務相(特に国税局)や司法省など主要官庁を自分の子分や親族でかため、軍も自分の士官学校の同期生で制圧しつつあった。

独裁政権完成一歩手前のその前夜に06年9月の軍事クーデターが起こったのである。タクシン首相が公務でニューヨークに出張中にクーデターが起こったなどとタクシンは言っているが、それは真っ赤なウソで、タクシンは既にクーデターが起こることを承知しており、現金を20数個の旅行カバンに詰めて出国政府専用機で出国したといわれている。

無一文で着替えだけで出国したのであればマンチェスター・シティなどというサッカー・チームを百数十億円も出して買収できるはずがないではないか。 もちろん「申告していない隠し金」も相当合ったに相違ない。それだけでも本来首相失格なのである。

この軍事クーデターはタクシン独裁政権から民主主義へ回帰という大儀名分があり、スラユット政権はいわば「選挙管理内閣」であった。スラユット首相が「無能であった」というのは誤りである。

軍事予算は増額になったかもしれないが、私服を肥やしたものはさほど多くは無い(悪いやつは少しはいたことは事実である。)朝日新聞のように「軍部は取るべきものを既に取った」などといっているが、それが狙いならもっと長期政権を目指したはずである。

今回の選挙後にPPP政権が何ををやるかをみていれば、すぐにわかるが、まず第1に言論弾圧である。チャクラポプという内閣府担当相がそれにあたり、早くもサマク批判を封じる動きの出でている。

法務相のソンポンは警察幹部の異動を真っ先に行っている。特別捜査局長を更迭し、タクシン派と知られる人物を後任に据えた。また、チェンライでヨンユットの選挙違反を取り締まった警察署長のクビをきった。

チャレム内務相はタクシン時代の「麻薬撲滅運動」を再開するといっている。これは麻薬密売業者が2,500人警察に裁判抜きに殺害されたといわれ、国連も問題にしている事件(日本と独裁国家ではほとんど報道されていない)である。

チャレムは元警察大佐上がりの悪徳政治家としてタイでは広く知られているが、タクシン政権時代に自分のセガレがバーで警察官と喧嘩し、射殺してしまっても、それをもみ消してしまった。確かに実力者ではある。

チャレムはこの「麻薬撲滅作戦」が2003年当時タイ国民の間で評判がよかったなどといっている。確かに悪が殺されてこの世から消えたら喜ぶ人間も少なからずいるであろう。

しかし、悪を取り締まるには法律というものがどこの国にもある。それを無視して国家権力が「気に入らない人物」を勝手に殺したらそれは法治国家ではない。しかも前回2,500人の犠牲者のうち、麻薬取引とは無関係の人が半数近くいたというのだからすさまじい。

タイでは警察はマフィアと変わらないなどと極言する人もいる。もちろん警察官の大多数はマトモな人々であり、国民を犯罪から守るために命がけであっている人が多いことはいうまでもない。

しかし、法律抜きで2,500人もの人間を処刑できるマフィアが世界にいるだろうか?しかもその犯人は誰も捕まっていないという。それをよしとする政治家が堂々と閣僚になる世界である。

選挙の真っ最中にバンコク・ポストはこのチャレムとのインタビュー記事を長々と掲載したのだからたいしたものである。もっとも、日本では自民党びいきの一般紙が存在するのだから、タイにもその手の新聞があっておかしくはないのだが。

結論からいうとタイの政治の混乱は当分収まりそうもない。サマク政権はそう長持ちしないだろう。ただし、タクシンがカネを出さなくなれば、いつの間にか洪水が引くように政治は正常化に向かうことは間違いない。タクシンも年貢の納め時を悟るべきであろう。もう復活の芽などはないのだ。

それとタクシンも巨額の個人資産を凍結されており、自由に動かせるカネがそろそろそこをついてきた頃であろう。

 

158-6.タイ最高裁、PPP党がタクシンの名義政党か否かの判断を憲法裁判所に託す(08年1月18日)

タイの最高裁判所はチャイワット(元民主党員)から提起されていた「PPP党がタクシンの代理人政党である」との訴えにつき、最高裁としての判断を避け、「それは憲法裁判所で裁くべき問題である」との判決を下した。

一方、選挙管理委員会は問題になっているPPP党のヨンユット副党首の当選を一応認め、その適否をもっと時間をかけて審査するという決定を下した。それにより民主党以外の政党はPPP等を中心に内閣を組織することが可能となり、誰が首相になるかは別として12月23日の選挙に基づく政党政治が復活する見通しとなった。

タクシンは「PPP党首のサマク氏が首相としてふさわしい」という発言をしており、サマク内閣が発足する公算が強い。ただし、その政権が長続きするであろうと言う見方は少ない。タイの政治の混乱は今後も続く見通しである。

また、PPPが第1党ではあるが、それは東北部と北部の議席とバンコの周辺部と南タイの2議席に限られており、全国的からくまなく議席を獲得した政権ではないため、特にバンコク市民との軋轢が強まれば、再び反政府運動が激化することも予想される。

これからは、憲法裁判所が慎重審議の末どういう判決を下すかも問題である。ヨンユット副党首の「適格性判断」も選挙管理委員会としては「時間切れによる仮の判断だ」としており、彼が有罪になれば解党問題に直結する可能性が依然として大きい。

いずれにせよ紆余曲折の予想される、時限爆弾を抱えた政権発足ということになろう。

 

158-7.ヨンユットPPP副党首がタイの下院議長に(08年1月20日)

「民主的に選ばれた」タクシン支持者の政党PPP(人民の力党)を中心とする新しい6党連立内閣の内閣の顔ぶれがやがて明らかになりつつある。

233議席を獲得したPPPではるがその約30%に当たる当選者が選挙管理委員会の審査で引っかかり、レッド・カードやイエロー・カードを受けてモノがゴロゴロしている。今日現在20名以上がいまだに審査中という異常なカネまみれ泥まみれの民主主義選挙であった。

まずタイ国民を驚かせたのは疑惑のデパートという評判で辛くも時間切れで選挙管理委員会の処罰を免れたヨンユットPPP副党首が下院議長に選出されるという。

また、首相にはサマク党首が就任し、国防相も兼ねる見通しだという。いずれにせよすごい顔ぶれになることは間違いないであろう。何しろタイの民主主義の勝利(?)の結果 だから、これはタイ国民が受け入れなければならない。

バンコクのアチコチからため息が聞こえてきそうだ。真の民主主義などというものは他人が与えてくれるものではないことがタイでも立証された。日本でも同じこと だ。国民が普段政治に無関心でいるとワルが国をハイジャックするのが世の常というものだ。

これからどういう顔ぶれが閣僚として出てくるかは「タイの地元新聞を読む」というタイでは多くの日本人が読んでいるWEBをご覧ください。コメントが詳しく、かつなかなか秀逸なものが多いと思います。Googleですぐに検索できます。http://thaina.seesaa.net/でもアクセスできるはずです。

suzuktk.comもこれには一目置かざるをえません。

 

158-8. タクシンのゴホウビ内閣固まる(08年1月30日)

タクシンの政党PPPの党首を務めるサマク氏が首相に指名され、内閣の顔ぶれが明日(1月31日)発表されるが、PPPに強いバンコク・ポストは昨日、タクシンに一貫して批判的な姿勢を貫いてきたネーションは一日遅れの今日(1月30日)予想される主な顔ぶれを記事にした。

バンコク・ポストはタクシンやそのクローニーの汚職行為を追及してきたASC(資産調査委員会)を早く解散しろなどと社説でいち早く主張している。ASCはタクシンの汚職追求のために造られたような組織であり、タクシンガもっとも目の敵にしているものである。

ASC(ネーションはAECと表記)はそれどころかタクシンの片腕として東北地方の選挙対策を取り仕切ってきたネーウィン・チドチョーブ(Newin Chidchob)を含む53人の「食品輸出検査機関」がらみの汚職問題を捜査する小委員会を設立した。

また先に、最高裁判所がチャイワット(元民主党員)から提起されていた「PPP党がタクシンの代理人政党である」との訴えにつき、最高裁としての判断を避け、「それは憲法裁判所で裁くべき問題である」との判決を下した が、チャイワット氏はこの問題を憲法裁判所に改めて提訴した。同裁判所はこの問題をどうするかはまだ明らかにしてないが、おそらく取り上げるものと思われる。

サマク首相個人についてもバンコク知事時代の「消防車大量購入汚職事件」に加えて「ゴミ処理契約事件」もNCCC(汚職撲滅委員会)が追求を開始するという(バンコク・ポスト1月30日)。また、名誉毀損事件で2年の実刑判決を受けており、現在控訴中である。

 

首相件国防相 Samak Sundaravej 前バンコク知事、元副首相、内務相経験あり73歳
副首相兼教育相 Somchai タクシンの義弟、前司法省事務次官
副首相兼商業相 Mingkwan Sangusuwan 前MCOT社長
副首相兼財務相 Surapong Saehgsuwan PPP副党首、医師、元情報通信相、政府報道官
外務相 Noppadon Pattama タクシンの弁護士
首相府担当相 Chakrapob Penkair 広報担当。言論弾圧に意欲?
副首相兼工業相 Suwit Khunkitti プゥア・ペンディーン党
副首相 Sahas Bandikul サマク首相の腹心
副首相 Sanan Kachornprasart 少将、チャート・タイ党
法務相 Sompong Amornwwiwat チェンマイ出身、タクシン派
内務相 Chalerm Yoobamrung 警察大尉、息子が警官射殺、バンコク知事選敗北

以下1月31日に続報

ネーションにはさらに詳細が出ていたが、アクセス件数が多すぎて現在内容が見られない状態になっている。

いずれにせよあまり政策的に大きな期待を抱かせるような人事にはなっていない。何よりも論功行賞人事である。財務相のスラポンは要領の良い人間 で口は達者だ(タクシン時代には広報官を努めていた)が何しろ医者である。外相のノパドンは弁護士でタクシンの脱税容疑の弁護に活躍した人物である。 屁理屈は達者だが、外交官向きではない。

ソムチャイはタクシンノ妹のヤオワパ(Yaowapa)の亭主である。ただし、なかなかの切れ者という話しで、裁判官の買収などをやったり、ソムチャイ弁護士事件(イスラム教徒で警察に拉致殺害された)では検事を頻繁に取り替えるなどの小細工をした人物との評判がある。

今回はタクシン家のお目付け役としての役割をになうことになる。

国防相は軍部からはPPP党員以外から出すように、タクシンに要請があったということだがタクシンは軍の人事権に影響を及ぼしうるポストを手放すはずがない。 サマクはサマクなりの思惑でこのポストを確保した。しかし、それが新たな火種になることはいうまでもない。

PPPというのは東北部・北部の農民票とバンコク周辺部の低所得者層の票をかき集めて第1党ンあった政党である。彼らにバンコクで集めた税金を配分していこうという政策がポピュリズム政策である。当然バンコクの中産階級の利害とは相容れない。軍や司法との対決もある。容易な らざる事態が最初から予想される。

ただし、サマク首相は最初から軍部との激突は避ける模様であり、軍の人事には干渉しないと述べている。タクシンの「代理人」ではあるが「タクシンにどこまで義理立てするか」は分からないといったところも見受けられる。 サマクも一筋縄ではいかない人物である。(2月3日追記)

 

158-9.タクシンとサマク首相の思惑の違い早くも表面化?(08年2月5日)

サマク首相とタクシンの思惑の違いが早くも表面化してきている。タクシンにしてみればサマクはお雇いマネージャーであり、用が済んだら早々にお引取り願うという目論見だったが、サマクにしてみればせっかく獲得した首相の座をそう簡単には明け渡さないというところから今回の問題が出発している。

タクシンの思惑はスラユット政権が造った新憲法を一日も早く改正して、公民権停止状態が5年間も続くTRT幹部110人(タクシンを含む)の早期赦免を実現したらサマクには退任してもらい、タクシン一族と本当の腹心の部下ネーウインらとでタクシンン政権を再現したいという狙いであろうと思われる。

そのためにはカネも惜しまず使ってきた。今回の選挙で票の買収資金がいくらかはもちろん分からないが、選挙の経済効果として200〜300億バーツ(≒700〜1,050億円)あったとされている(バンコク・ポスト2月4日付けAdam Cooper氏の記事)。

買収行為の「タレ込み」が少ないのは資金が村の顔役経由で流され、それを密告すると報復され「村八分」どころか命まで狙われるからであるという。恐るべき民主主義社会である。その結果が「民衆の意思表示」だなどといえるはずがない。

それはともかくサマクは首相として実績を残したいという思惑から、まず軍部と妥協を図ったことはいうまでもない。国防相の兼務を主張したのは軍部と直接対話のポジションを確保したかったからである。

「軍の人事は軍に任せ適材適所でやってもらう」と表明したことによって軍からは先ずお墨付きを貰うことに成功したとみられる。「軍に逆らうとまたクーデターを起こされるから」という主旨の発言をサマクはしている(2月5日バンコク・ポスト)

また、サマクは最優先の政策課題としてメガ(大型)・プロジェクトの実現をあげている。その主なものはバンコク首都圏の鉄道網の整備であり、タクシン政権時代に青写真が出来上がっていたモノをなるべく早く実現したいというものである。

それには日本政府の協力が不可欠であり、サマクは最初の訪問国を日本にしたいとしている。ちなみにタクシンの最初の訪問国は父親の母国中国であった。

また、サマクはメコン河から水を引いて乾季の農業用水に使いたいと言い出した。地下に用水トンネルを作って、ウドンタニまでメコン河の水を引こうというのである。しかし、乾季にはメコン河の水位が下がり、流域全体が水不足になるので周辺国との水争いが深刻化するのは必至である。

大型プロジェクトをやるにはある程度の長期政権を前提とするというのがサマクの言い分であろう。

また、新内閣の閣僚名簿の提出hが1週間近くも遅れているのはタクシンとサマクの閣僚構想が相当食い違っているためだといわれている。2月5日付けのネーション紙(インターネット版)に主な食い違いの内容が報じられている。

そのうち首相府担当相(官房長官に当たる)にタクシンはネーウインの父親のチャイ・チッドチョ-ブ(Chai Chichob)を就けたい意向であるといわれているが、サマクにしてみれば悪名高いネーウィン一家の主が官房長官になって四六時中監視されてはタマリゴトナイということであろうか。

ついで、利権の塊ともいえるエネルギー相にタクシンはシームアン(Srimuang Charoensiri)を就けようとしたが、これまたサマクが猛反対してといわれる。シームアン氏の件については詳しい事情は報じられていない。エネルギー利権はサマクが確保したいためであろうか。

サマクは長年の盟友であるサハト・バンディクン(Sahas Bandikul)という人物を副首相に据え、行政の実務に当たらせるという。

こうなるとタクシンは自分のカネで作った政権が自分の思惑通りには動かせないことが明らかになった。アヤツリ人形が自分の意思で勝手に動き出しかねない状況になってきた。

一方、サマクは自分の権力の後ろ盾になんと「軍部」を持ってきたようである。こうなるとタクシンはいずれはサマクの追い落とし工作を次に着手しなければならなくなる。ロンドンから香港に「亡命先」を替えなければならくなったようだ。

 

159.タイ新政権、報復人事を次々実行(08年3月5日)

タクシン派のサマク政権は軍事政権時代にタクシンの旧悪を暴くなどの行動をとった主要人物に対する報復的人事異動を次々に実行し、その後任にタクシン派人物を据えるという露骨な行動に出ている。

サマク政権そのものが起訴中のものや札付きのマフィアがらみの人物を閣僚や閣僚補佐官や政府顧問政府首脳に次々登用しており、マトモな政権であるという評価はなぜか「日本の良識派新聞」はおこなっていない。軍事政権を口汚くののしってきた割にはマフィア色濃厚な政権にやけに寛大である。

逮捕を逃れて海外から選挙資金の提供などの政治活動を行っていたと噂される、汚職と権力乱用の罪に問われている「刑事被告人のタクシン」が帰国した際には4回も記事にした某新聞としては、サマク政権の中身について多少のコメントがあってもよさそうなものである。

タクシンが4月とも5月ともいわれていた帰国時期を2月28日に早めた最大の理由はサマク首相がタクシンノ思惑に反して軍部と組んで勝手な行動をし始めたからであろう。このままだとカネだけ出して、中身はサマクにさらわれてしまう危険があると感じたのかも知れない。

空港の床にキスするなどのタクシン一流のパフォーマンスののち裁判所に警察によって連行されたが800万バーツ(≒2,700万円)の保釈金を積んで直ちに保釈された。

タクシンは「有罪が決まるまでは無罪だ」との例の主張を繰り返し、「政治活動には一切かかわらない」と宣言した。しかし、タクシンの嘘は毎度のことであり、こんなことをまともに信じるタイ人は少ない。

報復人事についてはいずれも政治にかかわらないとか「国内に融和」を主張していたタクシンの意向に即したものであることは明白である。警察人事をタクシン派が奪還することが第1の狙いであることは間違いないが、法務省などタクシンがかつて押さえてきた役所にも手をつける日は近いと見られている。

真っ先に槍玉にあがったのがタクシンの罪状調査に当たっていたスマイ特別捜査局長であったが、次いで警察トップのセリピスト警察長官代行のクビをきった。また、セリピスト長官代行の補佐官で広報担当のポンサパット警察中将も更迭された。

特にセリピスト長官代行の更迭は、いずれタクシン夫人の実弟にあたるプリューワン・ダマポンを長官に据える狙いがあるとされている。

それ以外にも警察改革に取り組もうとした有能な警察幹部が次々と更迭されるという噂が広まっている(詳細はバンコク・ポスト、3月5日版参照)。

今はまだ噂の段階だが法務省次官ジャラン氏の首切りが近くおこなわれるという見方が広まっている。その後任にはタクシン時代に大活躍したピラパン・プレムプーティ警察少将が座るという憶測が流れているという(タイ地元紙を読むー3月4日付け記事参照)

ピラパン少将はタクシン時代に「資金洗浄取り締まり委員会」の事務局長として反タクシン派言論人や市民運動化の個人資産を洗うなどして法を言論弾圧の道具に使った「キレ者」として著名である。

このような動きにバンコクの民主派グループや学者は危機感を募らせており、タクシン追放の口火を切ったPAD (People's Alliance for Democracy=民主主義のための人民連合)は反サマク政権運動の開始に向かって動き出した。

ソンディ(雑誌マネージャーのオーナー)やチャムロン・シームアン少将などである。いずれにせよPADの再旗揚げが近くおこなわれるであろう。PADの危機感はさらに進んでいてタクシン派の将軍が軍事クーデターを起こすことを危惧しているという。

そういう事態に進む前に裁判所がPPPなど違法な選挙活動をおこなった政党の解散命令を出すかもしれない。

 

160.バンコク鉄道網拡張プロジェクトに日本と北朝鮮が資金提供申し出(08年3月8日)

交通渋滞解消の決め手はバンコクへの鉄道網を拡張するほかないということでタクシン政権時代からメガ・プロジェクトとして計画されていたが、新政権の発足にともないいよいよ動き出すこととなった。

このプロジェクトはサマク首相が「直接みる」といいだして早速物議をかもしている。新政権にとっては最大の利権のタネであることはいうまでもない。このままでは大変なことになると思って、過去にあまり正義漢であると言う評判は取ったたことはないが、ここは一番オレ様の出番だということになったのであろう。

日本の国際投資銀行(JBIC)の代表者が早速サンティ(Santi Sundaravej)交通相と面談し、資金提供の申し出をおこなったという。

プロジェクト全体では9系列のバンコクへの鉄道乗り入れ計画があり、総予算は7千億バーツ(≒2兆3千億円)であるとされている。

そのうちの最初に手がける1系列(紫ライン=Purple Line)というノンタブリのバン・ヤーイ(Bang Yai)からバンコクのバン・スー(Bang Sue)まで乗り入れる線(予算180億バーツ≒590億円)の工事につき、日本側が融資を申し出たものである。

それ以外にもタイ国鉄全体の路線増強計画やスバンナプーム国際空港への鉄道乗り入れプロジェクト(工事が遅れている)へも資金と技術の提供に「関心あり」との意思表示をおこなったという。

これらのプロジェクトについては外国の金融機関も融資機会を狙っており、JBICが独占的に資金供与できるはずもないが、注目すべきは北朝鮮も融資申込みをしてきているという。まさかとは思うが、それだけ各国の関心を集めているということであろう。(バンコク・ポスト、3月8日付、電子版参照)

タイを旅行して気が付くことはバンコクから地方への鉄道は20世紀のはじめから敷設され、一応北から南まで列車は走っているが、本数も少なく、単線のためか時間もかかり、実際は異常とも思えるほどバス輸送やトラック輸送に依存している。

私も南タイに何回か旅行したが、利用したのは全て飛行機とバスであり、鉄道は当日の切符を買おうなどと思って成功したためしがない。道路輸送に異常に負担がかかっているのがタイの交通事情である。そのためにGDPの単位当たりに占める石油の使用量が世界のトップ・クラスだといわれている。

バンコク市内の交通渋滞も昔から名物であるが、鉄道によってしか抜本的な解決の方法はない。一応高架鉄道と地下鉄ができ部分的には改善されたが、まだまだこれからである。

 

161.タイ選挙管理委員会分科会が連立中小2党に対する解党処分勧告(08年3月11日)

タイの選挙管理委員会の内部に設置された分科会がチャート・タイ党とマッチマー・ティパ ッタイ党が昨年末の選挙で票の買収行為をおこなった党幹部がおり、解党命令に値するかどうかが検討されていた。

その結論として2党とも解散命令を受けるに十分は違法行為があったとして、分科会としては満場一致で解党勧告をだすということで選挙管理委員会に報告することが決まった。

選挙管理委員会はその報告を検討し、解党の要件を満たしていると認定すれば、「憲法裁判所」に提訴し、その判断を仰ぐことになる。

しかし、実際の解党命令を出すための具体的な法令が整備されておらず、憲法裁判所も判断に苦しむことになるという見方が出ている。また、解党命令が出た後の処理も問題になる。

問題は最大与党のPPPも回答命令が出されるような要件をいくつか抱えており、これが解党命令が出れば内閣は直ちに解散せざるを得ず、政党の作り直しと選挙のやり直しを余儀なくされる。

何回選挙をやっても結論は同じだという見方もあるが、農民層の間にもタクシンが中国と結んだFTAの被害が出始めるなどの不満が徐々に表面化してきており、次第にタクシン派の数は減っていくことになろう。タクシンも無制限に選挙資金を出し続けるわけには行かなくなることは自明である。

特に最近のサマク政権の「報復的人事」はタイ国民の不信と反感を買い始めていることは間違いない。

また、最近の話題としては外国人ビジネスマンのアンケート調査の結果として、東南アジアで汚職の最も激しい国は第1位がフィリピンでついで第2位がタイ、インドネシアは僅差で第3位だという内容が報道されている。(WSJ、08年3月11日付け、インターネット版参照)

これはタクシン政権になってからこうなったといわれている。私がタイに駐在していた1990年前後はインドネシアがダントツでタイは大分マトモな国だったような気がするが変われば変わったものである。

インドネシアも依然汚職は多いが、現在は裁判官や検察官の汚職と不公正な裁判に可なりポイントが絞られてきているようである。ユドヨノ大統領になってから事態が多少なりとも改善されたのであろうか?

汚職というのはその国の政治リーダーの姿勢がもっとも大きな影響を持っていることは経験の教えるところである。そういえば日本も公務員の不祥事や経済事犯がやたらと目立つようになった。「何でもあり」の風潮のなせる業か。

 

⇒選挙管理委員会が連立2党の解党が適当という結論(08年4月11日)

先に、タイの選挙管理委員会の分科会はチャート・タイ党とマッチマー・ティパ ッタイ党の幹部が昨年末の選挙で票の買収行為をおこなった容疑があり、解党命令に値するという報告書を委員会に報告していた。(上記3月11日の記事参照)

それを受けて選挙管理委員会で解党の是非を検討していたが、4月11日(金)に「2党とも解散命令を受けるに十分は違法行為があった」として、 憲法裁判所に解党を提訴する決定を下した。

5人の委員のうち、ソムチャイ・ジュンブラスト氏のみが解党に反対し、残りの4人は解党に賛成したと伝えられる。

憲法裁判所がどういう判断を下すかは余談を許さないが、これによってタイの政局は新たな段階を迎えた。タクシン派のPPP党もヨンユット副委員長が重大な違反行為をおこなっており、国会解散・選挙のやり直しと言う事態も予想される。

何度やってもタイ東北部と北部のタクシン支持は変わらないという見方があるが、タクシンも無制限に選挙資金を投入できるわけでもなく、時間はかかるが自然と落ち着くべきところに落ち着くこととなろう。

PPPは政党の「解党条項」を憲法改正により削除するという意図もあるように見受けられるが、改正自体時間がかかるし、成功するとも限らない。

今の政権自体、マフィア的だといわれる灰色のイメージがあり、タイ国民は必ずしも全幅の信頼を寄せてはいないとみられている。まともな閣僚もいることは間違いないが、彼らの影が薄くなっているとすらいわれている。

サマク首相と旧TRT党の幹部の間のキレツも次第に目に付き始めている。

 

162.アピラック・バンコク知事が自ら職務一時停止を宣言(08年3月13日)

サマク首相がバンコク知事時代に契約した消防設備一式をオーストリアから購入する汚職容疑事件で首謀者に擬せられているが、AEC(バンコク・ポストはASC=資産調査特別委員会)は現職のアピラク知事も、機械輸入の信用状(L/C)に署名したカドで調査象者として名前が挙げられている。

アピラク知事(民主党副党首)は契約には関与しておらず、就任後機械の輸入の事務手続き上の信用状の発給だけにかかわっており、汚職の共犯者ではないことは明白であり、法務省特別捜査局は既に「シロ」の判定を下している。

しかし、アピラク知事の立場としてはAECから正式の「無罪放免」の通知があるまでは、知事の職務を続けられないとして、一時職務を停止し、副知事に権限を委譲することを宣言した。

これに比べ現在のPPP政権はサマク首相を初めとして、スラポン副首相兼財務相など数人の閣僚がタクシン政権時代の「トミくじ不正問題」などに関与しているという指摘を受けているが、「有罪判決が下るまでは無罪」というタクシン流の論理を振りかざして職務を継続している。

アピラク知事の自らの「職務一時停止」宣言は汚職問題に対する同党の「姿勢」をアピールする狙いがあることはもちろんであるが、タイの政界に汚職が蔓延してきているという国際的評価のなかでも、「襟を正す姿勢」は重要な意味をもつモノである。

翻って、わが東京都の石原知事の「新銀行東京」問題での都議会の答弁くらい不快感を催すものはない。杜撰な計画を作成し、それがうまくいかなかったら責任逃れに終始し、厚顔無恥もいいところである。その態度には戦前の軍部の指導者の姿が見て取れる。

結果が悪ければそれは百万言費やそうとも、リーダーとしての責任なのである。

 

163.タイのビルマ外交、制裁には反対(08年3月15日)

サマク首相は3月14日(金)にビルマ(ミヤンマー軍事政権)のトップに表敬訪問したが、それに先不立ちタイのノパドン外相(タクシンの元顧問弁護士)は隣国ビルマ(ミヤンマー軍事政権)が引き起こしている数々の人権抑圧政策に対する西側諸国の制裁には反対する立場を明らかにした。

制裁よりも交渉を優先するというものである。また、08年5月に実施される予定の「憲法改正」国民投票を支援することを明らかにした。国民投票については軍事政権は国連の「技術的援助」を拒否している。

サマク首相はビルマ訪問に先立ち、政治問題や人権問題の話しはしないで、経済問題を議題にしたいといっていたが、軍事政権の人権抑圧政策を「黙認すうる」というタクシン政権時代そのままの外交政策を展開するようである。

ビルマへの外国投資は1位がイギリスの15.6億ドル、2位がシンガポールの14.3億ドル、3位がタイの13.4億ドルと僅差で並んでいる。2007年の貿易ではタイがビルマからの輸入額は800.3億バーツ(≒2,600億円)と06年比9.8%増、輸出額が330.6億バーツ(≒1,090億円)で前年比14.6%像である。

輸入の主な品目は天然ガスである。

ビルマ(ミヤンマー軍事政権)はASEAN内部の民主化の流れの中で孤立を深めていたが、シンガポール(表立っては民主化支持)についでタイの新政権から支持を得られたことにより、ますます「人権抑圧政策への自信を深めた」格好になった。

タクシン政権が人権や民主主義への関心が皆無といえる政治をおこなっていたにもかあくぁらず、単に議席が多いというだけで朝日新聞などの支持を得て好き勝手に言論抑圧政策などの非民主主義政治を続けてきた。

そういう抑圧体制を復活させたいというのがサマク政権であり、ビルマの軍事政権は絶好のパートナーなのであろう。

しかし、このタイ政権の「態度の変更」はASEAN内の民主化の流れを逆行させるものである。

一方、シンガポール政府はタイのこのような非常識極まりない外交政策の仲間だと思われたくないためであろうか、「ミヤンマー軍事政権は国連と協調せよ」という呼びかけをおこなっている。外交感覚に敏感な お国柄ではある。(この青字部分は3月17日に追記)

 

164.タイ国鉄、南京虫駆除のため 特急を大運休(08年3月17日)

タイの国鉄がいかに緩慢極まりない運行をおこなっているかについては私も及ばずながら拙著「シュリヴィジャヤの謎」の48-49頁で指摘しておいたが、図らずもエアコン車両で大量の南京虫が最近発生し、その駆除のために列車の運行を大幅に削減すると発表した。

車両は韓国のDAEWOO製のエアコン特急車両であるという。韓国製の車両だからというわけではなく、外国人の 観光客の利用者が多く、ピッピー風の薄汚れた格好ー日本人も結構多いーの若者のセイだなどとささやかれている。

運休になるのはバンコクーチェンマイ間の特急9〜12号、バンコクーウボン・ラチャター間の特急21と22号、バンコクーヤラ(南タイ)の特急41と42号、バンコクースラタニ間の特急43と44号の合計10本が3月17日〜31日の2週間にわたり運休になうという。

ずいぶん丹念かつスロー・モーな南京虫退治である。なぜこうなったかはいうまでもない、タイ国鉄が普段殺虫剤散布や消毒などロクにやってないからである。

これを批判する記事が英字紙ネーション(3月17日)に出ていた。それによると石油価格暴騰の時期に、トラックやバスに比べエネルギー効率のよい鉄道がろくに機能 していないことと、タイ人が突如国鉄の非効率運行に気が付いたというのである。

車両は普段とても汚く、洗面所など到底使う気にもなれないとアチャラ記者は書いている。少しぐらい高くなってもよいから民営化でもやってもっとマシな鉄道にして欲しいとこの記者は結んでいる。

私もタイ駐在の経験者だが、残念ながら切符が取れないため、タイの鉄道には乗ったことがない。ここ数年自由の身(時間と給料から)になって、シュリヴィジャヤの謎を解くための取材(?)旅行にでかけるが、いざ鉄道を利用しようとしても、とても「お呼びでない」ことを思い知らされるのである。

当日売りの切符が欲しいなどという無知な旅行者は駅員から呆れ顔で見られるだけである。

タクシン政権下の5年有余、彼はこの問題に手をつけなかった。票にもならないしカネにもならないからであろうか?ポピュリズム政策といってもナニかが基本的にかけているのである。

「タクシン改革」はすばらしかったなどといってタクシンをやけに高く評価する学者がタイよりも日本い多く存在するようだが、私にはその理由が全く理解できない。

小泉改革も同じようなものであった。こんな政権下で羽振りがよかった役人や学者先生が次の日銀のトップになるなどといわれても、「なにとぞご勘弁を」といいたくなる。民主党の反対に内心拍手を送りたい。

ましてや、財務省と日銀の「たすきがけ人事」だなどという話しは一般国民には関係ない話である。政策がどうあるべきかなどという議論でなく「役人の人事利権」の実行者としてわが国政府は存在しているのだろうか。これが決まらなければ「日本売り」が起こるなどとNHKの解説者までが言っている。そんなのはウソですよ。

もともと歴代の日銀総裁が国際的に通用するようなエコノミストとして評価を受けていただろうか?大蔵大臣、財務相しかりである。比較的評判の高かったのは短期で終わってしまったが、今は民主党におられる藤井さんぐらいなものである。

一般紙の論説が民主党を「混乱の元凶」と口をそろえていっている。混乱の元凶は自民党政府であることは明白である。日銀総裁が誰れでも良いわけではないのだ。新聞記者諸君!もっと生きた経済を勉強して、国民のタメになるいい記事を書いてくださいよ。

 

165.警察公安副局長を南タイに左遷(08年3月19日)

ヨンユット下院議長をはじめとする、選挙違反の摘発の指揮をとったタイ警察の公安局副局長のチヤイヤ・シリアムパンクン(Chaiya Siri-amphankul)警察少将が南タイのヤラ県内の国家警察本部前線対策本部付きに更迭された。

この異動人事は露骨な報復人事として、バンコク市民には受け止められており、タクシン派政党PPPに対する反感がいっそう強まっているという。

こういうことは止めようということで、発足した新議会ではあったが、タクシン流の露骨かつ傲慢なやり方がサマク政権発足以来続いており、裁判所が下すであろう、被疑政党(PPP、チャートタイ、マッチマ党)への解党判決も世論の支持を得る空気が高まってきたといえよう。

また、ヨンユット下院議長(職務停止中)はチャチャイ少将と3人の選挙管理委員を「彼を選挙違反のワナにはめた」として刑事告発している。検察庁の判断は出ていないが、職務権限違反があったようには一般国民には受け取られていないようである。

自分が罪を警察に摘発されたら警察官を刑事告発するのだからたいしたものである。気の弱い警察官は到底太刀打ちできそうもない。自分がシロというなら裁判で争えばよいだけの話しである。

タクシンの亜流というのはこういう手合いが多い。マファイが巣食う政権という陰口がたたかれるのもむべなるかなである。最初から、印象が陰湿で薄暗い。

日本にも「タクシン大好き学者」が複数いるが、彼らがこともあろうに天下のアジ研から「タクシン改革」のすばらしさを強調する本を出したようである。読むのが楽しみである。彼等はタクシンといわずに「タックシン」という共通語を使っているのも面白い。

1997年の通貨危機のときチャワリット首相ータクシン副首相ータノム財務相という組み合わせだったが、そのときのことには触れていないようである。タクシンがどういう手腕をそのとき振るったかも解説していただけたら、もっとすばらしい本になったであろう。

また、民主党はサマク首相は国防相兼務であり、自ら前線に出向いて指揮に当たるべきだというコメントを出している。南タイはタイ国民にとって最大の懸念材料であり、タクシン時代に問題をこじらせたのだ。

 

166.通貨危機時のインサイダー取引でボーキンの名誉毀損訴訟は敗訴(08年4月2日)

1997年のタイの通貨危機が始まる前夜のことである。当時タイ政府と中央銀行(バンク・オブ・タイランド)はヘッジ・ファンドなどによるバーツ売りの攻勢にたいして、あくまでバーツ価値を守るとして、タイの銀行や国民にバーツの思惑売りを禁止して防衛の協力を呼びかけていた。

ところが、バーツ防衛をあきらめることは公式発表(97年7月2日)の前の11日も前に決定し、当時の財務相であったタノン ・ビダヤ(現在横浜国立大学客員教授、同大学名誉博士)がタクシンの会社のシン・コーポレーションにタイ政府では5人しか知らなかったこの「重要国家機密」を教えていたという 疑惑が取りざたされていた。ところがもう一人、重要情報をチャワリット首相に流した人物がいたというのである。

この5人の中に、タノン財務相、レンチャイ中央銀行総裁、ボーキン(Bhokin Bhalakula)内閣府国務相、ほかに高級官僚2名の5人でこの会議が行われたという。

このボーキンは担当外であったにもかかわらず、チャワリット首相が特命で会議に出席させたと、国会で当時野党であった民主党のステプ(Suthep Thaugsuban)書記長(現在の)が質問した。これに対しチャワリット首相は「ボーキンは出席したが、秘密は守った」と言う答弁をしたという。

通貨危機直後のタイ語新聞には、当時首相であったチャワリットの夫人とタクシン副首相が「バーツ売り」を事前におこなって大もうけをしたという記事が出ていたようである。

ボーキンは名誉を傷つけられたとしてステプ議員に対し40億バーツ(≒130億円)の損害賠償を要求(後に25億バーツに減額)して裁判で争っていた。タイでは政治的な敵対者や言論人に対し、こういう法外な名誉毀損・賠償要求をするのが流行っている(特にタクシン以降)。

これに対し、最高裁は昨日(4月1日)、「ステプ被告は野党国会議員の責務として疑惑を追及したのであり、名誉毀損の罪には当たらない」という判決を下した。

また、原告側証人のレンチャイ、タノンの両氏はボーキンが権限外にもかかわらず、会議に出席したと証言した。

こういうことがあるから、中央銀行の独立性が大事なのである。福田首相はこの辺がよくわかってないらしい。日銀は財務省と一体になって経済政策に取り組まなければならないなどと言明している。日銀は財務省と離れた(独立した)立場で金融政策をおこなっていかなくてはならない。財務相の出先機関ではないのだ。

 

(参考記事)

102-3..タノンがバーツ切り下げ情報をタクシンの会社に流す?(05年12月17日)

ソンディ(雑誌マネージャーの社主)のタクシン批判「ルンピニ公園」集会は依然として続いているが、昨夜(05年12月16日金)はかねてから噂には上っていたが、タイの現代政治経済史上きわめて重要な話しが出た。

それは1997年のタイの通貨危機が始まる前夜のことである。当時タイ政府と中央銀行(バンク・オブ・タイランド)はヘッジ・ファンドなどによるバーツ売りの攻勢にたいして、あくまでバーツ価値を守るとして、タイの銀行や国民にバーツの思惑売りを禁止して防衛の協力を呼びかけていた。

ところが、バーツ防衛をあきらめることは公式発表(97年7月2日)の前の11日も前に決定し、当時の財務相であったタノン(現在財務相)がタクシンの会社のシン・コーポレーション(携帯電話などの通信会社)にタイ政府では5人しか知らなかったこの「重要国家機密」を教えていたというのである。

通貨危機直後のタイ語新聞には、当時首相であったチャワリットの夫人とタクシン副首相が「バーツ売り」を事前におこなって大もうけをしたという記事が出ていたようである。その噂が今、ソンディによって蒸し返されたのである。

タノンは政治の世界に入る前にシン・コーポレーションの財務担当役員をしており、タクシンの強い推薦でチャワリットはタノンを財務相に任命したといわれている。

そのタノンがバーツをフロート制に切り替える11日前に情報をシン・コーポレーションに流した張本人であるという「疑いが濃厚」であるとソンディが昨夜すっぱ抜いたのである。聴衆の多くは当時の噂話を思い出し、拍手喝采したとネーションは報じている。

そういわれてみると、当時多くのタイ企業が、通貨危機のあおりを受けて倒産や破産寸前に追い込まれたが、シン・コーポレーションは打撃を受けるどころか、かえってこの頃から勢いを増したようである。

そこまでいわれたら、現在タクシン政権のもとで財務相として権勢を誇っているタノンとしては黙っていられないところであろう。タクシンももちろんである。

その後、チャワリット政権は崩壊し、代わりに民主党のチュアン・リークパイ政権になったが、IMFの厳しい「融資条件」に悩まされて長いこと不況に苦しんだ。

ところが景気の立ち直りかけた2001年に資金量豊富なタクシンがTRT(タイ・ラク・タイ=タイ愛国党)を率いて政権を握り、「TRTの政策よろしきを得てタイ経済は立ち直った」というストーリーが出来上がってしまったのである。ひどい目に会ったのは民主党である。

ソンディはさらにタノン攻撃の手を緩めず、通貨危機直後に58社のノン・バンクを潰して、バーツの下落にいっそうの拍車をかけ、ドル買いをおこなった貪欲な投機者(ヘッジ・ファンドや一部のタイの政治家・企業家)にさらに大もうけをさせたというのである。

 

167.タイ政府、景気浮揚策として大量のビタミンMを注射(08年4月2日)

サマク政権は「低迷する」タイ経済の立て直し策として総額5,700億バーツ(≒1兆8,000億円)の景気刺激策(ビタミンM(=Money)の注射)を実施することを閣議決定した。

対象はPPP党の選挙地盤の農村が中心になる。

@10万バーツ以下の借金をBAAC(農民お呼び農業組合銀行)から受けている30万の農家に対し、3年間の返済猶予をおこなう。現在、同行から総額180億バーツの借金があるという。

A政府貯蓄銀行(GSB=Government Saving Bank)は貸出金利を月1%から0.5%に減額する。これによって100万人以上の債務者が救済を受ける。ただし、優良な債務者のみが対象になる。そのメリットは50億バーツになるとされる。

B月収1万5000バーツ(≒4万8000円)の月収で借金が総額6万バーツ以下の所帯で、住宅を新たに取得しようとするものに対し、金利の優遇と返済期間の延長をおこなう。

Cこれら以外にバイオ燃料栽培のための融資などきめ細かくおこなっていくとしている。

D3月25日には全国77,000の村に対し規模に応じて小は20万バーツ、中は25万バーツ、大は30万バーツを支給する。総額は400億バーツを支給すると言う。それらが合計約5,700億バーツに達する (数字の根拠は不明)と政府は見ている。

PPPは解党判決により、選挙が近いと見ているのかもしれない。 国家資金を使っての集団的買収が盛大に始まったのである。税金の過半を負担するのはバンコクの個人と企業である。

 

168.タイのコメ輸出規制の動きでアジアにパニック広がる(08年4月4日)

WSJ(4月4日付け、インターネット版)は世界最大のコメ輸出国のタイがコメの輸出を規制する(Clamp dpwn)ためアジア諸国(特にフィリピン)は打撃を受けるというセンセーショナルな記事が出ていた。

タイの英字紙をみるとコメ輸出を直接規制するという記事はみられないが、ミンクワン副首相兼商業相が価格が3万バーツ/トン(≒9,750円)になるまでコメを輸出するべきではないといった商業資本根性丸出しの発言をしたことがカナリ深刻に受け止められているようである。

これはタイのコメ輸出業組合幹部が、コメの国際価格が投機家によって大幅な価格上昇を招いており、輸出の価格設定が難しくなり、輸出のオファーを手控えざるをえない。

タイ政府が「輸出最低価格を決めてもらえば、それが指標になって値決めも容易になる」と言っているのを受けた発言とも考えられる。

実際に3月には100万トンあったタイのコメ輸出は4月には70万トンに減少するとみられている。(The Nation、4月4日付け)

タイ政府としては国内の米価が急騰すると、大幅インフレの引き金になりかねないとして、政府の手持在庫(200万トンはあるといわれている)を5Kg詰めパックにしてスーパー・マーケットなどに放出をおこなっている。

いまや、世界最大のコメ輸入国(年間約200万トン)になったフィリピンでは政府が輸入米を補助金つきで安値販売しているにもかかわらず、このところ米価が急騰しており、1Kg=23ペソ(1ペソ≒2.47円として57円)だったものが31ペソ(77円)に35%もハネあがったという。

1日3食ともコメを食べる習慣があるフィリピンで貧困所帯を直撃していることは間違いない。政府も米価抑制策に懸命になっており、輸入米に補助金をつけて特別価格によるコメの配給制度を実施しているというが、市場価格の高騰を止められない。

フィリピン政府は販売業者の「コメの隠匿=売り惜しみ」に対しては最高終身刑を課す方針で臨むという。また、コメの便乗値上げをおこなう販売業者には「ライセンス」の取り消しをおこなうと警告を発している。

世界銀行の調査では平均の家計消費に占める食糧の比率(いわゆるエンゲル係数)は米国では15%、マレーシアでは31%、中国では34%、タイでは36%、インドネシアでは40%、ベトナムでは43%、フィリピンでは50%であるという。

これをみても米価の影響がいかに大きいかが窺われる。

 

⇒タイ、地主に土地を取り上げられる小作農(08年4月23日)

コメの輸出(年間輸出量約900万トン)で最大のシェアーを持つタイでは、4月には入ってからの米価の高騰によってさぞタイの農民は潤っているであろうと思うと実態はさにあらずという記事がタイの新聞に頻繁に現れるようになった。

現在の米価の倍増はタイの農民にとっては何の関係も無いというのだ。というのは今市場に出ているコメは半年も前にタイの農民が仲介業者に売ってしまったものだからだ。

今後生産されるコメの値段は彼らにカナリの恩恵をもたらすのは間違いないが、農民にとっては意外な災難が待ち受けている。1つは肥料や農機具要のディーゼル油の高騰である。そもそもタイには農業国にしては科学肥料の会社があまりない。もっぱら輸入に依存してきたのである。

タイの水田は雨季の洪水によって稲を育てるという伝統的な手法に頼ってきたために、化学肥料を撒いても流されてしまい、効果が無い。肥料が必要となるのは乾季におこなわれる2期作目である。

2期作目には灌漑用水を使って、田ごとに水の管理をきちんと行い、化学肥料をまいて、高収量米(ハイブリット・ライス)を栽培する。しかし、この灌漑用水という日本では当たり前のものがタイでは少ないのである。乾季に水が無いからいかんともしがたいという地域が多いのである。

しかし、このハイブリット・ライスといううものは1993年の日本の干ばつ時に大量に輸入されてタイ・ライスの評判を一気に悪化させた代物である。タイの米はこんなにまずいのかといって公園に捨てられたなどという話しもあった。捨てられたコメは「輸出用」の2期作米である。

雨季の1期作の米の多くは「ジャスミン・ライス(香米)」と称して国際的にももっとも高値で取引される。中流以上のバンコク市民はもっぱらこれを食べている。このコメには私も駐在員時代にさんざお世話になったが、少し香りはあるものの慣れるとすこぶる美味いものであった。

タイの農民は今、急遽2期作目のコメを生産しようとして準備をし始めたが、肝心の水が無い。米作地帯が干ばつに襲われているのである。ダムに貯めてあった水では到底足りない。しかも、ダムの水も普段水力発電に使われ、以外に農業に回せるものが少ないようだ。

それよりももっとひどいことが起こっているという。それは小作農が借りていた農地を地主が取り上げ始めたというのである。タイは東南アジアでは比較的自作農が多いが、田んぼを借りて 耕作しているケースも結構多い。

タイには小作農保護の法律があって1981年の法令によると1ライ(約500坪)あたりの小作料の上限が年間籾米で225キロと決められているが、地主は1期作当たり225キロだと称して2期作目の小作料を請求しているケースがあるという。

そればかりか、小作契約の解消を申し渡すケースが急増しているという。地主は小作契約解除を1年前に予告することになっており、借り手の農民は返還の猶予を6年間要求することができることになっている。しかし、実態はそうは行かない仕掛けになっている。

というのは、小作契約書が「文書化」されておらず、単に「口約束」で小作をおこなっているケースが少なくないといわれている。しかも、地主は村の顔役だったり、政治家だったりするので、アッサリと土地を取り上げられるという。こういうことは当然「小作争議」に発展する可能性がある。

コメ大国であるタイが東南アジアでも反当り収量が最も低い。それは乾季の2期作が水不足のためあまりおこなえないからである。特に東北部ではそれが顕著である。乾季になると東北の農民が大挙してバンコクの建設現場に出稼ぎに来るのはそのためである。

2期作対策として、メコン河から水を引いて、東北部に灌漑用水を供給しようという方法が検討されているが、工事費がベラボーにかかるのと、乾季にはメコン河も水量がすくないという事情があって今まで実現されていない。

サマク首相は地下水路をつくろうなどといっているが実現は難しい。さしあたりは貯水池をもっと作って、農業専用にすることが先決であろう。

(Bangkok Post, 4月23日、Internet版参照)

 

169.密航ビルマ人54名がコンテナー内で窒息死(08年4月10日)

タイのクラ地峡のラノン市郊外で10トン・トレーラーに牽引されていたコンテナー(20フィート)から100人以上のビルマ人密航者がすし詰め状態で発見され、そのうち54名(うち34名が女性)が窒息死していたという悲劇が発生した。21名が手当てを受けているという。 生存者は47名といわれる。

かれらはビルマ領の島からラノンの港に小船でひそかに渡航し、プーケット島などで働くために密航して来たものと考えられる。

コンテナーには換気装置がついていたが運転手はなぜかそれを稼動させなかった(壊れていたという説もある)。

ビルマ人たちはあまりに息苦しいので、中からドンドンと叩いたが、運転手は「警官に見つかるから」と一喝して、そのまま運転を続けた。さらに、中から叩くので、運転手がコンテナーの扉をあけたところ、多数の死者が出ており、運転手は怖くなってそのまま逃亡したと言う。

ビルマ人達は通りすがりの自動車をとめて、警察に通報したが、警官が駆けつけたのはそれから30分後であった。彼等は2時間もコンテナーに閉じ込められ、あと30分そのまま走ったら全員死亡していたであろうと生存者の1人は語ったという。

タイ人のトレー・ラーの所有者のタイ人は逮捕されたと伝えられる。密航者達は1人当たり5,000バーツ(≒1万6000円)支払ったという。

生存者は現政権下ではビルマ(ミヤンマー軍事政権)側官憲に引き渡される可能性が強い。

BBCの記事によれば、現在、タイではビルマ人の不法就労者が最大135万人いるとみられ、それ以外に難民キャンプに収容されているものが14万1千人、正式に登録している労働者等が50万人おり、合計約200万人近いビルマ人が現在タイで生活している。

昨年12月にも22人のビルマ人とみられる水死体がアンダマン海のタイ領側で発見され、ビルマ人のタイへの密航者は後を絶たない実態が今回の事件で垣間見られた。いずれにせよ、国民を食べさせることができない政権は失格である。

 

170.PPPがタイ下院議長候補にネーウィンの父親を指名(08年5月7日)

ヨンユット下院議長は選挙における不正疑惑からつい先ごろ辞任したが、その後任として与党PPPはタイ国民を愕然とさせる人物を候補者として決めた。その人の名はチャイ・チョーチーブである。

彼はタクシンノ腹心中のナンバー・ワンといわれるネーウィン・チョ-チーブの父親であり、本人は目下下院で与党の国会対策委員長を勤めている。

ネーウィンはもとTRT党の最高幹部で被選挙権を剥奪された111名のうちの一人だが、タクシンの意向を受けてPPP党を影で仕切っていると噂されている。

チョーチーブ一家は大変な名望家(??)であり、ネーウィンの弟はネーウィンがからむ刑事事件の担当検事を暗殺しようとした容疑で指名手配を受けており、目下行方不明である(海外に逃亡していると言われている)。

ともかく今の連合政権はキナ臭い人物が多く、マフィア政権などとタイでは陰口を叩かれているという。

最近、バンコク大学(私立)がおこなったバンコク市民に対するアンケート調査ではもっとも評判の悪い閣僚がチャレム内相であり、次がサマク首相で、もっとも評判のいい人物がミングワン(Mingkwan Sangusuwan)副首相兼商業相であるという。

サマク首相は最近のコメ・ブームに気を良くしてコメ生産国でカルテル(石油のOPECに似た)をつくろうなどという提言をしてコメ輸入国フィリピンから猛反発をくらった。そればかりか、賛同する国もほとんどなくサマク提案はあっさり潰され、国際的な信用も失った。

目下、PPP党が画策しているのは2007年憲法の改正であり、その中でも政党の幹部が選挙違反をおこなった場合はその政党にたいし裁判所は「解散命令」を出せると言う条項を何とか無くしたいということである。また、TRT党の幹部が5年間の「被選挙権」剥奪をされている事態をなくそうという意図である。

これを強行しようとした場合はタイの政治的混乱は避けられず、早くも軍事クーデターの噂が飛び交い始めている。軍の幹部はそういう噂を強く否定しているが、国民の不安は逆に高まっている。それというのもサマク首相やスポンサーのタクシンがいう「国民和解」の精神とは程遠い、というより、全く逆行するようなことが日常おこなわれているからである。

今回の下院議長問題も国民感情を逆撫でしていると受け止められても致し方ないであろう。

タイは経済はまあまあだが、政治が極端にわるい。日本の方がまだマシである。与党はともかく、首相は日本のほうが断然いい。(連休ボケで頭がおかしくなったといわれそうだが、福田さんは最近の首相の中では人物的にはベストだと思う。ただし、今の政府は前もそうだが相当ヒドい。)

 

171.サマク首相の不用意発言で2銀行が取り付け騒ぎ(08年5月9日)

数日前、サマク首相は国営テレビ(NTB)とのインタビューでいくつかの銀行の経営状態が悪く、80億バーツの資本注入がFIDF (the Bank of Thailand's Financial Institurtions Development Fund=金融機関開発基金=通貨・経済危機時にできた金融機関の不良債権買い上げ機構) によってなされなけれならないと語った。

この発言によって一昨日から2日間バンク・タイ(BankThai)とサイアム・シティ・バンク(Siam City Bank)に対し、預金者が預金をひき下ろす、いわゆる「取り付け騒ぎ」が発生した。

サマクはこれら2行が倒産するとはいっていないと強弁しているが、危機感を感じ取った国民が多かったということは否定すべくもない。首相という立場にいる人間としては言っていいことと悪いことをわきまえなければいけないが、タクシン同様サマクはその辺の感覚がずれているとしか言いようがない。

かつてタクシンはソムチャイ弁護士が警察に拉致されて「失踪」したときに「夫婦喧嘩があって家出したのではないか」という発言をしてソムチャイ夫人だけでなく、一般市民の怒りを買ったが、その無神経さは今までも変わっていないようだ。

タクシンが所有するイギリスのサッカー・チーム、マンチェスター・シティの試合に大型のタイ国旗の白地の部分に、「THAKSIN」と大書させていた事件はタイ国民の憤激を買った。また、マンチェスター・シティの選手にグランドでタクシンに敬礼(多分ワイ=合掌のこと)を強要したとが、相変らず話題には事欠かない(これらは日本では多分報道されていない)。

ところで、タイの銀行の経営状態はどうなっているのであろうか。バンコク・バンクやタイ・コマーシャル・バンクやカシコム・バンク(前のタイ・ファーマーズ・バンク)など一流どころは問題ないであろうが、中小銀行のなかには内容が良くないところは確かにあるのではなかろうか?

 

172.PPP政権はタクシン救済の憲法改正が優先課題、国内の対立深まる(08年5月19日)

サマク政権が発足してから3ヶ月たって何事が起こったかをみると、悪質閣僚や暴力議員 (国会内で民主党議員に対し、頭を狙ったハイ・キックを仕掛けたヤクザ議員がいる)がバッコして、マトモな政権の態をなしていないと言う印象である。

タクシンが資金面のスポンサーとして誕生した政権であるから、スポンサーの意向にそった政策がおこなわれるのは当然で、先ず気に入らない官僚のクビを盛大に切った。同時に、昨年改正された憲法を改正しなおして、旧TRT党(党が解散させられた上に111名の幹部が5年間被選挙権を剥奪)の復権である。

また、タクシンの違法行為(特に経済事犯)を追求するために作った組織AEC(資産調査委員会)の解散や、汚職取締りに厳しい内容の条項のホネ抜き、もしくは撤廃である。

それとは別にとんでもないことを一部の改憲派は考えていると言う指摘がなされている。それはタイの王室をタナ上げ(廃止とはいっていない)して、タイを共和制にするという案だそうである(『タイの地元紙を読む』5月18日付)。

共和制にするというのは国王以外に「大統領」を置くことを意味すると考えてよいであろう。

実は、こういう構想はタクシンがTRT(タイ・ラク・タイ=タイを愛するタイ人)党を旗揚げするときに、フィンランドの首都ヘルシンキに有志が集まって「タクシンを大統領にいただく共和制を作ろう」という、「ヘルシンキ宣言」なるものが採択されたというのである。

これはあくまで噂に過ぎないが、タクシンが政嫌の座にあったときに、しばしば国王の「忠告」を無視して、我が物顔に振舞っていた時期があったことも事実である。そのたびに、この「ヘルシンキ宣言」の噂を思い起こす人がいたようで、この宣言の存在が蒸し返されてきた。

タクシンはもちろん「ヘルシンキ宣言」の存在は否定しているが、「国王」とその顧問機関である「枢密院」とりわけ「プレム議長」を目の敵にしている人物がかなり存在することは事実である。

先日「映画館」で上映前に「タイ国歌」が演奏され、観客は起立をする「慣習」があるが、それを無視したある「活動家(自称左翼)」が周囲の人からとがめられ、ひと悶着を起こしすという事件があった。彼の言い分は「思想信条の自由は憲法によって保障されている」というものである。

なるほど立派な言い分だが、かれは以前にプレム議長邸にデモをかけ暴力的であったとして逮捕されたことがある。プレム邸にデモをかけるということはタクシン派でしかも「反王室派」だということを意味するとタイでは受け止められている。

「反国王」を標榜するとこれまた法律違反(不敬罪)になるので、王室を守る「枢密院議長」を個人攻撃するという風に見られているのである。 また、タクシン派はプレム議長こそが06年9月の軍事クーデターの首謀者だと見ている。

1976年10月のタマサート大学事件でジャングルに逃れ「反政府武装闘争」をおこなったタイ共産党の元活動家がカナリの数、タクシン陣営に加わり、「貧者のための政策=ポプリスト政策=30バーツ医療制度など」を企画立案し、それがタクシン人気の源泉となったが、彼等はもともと「反王室」であり、おそらくその信念だけは変えていないつもりなのかもしれない。

タクシンはもともとが「華僑意識」の強い人物であり、「王室」に対しては一般の「善良なタイ人」とは別な感覚の持ち主であるという見方もされている。もし、そうでないならば、国王の再三の忠告を「馬耳東風」と受け流してはこなかったはずである。

タクシン政権と言うのはタクシンとその周辺の「マフィア的仲間」と元共産党員が組むと言う奇妙な政権であり、それが今なお継続されているのである。しかし、タクシンが本当に信頼を寄せているのは「マフィア的な子分ども」であり、左翼崩れのインテリなどではない。

元共産党員はいわば「タクシンの走狗」として使い捨てられてきたのである。こういう構図はナチスのヒットラー政権と良く似ている。ナチスには元共産党員がカナリ協力したが、最後は彼らはパージされて悲惨な運命をたどった。

タクシンは「タイの貧者」に同情心をもって彼らのために何かをしようなどということで政治の世界に入ったわけではない。はっきりいって政治は「金儲けの手段」にしか過ぎなかった。それに、実際のところ政治は大変儲かるビジネスであった。愚かな貧者は票を騙し取れる「可愛い」連中であった。

この拝金主義者と元左翼の組み合わせは現在のタイの政治的混乱の出発点である。軍事クーデターが2006年9月に起こったときに「善良な左翼」の代表的な人物であるチュラロンコーン大学のジル・ウンパコン(サリット政権時代の蔵相の良識派ウンパコンのセガレ)先生は先頭に立って、軍事クーデター反対のデモをおこなった。

彼らも口では「タクシン政権に反対」などといっていたが、実際行動に出たと言う話しは聞いたことがない。

はっきり言って彼らはタクシンを応援する左翼ピエロである。それ以外の役割を何も果たしてはいない。タクシン体制に反対する「民主連合」にタクシン・マフィアに成り代わって「攻撃」を仕掛けている。「王室」は「タクシンよりも憎し」といったところであろうか?

彼らには「タイの民主主義の敵」は誰かということがまるで分かっていない。タイ国王はタイの民主主義にはっきりコミットしているのである。それは1992年5月の流血のデモの惨事の中でも示されたではないか?

「血迷える左翼」あるいは「左翼原理主義」がいまやタイの民主主義を潰しの先陣を走っているのである。しかし、彼らがタイの民衆の支持を得ることはないし、タクシンからカネも貰えない。単なる迷えるピエロであり、「かく乱要因」にしか過ぎない。

これに悪乗りしている「真性タクシン派」がジャクラポプ内閣府担当相である。かれは反タクシン派のマスメディア関係者を目の敵にしている。特に政府系テレビからの追い出しに辣腕を振るっている。政府の言うことを聞かないものは許さないと言う、タクシン時代の再来である。

彼はプレム邸襲撃事件の首謀者としてしばらくブタ箱にいれられていたが、2週間後に釈放され、昨年8月出所後「外国人プレス・クラブ」で長広舌を振るったことが今問題にされている。演題は「タイの民主主義とタイのパトロン(保護者)制度」とうものであり、タイ国民のパトロンとは「王室」を意味する。

ジャクラポプはプレム議長批判にことよせて「王室批判」をやったという。それを「少し舌が滑っただけだ」などとバンコク・ポストの副編集長が弁護しているのだから、タイのメディアも複雑である。

しかし、「王室」問題が政治のテーマにあがってきたことは確かで、これには軍部だけでなく、タイ一般大衆もかなり刺激を受けている。タイ軍幹部が入れ替わり立ち代り「クーデターはありえない」と言う発言を繰り返しているのも気がかりである。

「王室問題を政治から切り離せ」というのは前首相のスラユット枢密院議員の最近の発言である。

サマク政権には「まともな政治」は期待できそうもない。タクシンの子分はもはやサマクの言うことなど聞いていない。また、まともな閣僚も少なすぎる。

早いとこ解散して、もう一度選挙をやるほかない。2度、3度とやっているうちに少しはまともな政権ができるかもしれない。タイの政府はメチャクチャだが経済は結構きちんと動いている。

 

173.タイ与党憲法改正案を下院議長に提出(08年5月21日)

サマク政権はついに、彼らにとって最大の政治課題である憲法改正を早期に実行すべく下院議長に「改正審議案」を提出した。これにはPPP議員123名、マッチマーティパッタイ党議員2名、プア・ペーンディン党議員5名、ルワム・チャイ・タイ・チャート・パタナ党議員4名と、上院議員30名の署名があるという。

他の与党のチャート・タイ党とプラチャート党は署名に参加していない。

憲法改正の狙いは「タクシンとTRT幹部の復権」であることは明らかであり、再び国論を2分する騒動に発展することが明らかになってきた。タクシンの追い落とし運動の中心となったPAD(民主 主義のための人民連合)は早くも街頭行動を計画していると宣言した。

サマク政権としては「憲法改正の意図」があまりに露骨なので、「憲法改正をすべきかどうか」を問う「国民投票」を7月に実行し、国民の賛成が得られれば、改めて「憲法改正案」を審議し、再度国民投票にかけるという2段構えの方法をとるとしている。これは軍事クーデターの回避策でもある。

サマク首相は、その前に「反王室発言」で問題を引き起こして世論の総攻撃を受けているジャクラポップ内閣府広報担当相のクビを切るものと思われる。(内閣改造を示唆している)

一方、民主党はジャクラポップ担当相がメディアへの干渉をおこなっているとして同氏の罷免を要求する手紙を同党の下院議員164名の署名を添えて上院議長に提出している。その書状にはジャクラポップ氏の「王室関連発言」については触れていないという。

こういう事態になることは予想されていたが、PPPは政権をとったもののロクなせ政策をおこなわずひそかに「憲法改正」の準備をしていたものと見える。

最高裁がPPPをはじめ他の2党の幹部の選挙違反により「解党」すべしとの提訴を受けながら、いわば「優柔不断」に時間の引き延ばしをやっている間に、タクシン一派は上院議員30名の抱きこみに成功したことになる。

上院議員は本来中立であるべきでPPPと「憲法改正」の共同提案者になるというのは「政党行為」であり明らかに問題で、今後議論を呼ぶことは間違いない。

このまま事態が悪化していけば、機会をみて軍部が動く可能性があるが、その前に裁判所が行動に出るものと予想される。

 

174.PAD反政府集会を再開、5千人が集まる(08年5月26日)

かつて反タクシン運動の中心となったPAD(民主主義のための人民連合)は5月25日(日)にバンコクで「サマク首相の即時辞任と現行憲法改正のための国民投票反対」の街頭 運動を実施した。

一方、政府与党を指示するグループも200人ほど集まり、PADのデモ隊に対し、石やペット・ボトルを投げつけ、猥雑なしぐさをしてケチをつけるなど相変らずの行動を おこなったが、大した混乱はなかった。

憲法改正の狙いが「タクシンの無罪獲得や解散命令を受けたTRTの幹部の復権」ではいかにも迫力がなく、サマク首相の支持率も激しく低下している。

最近のABACポール(アサンプション大学の世論調査)が首都圏在住の2,008人を対象に5月20日〜21日におこなった世論調査ではサマク首相を支持すると答えたものは21..4%(3月の調査では45.4%)に過ぎなかった。

特に、憲法改正が最優先の政治課題としているサマク首相はやはり「タクシンノ走狗」に過ぎなかったと言う失望感がうかがわれる。

クビをすげ替えたい閣僚の筆頭にサマク首相があげられ、次にチャルム内相、ついで露骨なプレム批判(実質は王室批判)や言論統制志向の強いジャクラポプ内閣府広報担当相の名前があがっていると言う。

軍トップは今回のPADの反政府デモとそれに対抗するタクシン派のデモ(無頼の徒や東北から動員されてきた貧農が多い)隊の対立激化に懸念を示すとともに警察にも公正な行動を期待する(タクシン在職時代はPADデモ参加者がヤクザに攻撃されるのを黙認したこともあった)と語っている。